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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
56/59

感情迷路 1




それはそれは、月の綺麗な夜だった



藍の空は炎で赤く


白い手は血で朱く


嘆きの声は響くだけ



慰めの声はなく、ただ月だけが聞いていた








夏季休暇開始から、早20日

貴重な休暇日、六花達は夏空の誘惑を振り切り、昼食後ずっと書庫に閉じこもっていた


書庫といってもちょっとした図書館並の広さがあり、蔵書の数も種類も個人の趣味の域を超えている

家主曰く、この別宅を立てた先祖が本の虫で、”無駄にするな”という遺言により、代々なんとなく興味の向くままあらゆる書物を集めた結果、こういうことになったらしい


「・・・道楽も金持ちがやると規模がでかすぎて、いっそ感心するわ」

「とかいいつつ、口元緩みきってるわよ六花」


だってこれが喜ばずにいられますか!


学園の図書館もかなり蔵書は豊富だけど、貸し出し制限があるのが難点なのよね

2年で三日月レベルの私じゃ、読める本も限られてくるし・・・でもここならフリーパス読み放題!!!


これを天国と呼ばずしてなんと!?


力説する六花を傍目に、灰は苦笑、ゆずりは慣れているのか適当に聞き流して


「で、そのすっごい本の中のどれがアタシのレポートの必要なの?」

「ケーキとパフェとクレープ忘れないでね」


渋い顔で頷くゆずりに笑って見せて、記憶を辿って歴史書の棚から何冊か目的の本を取り出す


「旧王家の偉業とかならこの本で大体の流れが、細かいことならこの辺が参考になるかな」


分厚い本をどんどん積み上げていくと、目に見えてゆずりの表情が固まった

唇を動かさずに毟るとか何とか呟いてるから、新学期にあのハゲワシ頭は本当のハゲになるかもしれない。そうなったら真っ先に爆笑してやろう


本棚をもう一周して、本の山を後二つゆずりの前に置く


それがとどめだった


「プラン変更!単品やめてセットにするからぜーんぶまとめてわかりやすく解説して!」

「まいどありー」


にやっと笑って隅に置かれていた懐かしの移動式黒板を持ってくる

昔、紫ちゃんやくぅ兄が勉強を教えてくれる時に使ってたものだ。魔動式じゃなくて初めは驚いたけど、これはこれで悪くない

折れて短くなったチョークを手に取る


うーんどこから話すべき?


少し迷って、流れが前後するけど“最大にして最後の偉業”から話すことにした

多分、あのハゲワシは私達に“ここ”を書かせたいだろうしね。嫌がらせとして



「旧王家の偉業っていえば、一番に挙げられるのはまず200年前の出来事ね」


今に続く歴史の、最大の事件―――ルナウスの処刑だ


「“英雄”の“狂人”ルナウスが、第一世界―――旧王国、当時のグロゼイユ王国王太子に捕らえられる

この時ルナウスは各世界有力者の暗殺未遂、倫理を無視した魔術実験、町、建物の破壊とかとにかくあらゆる悪行の疑いがかけられてるけど・・・“偉業”とまで言われたのは、彼が単に重罪人だったからじゃない」


