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第一話 オ―ガが語る英雄譚

 王は、その男の申し出を受け入れた。拒否して敵に回すのが馬鹿らしい相手であったし、私室で、しかも二人きりで話がしたいという程度であれば、時間を融通する度量はあったのだ。


「ダンリック、とかいったな。このアルカリオスに、人間の宗教の祭司が何の用だというのだ?」

「ダンリック司教、と及びください。私は『教会』の使いでございます。また、公式に外交官としての役割も担っております。胡乱な言い方は、お互いの為にはなりますまい」


 アルカリオスといえば、オーガの王として近隣諸国に名が知れており、オーガ以外の種族にあっても、一目おかれる存在である。

 オーガは体が大きく、力が強い種族であり、知能も人間と変わらぬ程度にあった。青い肌の色だけが、人とはかけ離れているものの、多くの種族が存在するこの大陸では、大した差異ではないと言える。

 この種族にも王族という貴種が存在し、同族を治めている。この辺りは、どこも変わらない。

 比べて人間族は大陸でもっとも繁栄した種であるものの、他種族の領地においては、その影響力も限定的だ。外交官であれば、なおさら慎重な立ち振る舞いが要求される。

 ……一部の例外を除いては。


「英雄について、知ることをすべて話してもらいましょう。残念ながら、拒否権は、ないものと思っていただきたい」

「さて、英雄などと言われてもな。それだけでは誰の事かわからんが」


 このアルカリオスの返答に、あえて惚けて返したのだと、ダンリックは判断したらしい。眉をひそめて、少し強めの口調で言葉を続ける。


「……シギーといえば、わかるでしょう。オ―ガを含めた異種族の中では、人間の英雄といえば、かの統一帝ノートン以来。大昔の神話の英雄ではなく、現実の英雄として功績を成した彼の事を、貴方はよく知っているはずだ」

「随分と持って回った言い方をするのだな、ダンリック司教。貴殿がその話を求める理由は何だ?」

「……教会は、真実を求めております。オーガをはじめとした異種族にとっては、周知の事でございましょうが……我々人間族の中で、英雄の事を深く知る者は、本当に少ないのです。そして、その一部の方々は、教会の手の届く所にはいない」

「だから、こちらに来た訳か。真実、とやらのために、ご苦労なことだ」


 英雄の真実が、教会にいかなる利益を与えるのか。そこまではアルカリオスもわからない。

 わざわざ教会が国の許可を得て、外交官として司祭を派遣しながら――隣国の王の機嫌を損ねる、という危険を冒してまで、得るべき情報なのか。考えてみれば、疑問である。


「英雄の功績は、誰もが知る所ですが、その人となりまでは広く伝わっておりません。彼が何のために戦い、何を思って功を成したのか。それを知り、教え広めることが、我々の使命と定めております」

「善意からではあるまい。何の目論見あってのことかは知らんが、彼をあまり甘く見ない方がいいぞ」

「異なことを申される。我々は、真実を知りたいだけ。ましてや事実をゆがめて伝えるつもりなどありませぬ」


 口では何とでもいえる。――が、実際、アルカリオスの言葉をゆがめて伝えるつもりなら、それはオ―ガに対する不誠実であり、外交問題に発展する。

 教会という組織の本質はさておき、彼がそこまで悪意に満ちているようには見えない。とりあえず本人は、本心から言っている。ならば、今は信じても良いだろう。


「……話すことに異存はないが、いささか横柄だな。真面目に聞く気があるのか」

「礼を失しているように思われたなら、お詫び申し上げます。しかし、教会の司教である私がここにいるということは、本気で取り組む気があるということです。それだけは、信じて頂きたく」

「我も、我が国民も、教会の傘下に入った覚えはない。貴様の申し出を拒否することも、我には出来るが」

「しかし、あえて敵対する理由もありますまい。むしろ、貸しを作れるなら作りたいはず。……難しいことではありません。話してほしいことがあるのです。すべてをお話しくださるならば、『教会』はオ―ガを隣人として迎え入れる用意がございます」


 オ―ガの王が、己の宮殿において、人間の男に上からの目線で詰問されている。

 これほど滑稽な見世物はないと、誰よりもアルカリオス自身が理解していた。このような対応をされるような、言われはない――と、眼前の男をつまみだすのも手であろう。

 しかし、彼は言った。オ―ガを隣人として受け入れる、と。

 どのような形であれ、人間の方から異種族に歩み寄っている。その意志を、アルカリオスが否定できる訳がなかった。


「司教殿。ここはオ―ガの領地であり、その王の宮殿だ。……付け加えるならば、貴様は生きているオ―ガの中で、最も尊い存在を目の前にしている。いくら密命を受けた身とはいえ、その態度はいかがなものか」

