人の話を聞いてくれ
「ど、どどどういうことだい、アサ!まだ高校生だろう!結婚なんて…お、お父さんはまだお前を手放す気なんて……ちょっと、千紘からもなんとか言ってよ!」
「落ち着いてお父さん」
「アサぁぁぁ!まだ嫁に行かないでぇぇぇ」
「え、ちょ」
「僕たちだけの天使でいて!ずっと一生結婚せずにいてくれても構わない!千紘と僕の愛の結晶!!」
「は、話を」
「うちの一人娘をたぶらかすなんで…死刑だ!千紘、戦闘準備!目標は、武生涼!!」
「話を…きけ!!」
ドゴォッと膝を父、遊佐の鳩尾に入れた。痛みに転がった父を見下ろした母が、珍しく哀れみの目を向けていた。そして、私の頭に手を乗せた。
「いい蹴りだ、さすが私の娘」
とっても嬉しくない。
うぅぅうおおお、と動物のような泣き声をあげるのは、私の父。原因は、私と武生くんのこと。別に結婚するなんて言ってないし、ていうか付き合ってるのかすら怪しい状況なのに、お母さんが「アサを嫁に出す」なんて言うから。飛躍しすぎ、当人の私でさえ飲みかけていたオレンジジュースを吹き出して虹を作った。
しくしく、部屋の隅でお父さんはずっと泣いている。お母さんは難しい顔をして、私を見た。
「言わない方が良かったか…?」
いつも後悔なんてしない母だったが、この時ばかりは選択を誤ったのかと戸惑っていた。いいや違う、言わない方がとかそういうことじゃない。根本的に違う。嫁じゃない!
さすがにこの場に武生くんがいるとカオスになるのは目に見えていたので、武生くんとトモは帰宅をしてもらった。
父と対面させなくて、本当に正解だった。
「や、あのね」
「アサぁぁぁ、嫌だぁぁあ」
「お父さん、あの…」
「行かないでぇぇえ」
「おい…」
「僕の天使!!千紘と僕の愛の…」
「そのくだり二度目!!」
だめだ人の話を聞かない。この人は昔から、こんなんだった。一人娘だからとても大切にしてくれたけれど、大切にしすぎてとっても過保護。お母さんが完全に放任主義で、好きに育て若人よ!というような感じだったから、中和されてちょうどいいのかもしれない。けれど、こうも極端だと困る。
父はめそめそしながら、私に近づいた。あまりに号泣で、正直ドン引きだ。
「あ、アサぁぁ…」
「お父さん、私まだ結婚しないよ?」
「いつかはするのかぁぁ!!お、お父さんは、許さないぞ!!」
涙目で、頼りなさげな声で言われても。一向に泣き止んでくれないお父さんに、お母さんはついに見兼ねたように動いた。
無表情のまま、ぽんぽんと座り込んだ父の頭を撫でた。かがんだ拍子に、さらさらと耳にかけていた髪が流れ落ちた。
頭を撫でられ、目を丸くした父。お母さんはため息をついて、しゃがんでいる父と目線を合わせるように自分もしゃがんだ。
「遊佐」
「わ、千紘。その目は、その声は、そのいつもの数百倍優しい顔は!都合の悪い時に、誤魔化す用の営業スマイル!!いつもかわいいけど、これもまたいいね!いや騙されない、僕は騙されない」
「遊佐、お前には」
私がいるだろ、と笑ったお母さんは、あやすようにお父さんの頭を軽く叩いた。お父さんは背中を丸め、ダンゴムシのようになり…そうして「うん…」と呟いた。我ながら、母は見事に父を操って見せる。いつもの冷たさが、稀な優しさをひきたてる。いわゆる、飴と鞭ってやつだ。
「アサ、幸せになってね」
や、違うちょっと待てこら。
「人の話を聞け」
私はまだ、結婚しないんだってば!!




