父 4
1人で外に出てはいけないと言われていた
――――お前はまだ小さいからね
そうやって子供扱いされるのが嫌だった
だからあの夜
――――駄目です!坊ちゃん!!!
止める声に背を向けて、1人で外に出た
それで全てが失われるとも知らずに
暗闇が深まると館はさらに灯がともされ、煌々とした光がホールを満たす
軽快な音楽と共に華やかなドレス達が舞う中、重い空気を纏う壁の花が二つ
「・・・・・・・・・」
「ご、ごめんねシェイド。忘れてたわけじゃないんだけど・・・」
「・・・・・・・・・」
「いや、ごめん、うそ、忘れてた。ちょっと他の衝撃が大きすぎて」
・・・駄目だ、怒ってるこれ
シェイドはさっきまでのお愛想笑いはどこいったの、ってくらいにむっつり黙りこんでる
喋ったのは最初に声をかけて来た時だけで、何を言っても無反応
今回は完全に私が悪いだけに、どうしていいかわからない
いつもは私が怒る方だからなぁ・・・
それか売り言葉に買い言葉で喧嘩か、だからこのパターンは初めてだわ
ホントにどうしようこれ
・・・さっきまで食べてたから、おやつじゃ機嫌治らないよね
「・・・・・・何してたんだ」
「へ?・・・え、あぁさっきね!」
これで聞いてなかったのがばれたら、余計に機嫌が悪くなる!
「お父さんの知り合いって人がいて、ちょっと話してて・・・」
「知り合い?第二にか?」
「うん、私もびっくりしちゃって・・・一声かけていけばよかったんだけど」
ごめんね、ともう一度謝ると、ため息と同時、やっと眉間に深く刻まれていた皺が緩んで
「謝罪はもういい、十分聞いた。そういう事情なら仕方ないだろう」
ほっと胸をなでおろすと、けどな、とまたも固い声で
「話すのは良いが、目の届かない所に行くのはやめろ!
特に庭とか、他の部屋とか、人気のないところは絶対駄目だ。断れ」
「え?」
え、ちょ、ホントにいきなり何?
というかちょっと待って、コイツが怒ってるのって・・・
「・・・いきなりいなくなったんじゃなくて、テラスに居たのが不味かったの?」
なんでまた
さっぱりわからず首をかしげる六花に、シェイドは苦虫を噛んだような顔で
「・・・・・・なんでこんなとこだけ鈍いんだお前は」
「よく聞こえなかったけど、なんか今人の事馬鹿にしなかった?」
「なんでそういうのだけは鋭いんだお前は!」
言ってから口を押さえるけどもう遅い
「はい肯定きましたー殴っていい?」
「いいわけあるか!」
「ちゃんと帰ってからにするわよ、ここだと目立つし」
その辺はわきまえてるから安心しなさい
「そういう問題じゃ・・・ああもういい!とにかく、人の目が無いところはやめろ
特に男と一緒だと、後で色々言われて面倒だからな」
そこでやっと私もピンと来た
なるほど、そういう仲だと思われるかもしれないわけね
学園でも同じ、とにかくそういうネタになる行為だけで、真偽に関わらず噂になるわけか
「確かに今はアンタの相方って紹介されてるし、そういう噂立てられると困るわね」
「・・・噂だけならここまで言うか」
「何か言った?」
「・・・・・・なんでもない」
「それって、何か言ったってことでしょ。ほんとに嘘つけないわよね、アンタ」
いやそういうとこは嫌いじゃないけどね。そんなのでよく裏まみれのお貴族様の相手出来るわね
ふっと、さっきの光景がよみがえる
普段とは違う愛想笑いに、肩の凝る会話。でもそんな中に自然と溶け込んでるシェイド
「・・・・・・なんだよ」
でも今隣に居るのは、違う。むっとしたような顔も、打てば響く反応も、学園に居る時の―――いつも通りのシェイドで
いやどっちも同じシェイドなんだけど・・・・・・でも
「やっぱり、アンタはアンタよねぇ」
「は?」
感情のままに変わる表情は正直で、さっきまでの遠い感覚は無い
それにひどく、ほっとした
「やっぱり、アンタはアンタよね」
「は?」
・・・・・・コイツの思考回路は、時々謎だ
今だって、反省してるのかと思っていたらいきなりこんなことを言う
「俺は俺以外になった覚えはない」
「そうね、アンタはアンタだもんね」
そして意味のわからないことを言ったかと思えば、いきなり可笑しげに笑ってみせる
怒ったりしょげたり笑ったり、くるくると表情を変える六花に、シェイドは無意識に口元を緩めた
初めに会った時かずっと、六花は感情を隠すのが下手・・・というより、隠したり偽ったりすることがほとんどなかった
怒りも、嬉しい気持ちも、全部真っ直ぐ向けてくるから―――俺も、つい感情を隠すことを忘れてしまう
「なんでそこで笑うんだよ」
「だってアンタがアンタだし」
「意味がわからん」
半目を向けると、ごめんごめんと謝ったものの、六花は相変わらずわけがわからないことを理由に笑っている
よくわからないまま笑われるのは嫌だ。でも笑った声は、嫌いじゃない
含みを持たせたり、作ったような抑えた笑みとは違う。本当に楽しそうに笑うから
「笑い過ぎだろ」
こちらまで、つられて笑ってしまう
「だからごめんってば!」
笑い過ぎて目じりに浮かんだ涙をぬぐい、六花は一応笑いをおさめてこちらに向き直った
と言っても、まだ目はしっかり笑っていたが
「なんだか1人でもやもやしてたのが馬鹿らしくなっちゃって」
「もやもや?」
・・・やっぱり何かあったのか?
