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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
58/59

感情迷路 3




“幸せになって”


それが最後だった。

残酷な願いを口にして、あの子は私を置いていった。


いつだって、あの子は私を置いていく



私は、あの子がいればそれでよかったのに



ねぇ 呼びかける先、隣に並ぶ男は


―――――しあわせ?


彼はなんと答えただろう  彼女はなにを思ったのだろう


彼らは、彼女は 幸せだったのだろうか








黙々と歩く背を見つめていると、前を行くシェイドがふいに振り返った。


「速いか?」


特別に心配している風ではない、ただの確認。

それでも、気遣いを含んでいることは確かな声。普通だ。


「平気」


だからこちらも余計なことは言わず、ただ頷き返す。

実際、夏の盛りとはいえ山中は涼しく、足場が悪いことを除けば“散歩”にはちょうどいい

むしろ、今問題なのは気温よりも――――


・・・普通すぎて、逆に怖いわ


3日前、こちらの手を振り払ったことなど、なかったことのようだ。何か一言、きまずそうな顔くらいはするかと思ったが、それもない。


・・・・・・気にしてるのは、私だけ?

なんだか、なんだか、なんだかなあ・・・!いや、でもあんな状態見ちゃったら、気になるのが普通よね!?


腹立たしさとは違う、塊が詰まったようにどこかが塞いでいる。

前を行く背中を見つめていると、視線を感じたのか再びシェイドが振り返し。


「なんだよ」

「あんたもついに気遣いを覚えたのね、って感動しただけよ

それより早く進もう。じゃないと日が暮れる前に帰れないわよ」


並ぶように速度を上げると、シェイドもそれ以上は追及せずに足を動かし始めた。


「で、どんな感じ?」

「よくわからん

いつもより身体が軽い気もするが、最近馬鹿に体力ついたからな・・・」


遠い目をするシェイドに、反射的に頷きを返す。その気持ちは、きっと誰よりわかる。


・・・・・・まあね


夏休み・・・いや、それより前から紫ちゃんとくぅ兄の鬼特訓だ。

付けたくなくても体力は勝手についてくる。ついでに腹筋がちょっと割れそうな気がする・・・女子としては、ちょっと複雑だわ。


溜息交じりに腹部を押さえ・・・慣れない感触に、己の手に視線を落とす。

中指には、まだ見慣れない銀の指輪。シルバーの部分には古い魔女の文字が模様のように刻まれ、唯一の飾りである赤紫の石が淡い光を帯びている。


光ってるうちは“効果がある”って言ってたけど・・・


いまいち実感がない。それとも“仮”契約ならこんなものなのかな。



ひと月後の学ゲーに向けての夏合宿。

前半はみんな個別に特訓していたけれど、そろそろ相方同士で組んで動くことになった。


つまり、私はシェイドと。よりによってこのタイミングで!


その上特訓1日目に紫ちゃんに言い渡されたのは、“仮契約”の準備。

・・・前に契約でもなんでもやってやる、っていったのをばっちり覚えてたんだね紫ちゃん。流石。


「一番手っ取り早く確認できるのは魔剣だけど、あんたそっちは興味ないのよね?」


一般的に剣士側が契約したい理由っていえば、8割は魔剣目的だけど。


「特に必要性は感じないな。そもそも使う意図がわからない」

「・・・あんた、そういえば契約の講義出てなかったわね」


あの忌まわしい2度目の邂逅も、思い返せばコイツが授業をさぼってたからあったわけだ。

にしても本当に、興味ないことに関しては無気力よねコイツ・・・


「問題か?」

「仮とはいえ、一応契約してるんだから最低限出来ることは知ってないとまずいでしょ?」


どの道、歩きまわるだけの特訓だ。

紫ちゃんにばれる前に、一通り教えといた方がいいわね、これは。



契約は簡単に言えば、自分の力を相手に貸与することだ。


そもそもは150年前、初代騎士王、久我紫苑、当時の名でいうならジオナール・エヴァーラスティングが魔女王アリエスと契約したのが始まりだ。

当時、彼が魔剣を使うことが多かったから―――派手で印象に残ったっていうのもあるんだろうけど、普通契約、といわれてまず思い浮かべるのがこの魔剣。


でも実際は、魔剣は多くある技術のうちの1つでしかない。



「魔女の力ってどういうものかは知ってる?」

「確か人が本来もつ、身体を動かすための力とは別の・・・血による力、だったか?」


ちょっと違うけど・・・まあ、及第点かな?

