合同授業 1
「・・・あの禿げ狐、残り毛むしりとってやろうか」
『諦めなさい、六花』
恨みがましく唸る六花の耳に流れるのは、冷静すぎる―――――魔女科唯一の友の声
その冷静すぎる―――ただ単にめんどくさがりなだけなのだが―――声が今は恨めしい
「だってパティ、あんたも知ってるでしょ?中庭の草がどんなに酷いか!それを全部抜かなきゃ授業でられないって・・・あっちは厳重注意だけで終わったのに!」
『正確には厳重注意という名のお目こぼし。久我会長に言われたから仕方なく、ってところでしょうね
まぁあんたの場合本棚倒したって”証拠”押さえられてるからしょうがないでしょう
・・・でもまぁいいじゃない、拝み倒して盗聴魔法かけてもらったんだから』
「盗聴じゃなくて通信魔法だって」
―――まぁそう変わらないけど
溜息一つ
目の前に広がるのは茶色い地面の見えない草原、もとい中庭
隣には六花の腰の高さまである草の山―――昼休みから必死にやって、二時間でやっと半分
※その間は契約の歴史やら解説やらの講義がありました
・・・そりゃぁ、本棚倒したのは私が悪かったけどね
それにしたって不公平じゃない!?
あっちが伯爵のお嬢様で、こっちが無名の一般生徒、しかも・・・・・・駄目駄目、自分で言い出したら終わりだ
誰に言われても、自分はぜーったい言っちゃだめなんだ
『思考がだだもれよ六花』
――それに世の中、認めることも大切だと思うわ
パティ・アッシュグレーは六花が沈黙したのを確かめて、説明に耳を傾ける・・・ふりをする
成績は悪くない、むしろいい方だと自負している
が、どうにもやる気が起きない
もちろん原因はこの授業は自分にとって意味がないからだ
魔女科と剣士科の合同授業はほぼイコール【契約】の練習だ
普段は魔女科を毛嫌いしている剣士科も、魔剣―――鋼ではなく、風、炎、水、その他元素を刃とする剣―――を使うためには魔女と契約する他仕方がない
魔女科も最大の弱点―――発動に時間がかかること―――克服のためには、確実に時間稼ぎをしてくれる強い剣士と契約を結ぶ必要がある
【粛清】の因縁を流してでも
今から約二世紀前≪最期の魔術師≫が殺された
―――ルナウス・オーキッド
世界の中心・第一世界と他五世界を繋ぐ【門】の創設
当時世界に蔓延っていた【黒人】の封印
そして魔術の基盤を作った ”英 雄”
しかし【黒人】との戦いで闇にあたりすぎた彼はやがて心を狂わせ―――自らが整えた六大世界―それを繋ぐ【門】の破壊を企てたといわれている
【門】は世界の要。交わりあった世界を繋ぎ補うために必要不可欠な存在
その破壊は世界の崩壊をも意味する
さらにその奇行は止まらず、人間と獣の人工融合、死者蘇生、時間移動・・・禁忌と呼ばれるすべてのことに手を出した
あまつさえ、門を創設した際協力した各世界の要人・己の家族をも殺した
―――そしてついに、討たれた
しかし彼の犠牲となったものの怒りは止まらず、矛先は彼の同類-魔女・魔術師に向けられた
それが【粛清】
老若男女問わず、魔術を使う兆しがあるというだけで拷問の末殺された
ルナウスの死後、なぜか男に魔術は受け継がれなかったため被害者のほとんどは女だった
100年以上にわたり続けられた【粛清】の犠牲者は数千万人ともいわれている
そして皮肉にも・・・狂った殺戮を止めたのは元凶、ルナウスの実の姉だった
アリエス・オーキッド
そして彼女と共に戦ったのが、粛清の中心となった剣士の名門―――久我家の嫡子 ”騎士・久我 紫苑”
アリエスは門創設時の、ルナウスの凶行を逃れた仲間を集めた
――――天使の住まう第三世界の王妃 サルビア・デルフト