他に知り合いもいないし、コイツでも心細かったとか?いやそれより俺も会長もいない間に何か言われたとか・・・
だが原因はどれでもなかった
「アンタがアンタっぽくなかったから、変な感じだったのよ」
・・・・・・は?
「いいなぁ~六花、今頃煌びやか~なイケメン見放題で・・・」
「あれ、羨ましいのはそこなんだ」
灰のつっこみに、ゆずりはデザートのミルフィーユに勢いよくフォークを立てて
「それ以外にどこがあるのよ!?」
あー君はそういう子だよねぇ、と顔だけ笑って受け流し、灰はちらりと別のテーブルに座る2人の先輩に視線をやった
留守番組の残り二人、黒駒と篁は先ほどから黙って向かい合ったままデザートをつついている
もちろん、いつも通りの黒ローブ(オプション鎌)と黒ずくめの姿でだ
「・・・君さ、一応黒駒さんと付き合ってるんじゃないの?」
「あの人の“付き合う”概念がちょーっとアタシのとずれてるけど、付き合ってるわよ」
きゃっとわざとらしく頬を染めるゆずりを軽くスルーして、灰は訝しげに眉を寄せ
「その割に、今日黒駒さんと一緒にいる所見たことないんだけど」
普段は鬱陶しいくらいべったりなのに、早速倦怠期?
「不吉なこといわないでよね~灰くん・・・・・・アタシだってべったりしたいんだけどさぁ、篁さんが」
「死神の人が?」
「・・・・・・なんか、紫さん達出かけてからずっとあの調子で傍に来るのよ」
蚊が鳴くよりも小さな声だったが、獣人の灰には問題なく聞き取れた
当然ゆずりもそれを見越しての声量だったのだろうが
「アタシなーんかあの人苦手だから・・・ちょっとね」
「へぇ・・・それはまた」
珍しい、と思う
灰は学ゲーメンバーではないので篁とはあまり顔を合わせたことは無いが、その少ない時間でも彼がここにはいないもう1人の先輩、叶桜以外とあまり行動を共にしないことはわかっている
社交性が乏しいわけではない・・・多分。顔を合わせれば彼なりに六花やシェイド達と交流を図ろうとしている・・・ように見える
だが、行動を共にすることは無い
それが珍しく―――しかも別段仲良くもない黒駒と共に居ると言うことは
・・・わけあり、かな?