「わざわざ私室を選んで、家臣を遠ざけてまで話をしようというのです。取り繕ってどうしろというのです。わたくしには、任務がございますれば」

「……わかった。わかったから、その辛気臭い顔を近づけないでくれ。――あいつなら、悪態やら皮肉やらを交えて返すのだろうが、私は面白みのない男だ。語り部としては、いささか未熟かもしれん。もっともらしい英雄譚を話すには、不向きでな」

「拒否されると? ――それはつまり、オ―ガ族は教会に寄与しない、という意思表示なのですか?」


 オ―ガは人間の宗教に興味を持たないが、隣国の権威に立てついて、人間の反感を買うのは本意ではない。

 どうにも気にさわるが、こちらも感情的になりすぎた。改めて、言い直す。


「そうは言っていない。ただ、つまらない話を長時間聞かされることになるかも知れんが、そちらは耐えて頂けるのか? 途中で嫌になるかもしれんので、耐え難いようであればだな」

「私は仕事で来ているのです。それも、教会の崇高なる使命を果たすために。たとえ嫌になっても最後まで聞きとおす覚悟ですので、その点はご心配なく」


 つまらぬ男だ、とアルカリオスは思った。この男が信ずるものが、どれほど尊いと言うのか。『英雄』と共に長い年月を戦い続け、いまや王となった彼の心は、なおも神への不信に溢れていた。


「――いいだろう。では、あの男について、知る限りで最初の話から進めていこうか。……あれは、そうだな。われが齢十七の年のことだった」


 だが、語るのは悪くない。あの規格外の男の事を。『英雄』などと世間では言われるが、彼の粗暴さや粗野が口に上ることも多い。成した業績以上は別として、悪口が叩かれることもあり、それは人間だけではなくオ―ガも変わらぬ。


「初めて会ったときから、妙に印象的だった。だからよく覚えている。……我と会う前は、ちょっとした実戦やら冒険やらを経験しただけで、たいしたことはやっていなかったと、あいつは言っていたがな。――まあ、ともかく、常人ではなかったよ。良くも悪くも、な」


 しかし、アルカリオスは知っている。許されるなら、誰より知っていた、と言いたいくらいでもあった。彼の誠実さ、彼のおおらかさ、その博識と知性と献身。これらの価値を本当の意味で理解する者が、どれほどいる。両手で数えられる程度しかいないのではないか。

 世間での『英雄』の印象を、苦々しく思うことさえある。彼の魅力を、誰かに語りたいという欲求が、自然とアルカリオスの中に生れていたのだ。


「では、まず英雄との出会いからお話を聞きましょうか」

「いや、その前からだ。……時系列に話をした方が、わかりやすいだろう」

「伝聞を話される訳ですか。不確かな話は、望む所ではないのですが」

「そういうな。きちんと裏は取ってあるから、まず間違いはない話だ。……興味があるだろう? 異世界よりきたる、人間の英雄。彼が最初どこにいて、何をしたのか。気になると思うが?」

「……聞きましょう。始めてください」


 これはいい機会でもあった。だから、語るのはいい。むしろ、徹底的に吐き出させてもらおうと思う。

 ……このダンリックという男が、自らの申し出を後悔し、前言を撤回しても、やめてやるつもりはなかった。私室の扉は、彼の意志で、いつでも鍵が掛けられるようにしてあるのだから。











 鈴木重行は、生き返った。そう言い表す他ないと、本人は思っている。


――何の因果か異世界転生、ねぇ。神サマもお暇なことで。ああ、暇を持て余してるから、娯楽が必要なんだろうが。……素直に死なせろよ、そこは。


 姓は鈴木、名は重行。年は19で、ギリギリ学生といえる身分のまま、己は死んだはずなのである。

 死ぬ前の事は、よく覚えていた。事故、といってよいのだろう。傍にいた弟分を守るために体を張って、そのまま逝ったはずなのだ。

 体の傷の痛みも、流れ出る血の喪失感も、暗くなっていく意識さえ、生々しく思い出せる。だからこそ、この生き返りという状況を自覚できたのだ。

 今、己の体は正常である。傷一つなく、服装も事故の時そのままだ。横たわっていた体を起き上がらせると、頭を触る。寝ぐせ一つついていない。長時間眠っていた訳でもなさそうであるが、それが余計に不気味だった。