普通は魔女への対抗手段は知ってても、その理屈までは知らないだろうし。


「そう。私達が動くための力は、食事でつくられる力ね。

魔女や獣人の“力”は、それとは別に生まれながらに持ってる“力”」

「魔女と獣人で違いはあるのか?」

「もちろん。魔女、獣人、天使、死神それぞれ質が違うの。

どうっていわれると説明しにくいんだけど・・・カテゴリーは同じだけど種類が違うというか・・・」

「・・・同じ果物でも、林檎と葡萄は違うってことか?」

「うん、そういうこと」


だから天使が魔女と同じように詠唱しても、魔女のような力は使えない。逆もしかり。


「魔術っていうのは、基本的に“転換”の力なの」


“力”に詠唱によって形、役割を与え、変換する。それが魔術。


だから魔術の基本発動式、≪開≫≪連≫≪詠≫≪発≫≪封≫では≪詠≫が最も重要になる。

詠唱内容を把握、形作ることが出来ないと力は形を失って暴走してしまうからだ。


「例えば前に馬鹿坊ちゃん達と勝負した時、矢みたいなのが飛んできた魔術があったよね?

あれは力を矢に転換して作ったってこと」


ちなみに私の相殺術は、相手に同等以上の力をぶつけて干渉、逆詠唱によって力を分解する術

だからあれには形がない。その形を失わせるための術だからね。


「あんな風に火とか氷なんかを出現させる術が一般的だけど、それ以外にも色々あるのよ」


今シェイドに試してるのが、そのうちのひとつ。“強化術”だ。

魔力を有形のものじゃなく、力に転換する、その名の通り身体能力を強化する術だ。

例えば足に力を回せばより早く、腕に回せばより強い力を使えるようになる。


「でもこれには欠点があって、自分に対してしか使えないのよね」


魔女の力は基本的には分け与えるものではない。

形を与えて外に放出は出来ても、他の人の力を強化したりは出来ないのだ。


「・・・いや、でもお前よく壊したもの直したりしてるだろ?あれは違うのか」

「あぁ、あれも魔術だけど理屈がちょっと違うっていうか・・・

治癒魔術もそうなんだけど、直してるっていうより新しい形を与えてるって方が近いわね」


例えば肌が切れて血が出たら、その部分に新しい皮膚を形作る感じかな。

でも人の身体だから、神経やなにやら繋げようと思えばかなり微細なコントロールと医学知識が必要になる。


だから治癒魔術は相当優秀じゃないと使えない。

かなりの集中力が必要で、一歩間違えば大事故になるから、重症の場合はほとんどが医者のサポートだ。


「だからほとんどは応急処置みたいなものね。やっぱり治癒は天使に敵わないわよ。あっちは本当の“治療”だからね。

それでも軍や病院では重宝されてるけど」


まあ、それは今は置いとこう。語ると長くなるし。


「と、まあ基本的に力は他の人に使えないんだけど、それを出来るようにするのが“契約”ね」


魔女の力は魂を源とし、血に宿る。

だからなにか使い魔や騎士との契約のように、特別な力を使う時は血を媒介にするのだ。


「本来の契約の場合は、互いに血を交わして直接繋げるんだけど、仮契約は道具を介して繋げるの」


それがこの指輪だ。杖のような、補助アイテムと思ってくれればいいかな。


「前に勝負した時、地下に魔石仕込んで“仕込み魔術”使ってたの覚えてる?」

「あぁ、急に動けなくなったやつか」

「そうそう、これにはあれと同じ魔石をつかってるの」