――――死神の住まう第五世界の冥君 瑠璃・蘇芳
彼らの助力により粛清、後に続く”正戦”は終結し、世界の”再生”が始まった
各世界と連携を取り、現代の礎を築いたアリエスを世間は称賛をこめて|≪黎明の魔女≫と呼んだ
現在の六王政を成立させたのも彼女
第一世界 ≪神 王≫ 世界の創設神を王に据える すべての種族が共存する世界
第二世界 ≪騎士王≫ 初代王に久我紫苑をすえた粛清以前から在る旧人類の世界
第三世界 ≪天界王≫ サルビア・デルフトを王とする天使の治める世界
第四世界 ≪魔女王≫ 初代王・アリエスの望んだ魔女とその血をひく新人類の世界
第五世界 ≪死神王≫ 冥君 瑠璃・蘇芳が治める死神と亡者の世界
第六世界 ≪獣人王≫ 門創設者の一人・青磁の一族が納める獣の世界
厳密にいえば神王は存在しない
第一世界はすべての種族が共存する世界として形ある王は立てられず、その代りに【公爵】として二三四五六世界の王が共同で治めている
故にマルーン学園も第一世界に建てられた
しがらみなく、すべての種族がともに学び、育つために
・・・まぁ上手くいっているとは言い難いけれど
その証拠に、一世紀たった今でも因縁は終わらない
今だって、契約を望む魔女と剣士以外は雰囲気最悪だ。他の人種差別だってある
そしてパティは契約を望まない。彼女は呪術の進路を取る予定なので必要ないのだ
契約を望むのは大抵魔術を極めたい魔女だけだから
そんなわけで、けだる気に―あくびを噛み殺しながら、中庭で必死に草をむしっている友人のために
とりあえず説明だけは聞くことにした
『さて、まず初めに【契約】の仕組みについて復習しておきましょうか』
あ、紫ちゃんだ
耳に―――厳密には頭に流れてくるのは、聞きなれた声
そういうえば先生の代理やるとか言ってたっけ?
『魔術発動のための基本手順は覚えているわね?』
≪開≫ ≪形≫ ≪連≫ ≪詠≫ ≪発≫ ≪滅≫
心の中で復唱した――復習は昨日ちゃーんとしておいたのだ
≪開≫ 普段は内に収められた魔力を開放する
≪形≫ 発動する魔術の形を形成する
≪連≫ 創った形を媒介となる声に繋げる
≪詠≫ 内の魔術を外に出すための媒介【声】を放つ
≪発≫ 【声】によって外に出された魔術を発動させる
≪滅≫ 発動させた魔術を消す
この六つの動作を繋げることで、やっと魔術が使える
どれか一つでも欠ければ失敗、見るのは簡単そうだけど難しいんだよねぇこれが
『それじゃぁ、普通の魔術と契約ではどこが違う?』
えーっと・・・確か――――――≪結≫
『≪結≫です』
あ・・・この声はクローヴァーさん
たしか総合で学年主席の・・・あぁ~わたしあの人に睨まれてるんだよねぇ
何かと教室破壊するから
『正解。契約の時は形と連の間に結が入るの
結は血を媒介にして魔力を魔剣に繋げる力。それ以外は皆同じね』
『それでは今から久我さんに実演してもらうから』
え!?うそ、くぅ兄来たの!?あれだけ人前に出るの嫌いなのに――――
『7年期生のウォルナット・ロウ・ローシェンナ君、来てくれるかい』
ガクリッ
誰もいない中庭で、一人ずっこけた
「残念ですが先生、実演は出来ませんよ?」
「何故だね?」
しかし紫が答える前に、相方――に勝手に任命された―――ウォルナットが答える
「はぁ・・・紫さんは僕以外の人と正規契約しているので
先生もご存じでしょう?正規契約をした人は仮契約は結べないんですよ」
・・・なんなのかしらこの教師。いかにも驚きました~って顔して
それからローシェンナ、いかにも私が悪い、みたいな顔して
いったい何様のつもりなのかしらね?
