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hello goodbye  作者:
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下世話な大人たち

娘さんを僕にください?

結婚を前提に付き合ってくれ?

この人は一体全体何を言っているのだろうか。冗談きつい。後ろから抱きしめられるような形でしばらくじっとしていた私は、少女漫画にありがちなこの状況にときめくことなく―――…悲鳴をあげた。

「ぎゃあああああああ離せこらぁぁああああ」

ほぼ無意識に、口調が荒くなった。必死で暴れ、喉が掠れるまで大声を出した私。悲鳴に驚いた不良くんの肩が跳ねる、と同時に緩んだ腕にチャンスとばかりに体をよじった。

やっと、拘束から抜けられた。かたかたと震える指先を、もう片方の手で握り締める。手汗が滲み、体温が下がっていた。いくら不良くんとはいえ、好意を向けてくれる人に対して、完全な拒絶とばかりに手を振り払ってしまった罪悪感。そして、この場を一刻も早く去りたいと駆り立てる焦燥感。両方が私の頭を支配して、私は既にその他の何も考えられなくなっていた。


そして私は再び、全力疾走した。



「た、ただいま…」

ぜーはーぜーはー、ただ事じゃない息切れをしながら、声を絞り出した先ほどのようにぶらぶらしていたら、また捕まる。そう思って、念には念を入れて我が家に帰ってきたのだった。

私の家は八百屋。家とお店は繋がっていて、お店用と家用の二つの入り口がある。学校から帰るときは帰り道から近いので、いつもお店側から家に入る。いつもの癖でお店側まで来て、色素の薄い腰まで伸びた長い髪の後ろ姿が目に入り、私の背筋になにか冷たいものが走った。

その人は私のただいまを聞くと、振り向いた。

「おかえり、て―――…あ?」

〝あ?〟という部分の声がワントーン下がり、比例して私の体温は下がり、私は激しく後悔した。

そして振り向いて私の顔を見たその人の顔の眉間に、深く皺が刻まれた。

「…てめぇ、やけに帰りが早いじゃねえか!ついに不良になりさがったか、この親不孝が!!」

「ひぃぃ、ごめんなさいお母さん!」

商店街の八百屋、もとい私の家で待ち構えていたとても乱暴な口調の強かな女性は、私のお母さん。基本放任主義であるうちの母親だけど、学校をさぼってほっつき歩くことだけは怒る。そして、怒ると怖い。つまり、私は今ピンチ。


お母さんは持っていた大根を私に突きつけ、怖い形相で私に迫った。

「大して頭も良くねぇくせに学校さぼるたぁ、いい度胸してんな?」

「ごごごごめんなさい私は今世紀最大の大馬鹿ものです!生きててごめんなさい!」

大根を突きつけられて平謝りしている女子高生の図、なんと奇妙な光景だろうか。お母さんの大根をつかんだ手に力がこもり、大根がめりめりと音を立てる。

大根が!破壊!されてしまう!

あわあわしていると、大根を掴むお母さんの手に、大きな手が優しく乗っかった。

「こらこらお母さん、せっかく収穫した大根がだめになっちゃうよ?」

救世主!

お母さんをなだめにかかったのは、私のお父さん。お父さんは温和で、いつもお母さんのブレーキ役を担っている。柔らかな雰囲気に、お母さんは少しだけ表情を緩めた。

「きっとアサにも何か理由があるんだよ」

「そうそう、理由が…」と言いかけた私の言葉を小気味よく遮ったのは、古びたサンダルをぺたぺたと鳴らして走り寄ってきた、魚屋の迷惑なおっさん、三木克巳みきかつみだった。


「アサ、アサ!おま、プロポーズされたんだって!?何その面白そうな展開!!ついにお前も結婚か!!」

「ぶふッ」

「はぁ!?」

わけがわからないとばかりに声を上げたのは、お母さん。思いっきり噴いたのは、私。母が声を上げてからぐるんと勢い良くこっちを向くもんだから、条件反射で顔を逸らした。


急いでこっちまで走ってきたのか、息を切らしている。魚屋のおっさんは黒いタンクトップにズボンはグレーの作業着というなんとも言えない格好で、走り寄ってきた。情報源はフユさんだろう、にやにやにやにや、このおっさんはいちいちいらっとくる顔である。この野郎、この状況でいらんこと言いやがって。

お母さんがこっちをガン見している。目が怖い、とりあえず怖い。話さなければならない雰囲気なのだろうか、なんだろう泣きそうになる(私が)。


「いやぁ、いーねえ若いもんは。こっちは今朝喧嘩して女房がまた拗ねちまってよ、困ったもんだ」

「のろけんなカス」

「ひでぇ!」

茶化しがてらのろけてきた魚屋のおっさん、三木に、私は辛辣な言葉を浴びせる。喧嘩は多いが、なんだかんだ言って魚屋の夫婦の二人は仲が良いのだ。しかし、喧嘩した時に三木の奥さんが近所(つまり私の家も例外ではない)に泣きついてくるのはやめてほしい。夜中に勝手に私の家に入って来た時には、肝を冷やした(幽霊と勘違いして)。


しかし、腹立たしいことに、こんな非常識なご近所付き合いも青空商店街では常識なのだ。とにかくこの商店街の人たちは仲が良い。気心知れた仲なので、私の暴言を両親が咎めることも、三木のおっさんが怒ることもない。つまり、いつものことだ。


「で?」

三木は私の首に手を回し、顔を近づけた。

「どーなんだよ」

「酒臭い」

「おいおい話を逸らすなよ」

「きゃーセクハラー」

しつこい三木に腹を立てた私が棒読みで悲鳴を上げると、三木のおっさんはびくりと体を揺らして首に回していた腕を解いた。

「ち、ちくしょう。女子高生なんてガラじゃねーだろうに!昔は抱っこもおんぶも、ちゅーもしたじゃねえか!」

「きもい」

千紘ちひろぉ、遊佐ゆさぁ、アサが反抗期だぁぁ」

「三木さんちょっと黙れ」

千紘はお母さん名前、遊佐はお父さんの名前。泣きついた三木を一喝したのは、お母さんだった。いい気味だ、といい気になって笑っていると、お母さんの手が私の顔面に伸び…鷲掴みをした。あ、やばい。これ、やばい。私の脳裏には、先ほどの大根がよぎった。頭蓋骨破壊、母の握力ならありうる。

たらたらと垂れる冷や汗、ごくりと唾を呑んだ。


「―――…で、どういうこと?結婚て」

指の隙間から見えた母の顔は、まさに鬼のようだった。

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