「クソ、気分悪ィ。……死人が蘇るなんて、気持ち悪ィよ」


 奥歯をかみしめて、屈辱に身を震わせる。二度目の生など己は望んでおらぬと、すでに本心は決まっている。なればこそ、彼は怒った。己の死と、生を汚されたような気がして、吐き気さえもよおす。


「自決……は、最後の手段にしとくか。神サマの前に引き出されて『おお死んでしまうとは情けない』なんて言われたら、殴りかかるしかね―し、今そうなったら、勝ち目なんて見えねぇ。――せめて一分でも、勝ち筋が見えねぇことには、どうしようもないな、こいつは」


 重行は、自分の死に納得していた。それが事故によるもので、不本意かつ唐突なものであったとしても、それが現実ならば条件は対等であるはずだ。

 『生きている以上、死へのリスクは必ずある』……限りなく零に近づけることはできるが、生きている者は誰でも死ぬ可能性を内包するものだ。

 病気であれ事故であれ人為であれ、結果が出たものをなかったことにすることはできない。被害者も加害者も、現実を受け止めていかねばならない、という点では対等である。

 だが、己の現状はどうか。自分に限って死すら覆ると言うのは、不公平だ。

 その他の非業の死を遂げた人々は、なぜ死んだままで居らねばならぬ。皆はその不幸を嘆きながらも、最後には受け入れたはずだ。なのに、なぜ己だけがその宿業から逃れていいと思えよう。


「俺は死ぬべきだった。……ああ、そうだ。息をしてていい訳がねぇ。だが、腹かっサバこうと、首くくろうと、神とやらが生き返らせるなら、その行為に意味はなくなる。――胸糞悪ィったらありゃしねえよ」


 だから、神に喧嘩を売ろうと、重行は決めた。

 決定事項である。これから飯を食おう、これが終わったら寝よう、そう思うくらいの気軽さで、彼は己を生き返らせてくれやがった神に復讐することを決めた。


「さしあたって、ここがどこなのかわからなけりゃ、行動しようもないわな。……どうしたもんかねぇ」


 口ではそういうものの、すでに指針は決まっていた。ただ、少し情報を整理する時間が欲しかったのである。

 先ほど異世界、と口にしたが、無論根拠あってのことだ。

 周りは木が生い茂り、近場に目をやれば池もある。日光がさし、気温は温かく、長袖のシャツにズボンをはいただけの軽装でも、肌寒さは感じない。

 それだけなら良いのだが、目に入る動植物の植生が、明らかに異質なのだ。ここが地球であるかどうか、あるいは夢かもしれないと疑いを抱きたくなるほどに。


 ただの動植物なら、見慣れない土地に来た、と考えれば済むだろう……だが。

 例えば、カエルが人型をしていると言えば、その異様さが分かるだろうか。

 例えば、ネコが自然に二足歩行しているのを目にしたとすれば、どう思うだろうか。そして、その両者が人間が着るような衣服を身にまとって、完全に違和感なく着こなしていたとしたら? ……これでは、どうしたって、現実を疑わざるを得なくなる。


「……。……ッ」

「――ッ! ……。……」


 よく聞こえないが――こうして、実際に視界の隅でひそひそと、こちらの様子を窺うように話し合われている様子を見て、己が異邦人であると否が応でも思い知らされた。


「……知りたいことがあって、困っていたら、人に聞くのが筋だな」


 重行は、実行した。彼の価値観において、その相手は『人』に分類された。

 服を着ているということは、服の需要があり、作り出せる文化があるということ。そしてカエルとネコが行動を共にしているということは、異種族間での交流があり、共通の言語と価値観を有していることを意味する。