シェイドが自分の左手に視線を落とした。私と全く同じデザイン、同じ石を使った指輪がその中指にはめられている。

魔石はそれ自体が力を持ってるだけじゃなく、同じ魔石同士なら力を伝播することが出来るのだ。


「だからあとは血と、ここに刻んである言葉で行き先固定してやれば、力を渡すことが出来るわけ」


本契約に比べれば貸せる力は少ないけど、強化に使うくらいなら十分だろう。

と、一通りの説明はしたわけだけど・・・なーんで不満そうかなあんたは。


「・・・やっぱり必要性がわからないな。身体能力を上げたいなら、鍛えればいいだろ」


うん、まああんたはそう言うでしょうね。この脳筋め。


「限度ってもんがあるでしょうが。それに獣人や魔獣相手にするなら、強化しても対等になるかどうかってとこよ?」


多分、紫ちゃんの目的の半分はそれだろう。

正直普通の人間が、体力勝負で獣人と対等になるのは難しい。そうじゃなくても、相手は基本5年生以上、経験値と力量差は明らかだ。


「私達唯一の2年同士なんだから、強化してもやっと対等かどうかじゃない」

「他人の力で強くなっても、意味がないだろ」


―――――俺はもっと、強くならなきゃいけないんだ


・・・シェイド?


予想外に強い語調に、六花は思わず目を瞬かせる。


怒ってる?ううん、違うか・・・


怒りではない、でもなにか強い感情。

喉元まで出てきているのに、その名前がどうしても思い出せない。



「どうして、そんなに強くなりたいの?」


そんなに急いで、あんたは何を目指してるの。

シェイドは答えない。並んだ足が、あっという間に先に行く。


「お前には関係ない」


関係ない、あんたにとってはそうなんだろう。


「そうね」


そりゃあね、ないわよ?でも、


「私が気にするのは、私の勝手でしょ」


しょうがないじゃない。


シェイドが振り返る。

意味がわからない、って顔してるわね。すると思ったけど。


「あんたが何を目指してるのかは知らないし、言いたくないなら聞かない」


無理に聞き出すことじゃないし、聞いても聞かなくても、変わらないしね。


「でもアンタ、炎天下で、倒れるまで鍛錬するような馬鹿だから」


倒れるまで、自分のことなんてどうでもいいみたいに。


――――あんな顔で


“ごめんなさい”


ぼろぼろで、追い詰められて、


“――――から”


こっちが心配してるのにも気づかなくて


“ぜったい ―――― するから”


ごめんとも、助けてとも、辛いとも、言えないで


“だから”


でもそれにすら、気付いてなくて


まるで、まるで―――


「心配なのよ」


拒絶する目が、呪いの様に呟く声が



“わたし まだ ここにいていい?”



いつかの私のようで。

涙を見たことも、弱音を吐いたこともないけど、でも、あんたが


泣いてるんじゃないかって


そう思ったら、気になってしょうがなかった。

必要ないって言われても、関係ないって言われても、どうしようもなく。


それは――――



「心配・・・?」


ああここまでいっても、わかってないし。


「いらない、とか言わないでよ

いや言ってもいいけど、言っても結局心配するから、私」


だって、コイツと私は相方で、


「・・・友達、だから」


どうしようも、ないのだ







な の に!!!


「・・・・・・・・・ともだち?」


なんで、そこで、首を傾げるかなアンタは!

