無意識ガール
手首が引っ張られて、咄嗟だったから大して反応もできず、引っ張る力に任せてみると、背中に長い腕が回った。
「え」
気付くと、私は武生くんの腕の中にいた。武生くんの右手が私の手首をにぎり、左腕は背中に回っている。いつになく密着していて、私は慌てた。
ほっぺたが、武生くんの胸辺りにあたった。服越しに伝わる熱に、私はさらに慌てた。
すごく離れたい、恥ずかしくて仕方が無い。体の芯から火照って、頭が真っ白になった。
う、わ…
口が開いたまま、塞がらなかった。背中に回された腕に力が入ったようで、ぎゅうっと抱きしめられた。女の子の体とは全然違う、筋肉質でかたい体。慣れない匂いに、私は目眩がした。
ふとフユさんが、私の視界に入る。大きい瞳を真ん丸くしてこちらを見ていたフユさんは、しばらく驚いた様子でいたが、やがて目を細めて楽しそうに笑った。
このやろう、楽しんでやがる。
私は熱くなった頬に気づかないふりをして、フユさんを精一杯睨んだ。まぁ、フユさんは全然気にしていなかったのだけど。
武生くんは腕に力を込めたあと、背中に回していた腕を上にもっていき、私の後頭部を包んだ。ぽん、ぽん、とあやすように軽く撫でた。あんまり優しい手つきに、呼吸が止まった。
「た、武生くん…ど、どどどどうしたの…?」
動揺して声が震えた。うまく、声が出てこない。いつになく緊張して、思考回路がうまく働かない。
武生くんは私の声を聞いて、ぱっと身体を離した。恐る恐る顔を見ると、武生くんは、やってしまったというような表情を浮かべてから「悪い」と謝った。何に対して謝ってるんだろう。私が首を傾げると、武生くんは私の表情をじっと見ていた。
「だいじょぶか」
「え…?」なんだろう。
私の反応に、武生くんは首を傾げた。
「お前、同年代恐怖症だろ。ていうか、そうでなくてもいきなりあんなことされたら怖いだろ。ごめんな」
同年代恐怖症、という言葉を聞いて、私は驚いた。
違う、私…嫌だとは思わなかった。怖いとも、思わなかった。ただただ恥ずかしくて、熱くて、驚いただけ。
「怖くなかったよ、大丈夫だった」
最初は、付き合うと言ってしまって絶望的だったけど。こうやって過剰に気をかけてくれる武生くんは、少しだけかわいく感じた。思わず笑うと、武生くんは口をへの字にしてから大きな手で自分の顔を覆った。
「いやぁ…まさか私まで嫉妬対象になるとはねぇ…」
「恥ずかしさより独占欲が勝るとは…涼も隅に置けませんな」
「トモちゃんもいい恋しなさいよ」
「………」
初恋があなたなんて言えない、とトモが黙り込んだのを、私はおもしろく思えて横目で見て笑った。
私はこのときはまだ、武生くんに抱きしめられた時に感じた熱の正体も恥ずかしさの理由も、何も知らない。




