恥ずかしすぎて熱い
現在私は、フユさんの部屋に避難している。
にこにこと微笑みながら、楽しそうに笑うフユさんに、私は頭を抱えた。
*
いらんことをほざいた三木のおっさんのせいで、えらい目にあった。物凄い怖い般若顏で迫り来る母と、ブレーキ役として母を抑えつつもこちらをガン見してくる父と、面白がって茶化しにかかる三木のおっさん。コノヤロウ、誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ、とそう思いながら睨んだ。
隙を見て、八百屋のお向かいに位置する花屋へと駆け込んだ。
青空商店街の花屋は、男女共々に人気がある。その理由は、フユさん。昔広く名を馳せたフユさんは、多くの人に人気である。ご近所付き合い命、周辺の地域の人たちがお客さんである私たちとは違い、花屋はフユさん目当てで遠方から訪れる人もいるくらいだ。だから、花屋にしてはお客さんが多い。
フユさんの姿が見えない、休憩時間だろうか。お店番は一人でも充分回ってしまうから、フユさんがお店番しているときはあまりない。残念がってフユさんの姿を探すお客様の間を抜け、奥の扉へと足を運んだ。
「あれアサちゃん、どうしたの?」
花を抱えながら話しかけてきたのは、フユさんのお母さんだった。
「ちょちょちょっと避難させてください!フユさんは部屋ですか?」
避難、といってここに駆け込むのも珍しいものではない。特に気性の荒い母を持つと、いろいろと逃げたくなるものだ。昔からよく、私の避難所は向かいの花屋、つまりフユさんちとなっていた。
「また千紘から逃げてきたの?真冬は部屋にいると思うわ、そろそろ休憩時間が終わるはずだから、アサちゃんの用事が終わったら呼んできて」
真冬の母が、柔らかく笑った。
「ふぁい」
お店の業務より私の用事を優先させてくれるフユさんの母に、涙が出そうになった。
そうして現在に至る。
「―――…と、いうわけなの」
「あら、抱きしめられちゃったの?あの子やるわね」
微かに香る花の香りが、私の鼻腔を擽った。くす、と柔らかく笑ったのは幼馴染のフユさん。端正な顔立ちでどこからどう見ても美人な女性なのだが、なんせ男である。自分が女子なのを否定したくなるレベルだ。フユさんは、ゆるく横にまとめた長い髪の毛先を指でいじる。フユさんの一つ一つの行動が、優美だった。
だが、私は昔からこの人のそばで生活したために、耐性は付いている。少なくとも、顔を近づけられただけで鼻血を出すなんて失態はしない。
ことの一部始終を話した私は、頭を抱えた。
「なんでだ、なんで付きまとわれてるんだ私は。しかも同い年、不良、怖い」
「涼ちゃんねえ、そこまで悪い子に見えないから、大丈夫だと思うわ」
「―――ちょっと待て」
首を傾げるフユさん、ああもうなんでこの人こんなに綺麗なんだ。そんな雑念を振り払い、私はフユさんをじっと見つめた。
「さっきから思ってたんだけど、なんでフユさん武生くんの名前知ってるの?てか、なんで親しげ?」
「あらあらぁ、気になるの?涼ちゃんと私のカ、ン、ケ、イ」
「そういうことじゃなくて!!」
不良くんに興味があると思われることが癪で、これ以上訊くことができなかった。ちくしょう、うまくはぐらかされた。
「あ、そうだ。美代さんが呼んでたよ。そろそろ休憩時間終わりじゃない?」
美代さんとは、真冬の母の名前。フユさんは手首につけたおしゃれなかわいい時計を見て、私に微笑んだ。
「あら、ほんと。それじゃあね、アサ。涼ちゃんと仲良くやんなさいよぅ」
悪戯な笑みに、私はうっかり見惚れるところだった。フユさんの綺麗な表情は、凶器だと思う。どきどきと高鳴る心臓を抑えようと、息を大きく吐いた。
*
ざああ、と周りの木々の葉が擦れる音が聞こえる。
取り残された武生涼は、完全に困惑していた。先ほどまで自分の腕の中にいた同じクラスの女の子、アサに対して。
「なんだこれ」
心臓がばくばくいってる。運動した後の体の温まり方とは別の、心地よい熱に涼は首を傾げた。顔が熱い、耳も熱い。
でもこの熱さに、不快感はなかった。
アサの首に回した左腕、手首を掴んだ右手。細くて折れそうで、いつもふざけて男仲間と肩を組んだときとは確実に違い、体が硬直した。
初めての感覚に、涼は右手で顔面を覆った。
なんだこれ、すげぇ恥ずかしい。