 重行は、情報を整理してそれを悟った。だから、無碍にはされまいと判断し、声をかけたのだ。


「ちょっと、いいかい?」

「……ハッ、はい? もしや、わたくしに聞かれましたか!? そこのヒト!」

「どっちでもいいが、答えてくれるなら答えてくれ。『ここはどこ』だい?」


 カエルの方が答えた。

 小声だったから曖昧だったが、近づいて話しかけてみて、わかったことがある。

 言葉がわかる。あきらかな異種族が、人間の、日本人の自分にわかる言語で、答えたのだ。


「あー、ここは、ですな。フーリントルク川のそば、になりますね。一番近い街はマリマーというのですが、知らずにここに来たのですかな?」


 そして、こちらの言葉も通じる、と証明された。己は日本語で言ったのである。それを理解して的確な答えを返したのだから、もう疑う余地はなかった。


「ありがとよ、カエルの人。……ん? カエルの人、って言い方は正しいのかね?」

「はて……わたくしに聞かれましても」

「ま、いいや。んじゃ、ネコの人、マリマーって街は、ここから近いのかい?」


 重行に声を掛けられ、びくりとネコの人は体を震わせた。どうも、『ネコの人』という言葉は『正しい意味で』理解してくれたようだ。顔をこちらに向け、上目づかいに、おびえるような態度で彼を見る。


「ボクのことで、いいんですよね?」

「ネコの人っていう言葉が、他に当てはまるのかい?」

「……そうですね、ビュコックさんはカエル族ですし。ここには、ネコ族のボクだけです。何か?」

「だから、マリマーって街は、この近くなのかい? 遠いなら、ちっと考えなきゃならないからよ」


 どうも、この世界でもネコらしい生物はネコと呼ぶらしい。

 ネコ族を名乗った、その相手は、少し考えるそぶりを見せた後、答えた。


「そんなに遠くありません。ボクの足でも、四時間ばかり歩けば着きます」

「あんた、足は早い方か?」

「別に……。たぶん、遅い方です。人間である貴方なら、半日以上かかっちゃうかもしれませんが」

「なるほど、参考になった。……ありがとよ、マジで助かったぜ」


 つまり、ネコ族は人間より足が速い。身体能力に優れているのだ。そして、それを臆面もなく言うということは、『人間とネコ族は共生している』社会である可能性が高い。比較対象をよく知らねば、まず出てこない言葉であるからだ。

 口を開く前は、何かこちらを恐れている様子だったが――話をして、礼まで言われた今、重行が恐ろしい相手でないと理解したのだろう。ネコの人は、落ち着いた顔でこちらの様子をうかがっている。


――しかし、何だな。口元を見る限り、日本語は話してないっぽいんだが。なのに、俺の耳には日本語として聞き取れている。どう考えても、神サマの加護だな、クソッタレ。


 この状況は、己にとって都合がいい。都合が良すぎるだけに、神の意志とやらが垣間見えるようで、ひたすら不快だった。


「あー、わたくしからも、ご質問がありまして。よろしいかな?」

「いいぜ。……ビュコック、でよかったかな」

「ええ、ビュコックと申します。一応、カエル族ではそれなりの顔役でございましてな。不審人物を見つけたとあっては、放っても置けませんで」

「そりゃそうだ。あきらかにおかしいもんな、俺」

「それで――ええと、差し支えなければ、なぜここにいるのか、どうやってこんな所まで来たのか、ご説明いただきたいのですが」


 まっとうな質問だっただけに、重行は悩まず答えた。

 彼は嘘が嫌いだったから、正直に言ってのける。


「神サマに聞いてくれ」

「……はぁ」

「俺知らねーからよ。地球の日本って国でな、若い身空で事故死しちまったはずなんだが、何の因果でこんなとこにいるんだか。……俺の方が聞きたいくらいだよ」

「事態が飲み込めませんが」

「苦情はオリュンポスの山にでも送ってくれ。冥界の人は真面目なはずだから、問題があるとしたらそっちだろ。――訳がわからんかもしれんが、納得してねぇのは、こっちも同じなんだ」


 正直に話すことが、常に最善とは限らない。それでも重行は、こんなことで嘘など吐きたくなかったから、偽りなく答えたのである。不審者として警戒されるのを、承知したうえでの行動だった。


「はぁ。よくはわかりませんが、事故で遭難した、と考えてもよろしいですかな?」

「そんなもんだ。無一文だし、たぶんこっちの一般常識とか、まったく把握してない。関わるだけ損だろうから、放置してくれても恨んだりしねーよ」

「ふーむ。これはこれは、なんとも……いや、お気の毒に」


 ビュコックというカエル、これでなかなか聡明だった。すぐに決断せず、熟考。知恵ある者の処し方である。

 決めかねているのだろう。重行は、ビュコックにとって不審人物であることに変わりはなく、手助けした所で利益など望めまい。

 ならばさっさと放置して別れればいいものの、そうしないということは、やはり気がかりなことがあるのだろう。


「ビュコックさん。助けてあげよう」

「……坊っちゃん。それは」

「困っている人がいたら、助ける。それでいいんだと思う。……僕は人間と付き合いが長い訳じゃないけど、そんなに悪い人には見えない。だったら、せめてマリマーまで送るくらいの事は、してあげても、いいんじゃないかな」