しかし顔には一切不満は浮かべない。ただ、万人を魅了する笑みだけを浮かべる
――後にパティ曰く、目は笑っていなかったとのことだが
「・・・久我君、君が実演するから監督を変わったのではなかったのかね?」
「それが、相方が急な不調を訴えまして」
――ある意味では嘘じゃない
調子が悪いのは本当だ、ただ日常茶飯事だというだけだ
まぁ嘘っぽかろうと関係ない。相手は一教師、こちらは生徒会長
力関係上、嘘ではないのか?なんて口にすることは出きないしね?
権力万歳よ
「私はてっきり・・・君はローシェンナ君と契約していると思ったよ」
「嬉しい誤解ですよ、先生
僕としては否定しなければならないのは悔やまれますが」
――すこぶる腹立たしい誤解ね。事実にならなくて、本当に嬉しいわ
またもや笑みを崩さず
「あの・・・それでは実演は?」
っと・・・あぁあの子はさっき答えた
んー学年首席とかいってたかしら?カナリア先生が
2年なのに結構上級魔術も使えるからって、生徒会か執行部にいれてやってくれって言われてた・・・かしら?
まぁいいわ
私が覚えてないってことは、普通の首席なんでしょうし
「ご心配なく」
六花が見たらうさんくさい、と断言する笑みを浮かべ
「彼の相手は貴女にやってもらうから」
もちろん、横で私が指導するけどね?
困惑と羨望のざわめきが広がっても、六花には聞こえない
いや、聞こえていたとしても聞いていなかっただろう
――な、なんてうらやましい・・・!
いいなぁ、いいなぁ 紫ちゃん直接指導で仮契約実演!?今日は相性みるだけだって言ってたのに!
ほんと羨ましい
・・・・・・・・・それに悔しい
ウイスタリア・フィ・クローヴァー
筆記二位、実技一位で文句なしの学年首席
・・・そりゃぁ、筆記はなんとか勝ててるけどね
実技は相手にもならない
月とすっぽん、ピンとキリ
半月レベル昇格が内定してるウイスタリアと違って、六花は未だ魔女としては最低の新月レベル
同じように入学して、同じように勉強したのに
歓声 そして 称賛の声
――――――それが欲しいわけじゃない
でも思わずにはいられない
――――――何で 私は・・・
「って!羨ましがってる場合じゃないっての!」
早く草刈っちゃわないと
あと一時間半くらいで授業終わるし・・・頑張れば最後、ちょっとくらい参加できるはず!
バシッと頬を叩いて再び草をひっつかみ、鎌をかけた
――――君くらいの家の子なら、魔女科と協力するのは嫌だろうけどね?
粘着質な教頭の声が蘇る
――――魔女と契約を結べば魔剣が使えるし、今よりずっと強くなれるよ?
それに魔女剣士の方が、卒業しても就職口にこまらないし
それがどうした
くだらない
――――まぁここは抑えてね?出てくれないかなぁ
主席がいないと格好もつかないし
イライラする
世間体ばかり気にして、ここが噂の『歴史ある一流』学園か
――― 調子に乗るなよ!お前の家” ”なくせに!
クソッ!
俺は早く、強くなりたいのに―――――!
ボトッ
「あ」
「いぃやあ――――――ぁっ!け、毛虫―っ!」
「わ、悪い!
下に人がいるとは思わなくて・・・・・・」
あ
「ふざけないでよアンタ!だいたい授業中なのになんでそんなと、こ・・・・・・」
完璧に合った視線の先には、紫がかった赤い目
見覚えがありすぎるそれは、いっぱいに開かれて―――
「またアンタか―――――っ!!」
それはこっちのセリフだ
―――――最悪の邂逅は二度続く
セカンドコンタクト
印象は悪化の一途をたどっております