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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
54/59

父 3




――――可愛いだろ?


写真を見せる彼は、本当に幸せそうで


――――六花っていうんだ。雪の別称

    ああそういえば、お前のとこの次男と同い年だよな?



仲良くなればいいな、と笑うと、彼も笑って


――――俺とアンタの子なら大丈夫だろ?まぁ喧嘩はするかもしれないけど


    あ、でも絶対嫁にはやらないから。婿入りなら千歩譲って許してやらなくもないけど、嫁には絶対やらないからな


親ばかめ


――――可愛いんだから、しょうがない




笑っていた。幸せそうだった。幸せだった


この時が永久に続けばいいと思った



違う。今でも思っている



それが永遠に叶わなくなった今でも   ずっと









「あの、すみません、急に・・・」


見知らぬ男の人は気にするな、と笑ってくれるけど、私は顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった

バルコニーはパーティの灯が届かなくて少し暗かったけど、今はそれがちょうどいい。赤くなった顔をみられなくていいから


ない。いくら焦ってたとはいえ、あれはない・・・


公衆の面前で、しかもよりにもよって貴族のパーティなんかで・・・!

気を使ってか場所を移動してくれたからよかったけど、あのままだったらこの人や皆に迷惑をかけるところだった


「本当にごめんなさい!まさか、こんなところでおとうさ・・・父の知り合いに会うとは思わなくて」

「いや、君がそう思うのも仕方ないよ

それに私も、まさかこんなところでトーヤの娘に会えるとは思わなかった」


男の人は目を細めて笑って


「よく似ている・・・一瞬間違えてしまったよ」


柔らかい碧眼は誰かに似ている気がした


大好きな海の色



―――――だれ、だっけ?



「あぁ、女の子には嬉しくなかったかな?男親に似ているというのは・・・」

「あ、いえ!父の話をして下さるだけで嬉しいです

父の知り合いの方と話す機会がなくて・・・そんなに、似てますか?」

「私はそう思ったが・・・写真と比べれば―――」


男の人は一瞬不思議そうな顔をして・・・それから表情を曇らせた


「いや、すまない」


あ、そっか――――この人は知ってるんだ


「いえ」


父の写真も、遺品も、もう何も無いことを


「確かに写真はないですけど・・・覚えてますから、大丈夫です」


忘れない。忘れちゃいけないから、私は


「そうか・・・」

「はい」


笑うと、男の人も笑い返してくれた

・・・うーん、やっぱり誰かに似てるような―――


不躾にならないようにじっと見ていると、男の人はふと


「そういえば、君はどうしてここに?」

「今日は・・・友人の付添い、というか・・・」


ええっと、こういうの何て言うの?パートナー?ってなんか深読みされそうな・・・


「恋人かい?」

「いえ、違います」


言いきると、男の人は苦笑して


「そこまで否定しなくても・・・しかしこちらの友人というと、学校のかな?」

「はい。あ、今はマルーン学園に通っているので、それで」

「なるほど・・・・・・あそこは教育を受けるには最適だ。まぁ、静かな環境ではないようだが・・・」

「あはは・・・」


うん、まぁ静かさとは無縁の場所よね・・・特に私の周りは!


「だが六界の中でも最高の教育機関だ、励みなさい」

「はい、ありがとうございます」

「・・・・・・私も、君の父とは学園で知り合ったんだ」

「え?」


そうなんだ。でも、この人くらいの時代に第四と第二の学生が知り合うって・・・・・・難しくない?

