面談しましょう
武生くんが追いついてこないように、とアサは全力で走った。目から零れそうになる熱い雫をこぼさないように、見せないように、袖で乱暴に拭い取りながら。息を切らして教室に駆け込むと、智大がびっくりしたように目を丸くしていた。
「あ、れ…?おはよ、アサちゃん。え、涼と一緒じゃないの?てか、あれ、泣いてる?」
「わ、私……武生くんと別れる…」
「え、ええ!?ちょ、ちょちょ待って!落ち着こ、ね?何があったの?」
そこまで言って、智大は言葉を詰まらせる。周りからの視線が痛い。もしかして、今自分は大変な状況なのでは、と智大は焦った。下手したら泣かせたのは自分だと思われている。
「アサちゃん、ちょっと、うん。ここじゃなんだから向こう行こう」
完全に顔色が悪いアサに気を遣い、教室から出た。どこに行こうと迷って、結局学校から出ることにした。仕方がない、親友とその彼女の危機である。近くの公園まで行くと、弱々しく声を漏らし、俯いて泣いているアサをベンチに座らせた。
「はい、これ」
とりあえず近くの自動販売機で、ジュースを買って渡す。アサは赤い目でそれを眺めた後、一瞬申し訳なさそうに眉を下げ、それから遠慮がちに受け取った。
なんか、おかしい。
アサが智大に対して遠慮がちにしているのはいつものことである。それは、涼もしかり。ていうか、同年代の人にはみんなこんな感じ。でも、最近は少しだけ強張りがとれたと思った。自惚れでも、幻でもなく、アサは明るくなったと感じた。
なんだ、この感じ。
いつにも増して、一線をひかれている感覚。私とあなたの世界は違いますよ、と言われている気分。
アサが泣いていたのも関係あるのかな。
ていうか、この状況。涼が見たら殴られるのは智大である。あれ、涼が見当たらない。一緒に登校してこなかったのか。
違和感が絶えず浮かんだから、とりあえずアサに問おうと思って口を開くと、智大より先にアサが言葉を発した。
「あ、の!」
切羽詰まったような声、相当緊張してる。ほんとに、どうしたんだろう。
「わ、私……」
「ん」
ゆっくりでいい、ゆっくり聞き出そう。智大は、なかなか喋らないアサに根気良く相槌を打った。
アサはその様子に少し落ち着いたのか、意を決したように喋り出した。
「あら?」
大きな目を丸くした真冬は、視線をある一点に集中させた。長い睫毛をぱしぱしと瞬かせ、可愛らしく小首を傾げる。ふわりと揺れる艶やかな髪が、さらりと肩から落ちた。
真冬は形の整った桃色の唇で綺麗に弧を描き、楽しそうに笑った。
「りょーうちゃんッ」
かつっと軽い足取りでヒールを鳴らすと、一際でかく目立っている目つきの悪い不良に声をかけた。
「…?」
かけたのだが、返事がない。それどころか涼は硬直したまま微動だにしない。真冬は首を傾げ、肩を叩いてみる。が、やはり応答はない。何故だか、固まったままである。
「んー、この状況は一体」
真冬は珍しく困惑した表情を浮かべると、涼の体に手を回した。そして、自分の身長よりずっと高い涼をひょいっと軽く持ち上げると、歩き出した。
かつ、かつ、とヒールは軽快に鳴り響く。が、異様な光景。大きな図体をした金髪坊主を、軽々しく俵担ぎする容姿端麗なオネエさん。人々の視線を集めるのは、当たり前だった。
「とりあえず、うちに持って帰るか」
ほっとくわけにもいかないしな、と真冬は呟く。まったく、世話が焼ける。真冬は、幼馴染の慌てふためく様子を頭に浮かべ、深く、けれどもどこか楽しそうに、ため息をついた。




