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Take 5 Alone   


一人でいることが当然だった…それが当たり前で、自分自身それでいいと思っていた。

けれどどうだろう…今の自分はなんて顔をしてる?情けない…ずっと張り詰めていた自分自身の盾がなくなってしまった。独りが辛いなんて…思うはずはなかったのに、その隣に誰もいないなんて当然だったのに……寂しくて死んでしまいそう…


夜の街で、当てもなくカルネラは一人公園のベンチに座り込んでいた。初めて京右と出会った公園。当てもなく、無意識に…そんな筈はなかった。きっとどこかで期待していたのだ…京右が現れるのを…そんな自分に気づいて、情けなくて泣きそうなのに、涙はひとつも出てこない。自分の事をどこか覚めた目で見ている自分がいた。

「……」

自分で決めたこと…それをすぐに後悔している自分がいる。情けなくて自分が嫌になる…いっそ死んでしまえば楽になるなんて…何度考えただろう。それでも、死ぬことすら出来ない…自分という存在を失うことが怖いのだ。

「…私……本当に独りなんだ」

言葉に出した瞬間、涙が出てきた。あれだけ寂しくて悲しくて…それでも出てこなかった涙が、こんな簡単にあふれてきた。誰かに「自分」を認めてほしくて、独りは嫌だと泣き叫びたかった。




「誰でもそうだけどさ…やっぱり他人がいて初めて自分が個人として確立されるのよ」

不意にフィルネスさんが口を開いたと思うと、出てきたのはそんな言葉だった。菜月さんはまだ帰ってくる気配はなく、俺はフィルネスさんと何をするでもなく時間をつぶしていた所。

「どういう意味ですか?」

「哲学…なんだけどね、知らない?こいういの」

フィルネスさんが笑みを零しながら問いかけてくるが、正直哲学なんてものは学ぶどころか、考えたことすらない。

「例えば坊やは自分の事を自分として認識しているでしょう?でも、他の人が全員坊やを坊やとして認めなかったら、もう坊やは坊やじゃなくなっちゃうって事」

「えー…とつまり?」

「簡単に言えば、周りの人が嵯峨野京右を「京右」として認識してくれてるから、坊やは坊や個人としていられるって言う事」

何だか坊や坊や、といわれると頭がこんがらがってくるが、なんとなく言いたい事は理解できたような気がする。つまり、人は一人では「個人」として認められず、他人に「個人」として認められて初めてその存在が確立されるということらしい。まぁ言われてみれば、周りに誰もいない状況で、「個人」などと言ってもどうしようもない気がする。

「よくそんな事知ってますね…」

「そりゃ、長く生きてるものー…ずっと昔、退屈な時間はよく本を読んで過ごしたものよー」

外見では決してわからないその実年齢。それでも何と無く分かる…ずっとずっと信じられないぐらい長い時間を、この人は独りで生きてきたんだと…

「だからさ…本当はちょっと心配」

「へ?」

少しだけ顔を伏せて、つぶやくような声で言う。

「あの子…きっと独りでしょう」

その言葉に次の声が出せなかった。そんな事ぐらいずっと初めから分かっていた…カルネラがずっと独りだった事も、今も独りだという事も…分かっている。

「フィルネスさん…」

「ん?」

軽い感じで返された返事に、少しだけ心が落ち着いた気がした。

「俺は…どうすればいいですか?どうする事が正しいんですか…?」

その問いに返されるであろう返事は予想ができた。それでも誰かに聞きたかったのかもしれない。

「…それは、坊やが決めること……坊やは坊やだもの、他の人にその意思を決める権利なんてないのよ?」

「……」

俺には両手があって、両足があって、ちゃんと何でも自分でできる…いつだってそうだ。決めるのは自分。

「フィルネスさん…俺は……」

少しだけ残った躊躇。だけど、俺は俺の為に生きる事を決めた。




いつからか、空は雲に覆われ雨が振り出していた。

少女に襲われ、ビルの上から逃げるようにして辿り着いたのは学校だった。行く当てが無かったというのが正しい。フェルデナントには身寄りと呼べる人間はただ一人もいない。京右の学校へ転入して来た…それ自体が偽りなのである。

