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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
57/59

感情迷路 2




笑っている


顔は見えない。けれど、よく知っている気がする、誰かが


“誰か”はそっと人差し指を唇に当てて

――――絶対、誰にも言ってはいけないよ



眩しいほどの赤を背に、嗤った






「あの馬鹿が倒れた?」


帰って早々、アンバーの報告に紅は顔を顰めた

ただでさえ凶悪な顔がさらに極悪に歪められたが、アンバーは眉一つ動かさず


「はい。朝からお食事も、水さえとらず鍛錬されていたようで・・・軽い脱水症状と熱中症です

今はお部屋で休んでおられます」


舌打ちしかけたが、アンバーの目が咎めるように光ったのを見て堪える

保護者同然のこの執事は、数少ない紅の逆らえない人間の1人だ


上着とアスコットタイを乱暴に外し、ソファに放り投げる

堅苦しい礼服とおさらば出来ると思ったら、次にこれだ。全く、子供の世話などするものではない


「・・・半日は動けないようにしたつもりだったが」


まだ足りなかったか。ちっ、体力を付けたのが逆効果だったな


「紅様は、こうなると予想されていたのですが?」

「まぁ・・・」


不意に言葉を切って、紅は眉を寄せ―――手近のクッションを背後に放り投げた



「死神、勝手に入ってくるな」


「・・・・・・・・・相変わらず鋭いな、黄昏の剣」


突然現れた篁の姿に紅は驚きもせず、剣呑な視線を返して


「突然現れるのはいいが、勝手に部屋に入って来るな」

「心配するな。絶対の黎明と居る時は入らない。我も野暮ではないのでな」


野暮ではないが阿呆だなコイツは


「紫は関係ない。とにかく入るな。次は斬る―――アンバー、もういい」


軽く手を振ってアンバーを下がらせると、死神が勧めてもいないのに正面に腰かけた

正直に言えばさっさと出て行って欲しいが、用もないのに居座る男ではない。おそらく馬鹿が倒れた件でなにかあるのだろう―――そうでなければ、さっさと叩き出してやる


「それで、何の用だ」

「早急だな、黄昏の剣。この手の会話は、まず本題の前に世間話を入れるものではないのか?」

「くだらん。お前の“人間ごっこ”に付き合う気はない」


苛々する。紫はよくコレに付き合えるな・・・


元々面倒くさい変人が好きな奴だが、今集めてるのはその中でも最高に最悪揃い

―――本当に、趣味の悪い女だ


「価値観の相違は喧嘩の元という。絶対の黎明との関係は問題ないか?」

「もうお前は必要以上に喋るな。あと人間を気どりたいなら心は読むな、気分が悪い」

「ふむ。短気は損気だぞ、黄昏の剣」


・・・・・・もうこいつ、斬ってもいいな?


殺しても死にそうにない男だが、死なないなら斬ってもいいだろう

死ぬなら必死に避けるだろうから、やはり斬りかかっても問題ない


よし、斬るか


「前言を撤回しよう。その思考なら絶対の黎明との仲も良好だろう

ところで宵の太陽のことだが、夜半の月が気にしていたぞ」

「六花が?」


機会を逃したな。まぁ、次鬱陶しくなれば斬ればいい

今はそれより六花だ


「宵の太陽が倒れた折、居合わせたと。初めはついていてが、冬の孤狼と代わって部屋に

・・・魂が酷く揺らいでいる。心配とは、まるで別の感情だ」


ふゆの・・・?あぁ、あの番犬か


直接話したことはないが、馬鹿とよく一緒に居る奴だ

馬鹿はとりあえずあれに任せておけばいいだろう。後で殴るが


どいつもこいつも、あれに甘すぎる


「揺らぎは意味がわからないが・・・動揺しているということか?」

「我には人の表現はよくわからない。だが驚きとは違う

沈んでいる、否・・・囚われているというべきか


あぁ


―――宵の太陽と、よく似ている」


・・・なるほど、な


「知らず、重ねたか」


ただでさえ第二(こちら)にいて、純粋なる月(ラインルーナ)の襲撃があったところだ

そこに来て馬鹿があの有様ではな


まったく――――どこまで祟るつもりだ


苦々しく顔を歪め、舌打ちする。今度は咎める者はいなかった

篁は言うべきことを言って満足したのか、どこからか取り出したグラスに不気味な色の液体を注ぐ


赤黒い液体は血の様で、ただ飲み物を口にする姿が悪い意味で様になっている


・・・こいつ、実はわかってやってるんじゃないだろうな?


