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hello goodbye  作者:
27/27

good bye

私は、武生くんの手首を掴んで引っ張っていた。そして、引っ張りながら、妙な気まずさを感じていた。

どうしよう。

勢いで出てきてしまった。前ばかり見てどんどん進むけど、後ろで素直についてきている武生くんは、どんな表情をしているだろう。嫌がったり、怒ってたりしてないだろうか。

右手から、武生くんの体温が伝わってくる。少しだけ、熱い。

暗がりの商店街、夕焼けは黒く染まっていた。明かりが点々とつき、気温がひんやりとしてきている。

「どこまで行くんだ?」

怒っている様子でもなく、困っている様子でもなく、何故か少しだけ上機嫌な調子で、後ろから声がかかった。私は声に応えることができず、足を止めた。

あれ、なんか…顔が、熱い。

しんと静まった周辺が、心臓の音を強調しているようだ。顔、どころか…耳まで熱い。

「どした、大丈夫か」

黙りこくった私を心配して、武生くんが私の顔を見て覗き込む。その瞬間、ぶわああ、と顔がさらに熱くなった。

武生くんの声が、妙に心地よく感じる。低くて、優しい。緊張してしまう。人見知り全開のときも、緊張はするけど。なんだか、違う。武生くんといると、すごく嬉しくなる。

そこまで考えて、恥ずかしくなった。

ぱっと右手を離して、武生くんの目をまっすぐ見つめた。武生くんは目を丸くし、首を傾げた。

「あ、あのね!」

落ち着け、落ち着け。

私は言わないといけない、ちゃんと自覚したこの気持ちを伝えないといけない。

「ん」

武生くんは、急かすこともなくじっと私の言葉を待つ。その態度に、私は惹かれたのかもしれない。

いや、その態度だけじゃない。

「わ、私…」

こんな私とまっすぐ向き合ってくれたところ。

嫌われ者で不良だけど本当は優しいところ。

誰かを守るために真っ先に体を張ることが出来るところ。


「えと…」


そういうところが、



「好き、です」

「ッ…」


「わ、私…武生くんが好きです」

言った!言った!

よくやった私!

言った後で、急速に体温が高くなったのがわかった。はわわわと慌てふためき、しまいには両手で顔を覆う。冷えた手が、熱い頬をわずかに冷やす。武生くんは、黙ったままだ。沈黙が痛い、とても痛い。

ていうか、これで私振られたらどうなるんだろう。それに、私武生くんのこと拒絶しちゃったのに、まだ謝ってない。先にそっちを言うべきだった!武生くんが謝って私が謝らないなんておかしい!

どんどんパニックを起こし、沈黙に耐えられず、「あの!」と声を上げた。が、言葉を続けることができなかった。

「ッ…!」

このときの私の視界は、スローモーションのようにゆっくり動いた。

手が、伸びてくる。

手が、後頭部に回る。

引き寄せられる。

一瞬、息が止まった。

じんわりと温もりが身体中に広がる。


何が起こったか、理解するのにとても時間がかかった。武生くんの太い両腕が、私の首に回っている。大きな手が、後頭部に添えられている。武生くんが、右の耳元でゆっくりと息を吐いたのがはっきりとわかった。右耳に微かに息がかかって、くすぐったさに驚いて息を呑む。細身で小柄なフユさんよりも厚く、筋肉質な体が、密着していて…少し、いやかなり恥ずかしい。

「た、たッ武生くんッ…」

抱きしめられていた。

お父さんに抱きしめられたことはあるし、フユさんにおんぶされたこともある。男の人に触られたことは、初めてではない。初めてではないはず、なのに。

私は呼吸すらしばらく忘れ、動揺していた。焦って出した声も、完全に裏返った。

ばくばくと、心臓が暴れる。と、思ったら、うるさい心臓音は私だけのものではなかった。私だけでなく、武生くんも…同じように心臓がうるさかった。

「………か……」

武生くんが、呟く。が、私に言ったわけではなく、ただ無意識に出た言葉みたいだ。

「まじか…!これ、夢じゃねェよな」

これは、きっと私に言った言葉。

武生くんの顔は見えない、見えないけれど右側の耳元で直接響く武生くんの声は、すごく弾んでいた。

ぎゅうっと力を込めた武生くん。苦しかったけれど、私もそっと武生くんの背中に手を回した。




「……おい、押すな!あ、馬鹿!」

不意に聞こえる聞き慣れた声、と同時に物陰から押し出されたのは、酔っ払っていたはずの三木のおじさん。

私と武生くんは、抱きしめ合いながら硬直した。

「あーあー見つかっちまったじゃねえか」

三木はため息をついた。

「ほほう、あれがアサの彼氏ですな」

「アサやるぅ、顔怖いけどよく見ればいい男じゃーん」

くすくすと笑い合いながら、頷きあう三木の奥さんと河上の奥さん。

河上のおじさんとフユさんは、二人とも後ろで親指を立てている。いや、なんの合図だそれは。やれってか、続きをやれってか。

当麻のおじさんは「いやー、若いのは初々しくていいねえ」と、しみじみ昔を思い出しているようだ。

お母さんは微かに微笑みながら、「幸せになれ」と言っているし、お父さんは「アサがぁぁ、お嫁にぃぃ!!」と泣き叫んでるし、二人とも話が飛躍し過ぎていて、どうしよう私話についていける自信がない。


ていうか結局みんなついてきたんかい!


なんだかもう雰囲気が台無しなので、私たちはとりあえず離れた。私がため息をつくと、武生くんが微かに笑った。

「アサ、おめでとーう」

フユさんが歩み寄り、私の頭を撫でる。

「アサがこのまま人見知りが直らなかったら、私が嫁にもらってあげようと思ったけど…よかったじゃない、オネエさん安心した」

「いや、フユさんのお嫁さんはやだな。ハードル高い、美人のハードル」

「関係ないわよぅ」

「いや、ダメっす。俺が嫁にもらうんで」

頭の上に乗っているフユさんの手をどかした武生くんは、平然とそう言ってのけた。もちろん、一番驚いたのは私である。

「ちょッ、た、武生くん!」

何を、と言いかけて、目を見開いた。くいって腕を引かれて、頬に、柔らかい感触。


視界に入ったのは、フユさんの大きな目が真ん丸く見開かれた表情。

耳に聞こえるのは、酔っ払いたちの冷やかしと、お父さんの悲鳴。

「見せつけてくれますねぇ、涼ちゃん」と、言ったフユさんは至極楽しそう。


私は真っ赤な顔で、柔らかい感触の残った頬に手を添えた。やばい、熱い。武生くんを見ると、武生くんは勢い良く顔をそらした。耳が、赤い。


心臓の音と、冷やかしと、悲鳴の中で混乱した私は……その場から逃亡した。

きりがいいので、とりあえず完結します。

受験が終わって、また気が向いたら、新しく書こうと思っています。

次は、商店街の人たちのこととか、手助けの役回りに回った智大のこととか、恋の気配のない真冬のこととか、あとはアサのトラウマになった女の子のこととか。


ありがとうございました!

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