短編集一巻 その三
「ね、《ガラタ工房》ってメーカー、知ってる?」
つと、オドネルが口を開いた。
「いきなり何スか!?こんなときに、知らないっスよ!!」
「そ、最近カタログにも載るようになったんだけどな。…なら今から知るわけだ!運がいいね!!」
オドネルは、口を動かしながら、片手でその身にまとったポンチョの中を、何か確認するようにまさぐっている。
「だから何を…って、アンタいったい何を!?」
「デモンストレーションよ!手綱お願いよ!!」
言い捨てざまオドネルは、空いている方の腕で幌に取り付き、一息に体を屋根の上へと投げ出した。
走り続ける荷馬車の屋根のうえは、やはり不安定で、オドネルは体を投げ出すようにして幌の上に張り付いた。そのままズリズリと後ろの端まで這い進む。
辿り着くと、今度は右手で幌を掴み、下半身を前に引き寄せ、左足を前に片膝立ちの体勢に移る。その間左腕は、背中に回され、ポンチョの中を探っていた。
眼前には十数頭からなる暴れ牛の群れが、道幅いっぱいに広がり追いすがって来ている。
「……大分来ているわね。こんなの町に入れたなんてこと知れたら、もう外を歩けないわ。」
そう愚痴るも、ただ見てあるだけでは、そんな未来予想図が実現してしまうわけで。
彼女は、少し俯き、ソンブレロの鍔の向こうに暴れ牛の群れを押しやり、フーッと息をつく。同時に、首を一つ、コキンと、鳴らした。
そうして、再び顔をあげ、迫る驚異を視界に入れ、声を張り上げた。
「さあ、あなたたち!間抜けが怒らせたのは謝るわ‼でも、ここから先にいかれると困るのよ‼大間抜けは後で郵送して送ってあげるから、ここは大人しく帰って頂戴!!」
そう、一息に捲し立てる。御者台から何やら抗議のような声が聞こえたような気もするが、ひとまず気のせいだろう。
しかし、相手は言葉を介さぬ獣であり、ましてや頭に血がのぼっている状態。端からそんな言葉一つで納められる相手ではなかった。
「……そ、残念。」
彼女としてもそこまで期待していたわけでもないのか、止まる様子のない行軍を一瞥してから、背に回していた腕をゆっくり引き抜いた。
今、彼女の手には一つの武器が握られている。
その形状は弓と酷似していたが、しかし、 どこかが違った。
本体は通常の弓よりやたら太く頑強であり、弦も釣られるように太い軸の物が使われている。もはや、矢じりをつがうことも困難に見える。だが、殊更違和感があるのは、他の部位にあった。
第一に、弓の先端は、本来なら正面から縦一文字に見えるフォルムが、なんと上下とも右側へと曲線を描くあり得ない形となっている。
第二に、ピンと張られた太軸の弦は、中間地点(矢じりをあてがう場所)へ、これまた本来はあり得ない、皮で作られた弾込めが用意されていた。
この弓として役割を到底果たしそうもない武器は、だがしかし、彼女がこの仕事を始めたときからの愛用の一品であった。
その名も゛弾弓。アジア地域において実戦にも用いられた民族武器である。
さて、彼女は体の前にそれを突き出した後、今度は右手を ポンチョの中へいれ、プチプチっと、何かをむしるような音をたててから、それらを引き出した。
手の中には、シロツメグサ、俗に言う三つ葉のクローバーを模した厚目のブローチが3つばかり握られている。
「引き下がらないなら、少~し痛い目に遭って貰うわよ!!」
彼女は右手に取ったブローチを、迷い無く弾込めへあてがい、巻き込むように握り引き絞る。
ギリリと、弦が張り詰めた。