ある意味、これが全ての始まりだ


「【門】の破壊を防いだからよ」



第一世界を中心に、6つの世界を繋ぐ門。最後の魔術師、英雄、狂人・・・そして門の創設者であるはずのルナウスが、どうして自ら創った門を壊そうとしたのかはわからない

彼にとっても、【門】の創造は一番の“偉業”のはずなのに


・・・・・・当たり前になってるけど、改めて考えるとすごいわよね


魔術は普通にしてみれば突拍子もない力だけど、万能じゃない

傷は治せても死者を生き返らせることは出来ないし、場所は移動出来ても1人の力じゃ世界を渡ることは出来ない。どんな魔女だって、無尽蔵に使える力でもない


いやそもそも今の、“世界”が繋がっているということ自体が、異常なのだ


どの世界にも始まり―――世界創造の神話というものがある

あまり詳しくはないけど、どの世界でも共通するのが“世界の管理者”、“境界無き者”、“星神”・・・1人の神が、この世界を作ったということ

そして世界はこの6つの他にも何千、何万もあって、それぞれが独立して存在しているということ


よく使われる例では、世界は泡に例えられる


世界はそれぞれ独立しているが、近しい世界は泡が重なりあい、新たな形を作り出すように

またひとつの波紋で全てが揺らぐように、どこかしらで影響をしあっているという


しかし決して繋がりはしない。そのはずだった


何百年も、何千年も、遥か昔から引かれていたはずの境界線は、あっさりと飛び越えられた

たった1人の魔術師によって



英雄にしろ狂人にしろ、とりあえず普通じゃなかったのは確かね・・・


子供のころは、絵本や教会でこの話を聞くたび、不思議だと思ってた。それくらい、今の“異常”は“当たり前”で―――なくてはならないものになっている



「この時、門が完成してから10年も経っていなかったけど・・・既に衣食住あらゆる面で、世界の繋がりはなくてはならないものになってたの。世界間の移住も進んでたしね

だからこそ、門の破壊を防いだことは旧王家の“偉業”になり、その後彼らの発言力が増すきっかけにもなったわけ」


なにせこっちは正真正銘の“英雄”だ


「まぁ元々旧王家は【門】の製作に貢献したり、繋がったばかりの各世界のもめごとを調停とか・・・まとめ役になることが多かったようだけど


当時国としての基盤が出来ていたのは第一世界だけだったからね

魔女や獣人はそれぞれの一族がばらばらで、中の意見まとめるだけでも一苦労だったから、社会の形がしっかりしてて、内情が安定してる第一が中心になったのは自然といえば自然かな」


死神や天使に至っては、そもそも排他的で他との架け橋になる以前の問題だし


「まぁ各世界全てと繋がったっていうものあるだろうけど」


地理的な意味でも、文字通り世界の中心だし


「へぇ~そうなんだ。歴史の授業とかだと、旧王家ってあんまり出てこないから、なーんか偉業っていわれてもぴんとこないんだけどねぇ」


面倒な課題を、と眉を寄せるゆずりに、灰くんは苦笑して


「第二だと逆に、まず旧王家の歴史から始まるけどね」

「そうなの?」


それは私も初耳だ


「第二の貴族は、旧王家の貴族筋が多いから・・・自画自賛したいんじゃないかな?」

「灰くん相変わらず辛辣ぅ~」

「この暑い時期に、興味の欠片も湧かないレポート出されたら温和な僕だって苛々するよ」


温和・・・?いや、一応表面上は温厚だよね灰くん。中身は極寒だけど!


ふーん、にしても・・・学園以外の学校って通ったことなかったけど、世界によって違うのねやっぱり

今度紫ちゃんやくぅ兄にも聞いてみよう。2人とも学園には途中からだったはずだし・・・ん?


