短編集二巻 その二
オーナーへの報告の後、処分に関して軟禁騒ぎや膨大な量の始末書を連帯責任で課せられたりと、紆余曲折はあったが、結論として、”一連の騒動で発生した被害額返済まで働け”と、簡単に言えばそういうことになってしまた。
この辞令を配したとき、アイザックは観念したように受け入れ、オドネルは何故かアイザックへ憐憫の視線を送っていた。その理由も、その後の騒ぎにより身をもって知るのだった。
時間ををもどそう。
二人のもとへ注文していた品が運ばれてきた。暖かな湯気をたてた料理が円テーブルへ置かれていく。
「…ええ、これで全部ね。ありがとう」
「お、ドニーはスパゲティにタバスコ派ッスか」
「いえ、プレーンままで食べるわよ」
「へ?それじゃ一緒に持ってきてもらったタバスコの大瓶は何に?」
「何って、つまみに持ってきてもらったピーナッツによ」
「ピーナッツ?!」
アイザックはそのトンデモ発言に旋律を覚えた。
「このところ、あらゆるものにタバスコをかけて食べるのがマイブームでね。意外といけるのよ」
「ドニー、ドニー。人の趣向にとやかく言う気はないッスけど、味蕾が消える前にやめたほうがいくない?」
「気にしないでよ、それよりあなたもやってみない?きっと病み付きに…」
「助けて女将さん!アッシの未来が風前のともしびに!!」
オドネルの常軌を逸した言動に怖気を感じたアイザックは、とっさに料理を運んできていた女性に泣きついた。泣きつかれた女性は、二人のやり取りをクスクスと楽しそうに笑っていた口から手をどけ、オドネルへ視線を向けた。
「オドネル。アイザックを脅かすのはやめなさい、怖がってるでしょ」
言の葉を紡ぐ口元は優しげで、彼女の種族コボルトが持つ特徴的な犬歯はゆるく見え隠れしている。ふわふわのブロンドの癖毛に覆われた垂れ耳は、喋るに合わせて揺れ動き、彼女の愛嬌を引き出していた。
「あら、フルル。私は脅かすつもりなんてないのよ?」
「あなたは、自分の言動が時々エキセントリックになるってこと自覚したほうがいいわね」
「そッスよ!女将さんのいう通り!」
オドネルの返答に生意気な子供を諌めるように説くフルル。アイザックも便乗して同調するが、その腰はいささか引け目であった。
「おーい、こっちの注文頼まぁ!」
「こっちもだ!」
話に花が咲きかけるが、他の客の声が横入りしてきた。
「あらいけない。それじゃ、くつろいで行ってね、オドネル、アイザック」
「あいよ!」
「ええ、気にしないで」
そういうと、フルルは他の客のもとへ駆けていった。
二人は銘々に返事を返し、しばし見送ってからテーブルへ向き直った。
「そいじゃ、いっただきまーす」
「あ、そうだ、ザック」
「…なんスか」
つと、オドネルが何かに気づいたようにアイザックへ話しかけた。
「あんた、今夜は酔った勢いでフルルへ口説きに行くなんてことしないでよね」
「い…、いやいやいや!さすがに二度は同じことしないっすよ!」
「ならいいんだけど。頼むわよ、次ここで騒ぎ起こしてクランに知れたら、なーんか処分を科されることになりそうなんだからね!」
「了解」
それだけ言うと、それぞれが自分の注文分の料理へと取り掛かっていった。食している間だけ外界の騒音が遠のき、束の間穏やかな時間が流れた。
”今日はこのまま一日が終わればいい”
ほろ酔い気味にそんな思いを抱きながら、二人はゆるい雰囲気へ身をまかせ……。
「オイラの酌ができねってのかい!?」
突然の水入りに殺意を抱いた。
「……なによ、いったい」
オドネルと無言のアイザックが振り向いた先に存在したのは、フルルへ絡んでいる酔っ払いであった。
「注文取りなぁんて他に任せてせさぁ、オイラの隣にきなよぉ!」
「いやですわ、お客さん。オイタはいけませんよ」
そんな迷惑行為にオドネルは激怒した。薄給と副業の中でこそ味わい深いささやかな癒しを損なうことに。アイザックもまた確信した。あの酔っぱらいはいつかの自身であり、粛清されねばならない輩だと。
そして、それは周りのギルド組員にしても同じ事であった。
”早急にここの勝手も知らぬ無頼の輩を表に連れ出さねば”
そう考えを一致させるのは、ある理由があるからだった。というのも、今絡まれている彼女は既に所帯を持っており、また、その伴侶はお手付きにしようとする男どもを軒並みスルメに仕立ててしまう屈強な男として名を馳せているのだ。今までにも幾度か騒ぎを起こしている。
その為、非公式ながらギルド内で【彼の女 手 出すべからず】というお触れが出るほどの、謂わば見えている危険牌としても知れている。
ちなみに、会話にも少し出てきていたが、来たばかりの頃のアイザックも同様の騒ぎを起こし、オドネルも巻き込んだ盛大な逃走劇を引き起こした挙句オーナーからの訓戒処分にされるという始末までになっているのだ。
どうやら、この男は余所から来たばかりのようだ。