 坊ちゃん、と呼ばれていることからして、ネコの人はどこかの重要人物の息子、と見てよい。

 ビュコックはカエル族の顔役、といった。これを信ずるなら、坊ちゃんは異種族の顔役を傍に付けられる、その必要のある人物だと考えられる。

 上手く取り入れれば、楽に生き延びられるかもしれない。重行は、そう思った。


「うかつなことはやめとけ。ビュコック殿が、なんで即答を避けたと思うよ?」

「え? ……どうして、かな」

「俺が怪しいからだ。坊ちゃんみたいな要人を連れて、手近な街までご案内なんて、どうして出来る? もし、俺が悪党だったら……仮に盗賊だとして見ろ。絶対に厄介事になる。盗賊を手引きしたってことで、下手すりゃ、カエル族の立場を悪化させるかもしれない。――だから、どんなに助けてやりたくても、たやすく決断できない訳だ」


 そして、重行は、誰かに取り入って、誰かをだまして力を得ることを、心から嫌悪していた。だから、彼は誠実に、相手の立場を考えて、お坊ちゃんのうかつさを指摘する。

 結果、己が窮地に陥っても、それはそれだ、と覚悟して。


「そんな。貴方は、助けてほしいとは思わないの?」

「……どうかねぇ。思わなくはないんだが、無理してまで助けてもらっても、かえって辛いだけだろ。『人様に迷惑をかけるな』って、親御さんに言われたことあるか? 俺もな、相手の負担になってまで、生きていたくねぇんだよ」


 至極穏やかな表情で、重行は言った。別に、善意の押しつけとか、そんな風にとった訳ではない。坊ちゃんは坊ちゃんなりに、こちらを思いやって言ってくれている。

 きっと、いい育ち方をしたのだ。こうした優しさは、一定以上の教育と、生活的な余裕があってこそ生まれる。

 誰かを助けよう、と考えられるのは、その人物に誰かを助けられるだけの余裕があるからだ。そしておそらく、彼はその余裕を確実に持っているのだろう。


「坊ちゃん、彼の言うことは正しい」

「ボクも、そう思う。でも……」

「よろしいのではないですかな。助けて差し上げても」

「え?」

「勘ですがな、彼は悪党ではない。ひねくれ者ではあっても、他者を進んで害する、そんな手合いではありますまいよ。――思うままになされよ。坊ちゃんの感性は、結構あてになりますからな。悪人ではないと思われるなら、きっとそれこそが真実なのです」


 妙な方向に話が転がった。重行にとっては意外だが、彼らが決めることに口出しするのも無粋だろう。


「人間族のヒト、貴方をマリマーまでお送りしたい。よろしいですか?」

「翻訳も妙なことになってやがる。……ああ、いいぜ。頼むよ」


 忠告はした。その上で決断するなら、責任は彼らが負うべきだった。

 だが、重行は決意する。決して、彼らに迷惑はかけまい、と。

 彼らにとっては、小さな親切であったのだろう。しかし、小さくとも恩は恩。


――財産は己の身、一つ。こいつは、命を張ってでも返さねぇとな。


 重行にとって、恩を受けるとは、そういうことだった。となると、名乗らずに済ませるのも非礼であろう。


「姓は鈴木すずき、名は重行しげゆき。よろしく」

「フェルト・マリマーです。こちらこそ、よろしく」

「わたくしの名は、知っていますな。改めて名乗りますが、ビュコック・ピヨコックと申します。どうぞよろしく、シゲユキ殿」

「ユッキーって呼んでくれてもいいぜ? 故郷じゃ、それがあだ名だった」


 鈴木重行は、こうして異世界にて知己を得た。

 これが彼の、英雄としての第一歩であり――また彼らの英雄譚の始まりでもあったのだ。






 異世界召喚ものに手を出してみました。書きかけで放置しているアレのことはさておいて、思いついたままに殴り書いています。

 基本的に気分転換に書いているようなものなので、後から後から修正がたびたび入ることもございましょう。


 まだ一話目ですが、二話はすぐに投稿できるでしょう。

 楽しみにしていただけるほどの出来になっていれば、幸いに思います。

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