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白い看板に黒い筆文字で美佐子産業という文字。
それは、実体を失った僕が初めて目にした建物の看板で玄関に入っていくと左には受付の女の人と老齢の警備員が2人。右にはボールペンと記入用紙が置いてあるテーブルがあった。
正面には認証カードで開閉するゲートが三台。
どうやら部外者である僕は要件を記入して身分証明証を受付に提示し、ゲストカードを受け取らないことにはゲートの先には進めないだろう。
実体が無くなってしまえばそんなものは関係がないかと、前に進むという意志だけで視界に写る景色は変わってゆき、ゲートすり抜けるとエレベーターホールに出た。
エレベーターのボタンを押そうとしたが、馬鹿馬鹿しいのでそのままエレベーターをすり抜けるとワイヤーが二本あるだけで、上を見上げるとちょうど天井が押し迫ってきた。
天昇をすり抜けるとそれは床部分であり、エレベータの中には誰1人として乗ってはいなかった。
そのまま空っぽのエレベーターの天井をすり抜けて二階部分へと進んだ。
エレベーター部分を抜けると節電中なのか建物の中、廊下部分は薄暗くトイレも自然光だけがさしこんでいるだけで、そのせいなのかすれ違う人間全員の表情が暗かった。
廊下をドンドンと突き進み突き当たりの部屋をすり抜けると白衣を着た美佐子がいた。
美佐子は小さなガラスケースにしがみついて泣いていた。
ガラスケースには白いネズミがいた。
美佐子は独り言なのかガラスケースの中のぐったりとして動かないネズミに話しかけているのか、なにかをしゃべっていることはわかるのだが、それがどういう意味のことかが、いまいちよくわからない。
ただ感情だけは読み取れる。
美佐子はもの凄く悲しがっているし、ものすごく悔しがっている。
しかし、
なぜだろうか、言葉を理解できないだなんて。
近くにいた天然パーマのグリグリ眼鏡の男が美佐子の肩に手を掛ける。おい美佐子に何て事を! と思うと、美佐子は手でそれを制してナイス美佐子と歓喜した。
喜んだ感情に気が付いたのか美佐子と目があった気がした。
美佐子は僕の名前を呼んだ。
僕も美佐子と呼びかけた。
美佐子は袖で目をぬぐってそこらにいる研究員に指示を出し始めた。のそのそと動き始める研究員に檄を飛ばす美佐子の白衣の袖は黒くて、目はアイメイクが崩れてパンダのようだった。
パンダの美佐子は白鼠を生きたまま固定した。
ニーニーと泣き叫ぶのをお構いなしに強い麻酔を打ち込み、頭にメスいれてドリルで頭蓋骨に穴をあけだした。
美佐子は集中しているのか表情はなく、別人のように見えた。
培養液から脳みそを少量とりだして部分移植をした後、微弱な電流を流すと僕の視界いっぱいに、パンダの美佐子を正面を見据えるように映し出して目が合った。
パンダの美佐子は、戸惑いと困惑の入り混じった顔をした後に、おはようと笑い。
僕の名前を呼んだ。
僕は頷いてから笑って見せた。
美佐子は僕に「あなたといっぱいお話がしたいの」と言った。
「あなたに話したいことがたくさんあるし、聞きたいこともたくさんある」
ぼくだってある。と、頷いた。
天然パーマのグリグリ眼鏡の男が部分移植の拒否反応が極めて少ないデータを見てびっくりしながら美佐子に報告を入れている。
鼻息あらく興奮する眼鏡を無視して、美佐子はしばらく考えてから、メインの培養液に浸かる僕の脳なのか? から伸びる色とりどりの電線コードを手にとった。
コードの先には糸みたいに細い針が付いており、それを僕の開いた脳に黒ヒゲ危機一髪をたしなむように次々と刺し込んでいった。
一本差し込むたびに新しい色が脳に広がったり、新しい音が鳴り響いていった。