訝しげな視線に気付いたのか、黙々と飲んでいた篁が紅とグラスに視線を行き来させ


「飲むか?」


殺されたいのかコイツは


俺の体質を知ってそれを勧めているなら、いい度胸だ

探るように視線をやるが、死神は何も変わらなかった。ただ黙って、返事を待っている


「気付いてないなら1度は許す。だが分かってやっているなら、不愉快だ。消えろ」

「黄昏の剣は、第五の酒は好まないのか」


では次は違うものを用意しよう、と明後日の方向に納得を見せて、死神はグラスを仕舞った

元々思考が読めない男だが、見た限りでは気付いていなかったようだ


ならばこのまま誤解に乗った方が、面倒がないか


「俺は赤い液体は嫌いだ。用意するならそれ以外にしろ」

「好き嫌いは成長の妨げというぞ」

「言うべきことがそれだけなら、出て行け」


これ以上こいつに付き合う暇はない


「刃を抜くな、黄昏の剣。このローブは気に入っている」


そこでやっと死神は重い腰を上げた

現れるのは素早いくせに、消えるのは遅すぎる。統一しろ


「黄昏の剣」

「なんだ」


しつこい。さっさと出て―――


「虚空の陽炎が、夜半の月と共に宵の太陽を連れ帰った」


・・・なに?


振り返ると、死神は既にその場に居なかった

無駄に居座った挙句、必要になったら消える。使えないにもほどがある


紅はしばし篁のいた空間を睨み・・・鬱陶しげに前髪を掻き上げて


「・・・殴るのは、最後か」



待った分、3倍だな。覚悟しろ馬鹿め









寒気を覚え、シェイドははっと目を覚ました

時計に視線をやると、既に夕飯の時間をとうに過ぎている


・・・いつから?


身体を起こそうと手をつき、走った痛みに顔を顰めた

しっかりと包帯の巻かれた掌からは、薬の匂いがした


重なる


小さく、非力な掌。何も掴めない、剣をふるうことも出来ない。なにも守れない、それと


「・・・・・・違う」


違う、あの時とは違う。もう、



堅く目を閉じ、再び開いた時、そこにあるのは子供の手ではなかった

――――少なくともそれだけは、違っている


「やっと起きた」


視線を下げると、ベッドに背を預けるように灰が座り込んでいた

というより蹲っていたのだろう。隙の無い灰にしては珍しく、服は乱れ、髪も跳ねている


「・・・・・・お前、いつも床で寝てるな」

「習性だよ」


答えるのと同時、べちゃりと何かを顔に押しつけられる


「おまっ」

「タオル交換。それのっけて、さっさと寝る」


・・・・・・機嫌、悪いな


普段なら嫌味のひとつ、どころか銃撃戦になるのに

つまり、それだけ酷い有様ということなのだろう


「あ、あと起きたら白峰さんと黒駒さんにお礼言いにいきなよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・なんでそこで黙るかな、シェイド」


いや、待て。なぜそこで濡れタオルを構えるんだお前は


「寝ろっていったのはお前だろ」

「前言撤回。放置して取り返しつかなくなる前に、さっさと吐け」


取り返しって・・・


「いや、ちょっと待て、なんの「朴念仁の見解は要らないから、とにかくあったこと話しな?」


このタイミングで笑うな。怖い



「・・・手を」


出来れば、コイツには話したくないが・・・


「伸ばされた、でも俺は取れなかった」


灰は何も言わなかった。やはり、言わなければよかったか

どんな顔をしているのか予想は出来たが、顔をそむけたままでいるのも気が引けて、ゆっくりと顔を向ける


―――――だが、こちらを見下ろす灰の顔は、想像と違っていて



「・・・・・・灰?」


灰は呆然と、いや、驚いているのか?

これ以上ないほど目を見開き、固まっていた。ちょっと怖いぞお前・・・


「今、不愉快なこと考えなかった?

いや、ううん今はどうでもいい。それより、なに、あれ、治ったんじゃなかったの?」

「?俺も治ったと思ってた。少なくとも、あの人と再会するまでは問題なかったはずだ」


記憶を辿ってみるが、手を伸ばしたことも、手を取ったこともあるはずだ、六花相手でも

いや、というより、最近そういうことをした相手はアイツくらい・・・か?


