恐怖に負けた日
翌日、私は学校へと向かった。
ほんとは行きたくない。武生くんにどのツラ下げて会えばいいのかわからないし、そもそも私は武生くんに告白をされたのだ。同年代恐怖症のあたしからすれば、同い年からの告白なんて罰ゲーム同然だし、そうでなくても気まずすぎる。
私は頭を抱え、家を出た。家を出て、足を止めた。
「なぜだ」
なんで家の前に座っているんだ、武生くん。思わず扉に手を掛けたまま固まる私に気づいた武生くんは、金髪の坊主頭を乱暴に掻いた。
「返事…」
「え…」
ぼそっと呟いた武生くんの声に、私は首を傾げた。別に聞き取れなかったからではなく、意味がわからなかったのだ。しかし武生くんは私が聞き取れなかったのだと受け取ったのか、大口を開けて叫んだ。
「返事ッ!!」
私はびっくりして肩を震わせた。その様子を見た武生くんは、はっと何かに気づいたかのように目を見開き、気まずそうに眉を顰めると、声の音量を落とした。
「…返事…聞きにきた」
「あ」と、私は口に手を当てた。告白の返事のことだ、多分。そういえば私は返事をせずに逃げてしまったのだ。
「えっと…」
断るに決まってる。
「…」
一生でもう告白されることなんてないかもしれないけど、
「……」
同年代恐怖症である私が、同い年と付き合えるはずもない。
「………」
しかも相手は不良、時には数十人を一人でなぎ倒してしまうような、そんな噂が幾つも流れるおっかない人。
断れ、私。不良なんて、怖くない。さぁ、断るんだ私、頑張れ私。
「………おことわーーー」
「あ?」
「よろしくお願いします」
おい私、今なんて言った?お願い?何をお願いした?恐怖に負けてなんかとんでもないことを口にしなかったか?
「…そうか」
武生くんは目を見開いて、それから嬉しそうに表情を緩めた。嬉しそうにしてることから、私は告白を受けてしまったのだと悟った。そして、普段無表情か怒った顔しか見たことがなかったので、あからさまに喜んでいる武生くんを前に、今の返事は間違いだなんて言い出せなかった。
私はなんてことをしてしまったんだ!!
「学校、行くぞ」
武生くんがふっと立ち上がって、持っていたスマートフォンで時間を確認した。確かに、そろそろ行かないと遅刻してしまう。
て、いうか。
「一緒に、行くの?」
怖くて、怖くて、口の中が乾き切っていて、やっとこさ出した言葉もひどく頼りないものだった。聞こえたかどうか怪しかったけれど、武生くんが「当たり前だろ」と怪訝そうに眉を顰めたのでとりあえずさっきの私の言葉は通じたのだと安堵した。
「た、武生くん」
「あ?」
ひぃぃぃ、怖い!武生くんの「あ?」は苦手だ。わざとかどうかはわからないが、低くなる声も、ぶっきらぼうな反応も、全てが私の恐怖の対象なのだ。
武生くんは、私の反応を見てはっと我に返ったように何かに気づき、そして金髪の坊主頭を乱暴に掻くと口を尖らせながら呟いた。
「悪い、怖かったか」
「イイエメッソウモナイ」
私は泣きそうになるのを堪えて、必死に首を横に振った。だめだ、怖いとか言ったらだめだ。気の障るようなことを言うな、五体満足では帰れないぞ。自分にそう言い聞かせて、それから小さく唸った。
誰か、この状況助けてください。