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と、いうような昨日あった話を裸になってしてると隣にいる裸の女の子はぐうぐうと寝息を立てて眠りだしていた。


何時から寝たのかわからないぐらいに夢中になってしゃべっていたのか心身共に疲労困憊で、寝返りも打てないほどに手足と腰は重く、髪をなでることも出来ないまま、うつらうつらとしていた。


こうしてこのまま消えて無くなってしまうのも悪くはないなぁ。


誇れる物なんて何もない人生だった。天井をぼんやりと眺めるが、天井以外は何も見えない。


何かひとつの物を見つけて、その何かを信じて、毎日毎日積み上げていくような人生を歩んでいればこの天井だって少しは違って見えていたのであろうか、


いや、どうせ自分のことだ、本当にこれでいいのか?なんて迷いながら日々を積み重ねていくのだろう。


楽したいわけじゃないけど、今はただこのまま眠ってしまって消えてしまいたい。


目を閉じてしまえば寝ることが出来る。


このまま自分がいなくなれば、どれほど楽になれるのだろうか。


だけども迷惑は掛かるし、パソコンやら携帯電話をハンマーで粉々に砕かないといけないし、日記帳も燃やしてしまいたい。


でも、なんだな。


生きてるから恥ずかしいだけで、この世からいなくなってしまえばどぅということはないか。


ただ、人に迷惑を掛けるのは良くないな。


よくない。


などと考えながら、重たい手を伸ばして携帯電話をつかみボイスメモで女の子のいびきを採取する。


録られているとも知らないで幸せそうに眠る顔を眺めていると自身の行っている道徳からズレた背徳感で、複雑な顔をしながら笑うしかない。


このいびきが二度と聞けないかもしれない。そう思いたつと、どうしょうもなくなる。


とくに今という今が今しかないわけで記録するかどうかという二択は愚問だ。


残しておきたいと思う気持ちや忘れたくないという気持ちはメモをしておきたいし、なにか引きつけられる風景や場面に出くわしたときには写真に納めたいと思う。


だってそうだろう?


UFOや宇宙人を目撃したときに写真やら動画に納めないわけにはいかないだろうし、そのことをメモせずにはいられないだろう。


自分が好きな人のいびきを記録しない方がどうかしてるぜ。


隣に眠る人の瞳がパチリと開いてクチを閉じたまま脳に直接語りかけてきた。


【どちらか選んだらいい。今まさに境界線にいる】


部屋が暗すぎるのか、もともと黒目がちなその瞳の殆どが真っ黒で、ピカピカに磨かれた金属のような光を放っていた。


境界線って? と、頭に思い浮かべた瞬間に返事が帰ってきた。


【未来にも過去にも飛べやしない】


ああ。そりゃそうだ。


【でも、ああすればよかった、こうすれば違った未来がとか思うことはあるだろう?】


ああ、ある。あるけど思っても同じだ。


【いろんな夢や希望を抱くことはあるが、そのサイズはどんどんとちいさくなって、その形は変化していってはいないか?】


夢なんて、見なくなった。見れなくなった。昔のような万能感が今はないんだよ。まじめに普通に生きるというのも大変なことなんだ。


【どうしたい?】


どうって……


女の子の目がだんだん黒く濁りだし、黒目は目の輪郭をはみ出し始めた。


おお、美佐子、パンダみたいだ。パンダ。


【いまのままでいい? このままがいい?】


ガタガタと震え出す美佐子をきつく抱きしめるとその体はヒンヤリと冷たかった。


寒かったのか?温めてやると背中を触るのだが触った場所から鳥肌になりそれは全身に広がっていった。


それぞれの突起は、ゾゾゾゾゾという音と共に、どんどんと隆起しだした。


指先には違和感が走った。


驚いたことに隆起した突起からは湿った毛のようなものが生えてきており近くで見ると、それは白く透明感があった。


慌てて照明をつけるとそこには人の形をしたスタイルのいいパンダが横たわっていた。


【これがあなたの望む未来なんでしょう?】


いや、こんなこと。


【嘘、だってパンダかわいいじゃない】


パンダはかわいい。


【ほら】


ほらじゃない!

パンダじゃない美佐子はどこにいった?


【パンダにならなかった場合の世界をそのまま進んでいる】


嘘だろう?


【じゃぁ嘘だと思えば?】


パンダの美佐子は毛の生えた手で僕の顔を触った。手の平は肉球のような感触でその肉球の手をそっと握り返した。


パンダの美佐子は上にまたがるようにベッドの上でヒザ立ちの状態で見下ろしてくる。逆光と相当気合いの入ったパンクの姉ちゃんというメイクのせいなのか表情が巧く見えないが、口元は少し笑っているように見えた。


腰まである長く、僕の好きだった綺麗な黒髪は、真ん中と側頭部から伸びる大部分が白く染まり、下向きに生えた2本の角のような黒髪が動く度に揺れた。


【パンダみたいな私じゃ愛してくれないのかな】


股間を押し当ててくるが、まるで反応をしない僕の部分に対しての言葉なのか、これでいきり立ちゃ、たいしたもんですよ。


【こんな姿になってしまったのはあなたのせいだというのに、あなたはこの姿を愛せないというのは自分勝手すぎやしない? その部分を、どう考えているのか聞かせて欲しい】


ああ、なんて面倒なんだ。そうだ。全部僕が悪いさ、郵便ポストが赤いのも犬がワンワン吠えるのだって、美佐子がパンダ美佐子になったこともすべて。そうさ、すべて僕のせいさ、じゃぁどうしたらいい?


【すべてあなた次第。だけどもう遅い。進んでしまっているの】



戻る事は出来ないし、進むことも出来ない?


【いえ、進むことは出来る】


時間の流れってこと? なにがなんだかよくわからないよ。


頭の処理が追いつかない。もう何をどうしたらいいのか。頭の中は真っ白だ。


【ホラ】


!?


照明の光が徐々に強くなってくる。


部屋全体が真っ白になって一昔前の近代的なアートな部屋へとなっていく。驚いてキョロキョロと首を振っても家具の輪郭や壁と壁、天井のラインまでも白くなって全体的が発光しているのか影さえもない。


ある色といえばパンダ美佐子の黒で、パンダの美佐子だけはパンダの美佐子のままであった。


【ほら、やっぱりパンダの美佐子はかわいいと思ってたんじゃない】



自分の手の平を見ようとすると何も見えない。



【今のあなたにとってパンダの美佐子があなたの全てなのよ】


僕だけの世界なら、それでも構いやしないけど、他の人はこれじゃぁ納得がいかないだろう?


どれぐらいなのだろうか?


時間の感覚がよくわからないまま、長い間が空いた。


それがどれほどの長さなのかを比べる対象を思いつかない。


そもそも時間の早さや光や音の速さ、クルマや新幹線や飛行機にしても結局は自分が速いと感じるか遅いと感じるかだけで、自分以外の他の誰かがどう感じるかなど、知るよしもないし、あくまでも比べる物の対象との相対性で、比べる対象があってはじめて存在する物ばかりの世界だ。


【私って重たい?】


ああ、重たいね。


【そう】


告げられた瞬間に、すとんと落ちて僕は赤くはじけた。


弾けた僕の赤はパンダの美佐子の下半身を中心とし、放射線状に赤く染め上げた。






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