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短編一巻 その四

  射的体勢を維持しながら、オドネルは、あらかじめ辺りをつけていたいくつかの地点の一つへ狙いを定め、躊躇なく右手の弾薬を解き放った。

  三枚まとめて放たれたブローチは、空中で弾けるように切り離され、横一列に並び標的へ向かう。

  第一射を射た後も、彼女は休むことなく次弾を取り寄せ、第二、第三射と続けて放つ。

  それらは、猛り狂う群れの全体をカバーするように放たれ、多くの獣たちへと襲いかかっていく。

  そして、ついにその一陣が標的を捕らえた。


  カンっと、乾いた音をたて、それらは角、あるいは、額ととかく頑丈な部位へと突き刺さった。辺りが、シンと静まり返ったような錯覚に捕らわれる。

  しばし、無音の時が過ぎる。


  ……過ぎる。


  ………過ぎる。



  〝そして、オドネルの残心がゆっくり解かれた後にも、ついに何も起こらず、緊迫した時間は過ぎ去り、また何も変わらぬ空間へと引き戻された。〟



「ち、ちょっと!?いったい上で何やってんすか!?もう、馬もヘトヘトになってるっすよ!?」


  男の焦りに満ちたがなり声が聞こえてくる。

 しかし、それでも尚、彼女はじっとしたまま、撃ち込んだ弾薬の行く末を見つめていた。


「焦らないで、もう少しでこの騒ぎも終わるから!」

「いや、んなこと言われても……って!!」


  荷馬車に、硬い衝撃が走る。もはや、この追いかけっこも終わりへと近づいているようだ。

  獣たちは獲物を仕留めんと、猛烈な勢いで近づいてくる。男の目にも、もうだめだと、諦観の色が浮かぶ。そんな中、オドネルは、風に煽られたソンブレロを気にして、深く被り直している。

  鋭い牛角が致命的な位置で接触するまで、後僅か……。


  ただ、突き刺さったままだったガラクタに変化が起きたのは、丁度その時だった。


  パキッ!甲高い音が辺りに響く。直後、全てのブローチが放たれた順番に、次々と緑色の煙を吹き出し始めた。

  瞬く間に辺り一面が煙に包まれる。


「よし、成功!そこの黒助!手綱を右にきって!!」

「へ、あ、えぇ!?りょ、了解!?」


  何かほしかった効果が得られたのか、オドネルは、御者台にいる男に指示を飛ばした。自身は、そのまま屋根の上で後方の監視を続けている。

  指示を出された男は、わかったのかいないのか不明瞭な声を出しながらも、慌てて手綱を握りしめた。


  二人がそれぞれに対応している間、闘牛たちは視界を埋め尽くした煙に、しばしその歩を緩めるも、未だ危険な速度で暴走を続けている。……様に見えた。


  しかし、そこにははっきりとした変化が現れていた。


 〝グモォオオ、オオォォォ〟


 何やら、猛る嘶きのなかに呻き声のようなものが漏れ聞こえてくる。それは、射線上にいた群れの端から徐々に全体へと感染するかの様に拡がっていった。

 程なくして、群れは先頭から足がフラフラとおぼつかなかくなり始めた。

 オドネルはその様を見ながら、獣たちへ、もしくは、前の男へ聞かせるように呟いた。


「効くでしょ、ガラタ工房謹製〝緑青〟。常人なら五分で膝をつく強烈な臭気。今に先頭の個体から力が抜けて、将棋崩しになるわよ。」


 そこから左手に掴んだ弾弓を突き付け、今度は高らかに口上を述べあげた。


「頭が冷えたらもといた場所に帰りなさい!運送屋のお姉さんだって、怒ると怖いのよ!!」


 そのまま高笑いでもあげるかの如く勢いであった。


 さて、一方手綱を任された黒装束であるが。


「ええと、右!右だな!?……右ってどっちだっけ!!?」


 盛大にパニックへ陥っていた。


「か、亀さん!右ってどっちでしたっけ!?」


 振り返りオドネルへ急ぎ尋ねる。


「はあ!?左右もわからないの!?落ち着きなさい!右はお箸を持つ方よ!!」


 さすがに予想しえなかった問いに、焦りながらも答える。男もその答えに納得して前に向き直す。


「なるほど、お箸の方か!」


 男はその分かりやすい答えを信じ、おもいっきり手綱を引いた。

 そう、おもいっきり、〝左〟へと。


「って、キャアアァ!?何で左に?!そっちは茶碗持つ方よ!!」

「いや、自分左利きなもんで!」

「知らないわよ!お箸持つ方って言ったら世間では右を指すのよ!!」


 やいのやいの。二人が焦りの最中騒ぎ立てる。それでも時計の針は回り続ける。

 車体が大きく揺れる。左方に進路をとった荷馬車は、もつれる巨体の前面を掠めるように突き進んだ。


 道の端まで十数メートルを危うげに通り抜け林へ飛び込んだのと、群れの先頭が崩れ落ちたのは、ほぼ同時のことだった。


「た、助かった……。」

「ほんと、なんでこんな目に……。」


 林へ逃げ込んだ荷馬車は未だ勢い良く走り続ける。その上では、二人が窮地を脱した安堵からへたりこんでいた。


 本来ならこのドタバタ劇はここらで終幕を迎えていたのだろう。だが、笑いの神様はよほど興がのっていたのだろう、最後までチョコたっぷりとでもいうように困難を仕込んでいた。

 彼女らの前に、文字通り壁が立ち塞がったのだった。


「……ん、ん!?ちょっと亀さん、前、前!!」

「何よ…って、あ!?し、しまった!林の向こうはすぐ市街の城壁だったわ!すぐに止めて!!」

「合点!……あれ、手綱が放れていくような?」


 男は手綱を引こうと手の内にある綱を握り直すが、綱は力を入れていないにも関わらず張りを増しており、しまいには…。


「のぉ!?お馬さんが逃げて!?」


 つながれているはずの馬が、拘束を外し一目散に脇へと抜けていった。


「こ、こんなときにクランの逃亡防止の調教成果が……!」

「なんで!?てか、と、止まらねぇ~!!」

「へ~ん、もう嫌~~!!」

「南無三~~!!?」


 制御を失った馬なしの荷馬車は、勢いも殺せず走り続ける。もはや泣けど喚けど変わりゃせぬ。悲鳴も虚しく虚空へと吸い込まれ、後には、無惨な結果だけが彼女らを待ち受けていた。


 〝どんがらがっしゃ~ん!!!〟


 ーーー沈む夕日が橙色の灯りを投げかけるなか、堅牢な城壁の前には、哀れ失意を抱えのたまうばかりの木片と化した残骸と、死に体の二匹ばかりが浮き彫りとなっていた。






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