短編第二巻 その一
ーーーーーーー[酒場乱闘]ーーーーーーーーー
ギルド受付カウンター横、ほんの数段の階段を下りた先にある酒場は、今日も何時も通りの賑わいを見せていた。
怒声、歓声、笑い声、泣き声。時々ビンの割れる音も交わされる。独特の雰囲気を醸し出している中に我らの凸凹コンビも居座っていた。
両名ともに円いテーブルを挟み、丸椅子にドスリと腰掛けている。
「じゃあ、注文はこんなもんでおねがい。あ、いつものも忘れずにね」
「……はぁ、今日も1日が終わりやしたねぇ、ドニー。気苦労ばかりかかってへとへとっすよ」
「ん~、そうね。でも、今日の分で挨拶しなきゃならないところは全部回ったから、明後日からは通常運営に戻るわよ」
「はいよ。しっかし」
こて言葉を切り、男は苦笑を浮かべ、続けた。
「まさか、あんたの使っているガラタ工房の店主が、あれ、あ~もへんてこな考えの持ち主だったなんて~」
「滅多なこと言わないでよ。あれでもこっちに商品モニターまわしてくれる貴重な財源なんだからね」
「へいへーい」
「ったく。……でもねぇ」
「ん?」
「あんたとこうして職業上の情報を交換し合うなんて、あの時は思いもしなかったわよ」
「そういや、そうっすね~」
けだるげに椅子にもたれたオドネルのつぶやきに、黒装束の男”アイザック“が同意の言葉を返した。彼の夕日のどたばた劇から既に数ヶ月が経とうとしている。その間、彼らを取り巻く環境は劇的な変化を遂げていた。
事件後、二人は城壁衛兵隊に保護された。
衛兵詰所に収容された当時、完全に気を失った状態であった為、聴取は意識が回復した翌日からとなった。聴取は順調に進み、身元の証明の段階にあっては、ハッククランへの照会に対し、オドネルの登録情報が該当した為、二人の身柄はそのままハッククランへ移行されることとなった。
ハッククランは城壁内都市の街中にその本部を構えていた。オドネルの先導で玄関先に着いたとき、その前には中華人民服にデニムのエプロンを掛けた大柄な辮髪の男が待ち構えていた。二人はその男の前まで足を進めた。一人アウェーにいるアイザックに緊張が走った。
男は目の前のオドネルを確認すると、開口一番。
「あ~ら、ドニーちゃん、ケガはなかったかしら~?」
と、オネエ言葉をかましてくれたのだった。
その様に、アイザックは驚愕し、オドネルは特に気にもせず、「大丈夫よ、ヘレーネ」と一言返していた。
「そう、じゃあ、さっそくオーナーに報告に行ってくれないかしら~。あたしも付き添うから」
「…ええ。分かったわ」
「ありがと。それとそこの黒っぽい子も来なさい。二人とも、しっかり話を聞かせてもらうわよ」
そういうと、大柄な男、ヘレーネは踵を返し建物の中に入っていった。二人もそのあとに続いた。中は受付と広い荷置きスペースに占められている。今は大半が出払っているのか閑散としている。
受付カウンター奥の扉を開くと、左手に向かい会談が伸びており、ヘレーネを先頭に上がっていった。終点は上げ蓋によりふさがれている。ヘレーネが蓋を支え、その間に二人が潜り抜けた。
抜けた先は、少々広い個人部屋であった。板張りの床は剥き出しになり、部屋の端に様々な荷物がごたごたと置かれている。階段口と対角の位置に窓が取り付けてあり、その前にデスクが鎮座している。そこに、件のオーナーがいた。その姿は逆光になりよく確認できない。
「オーナー、連絡にあった運輸班所属オドネル、他事件当事者一名連れてまいりました。まず、オドネルより口頭報告をさせます」
オドネルとアイザックを後ろに並ばせてから、ヘレーネが言い、オドネルがそれを受け前へ出た。
「はい、報告します。今回の事態は、いわゆる玉突き事故のようなもので、事の起こりはクエスト終了後帰投している最中にですね……」
「いや、結構」
オドネルの報告は、オーナーにより切り捨てられた。
「何があったかは伝わっている。今重要なことは備品の馬車が大破し、ハッククランの評判に関わることになったかもしれないということだよ。今回の賠償金は月ごとの返済金に追加、他処分は追って伝えるから、もう下がっていいよ」
「…はい」
聞き終えると同時にオドネルは振り返り、若干早足でヘレーネの上げる蓋の裏へと消えていった。
「さて…」
デスク奥の人物が立ち上がり、回り込んできた。位置が変わり日差しがその全体像を照らし出た。それは一言でいえば、溌剌とした銀髪の老婆であった。顔中にしわが刻まれていようとも、そこに年老いた者の弱さなど欠片も見いだせなかった。
「それじゃ、あんたに話を聞こうじゃないか、ええ!手配中のドネットクランの味噌っかすめが」
その言葉を聞くと、確かにアイザックの体が硬直した。そこからアイザックへの詰問が始まった。