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拉致被害者(勇者)


 ※拙い文章ですが、読みやすさを重視しております。

 ※主人公の独り言のような感じで話は進んでいきます。

 ※戦闘はしませんが嫌がらせはするかもしれません。




 あの風変わりな王はゆっくりしていくように引き止める私に笑みを零した。


 寂しげな風が吹けば消えてしまいそうな笑みだったのを良く覚えている。


 王は言った。


 私は王の亡き妻によく似ている、と。


 だから私を見ていると辛いのだ、とも話した。


 話し相手に事欠いていた私には想像のできない言葉ではあったが、理解だけは出来た。


 王は亡き妻をまだ愛しているのだ。


 その事が理解できた私は彼等を引き止めるようなことはしなかった。


 元より誰も居ない土地だったのだ。


 戯れに立ち寄った旅人を留め置く術は私には無い。


 力を行使すれば壊れてしまうような危うい関係だった事もある。


 彼等は私が腕を振るうだけでミンチになってしまうような脆弱な存在。


 私の機嫌がいいから帰れるだけであって不機嫌だったときの事は…まぁ考えてはあったのだろう。


 そのための護衛たちであり、少数精鋭なのだ。



 「それにしても……つまらんなぁ…」



 昔話ばかりを思い出しているようではあっという間に老いてしまいそうだ。


 それでも私にはすることが無い。


 暇つぶしに世界征服をしてみようかとも考えたが、すぐに止めた。


 雑草を引っこ抜いても何の特にもならない。


 寧ろ畏れられるばかりで損ばかりではないか。


 仕舞いには遥か昔にやって来た「勇者」とか言うのを召喚しそうだ。



 「そう言えば…」



 勇者も哀れな人間だった。


 複数存在している異世界から呼び出され、訳も分からないまま「悪を滅ぼせ」等と命令されていた。


 年若い男の子だった。


 不釣合いなほど大きな「聖剣」を手に私に立ち向かってきたが、何のことはない相手だった。


 確かに力は強いかもしれないが覚悟が足りては居なかった。


 「悪は滅ぼせ」


 確かにその通りだったのだろう。


 だが勇者は迷っていたのだ。


 自分の選ばされた道が本当に正しいのか。


 悪というのは一方から見た視点からの決定であって、多方面から見れば悪は正義にもなり得るのだ。



 剣を振るいながらも尚も迷いを振り切れない子供ゆうしゃに私は囁いた。


 単なる気まぐれだったのだ。


 彼は召喚された先で出会った偽りの恋人と異世界で待つ自分の本当の家族。


 そのどちらを取るのか。私は見てみたかったのだろう。


 何せ暇だったからな。



 『勇者と呼ばれている幼い子供よ。お前、元の世界に返りたくは無いか』



 それは問いではなく確定であった。


 私の発した言葉の意味を図りかねて剣を止めた勇者にもう一度言った。



 『お前は愛する家族と世界に戻りたくは無いのか? 今の私は機嫌が良い。身に着けている装備品は貰うが、その代わりと言っては何だが、な。帰してやろう。お前の本来居るべき世界に』


 『………え…?』



 勇者となった子供は呆然として固まっていたかと思うと大きな声を上げて泣き始めた。


 選ばれた勇者とは言え、まだ母親に甘えていたい年頃の子供なのだ。


 悪とされている私の前で形振り構わずわめいていた。


 「帰りたい」「殺したくなんか無い」「選ばれたくなんか無かった」等など。


 まぁ色々と喚いておった。


 それも仕方の無い事だろう。


 勇者として拉致されてきた子供はまだ13にもなっていなかったのだ。



 ぐずぐずと鼻をすすりながらも子供は必死に頼んできた。


 私が善い悪だったからいいものの…。


 あんまりにも懇願してくるものだから意地悪をしたくなったのも本心だ。


 だがそれと同じくらい憐憫の情が湧いたのも本当だ。



 勇者が自ら望んで来たのなら良かった。


 それならば私も何の憂いも無く殺すことが出来る。


 けれど幼い勇者は違った。


 望まぬ場所に連れて来られたのだ。


 聞くところによると勇者の居た世界では争いごとは滅多に無かったらしい。


 実に平和な国だったのだろう、と問えば潤んだ目を擦りながらも何度も頷いていた。


 そんな世界から来た勇者が始めて奪った命は幼いゴブリンの子供だったそうだ。


 まだまともに歩く事も出来ないゴブリンの子供を殺したのだ、と勇者は泣きながらに懺悔した。



 『こ、子供だったのにッ…! お、…れとッ同じくらいの年だったんだッ』



 それを勇者は殺した。


 せめて兎などの小動物系の魔物から始めれば良かったのかもしれない。


 その方が幼い子供にもこの世界のルールを分かって貰えたかもしれない。


 だが、この考えは全て終わってしまった物事に対する感想でしかないのだ。


 勇者が殺してしまった事実は変わらない。


 一瞬。このまま私の手元に置いておこうかとも考えた。


 しかし一拍後に否定する。


 平和な世界に戻って勇者は今までどおりの生活を送れるかどうか。


 はっきり言って不明だ。


 命を奪ってしまった事に関する罪悪感は一生彼の心に付いて周るだろう。


 もしかしたら命を奪う事に抵抗を覚えなくなってしまうかもしれない。


 人間の命を終わらせるのは意外と簡単なのだから。



 『それでも戻りたいと願うか?』


 『はいッ!!』



 私の考えている可能性にも打ち勝ってくれるだろう。


 そう思わせてくれるような力強い返事だった。



 「…あれは元気でやっているだろうか…」



 ふと思い出してしまうと気になって仕方が無い。


 勇者を帰したのは随分と昔のことだから今はもう大人の男に成っているだろう。


 クツリと喉が鳴る。


 興味が湧く事は素晴らしい事だ。


 何せ暇ではなくなるのだからな…。



 眼前で腕を一振りして黒いもやのような物を呼び出す。


 微かな風で揺らぐ靄はゆるゆると端を揺らしては纏まりあう。


 不定形の靄に古い呪文を掛けると形は安定した。


 長方形の横長の黒い板。


 そう表現するのが一番しっくり来るだろうか。



 過去と未来を見通す事は難しいが別の世界を垣間見る事は容易い。


 勇者が残していった「聖剣」に残っている気配を頼りに探す。


 すぐに映像が浮かび上がり、黒い板は別の世界を映し出した。



 「…ほう…恋人が出来たのか…」



 そこには幼い頃の面影が色濃く残っている青年が映っていた。


 良く分からない物体が青年の脇を高速で移動しているが、あれが勇者だった頃に言っていた「車」という移動手段だろう。


 三食団子のような色鮮やかな飾りの色によって通りを渡る・渡らないを決めているようだ。


 青年も三食団子が「緑」になったときを見計らって歩き出している。


 横に居るのは大人しそうな女性だ。


 はにかんだような笑みが可愛らしい女性を青年は優しく見守っている。



 「うむ。元気そうで何より、だな」



 思わず安堵の笑みが零れる。


 勇者の姿を覗き見るのはこれが二度目だ。


 一度目は帰還した次の日。


 ちゃんと戻れているのかが心配で様子を見た。


 そして今回が二度目。


 勇者をしていたときの影もなく楽しそうな雰囲気に心の底から息が漏れた。



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