まぁそうは言っても灰には関係のないことだろう。察しても、踏み込む気は無い。普段なら
でも2人がシェイドと関係ある以上、僕も無関係ってわけにはいかないか・・・
灰はなんだかんだと今の状況を気に入っている
六花もゆずりも癖はあるが嫌いではないし、先輩も同じくだ。それに久我会長という絶対的な被保護者が居る限り、学園での生活はあらゆる面に置いて保障される
それに・・・シェイドも、余裕出てきたみたいだし
前は根っからの鍛錬馬鹿で、それは今でも変わっていないが―――以前のように、なにかに追い立てられるような必死さがない
ぼろぼろでぶっ倒れることも多いが、紅の絶妙な調整――しているのだろう、おそらく――のおかげか、体を壊すような無茶はしていないし、鍛錬自体も楽しんでいるように見える
それ以外でも
作為まがいの偶然、というには異様な遭遇率から毎度の食事は六花やゆずり達、時には他学科の先輩も交えて賑やかだ
休日は休日で、出かける2人に荷物持ちとして引きずられたり、なんとなく集まって課題をしたり
なんてことはない、どこにでもあるような毎日
けれど彼らにはずっと縁遠かった日常が、今は当たり前のようにある
そしてそれを当たり前のように、シェイドが受け入れている
それを壊したくない
「ねぇ、桃や・・・・・・」
自分と同じくらい敏く、同じくらい現状を望んでいる彼女なら何か知っているのではないか、と思ったが
「・・・・・・桃山さん、なんでこのタイミングで恋愛脳スイッチ入ってるの?」
デザートもそこそこに、視線は完全に黒駒の方に向いて、その口元は緩みきっている
六花の言うところの、“恋愛脳”モードだ
半目を向けると、ゆずりはちょいと黒駒の方を指さして
「なんか、可愛くて」
そのまま再び黒駒に視線をスライドさせると、彼はミルフィーユを前に首をかしげていた
無残に崩れた後を見るに、普通のケーキのように食べようとして失敗し、一層ずつ食べようとして違和感を覚え・・・といったところだろう
そんな黒駒の気持ちはわかるが、それを可愛いと言うゆずりの感性はわからない
「え?どこが?」
「え、あの見た目でケーキ1つに苦戦てちょっと可愛くない?しかも苺よ、苺のミルフィーユ!
似合わないことこの上ないわ!!!」
うん、無理。僕にはわからない
そんな心情が顔に出ていたのだろう。ゆずりは表情を変え、柔らかな笑みの代わりに口角を上げて
「わかんなくていーの!好きな人にしかわかんない可愛さってのがあるんだから」
「あぁ、そういうもの?」
大きく頷き、ゆずりは再び黒駒に視線を戻した
その顔は黒駒と会ったばかりの、きゃあきゃあと騒いでいた頃とは少し違う
・・・いつの間に
基本的にゆずりとは互いの友人のこと以外の話はしない。が、この件は少しつっこんで聞いてみたい気もする
なんだかんだと友人、または同志・・・は恰好つけ過ぎだろうか。同じ穴の狢とでもいうべきか
とにかく浅からぬ縁のある相手だ。興味はそそられる
今度ちょっとつっこんでみようか・・・ああでも聞いた10倍の勢いで返されるのは、ちょっと嫌かな
などと思考を逸らしているうちに、先ほど感じた疑問は霧散した
平和すぎた。それに慣れ過ぎた
あの時気付いていたら――――もっと、何か変わったかもしれないのに
愛想笑い浮かべて談笑するアンタが、違和感満載でもやもやした
と、六花の話を要約すればそういうことらしい
いいようによっては失礼極まりない話だ。だが言った本人はすっきりしたのか、シェイドの隣で満面の笑みで料理第二陣に手をつけている
――――シェイドを動揺させているとも知らずに
・・・・・・違和感、あったのか?