色々と下準備は必要だったが、杜撰な管理の中、フェルデナントにとってはそう難しいことではなかった。今までも一人そうしてどうにか生きてきた。だから住む場所もその日任せ、肉親の顔など見たことも無い。

「……」

不意に教室の隅で座り込むアーシェラに視線を移す。この少女はどうしてしまったのだろうか…あの少女らしからぬ覇気と威厳が感じられなくなっていた。

信じるものが崩れ去った……ただそれだけの事が彼女にとっては大きな問題。

ずっと信じてきたのだ。神というその薄っぺらい存在だけを…それは元々何も持たず、自分以外信じてこなかったフェルデナントにとっては酷く理解しがたいものだった。それでも、アーシェラにとってそれがいかに大切なものだったかはわかる。その姿を見ていれば…

「嬢ちゃん…」

呼びかけに返事は返ってこない。

「らしくねぇな…文句の一つでも返せよ」

アーシェラの指がピクリと動く。けれどそれだけで返事を返す気配は無かった。

「あんな言葉で崩れちまうような薄っぺらいもん…最初から信じてんじゃねぇよ」

はき捨てるようなその言葉。それを耳にしてもアーシェラは声を返さない。ただ…いつも自信に満ちていたその目から、涙が零れた。

「…っ、う」

聞いたことも無い嗚咽。これからも聞くことなんて無いと思っていた。

「…馬鹿じゃねぇか」

誰にでもなく呟かれた言葉。その視線はアーシェラからはずされ、窓の外に向けられていた。会話などあるはずも無い。わからないのだ。フェルデナントにとって、アーシェラの気持ちは理解もできない。

どうして、彼女を庇い、こんな場所で二人いるのかわからない。カルネラを殺す…それだけの為に協力していたはずで、今は使徒二人を失って腑抜けになった彼女になど用も無いはずだというのに、その場から離れる気にはならなかった。

「なぁ…」

独り言のように…

「頼むから…」

それでもハッキリと聞こえる声で…

「泣くなよ」

それしか言えない。大切なものなど持ったことも無い、これからも持つつもりなどないだから理解できない。でもせめて、その嗚咽だけでも止めたくて、そう口にするしかなかった。





雨が降る暗い夜道に似合わない姿。それを見つけ、足を止めた。

「京右くん?」

「へ?」

声をかけられ振り向いた京右の目に映ったのは、クラスメイトである折原百々撫の姿。もう深夜といえる時間にその姿を目にするのは不思議な感じがした。彼女、百々撫は学校でも優等生でとおっていたはずだ。それが今目の前にいるのだから。

「どうしたの…こんな時間に?」

そう問いかけられるが、どちらかといえばそう聞きたいのは京右の方だった。

「折原こそ…」

「あたしはちょっと用事があって」

にこりと微笑むその姿に微かな違和感を感じる。

そういえば彼女は京右を「京右くん」などと呼んでいただろうか?自分のことを「あたし」などと呼んでいただろうか?記憶の中にある彼女と、今目の前にいる彼女が上手く重ならない。

「そ、うか…」

どうしてか怖くなった。こんな時間に街を歩いて、薄い笑みを浮かべて、何を…していたのだろうか?

