新たな客人
※思い出に浸る→暇だなぁ→「魔王め!覚悟しろ!」「暇つぶしにもならんわ」
※主人公である支配者様は最強です。
※でも戦闘シーンはありません。蟻を数匹殺すのに道具は要りません。踏めばいいんですから。
喧騒の中に消えていく子供だった青年の後姿。
私は知らず知らずのうちに溜息をついていた。
異世界を覗き込んでいた靄を消し、何をするでもなく外を眺めた。
真っ暗な死の世界だ。
普通の生き物が住めないような場所に居るのだから当然だろう。
唯一特殊な結界で覆われた城内には新鮮な空気が詰められてはいるが、外の世界を知るものに此処の暮らしは堪えるに違いない。
毎日が同じような景色で構成され、何の変化も起こらない。
ひどくつまらない世界だ。
私の居る小さな箱庭に訪れてくれるような勇気あるものは随分と見ていない。
かつては「魔王」だの「化け物」だの「諸悪の根源」だのと好き放題に言っては侵略に来ていた人間達も姿を見せない。
此処何百年かは穏やかな時代が続いている…。
悪しき野心を抱く貴族は少なからず居るようだが、その悪事は未然に防がれているようだ。
善き王と貴族、そして理解ある民が平和をつくっているのだろう。
素晴らしい事だとは思うが、私は暇で仕方が無い。
「…ちょっとだけ魔物の数を増やしてしまおうか…?」
そんな突拍子も無い事を考えてしまう程度に暇だった。
無駄に余っている魔力を使えば化け物どもを増産するのは容易い事だし、そうすれば外の世界に大きな影響を与えるだろうと考えると笑みが漏れる。
私は孤独が好き。でも構ってもらえないのは凄く寂しい事なのだ。
もう気が遠くなるほどの時間を一人で過ごしてきた。
あの勇気ある王は死ぬ間際まで手紙をよこしてくれたり、気が向いたときには顔を見せにも来てくれたりした。
けれど王はもういない。
人間にしては丈夫な男だったが、それでも私から見れば脆弱な身体だった。
はやり病にかかったと聞いて見舞いに向かうよりも早く、彼はこの世を去ってしまった。
たった一人の友人だったのだ…。
「……ああ、駄目だな…」
もう、名前すら思い出せなくなってしまった。
どんなに記憶に残る出会いだったとしても年月は全てを奪い去ってしまう。
私が大切にしていたものは全て先に逝ってしまった…。
寂しくないと言えば嘘になる。
大切な友を亡くした気持ちに嘘偽りはないし、心の何処かでは私は彼を…。
「ああ…馬鹿だな、私は…」
大切な物が手の平から零れ落ちた後になってようやく実感した。
私は、彼を慕っていたのだ。
年老いても若い頃の気持ちを忘れなかった彼は、私の顔を見るたびに悲しそうな顔をした。
妻とそっくりだ、と言われるたびに胸が締め付けられる想いだった。
彼のことが大好きだった。
種族の違いさえも忘れてしまうほどに彼が愛しかった。
今にして思えば淡い恋だったのだ。
興味から親しみへ。
一度傾いた感情は歯止めが利かない恐ろしい物だ。
「愛している」
だけど本当に淡い想いだ。
彼のことを好いている。
その気持ちに間違いはないが、私は彼の妻の事も愛している。
いや…慕っている、と言うべきか?
義理の両親のように思っていたのかも知れない。
私には両親なんて物は最初から存在しては居なかったし、それに類似する存在もいなかった。
幼い頃から強かった私の周りには傅く者しかいなかったのだ。
誰もが私の力を恐れて遠巻きにしていた中で対等に話しかけてきたのは彼が初めてだった。
小さな小さな力しか持たない脆弱な人間の王。
それが私の彼に対する最初の認識だ。
何時しか面白い奴だと思い、それは思慕にも繋がっていった。
彼が話す亡き愛妻の話は面白く、私に「母親」と言う存在を強く印象付けた。
「そうそう。彼には息子が居るとか言っていたな。確か王位を息子に継がすので後先考えずにやって来た、と」
長く伸びてきた爪を適当に切りそろえながら天井を見上げる。
誇り一つ無いシャンデリアが夜風に揺らめいている。
ガラス同士が擦れ合う小さな音が私は気に入っているのだが、この時ばかりは困った事になった。
ガシャーンッ!!!
激しい怒声と大勢の足音でシャンデリアが耳障りな音を立てて激しく揺れる。
本日の来客は無かったはずなのだが、いや普通ならば居ないけれど。
一瞬だけだが意識を飛ばして結界を探ってみたが誰かが通った痕跡は無い。
転移形の魔法を使用したのだろうか。
だがアレは一度行った場所にしか使えないはず。
この果ての城に辿り着いた者で生きている者はいない。
勇敢なる騎士や魔法使い達は死に絶え、親しい仲だった王も亡くなっている。
「まぁ、可能性が無いわけでもないか。王たちに与えた巻物が残っていたのか」
考えうる限りではそれが一番可能性が高い。
行きは良い良い、帰りは怖い。
そんな言葉が存在するように私の領地からの帰り道は危険が多い。
来る途中までにはあったはずの道が消えていたり、魔物の質や量が変わっていたり。
何かと不思議な事が起こる土地なのだ、此処は。
だから親しくしていた王である人間にも「帰還の巻物」と呼ばれる宝石を渡したのだ。
「帰還の巻物」とは一度行った場所のすぐ近くに帰ることの出来る特殊な宝石だ。
高位の魔法使いが作ることのできる宝石であり、その質は様々だ。
製造する魔法使いの技量にもよる所が大きい。
私のような存在であれば望みのところに一瞬で戻る事ができる。
基本的な材料は色の濃い宝石と魔力。
あとは足りない魔力分を補うために個人で好きな素材を足して作る代物。
私は面倒なので魔力に物を言わせて作っているが…まぁ正しい製造方法とは言い難いだろう。
まともな境域など受けた事もないので臨機応変に対応は出来るが、人間が身に着けているような装飾品の作り方などは知らない。
たまに勇者のような特殊な事情が有る者から貰い受けて練習してはいるが…。
ふむ。努力する気持ちだけは認めていただきたい物だな。
「見つけたぞ、魔王!! 今日こそ貴様の命を貰い受けるッ!!」
「勇者様…! 遂に此処まできたんですね私達…ッ」
「最後の時までお供します!」
……。コレは何か? 演劇か何かなのだろうか。
爆音の正体は自称・勇者様御一行だったらしい。
見れば確かに前勇者が持っていた剣や盾と言った装備品を身に纏っている。
だが…彼等は此処を何だと思っているのだろう。
見詰め合う勇者とその仲間の女共。
背後に控えている騎士達も感極まったように口々に「勇者様万歳!」等とわめいている。
まだ私に攻撃を当ててもいないというのに随分と暢気な物だな。
一世代前までの勇者達は名乗りを上げる事すらせずに切りかかって来たと言うのに…。
これが時代の変化と言う奴なのだな。