え?なにその意味分からん何言ってんだお前、みたいな顔。そうか、友達がそんなに気にいらないか。


ふつふつと、さっきまでとは違う感情が湧きあがってきた。

でも今度は違う、これが何か、なんて考えるまでもなくわかる。


「友達だと・・・」


不穏な空気を指したのか、シェイドの顔色が青く変わる。

でも、煮え立った感情は止まらない、止める気もない。


「ちょ、まて、りっ「友達だと思ってたのは私だけか――――っ!!!」







「・・・なんだか意外そうね」


六花とシェイドを山中に放り出した後、紫は紅と共に、ゴールの麓で待機していた。

後輩らに倣って久々に鍛錬でもしようかと思ったが、2人が本気でやり合うには狭すぎるので止めた。


それにいくら紫でも、住み慣れた故郷を“破壊”する気はない。

しかしそうなると屋外で出来ることも限られ、結局暇つぶしにと本を持ち込んで菓子をつまんでいる。

だがどうにも先ほどから、口並に物を言う紅の目が気になって集中できない。


「叩きだすとでも思った?」


口角を上げて問うと、紅は憎らしくも顔色一つ変えず


「お前はアレとは違うだろ」


主語もなかったのに、さらりと答えてのける所は好ましい。

が、同時にあちらが上手の様で、少し気に入らない。


「あら、何を根拠に?」

「倒れたら手料理をふるまってやる程度には気に入ってるだろ、あの馬鹿を」


正解だ。

確かに事実を知った時は少し動揺した、けれど・・・彼自身が、望んだことではない。

なにより、思っていたよりもずっと、私は彼を気にいっているのだ。


「安心なさい。貴方が倒れたら添い寝も付けてあげる」

「当然だな」


冗談のつもりが、あまりに真面目な顔で頷くので、思わず噴き出す。


・・・大丈夫


「紅、“私”はね」


しっかりと、自分が“ここ”に在ることを確かめる。

あの時の様な、激情の波はない。


「欲張りなのよ」


たった1つ、では足りない。


「まとめて全部、守ってやるわよ」


だから――――アリエス、あんたは“ここ”で大人しく見てらっしゃい


「確かに、欲張りだな」

「あら悪い?」

「いや」


ふっと、紅の口元が綻ぶ


「久我紫は、そうじゃないとな」


珍しく微笑む男に、紫はふとした疑問を口にする。


「ねぇ、貴方幸せ?」

「なんだ突然」


紅は訝しげな視線を向ける。まぁ、普段はこんなこと言わないものね。


「別に、聞いてみたかっただけ」


思ったより、この間はアリエスに()()()()()らしい。


さあどう答えるのかしら?

なんとなくわくわくしながら待っていると、紅は順番に私と、パンナコッタと、山に視線を移して


「あとは六花が帰ってきたら、幸せだろうな」

「あら、随分と安上がりなのね」


茶化す様に返すが、それで挑発される紅でもない。

彼は至極当然のことを口にする様に、続けて


「お前と、六花と、美味いもの。俺は現状これさえあれば満足だ。

それ以上は知らん、死ぬ時にでももう一度聞け」


結果重視の彼らしい。

たった20年、人生の“過程”でしかない今では、結論を出す気はないようだ。


「それ、死ぬまで傍に居ろ、ということ?」

「俺より先に死ぬなよ、ということだ」


つまり、傍に居ることは彼の中で既に決定事項らしい。

口元が綻ぶ。こそばゆい感覚にはいつまでも慣れないが、ここは応えるのが婚約者というものだろう。

己の心に建前をおき、紫は半分腰を上げて紅の方に体を向ける。察して彼の方も、スプーンを置いて手を差し伸べる。


自然な動作で、向き合うように紫を膝上に乗せる。

伯父貴に見られたら殺されるな、と思ったが本人は遥か遠く首都にいる。なら知られてもずっと後だ。ここはやったもの勝ちだろう。


未来の報復を恐れて無駄にするには、あまりにもったいない。


きめ細かい肌に手を伸ばす。頬を撫で、川のように真っ直ぐな髪を指先で弄った。

相変わらず触り心地は理想的だ。抱き心地は・・・個人的にはもう少しふくよかでもいいと思うが、女にそれは禁句だろう。


及第点は余裕で越えているので、文句はない。無論。

薄紅色の唇を親指でなぞるが、紫からは動かない。ただくすぐったそうに目を細めたまま、待っている。


・・・俺の自由でいい、ということか


今日はサービスがいい。やはり正直は美徳だな。

ふっと唇のみで笑みを作り、顔を寄せ―――――



声がした。それもいやに、聞き覚えのある声だ



互いに静止し、揃って声の方に視線をやる。

と、猛スピードで2人の横を誰かが通り過ぎていった。


常人には黒い風にしか見えなかっただろうが、2人にはしっかりと、その正体が見えていた。

六花。1人だ。それも、かなり機嫌が悪い。



「・・・六花ちゃんね」

「六花だな」

「1人ね」

「見た限りはな」


ということは、馬鹿は途中で放置してきたのだろう。

それも喧嘩したなら、動けない可能性は大いにある。


嫌な予感しかしない


「紅」


予想通り、先ほどの甘い雰囲気など微塵も感じさせない声で。


「六花ちゃんを宥めるのと、シェイド君を拾いにいくの、どっちがいい?」


ああ    あの野郎



「馬鹿を殴りに行く」






遅くなってしまいました。夏休み編はもう少し続きます。

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