「それより京右くん…京右くんはどうして…?」

「……」

言葉に詰まる。言葉にしてはいけない気がした。

「悪いっ、折原!」

だから逃げるように踵を返して駆け出す。百々撫はそんな様子を微笑みのまま見続けている。

「ばーか」

彼女らしからぬそんな声…思わずそれに振り返ると、歪んだ百々撫の顔が目に映る。それと同時に背中から何かにぶつかり、バランスを崩したようにその場に倒れてしまう。

「……っ」

「おいおい、前ぐらいちゃんと見てよね?」

軽い声に振り向くと、そこには見慣れた青年、東上修斗が立っていた。何がなんだか分からぬまま目を見開いて固まってしまう。

「ほんっとに…今日はついてないんだから……」

ゆっくりと足を進めてきた百々撫が、京右の前で止まる。京右を見下ろすその目は酷く冷たいものだった。

「まぁまぁ、いーじゃん…ねずみが一匹引っかかったんだし…」

おかしそうに笑う修斗。何かがおかしかった。少なくとも京右の知る二人はこんな性格でもなければ、交友関係も無い。

「な、にが…」

思わず口から出ていたその言葉に、二人は視線を返す。

「何がどうしたって?聞きたいよねー聞かないままなんてやだよねー?」

修斗の声が嫌に耳に響く。

「聞く必要なんて無いわよ…だって京右くん…死ぬんだから」

百々撫の言葉の意味が分からなかった。理解する時間など与えてもらえるわけも無かった。気がついた時にはその胸にナイフが突き刺さっていた。

「ぇ…?」

そのまま倒れるようにして体は地面へと崩れ落ちる。雨が溜まってできた水溜りが赤く染まっていく。

「さよなら」

聞いたことも無いような二人の声が耳に残る。体を起こしたいのに、重くて動かなかった。声も出なかった。

「ぁ…ぁ」

生まれて初めて死を間近に感じる。冷えていく体が恐ろしかった。助けてほしいと…そう思った。

瞼が落ちる……それと同時に、意識も途絶えた。




スッと意識が戻り、見たことも無い景色が目の前に広がる。

その感覚を俺は知っていた。そう、これはカルネラの記憶の世界。彼女自身忘れているであろう…その記憶。

「……」

カルネラは暗い小さな部屋にいた。その体にはいくつもの包帯が巻かれている。

「おい」

不意に部屋の外から声がかけられ、それにビクリと体を振るわせるカルネラ。ここは部屋などではなかった…そう、ここは牢屋だ。

「起きてたか…さっさとこっちへ来い」

扉が開かれると同時に、法衣を着た男が姿を現す。カルネラは黙ってその言葉に従う。ふらふらとした足取りで…それ以外選べる道が無いように。

「これが最後だ」

男がカルネラの手を乱暴に引いてそう呟く。少しだけ表情を明るくしてカルネラが顔を上げる。けれどそれを忌々しげに見下ろした男が発した言葉は、その期待を裏切るものだった。

「今回失敗すれば…お前は処分する」


カルネラが連れてこられたのは、一人の少年の前。

少年もカルネラと同じように、体に包帯を巻いていた。暫く見詰め合っていた二人は、やがて法衣を着た男たちによって引き連れられていく。

「一つの力を二つに分けるなど…可能なのか?」

「おそらくな…何しろ子供だ…全てを受け入れるには体も精神も幼すぎる」

「だが、万が一成功しても力が半減するのではないか?」

「成長した後、優秀な方に全てをうつせばいいだろう…失敗しても代わりはいるのだ」

小さな子供を引き連れた男達は口々に言葉を交わす。それが何を意味するのか…俺にも、恐らく子供達自身も分からなかった。

「悪魔は…?」

一人の男がそう口にする。それに俺は顔を上げた。

「あぁ…聖乙女様が狩って来てくれたよ」

馬鹿にした声でもう一人の男が返す。

「熱心だねぇ…神様なんていやしないっていうのに…」

「軽々しく口にするな…どこから漏れるかわからんのだぞ」

呆れた様に肩を竦めた男を、もう一人が叱咤する。

「聖乙女派なんて…もう数える程度でしょう」

「だがまだだ…まだ、使徒に対抗しえるこの実験が完璧ではない」

使徒に対抗しえる実験…何のことだかは分からないが、少なくとも、使徒や聖乙女に対して友好的でない事は理解できた。

「これが成功すれば…第一号になるわけですか…」

「あぁ…悪魔の力を持った、使徒を超える人間だ」

その言葉に耳を疑った。悪魔の力を持った人間?じゃあカルネラは…悪魔にされたっていうのか…?

