凸凹運輸紀行 一巻 その一
━━━━━[街道沿いの一幕]━━━━━━━
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それはある晴れた初夏のみぎり、長の年月を人々の往来に耐え、踏み固められた街道での出来事。
時刻は八つ時を過ぎ、道行く者はみられず、至極穏やかで平和な時間が流れている。
そんな平穏な空気は………。
「アィイヤアァァアア!!」
「ちょ、待って待って!!話し合おう!?ね!?ね!?」
と、酷くやかましい喚き声と。
『ブモオオォ!!!!モオォオオオォ!!!! 』
けたたましい地鳴りとともに襲い来る黒い波に完膚なきまでに破壊されたのだった。
なぜこのような事態が引き起こされたのか。それを説明するにあたり、読者諸兄には時を少し遡ることを許して頂きたい……。
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時と共に先の場所より手前の地点に視点を移そう。
人気のない長閑な街道を、ひとつの荷馬車が、ゆっくりと渡ってくる。
「っはあ~。いい天気だなぁ、今日は穏やかに一日を終えられそうね。」
ふと、御者台から落ち着いた低めの声が聞こえてきた。 声の調子から見るに、女性のものと思われる。
このひとりごとの主は、御者台からゆったりと前を見据えている。
頭にはくすんだ黄色のソンブレロを被り、同色のポンチョを羽織っている。ポンチョの隙間からは、太い茶色のベルトが覗いている。
しかしながら、その容姿はヒトのものではなかった。
肌は濃いめの緑色。全体的にずんぐりしており、露出した肌は筋肉質。指先は四本ずつ伸びている。
足下は簡素な踵で留めるサンダルで固められている。
“何よりも特徴的なのは、その胴体を覆う大きな甲羅である。”
そう、彼女はこの世界においてポピュラーな種族、獣人の一人。カメの獣人なのだ。
「ああ、ホントいい気分!鼻歌でも出てきそうね。」
そんなことを一人ごちながら、彼女は急ぐでもなく馬の手綱をゆるく揺らした。時は、とても穏やかに流れていく。
---そして、ことは起こった。
「ミギャアアアァアアン!!!」
唐突に、猫を引っぱたいたような奇声が聞きえてきた。
「ふん?」
彼女は、その奇声に気をとられ、馬の歩みを緩ませ辺りを見渡す。しかし、声は聞こえたものの、おかしなものは何も見当たらない。平穏な気配に包まれ、いたって穏やかだ。
「気のせいかしら…。」
そう結論付けて、彼女は、また、馬の速度を戻し、急ぐでもない旅路へと戻ることとした。
と、そのときだった。
「クロワッサーーーン?!!」
訳のわからない喚き声とともに、何かが荷台へと飛び込んできた。荷馬車が大きく揺れ、馬は突然の出来事に驚き、嘶きをあげる。
「ちょ、え!?何事!!?」
あまりに突拍子もないことに、彼女は慌てながらも、とりあえず馬を宥め、歩みを止めさせる。興奮していた馬も、手綱をぐいぐいと引かれ、息を荒くしながらも、ひとまず動きを止めた。彼女もホッと一息つく。
そうしてから、彼女 【オドネル】 は、何が起きたのかを確かめるため、荷台へと視線を送った。
「んん~?。」
荷台は、一般的な幌車であったが、その荷を覆う幌が歪にたわんでいる。骨組みがいくつか逝っているのだろうか、元の張りを取り戻す気配はない。いや、それだけではなく、まだ衝撃の原因が埋まっているのだろう。それを確かめなければならない。
「ホント、何事なの?」
つぶやきながら、オドネルは、手綱を片手にまとめ持ち、御者台の真後ろにある入り口代わりの切れ込みに手を掛け、一気にめくり上げる。
「………。」
無言で中を見渡す。中は埃が舞い、側面が破損してるのか木片が散乱している。仕事帰りのため、備品として隅に積んであった僅かばかりの品が転がっていた。
そして、幌が手ひどく破れた箇所のすぐ側に、彼女は不意の衝撃の原因をついに発見した。
「…っつはっ!ハッハッハッ…!ゲホッッ!!」
それは、息も絶え絶えに床に伏している。姿を見るに、とりあえずはそれがヒトに近しいものであることが伺えた。
身にまとった軽装の黒装束は枝葉にまみれ、かきざき(・・・・)がアチコチにできている。頭に巻かれた布も同様で、一口に言ってぼろくそな有様だった。
「い!?何、面倒ごと?」
「ぜっっ、ぜぇ…!」
「もしも~し?聞こえてます?」
「げっふ!げほっっ!」
「いたずらと犯罪は他所でやってもらいたんですが~?きこえてます?」
「……え?」
数回話掛けてから、ようやく、それは反応を返してきた。こちらを見てくるその顔は、薄汚れてはいたが、ぼちぼち整った男の顔をしていた。
「あ、聞こえた?それじゃ、とりあえず言っておくことが……。」
そう話掛けようとしたときのことだった。男は慌てて周りを確認し始めたと思いきや、入り口にいたオドネルへ猛烈な勢いで詰め寄ってきた。
「アンタ!!ちょ、なんでんな落ち着いて?!いや、それよか今ここはどうなっている?!」
「へ?何、いったい!?とりあえず、落ち着いて!」
矢継ぎ早に質問を投げかけてくる男に面食らいながらも、どうにか宥めようとするも、男はてんで受け付けない。そのような有様に、オドネルもその困惑した雰囲気に呑まれ、どうしていいか思いつかずにいた。
と、突然、男はある一転を凝視しながら、ピタリと動きを止めた。
「………!」
「ふん?」
オドネルは身じろぎもしない男をいぶかしんだが、次の瞬間に、更に驚かせる事態に合った。
「そいつをよこしてくれ!!」
男は出し抜けにオドネルの脇へ体をこじ入れ、その片手に握られていた手綱を奪い、馬に鞭を入れ始めた。