あれ、でも・・・灰くんて第六世界出身だよね?獣人だし

なんで第二のことなんて知ってるの?第二と第六って交流ない・・・どころかむしろ仲悪かったような


疑問が顔に出てたのか、灰くんはあぁ、と何でもないように


「僕は第六生まれだけど、あそこには・・・2、3歳までしかいなかったんだ

後はずっと第二。シェイドのところで・・・一緒に育った、といっていいのかな。一応は」

「それって・・・」


他世界に厳しい第二で第六の、それも子供が、赤の他人の家で暮らす理由は・・・ひとつしかない

言葉に詰まる私に、灰くんは気負いもせず、微笑すら浮かべて


「たまにあることだよ・・・特にうちの一族は、すこし珍しい血筋だったから」


―――人身売買

魔獣や獣人は人より強い力を持つから犬猿される一方で、“貴重”だからと金持ちのコレクター達に狙われることも多い

・・・胸糞悪い話だけど、手前勝手な娯楽のために、お金で命が売り買いされてるのが現実だ


まあそれを言い出したら、ペットとか馬車ひく馬とか、普通の動物ならいいのかってことにもなるけど・・・


「あぁでもシェイドの家が買ったわけじゃないよ

むしろ助けてもらったんだ、シェイドの父親に。戻る場所もなかったから、そのままシェイドの家に居ついて・・・まぁ、今まで続いてる」


安堵で肩の力が抜ける。2人の関係を見れば、後ろ暗い関係じゃないのはわかってるけど・・・それでも、ほっとした


「なるほどねぇ~シェイド君が勝てないのって、ヘタレなだけかと思ってたけど、案外小さい頃からのあれやこれやも知られてるからだったり?」


茶化すようなゆずりに、今はのっからせてもらう


「対灰くんだと完敗だもんね、シェイド」


・・・・・・と、いつもならここでふざけるな、くらいの怒声が飛んでくるんだけど



私の隣、灰くんの正面―――最近のアイツの指定席は、空っぽだ







一通り説明を終えてから、私は1人シェイドの部屋に向かった


・・・・・・今日は朝食にも出てこなかったな


数日前から、シェイドはほとんど部屋に引きこもっていた

もともと合宿中は皆訓練で疲れ果てて、そう頻繁に出歩いてたわけじゃないけど―――それにしたって、ここ数日のシェイドの引き篭もりっぷりは普通じゃない


食事も前は皆一緒だったのに、最近は出てこないことが多い

くぅ兄との訓練には出てきてるみたいだけど、灰くんとさえほとんど顔合わせてないのは・・・やっぱり変だ


・・・多分、あのことだよね




数日前の、あのパーティの夜


いつも通りのはずだった

軽口を叩いて、料理を取りに行って―――戻った時には、なにかがおかしくなっていた


「シェイド!?」


パーティだとか、人の目とか、そんなの全部吹っ飛んで、気がついたらお皿もどこかに放って駆け寄っていた


「あんた顔、真っ青じゃない!なにが・・・」


直前まで笑っていたはずのシェイドは、青ざめた顔で凍りついていた

あの馬鹿坊ちゃんを相手にした時の、なんの感情もない顔とも違う―――それより、酷い顔だ


「ちょっとシェイド、大丈夫なの?どこか痛い?」


呼びかけても反応がない

握った掌は真夏と思えないほど冷たかった


とにかく、紫ちゃんかくぅ兄探して・・・


周りを見回して、やっとその人に気付いた

困惑したように私達・・・違う、シェイドを見ている人―――数日前、道端でしゃがみこんでいたあの女の人だった

女の人も私に気付いたのか、驚いたように手を口元に当てる


「あなた、あの時の・・・」

「え、なんでこんな所に」


私も驚いたけど、今はそれどころじゃない

この人がどういう人かはわからないけど、招待されてるならそれなりに主催者とも面識がある人だろう

紫ちゃん達がすぐに見つからないなら、とにかく一度どこかで休ませないと、今にも倒れそうだ


「あの、どこか休める部屋とかありませんか?連れが・・・いっ」


その人の方に一歩踏み出した時、痛いほどの力で手を握り締められる


「シェイド・・・?」


俯いていたから表情の全てはわからない

でも、その目は――――


「シェイド、あの・・・」


女の人が一歩近づく。見逃してしまいそうなほど一瞬、肩が震えた


この人、シェイドの知り合い?でもこれは・・・


もう一度女の人に視線をやったが、その姿は割り込んできた第三者に遮られた



「帰るぞ、六花」

「くぅ兄!」


よかった。どうやら向こうが見つけてくれたらしい

ほっとした私と、俯いたままのシェイドと・・・私達の手元を見て、盛大に眉を顰めたけど、結局くぅ兄は何も言わず、シェイドの腕をとって


「・・・そのままついてこい。後は紫がなんとかする」


呟く声にしっかり頷き返すと、ぽんと頭を撫でられた

・・・大丈夫だって、励ましの合図。つまりそれだけ――――問題だってことだ


野次馬も気にせず、ずんずん進んで行くくぅ兄について、館の外に出る

馬車に乗り込んで少しすると、紫ちゃんが追いついて、そのまますぐに家に戻った


誰も、何も言わなかった





屋敷に着いた頃には、顔色も戻っていて――それでも随分と白かったけど――ほとんど引きずられるように、くぅ兄に部屋に連れていかれた

次の日の朝は普通に食事にも来てたから、安心したけど・・・


手をノックの形にとって、止める

迷ったのは一瞬。軽く二度扉を叩く、だが返事はない


・・・いないの?


もう一度叩いたけど、返事も、何かが動く気配もない


でも、あいつがあと行きそうな場所って・・・


食堂・・・はさっき見てきた時いなかったし、くぅ兄は今出かけてるでしょ

篁さんや黒駒さんのところに行くとは思えないし・・・


――――まさか、ね



昨日の夕飯の時は、起きてるのか寝てるのかわからないくらいふらふらだった

そんな身体で、まさか、と思う。でも・・・


嫌な予感がして、早足で“そこ”に向かう

屋敷から少し離れた敷地の一角、緑が多い中で唯一砂地にされたそこは、くぅ兄がよく使う訓練場


想像通り、シェイドはそこにいた



「っあんたなにしてんの!?」


叫んでも、振り返りもしない。ううん、聞こえてない?

あんの鍛錬馬鹿・・・!!!


駆けより、今にも剣を振りおろそうとしていた手を掴む

そこでやっと、シェイドの視線が六花に向けられた


「おい、真剣を使ってるんだ。危ないだ「今はそれどころじゃないでしょ!」


意味がわからないと言わんばかりに、シェイドは首を傾げる。自分がどんな有様か、気付いていないらしい

鏡がないことに舌打ちして、半ば無理やり剣を引き剥がして―――絶句した


「血塗れじゃない・・・!」


マメが潰れた・・・だけじゃない。なにしたらこんな・・・


「あぁ・・・」

「あぁじゃないでしょ!いいから手、出して「いい」


・・・は?


「大丈夫だ」

「あんたねぇっ!」


大丈夫なわけがない

顔真っ青なくせに、尋常じゃないほど汗だくで、その上こんな手で―――まさか、朝からずっといたんじゃないでしょうね・・・!


「いいから早く帰るわよ!手も手当てしないと―――」


力づくでも連れて帰ろうと、手を伸ばす  でも





乾いた音が響いた



「必要ないと言っただろ」


伸ばした手がじんじんと痛む。でもそれ以上に



痛かった  拒絶する目が



「俺はもっと ―――――強くならなきゃいけないんだ」




夢ではない 希望でもない 光もなにもない


呪いのように、呟く声が




痛かった






いよいよシェイドの過去に踏み込んでいきます。

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