「では手術を…」

男達は重い扉の奥へとカルネラ達を連れて行く。その後に続く勇気が…俺には無かった。見なくとも分かる。実験は成功したのだ…だからカルネラは生きている。

けれど…そのすべての記憶を失い…悪魔だと…教会に命を狙われている。カルネラが悪いわけではないのに…一方的な理由で…


そこから意識が飛んだ。再びあたりがハッキリした時に目に入ってきたのは少しだけ背の伸びたカルネラと少年の姿だった。

「おにーちゃん」

カルネラがそう少年のことを呼ぶ。少年は小さく首をかしげた。

二人には元々身寄りが無いのかもしれない。そうでなければこんな場所につれてこられて、騒ぎになっていないはずが無い。だから、カルネラと少年は本当に兄弟のようにも見えた。

「おにーちゃんの髪の色って、きれいだね」

カルネラは自分の灰色の髪を一度見てから、少年に目を移す。少年は確かに綺麗な青銀の髪をしていた。

「羨ましい」

そう照れたように笑うカルネラの頭を、少年は優しくなでる。

「カルネラの髪も綺麗だよ」

褒められたことが嬉しいのか、カルネラは笑みを浮かべた。仲の良さそうなその姿。少なくとも今のカルネラは幸せそうにさえ見えた。だけど…

夢の時間はすぐに終わりを告げた。


暫くして二人は引き離され、別々の生活を送った。

それも普通の生活などではない。使徒を凌ぐ兵器として、人を殺す知識や技術だけを学ばされていく。それでもカルネラは少年を兄として慕い続けた。それだけは許されると信じていた。そんなはずはないのに…

数年経って、二人の間に能力の違いが出てきたのか、法衣を着た男が訓練中に言葉を漏らした。

「一号と二号ですけど…どうやら二号のほうが見込みがあるようです」

「それで…?今移植して二号は受け入れられるのか?」

「…確実とは言い切れません…ですがゼロではないかと……」

その会話をカルネラは片耳で聞いていた。自分が二号と呼ばれている事も…知っていた。

「…分かった、任せよう」

一拍おいて男はそう口にする。何を意味するのか…カルネラはもう分かる年になっていた。





目が覚める。

まさかさめるとは思っていなかった…確かに俺は折原に刺されて…冷たくなっていく体を感じたはずだったのだから…

「目が…覚めましたか?」

聞き覚えのあるその声に顔を向ける。そこには別れた時と変わらぬカルネラの姿があった。

「間に合ってよかったです…今キョウスケさんに何かあればすぐ分かるんです…だから――」

言葉を聞き終える前に抱きしめていた。驚いたように息を呑んだカルネラを気にも留めず、抱きしめ続ける。

「…よかった、無事で…」

今まで死に掛けていた自分がこんな言葉を言うのは、酷く滑稽な気さえしたが、それでもかまわなかった。今目の前に変わらぬカルネラの姿がある事が嬉しかった。

「キョウスケ…さん」

カルネラの声が震えていた。その顔を見ずとも泣いているのが分かった。だからそのまま体を離すことはしない。互いに傘を差していないせいで、体はぐしゃぐしゃに濡れていたが、それさえも気にかからなかった。

「ごめん…俺、カルネラの好意無駄にする」

「……」

彼女が精一杯強がって与えてくれた好意。それを俺は今無駄にしようとしている。それでも気がついてしまった…出会って少ししか経っていないというのに、俺はカルネラを守りたいと思ってる。

「俺…一緒にいるから、死ぬかもしれないとか…今の生活が全部なくなるとか…それでも一緒にいるから」

カルネラの腕が恐る恐る俺の背中に回される。

「いいんですか…?」

「あぁ…」

返事と共にカルネラを抱きしめる力を強くする。

「…頼っても…いいんですか?」

「あぁ…一人で無理しなくてもいい…」

その返事とほぼ同時に、カルネラがしっかりと俺の背中に回す手に力をこめた。それは本当に…ただの少女のもので…俺は少しだけ安心する。

「帰ろう…」

「…え?」

少しだけ体を離し呟くように言葉にすると、カルネラが目を見開いて声を漏らす。

「フィルネスさんも、夏樹さんも待ってくれてる…」

「……」

「帰る場所なら…ここにあるんだから」

言葉を聞いてから、カルネラが俯く。涙を流して、小さく何度も「ありがとう」と呟いた。




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