離れるつもりは毛頭ない
武生涼は、唸った。
何をどう話せと言うんだ。手を繋ごうと思ったら、嫌がられた挙句、逃げられたと?そんな恥を自ら晒すなんて、無理だ。
一方、真冬はというと、涼の気持ちがある程度わかっていた。恐らくこの目つきの悪い不良は、自分に対して嫉妬のようなものを感じている。それは、アサとの関係性や態度であり、周囲の自分への評価である。
身長が高く、目つきが悪く、金髪、顔には生傷が絶えない。周りから見たこの不良は、間違いなく関わってはいけない部類の人間で、恐ろしいと感じる。
細く、白く、綺麗と言われ続け、ちやほやされ続けた女顔の真冬とは大きく異なる。四六時中、殴る蹴るを繰り返していたのは同じなのに。
真冬はため息をついた。
ちやほやされるのが嫌だったわけではない。贔屓されるのも、女だと間違われるのも。
でもね、涼ちゃん。私は、涼ちゃんが羨ましい。涼ちゃんには、まっすぐ相手を思う優しさがある。私のようにひん曲がってない、大切なものを大切にできる優しさが。
ただ、その優しさを理解できる人間が、あんたの周りに現れなかっただけ。
「大丈夫」
真冬は呟いた。
それは、独り言のようで、涼に向けた言葉のようでもある。涼は、不意に呟かれた言葉に驚いて、真冬を見上げた。
「大丈夫。あんたの優しさを、あの子は理解してる。あの子はそういう子だから。アサは、あんたのこと嫌いじゃないよ」
涼は、目を丸くした。なんでアサが原因とわかったんだ、と言いたげな顔。
真冬はベッドに座り、こちらを見上げる涼を見下ろし、頭に手を伸ばした。ぽん、と金髪に手を置く。そしてぐりぐりと荒々しく撫でると、笑みを零した。
「アサはね、昔友達に裏切られたことがあるの」
「?」
涼はいきなりのことに首を傾げた。真冬は、それを見て苦笑する。
「ま、聞きなさいな」
真冬はそう言いながら、涼の隣に座る。ギシリ、とベッドが軋んだ。
「あの子ね、昔友達だった子に、孤立させられたことがあるの。色恋沙汰が原因よ。それ以来、クラスメイトも、同年代の友達も、みんな信じられなくなっちゃってね。当時は、私に対しても少し抵抗があったみたい」
「…まじすか」
「今となっては、私に対してはもう気遣いは不要だけど…同い年の子はダメなのよ。どうしても、昔を思い出すんですって」
涼はそれを聞いて、激しく後悔した。手なんて、繋げるわけがない。ましてや、こんな人相が悪くて何もしてなくても怖がられるような人間となんて。
やってしまった…仲良くなれたと思った、付き合って思い上がってしまった。
わかっていたはずなのに。
自分が、誰にも好かれることがないことくらい。
「それでもねえ、あの子最近目に見えて明るくなったのよ?」
「え…」
息が止まるかと思った。涼は、アサの最近の表情を思い出して、微かに顔を赤くする。
「あの子には、あんたみたいにまっすぐあの子を見てくれるような人間が必要なのよ」
「いや、でも俺、拒絶されて…」
そこまで言って、はっとした。
しまった、口が滑った。言うまいと思って、口を閉ざしていたのに。
しかし真冬は馬鹿にする様子もなく、むしろもう知っていたかのように笑った。
「拒絶なんて、同い年の子ならいつものことよ?ねえ、涼ちゃん。まだ、あの子のことを思ってくれるなら」
真冬は、まっすぐ涼の目を見た。
「拒絶されても、離れないでいてあげて。あの子のそばにいてあげて、お願い」
しばらくあっけに取られていたが、元より、離れるつもりも別れるつもりもなかった涼は、あっさりと、それでいてしっかりと頷いた。