「・・・気付いてない、ねこれ。いやでもよかった?いや取らなかったなら・・・でも拒絶してないなら、まだ」

「・・・・・・何考えてるのかわからないが、わりと強く振り払った気が「うん、復活したらすぐ謝れ。全力で謝って」


おい、いきなり真剣な顔になるな。お前のそれは笑顔より怖い


「復活したら覚えてなよシェイド。うん、まぁとにかく今はもう寝なよ

本当にひどい顔してるから」


・・・邪魔したのはお前だ「何か言った?」「何でもない」


これ以上機嫌が悪く前に、素早く横になる

灰は満足そうに頷き、口角を上げて


「添い寝してあげようか?昔みたいに」

「いらん」

「はは、冗談だよ。流石にこの年で、男と添い寝は嫌だし」


じゃぁ言うなよ・・・


だがいつも通りのやり取りに、気が抜ける。途端に疲れが全身を支配した

湿()()()()()()にせっつかれ、目を閉じる


幼い頃は恐ろしかった暗闇が、安らぐようになったのはいつからだろうか



「おやすみ」


きっと


「リーア」


それ以上の恐怖を、知ってから









扉を開けた瞬間、飛んできたクッションを紅は片手で受け止めた

本か燭台でも投げて来るかと思ったが、想像よりは不機嫌でないらしい。想像よりは


念のため、間合いから一歩離れて止まる

紫は足を組んでソファに座ったまま、俺を睨み上げて


「知ってたのね」


いつから見ていた。いや、愚問だな


紫の足元には、彼女の使い魔が得意げな顔で侍っている

俺が近づけないのをいいことに、いつも以上にべったりはりつきやがって。さばくぞ


「ヴェラを睨まないで、怯えてるでしょう」


怯えた蛇がそんな自慢げな顔で膝に擦り寄るか。揃いも揃って使い魔馬鹿で盲目か


ぺたりと膝に張り付く蛇の頭部を撫で、紫は紙束と写真をテーブルに放り出した

ここ数日で調べたのだろう。びっしりと文字の書き込まれたそれを1枚手に取り、ざっと視線をやる


・・・よく調べたな。アンバーか?


“魔女”のツテではないだろう。彼女らに知られることは、万が一にもあり得ない


「知っていた」


しかしこのタイミングで知らせるか・・・何を考えているんだ、あの人は


見覚えのある写真の一枚を手に取る

海の色に近い碧眼の男、彼よりも若い空色の目の男、2人に挟まれて笑う・・・従妹に面差しの似た少年


幸せそうに笑っている。彼らの関係を思えば、奇跡のようだ


「どうして」


低い声に顔を上げると、殺気立った紫の双眸とかち合う

張り詰める空気に、使い魔が戸惑ったように主から身を離す


「どうして黙ってたの?」


ばちりと、火花が散る音がする・・・まずいな

ぞわりとうなじの辺りが粟立つ。魔力が荒れている、“紫”らしくない


写真を置き、悟られない程度に身構える。下手に刺激して、建物が吹っ飛ぶ事態にはしたくない

他ならともかくこの館では、な



「知ればお前は、あれを近づけなかっただろうが・・・」

「当たり前でしょう!?」


間合いが一気に詰められ、女とは思えないすさまじい力で胸元を掴み上げられた

爆ぜる音が更に大きくなっていく


「近づけるわけがない!“私”が“あの子”に!」


僅かに眉を顰めた紅に構わず、“彼女”はさらに力をこめて


「約束したのよ、守るって、絶対に、あの子を―――」

「紫」


強く、名前を呼ぶ

見上げる視線が僅かに揺らいだ


「紫」


もう一度。取り戻すまで、何度でも呼んでやる

それが―――俺の務めだ


呼ぶうちに、胸倉を掴み上げていた手が離れる

紫は己の両手を見つめ、目を覆って


「黙りなさい」


命じる、己に。そのまま数秒か、数分か、一言もしゃべらずただ、視界を塞ぎ続ける

不意に、使い魔が再び紫に近づいた。それと同時に、紫がへたり込むようにその場に座り込み


「・・・最悪だわ」


現状か、己か、あるいは両方か


きっと全てに当てはまる現実が、なによりも憎らしいのだろう



―――――要らない、欲しくなかった


     私はただ



誰もが羨むその場所は、“彼女達”にとって憎悪の対象でしかない


「わかっているならいい。正気の証拠だ」

「いいわけないでしょう。こんな時に」


私が崩れている場合じゃないのに

絞り出した声は震えていた。紅は黙って、ただ待つ


人を使うことは出来るのに、頼ることは出来ない

器用なんだか不器用なんだか・・・


もっとも紫の場合は環境もあるだろうが

・・・いや、王の家系に生まれただけマシか



自分も、彼女も   六花も


煩わしい重荷すらなければきっと、今ここに立ってはいられない



「崩れたなら、より強く組み直せ」


なによりの“最悪”は、崩れたまま停滞させることだ


だが



「数時間程度の停滞は、補えないほどの失態じゃない」


やっと、紫が顔を上げた


「5分で済ませる」

「夜は調子がいいからな。10分やる」


伸びる手に応え、紅はその場に屈みこみ、抱きしめた

強く、布越しでも体温が伝わるほど、傍に



ずっと、そうして生きてきた


3人で



この場所で       ずっと







称賛の声、名声、地位

そんなもの、何も要らなかった


何一つ望んだことなどなかった


欲しかったのは、たったひとつ



大嫌いな“彼女”の、それだけは理解できた


唯一の願い





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