シェイドはほぼ無心で料理を口に運びながら、先ほどのことを思い出す
無難な所を選んで話しつつ、適当に居合わせた女性の話に相槌をうつ
今まで当たり前に繰り返していたことだ
思い返しても特に変なことをしたわけではないし、周りの反応も普通だった。けれど六花は、らしくないという
それはまぁ、六花の前ではあんな風にはしないが・・・
あれは社交用の顔だから当然だ
まぁ第二に居る間は、灰と2人の時以外は大抵あんな感じにしているけどな
自分があまり器用でないことは、一応自覚している
だから適度に素を見せたりはしない。社交用か、素かの二択なら、第二の相手には社交の顔をとる
学園では面倒なのと、必要以上の交流は必要なかったから適当にしてたが・・・
と、思い返してみれば、六花の前で社交用の顔は見せたことがない
なにせ初対面が初対面だったものだから、取り繕う気もなかったし、そもそも必要だとも思わなかった
そうこうしているうちになんとなく一緒にいるようになったが、あの面子相手に愛想など必要ない
別の意味で腹の探り合いはあるが、基本的に六花は真っ向から物を言うし、シェイドも同じように返していた。周囲もそれを当たり前にしていた
・・・・・・そうだな、第二ならこれが当たり前だったが
今は―――学園での当たり前は違うのだ
思ったまま、感情のままの自分。それを出すことが当たり前になったのはいつからだろうか
ちらりと視線を落とすと、六花は出来たてのキッシュを頬張っている
その顔はいかにも幸せそうだ。よほど美味しいのだろう。というか美味しそうだ、後でどこにあったか教えてもらおう
などと呑気なことを考えている自分に、驚いた
・・・前はこんな場所、義務にしか思ってなかったが
叔父の言うところの、有益な交流相手とやらに挨拶して、面白みのない会話を交わす
終わってしまえばあと考えるのは鍛錬の事、必要とされる教養一般の講義の日程、そんなことばかりで
ずっと、目標だけを見ていた
それ以外はどうでもよかったし、必要ないと―――他のものなどに、気を取られてはいけないと思っていた
俺はそうしなければいけないから、その義務があるから、と
けれど今
「ん?なにシェイド、このキッシュ欲しいの?」
「欲しい」
「・・・あんたホント、食べ物に関しては素直よねぇ
丁度おかわり取りに行こうと思ってたから、ついでに持ってくるわ。二つもあればいいでしょ?」
「二つか・・・」
「いや物足りなそうな顔しないの!他所のお宅なんだから、ちょっとは遠慮しなさいよアンタ」
なんでもない、ただの会話だ
特別な意味は無い。なのに、さっき第二の連中と交わしたものより、数段楽しいと思う
ああそうだな、楽しい
六花や紅さん、会長やリーアンや・・・皆といると、楽しいのだ
なんでもないのに集まって他愛のない話をしたり、買い物に付き合わされたり、無茶苦茶な思いつきに振りまわされたり
今まで必要ないと避けて来たものが、当たり前のように日常に組み込まれている
けれど不思議と、前のように焦りを感じることは無い
・・・・・・全部、六花と会ってからだな
最悪な出会い方だったのに、その出会いのおかげで、今こうして他愛無い日常を楽しんでいる自分がいる
アイツは・・・気付いてないんだろうなぁ
皿を抱えて、真剣な顔でキッシュを選んでいる六花の顔を盗み見て、シェイドは口元を緩めた
その時
「シェイド?」
大きいとは言えない声だった。けれどその声は、確かにシェイドに届いた
無意識に鼓動が速くなり、思考が固まった
・・・どうして
挨拶の時はいなかった。具合が悪いのだと言っていたから、今日は会わないものだと思っていた
なのに
「シェイド」
今度こそ、はっきりと名を呼ばれる
認識される前に逃げるべきだった。いや逃げてはいけないのか
わからない。思考がまとまらない
なのに、振り向かなくても誰がいるかわかってしまった
「シェイド、よね・・・?」
確かめるように、三度呼んだ声は震えていた
10年前―――最後に聞いた時とは、まったく違う
何かに備えるように、シェイドはぐっと拳を握り、振り返った
立っていたのは20代半ばほどの女性だった
ゆるく波打つ金髪を結いあげ、柔らかいグリーンのドレスに身を包む彼女は、記憶よりも随分と小さく見えた
だが見間違えようはずもない
なにせ
『シェイド』
10年以上前、彼は彼女とごく近しい間柄だった
『なに、ねぇさん』
そう彼女を呼んだのは、いつからだったか
その度に乳母は笑って言ったものだった
『坊ちゃん、お嬢様がお姉様におなりになるのは、お兄様とご結婚されてからですよ』
乳母がそう言うと、決まって兄が返すのだ
『いいじゃないか。いつかは必ずそう呼ぶようになるんだ
早くて悪いことは無いだろう?』
そうして彼女が真っ赤になって、それを見て兄が笑って、その2人を見てシェイドが笑う
当たり前のように繰り返すと思っていた日常は、唐突に崩れ去った
終わりを告げた赤い景色は、今でも目に焼き付いて離れない
『――――どうして』
震える声で、彼女は問うた
『あれほど、だめだって言ったのに』
なのに、どうして
『あなたのせいよ』
優しかった彼女からは想像もつかない―――怒りと憎悪がシェイドに向けられ
『伯爵さまも、おばさまも―――』
焼け落ちた家を背に、血塗れの婚約者を腕に抱いて、
『レイヴィスが死んだのも全部、あなたのせいよ!』
それが、彼女を見た最後だった
恋愛要素がアップをはじめました。
不穏要素は既にスタートダッシュを切っております。