昔はもっと世界間の亀裂も深かったって聞いたし・・・


「学年は違ったが・・・友人、だと思っているよ」


過去形ではなく、現在形。それが、どうしてか嬉しくて


「お父さんって、どんな学生だったんですか?」


小さかったせいか、昔の話はあまり聞いたことがない

お母さんも結婚してからの話はよくしてくれたけど、出会った時の話とかはしてくれなかった


だから知りたい


「そうだな・・・」


男の人は空を―――昔を思い出す様に、宙に視線をやって


「真面目な学生、とはいえなかったな」


渋い顔をしてそういった


「え」


「よく講義をさぼっては誰かれ問わず悪戯して・・・私もよく服を汚されたものだ」

「それは・・・なんていうか、すみません」


い、意外・・・


私が覚えてる限り、お父さんはいつもにこにこして・・・いや、まぁちょっといたずらっぽいところもあって、お母さんによく怒られてたけど


まさか問題児だったなんて



「あぁいや、まぁ確かに模範生だったとは言えないが・・・・・・どこか目を惹く奴でね」


悪戯しても、妙に楽しそうに笑うものだから、ついやられた方も笑ってしまって


「また何が楽しいのか、専攻も学年も違う私や後輩によくついてきて・・・弟がいれば、あんな風だったのだろうな」


昔を思い出す様に、遠くを見る眼差しは柔らかく、優しさを伴っていて

―――それは時折、自分を見る紫や紅のものと重なって


・・・お世辞でも、なんでもなくて


本当に、この人は父を弟のように、親しく思っていてくれたんだろう

そして父は―――想像とは少し違ったけれど―――こんな風に、誰かに愛される人だったんだろう


――――ありがとうございます


ひそりと、心の中で頭を下げる

この人に出会わせてくれた幸運に、これほど父を愛してくれた人に、そして



――――ごめんなさい


詫びないではいられなかった

母のように、祖父のように、紫や紅、周りの皆のように、口に出せばきっと必要ないというだろうけれど



・・・それでも、まだ今は謝らないではいられないから


だから、ごめんなさい




私は、貴方の大事な人を失わせてしまった





「――――どうかしたのか?」


訝しげな声に、はっと我に返る


「あ、すみません、大丈夫です。パーティとか初めてで緊張してたから、ちょっと気がぬけちゃって・・・」


・・・だめだわ、完全に思考が潜ってた


笑って頭を振ると、男の人は安心したように眉を緩めて


「それならいいんだが・・・あぁそうだ、よければ「あ、こんなところにいらしたんですかー」



間延びした声が、六花と男の間に割って入った


ぱっと振り返った先にいたのは、20をいくらか過ぎたくらいの青年

他の出席者のように礼服を着こんではいるが、くせ毛なのかあらぬ方に跳ね放題の金髪と緊張感のない――へらりとした笑顔はとても貴族には見えない


だが胡散臭げに、内心で眉を顰めた六花とは対照的に、男の方には面識が合ったらしい


「・・・ログフォード秘書官」

「はいー、先ほどから上司が侯爵をお探しで・・・ってあれ?こちらお嬢様?じゃないですよね、息子さんだけのはずですし

あれ?もしかして私お邪魔でしたー?」


すみませんーと謝ってはいるが、相変わらずゆるみきった笑顔で悪びれる様子もない


・・・・・・というか、邪魔って


もしかしてあらぬ仲だとか思われてる?


「友人のお嬢さんだ、無粋な想像はやめてもらおう」


私と話していた時よりも低い―――威圧するような声で男の人が釘をさすと、金髪の人はわざとらしく口元を押さえて


「それは失礼しましたー」


まさかと思ったけど、やっぱり勘違いされていたらしい

いや、だとしても普通こんなところで密会はしないでしょう・・・


バカなのか、それとも冗談だったのか、測りかねていると男の人が申し訳なさそうにこちらを振り向いて


「すまない、もっとゆっくり話したかったんだが、仕事があってね」

「いえ、こちらこそ、お時間とらせてしまってすみません!」


無理矢理引きとめたのは私だ。謝られるとこっちが申し訳ない

慌てて頭を下げると、男の人は苦笑して・・・・・・それから、思い出したかのように胸ポケットから革の薄い財布のようなものを取り出し



「よければ、これをもらってくれないか?」


差し出されたのは、一枚の写真

古いものだからか少し色褪せているその中には、見覚えのある―――黒い髪と、赤い目の少年


私と同い年くらいの、お父さんの姿


「これ・・・」

「古い物だが・・・ここで出会えたのも、きっとなにかの縁なのだろう

私は他にも持っているから、もらってくれ」


そっと、壊れ物に触れるようにそれに手を伸ばす


写真の中で笑う人は、若いけれど確かに父の面影があって・・・


「ありがとう、ございます」


息が詰まった。それでもどうにか言葉を続け、深く頭を下げる


「また・・・」


急いでくださいーと急かす青年を睨みつけ、男は六花の肩に手を置いて



「・・・もし機会があれば、今度はもっとゆっくりトーヤの話をしよう」

「はい・・・!」


しっかりと頷き、会場に戻っていく人の背に向けてまた深く頭を下げる


・・・・・・今日、来てよかった


現金だって言われても、嬉しいのだから仕方がない

だってまさか、こんなところでお父さんの友達に会えるなんて、予想できるわけがない


もらった写真をしっかり握りしめ、自然笑顔を作ると・・・ふいに



「いやーやっぱり女の子の笑顔っていうのがいいもんですねー」


・・・は?まだいたの?


何故かまだ居た空気の読めない男が、こっちをみてへらへら笑っていた

というかこの人こんな顔しか見てないけど、素なのこれ?


だとしたら周りは絶対苛々するだろう。私だったら1日一緒にいたら殴るかもしれない

そんな感じの笑顔だ


「あの・・・何か御用ですか?」

「そりゃまー御用がなきゃ話しかけませんよーやだなぁ、もう」


え?なんでこれ私がボケたみたいな空気になってるの?


やだはこっちの台詞だ。さっきから珍しく良い感じの雰囲気が、この人のせいでかなり台無しになっている

せめて今くらい、幸せに浸らせてくれたっていいだろうに。神様という奴はとことん面倒事を押し付けるのが好きらしい


「いやねぇ、こーんな貴族ばっかりのところに魔女さんがいたもんだから、ちょっと気になって」

「・・・・・・は?」


ちょっと待って。私今日一回も魔女なんて名乗ってないわよ?

それが、なんで――――


警戒して、思わず一歩身を退く。と、金髪の人は大仰な仕草で首を傾げて


「あ~なんで気付いたのかって?そりゃあれですよー、私も半分魔女の血引いてるんで」

「え!!?」


うそ、コレが!?

というか、第二でって・・・かなり珍しいよね


第二世界で魔女の血を引いてるのは騎士王家の血筋くらいなものだ

他ではほぼ皆無といっていいと思う。第一の庶民階級ならいるだろうけど・・・


「魔術は使えませんけどねーまぁ一応力はあるらしくてー、御同類はわかるんですよ」

「なるほど・・・」


ルナウスの一件以来、魔術師は誕生していない

けれどそれは男性が力を失ったということではない。単に“使えない”だけだ


だから、なのか。有り余る力は、彼らに様々な特殊性をもたらすことがある

人より成長が遅い、怪力を持つ、五感が発達している・・・などなど。この人もきっと、そういう人なのだろう


「まーそういうわけですんで、あんまり警戒しないでくださいよ・・・って、あ、御呼びみたいですね」


振り返る先、会場の方から睨むように―――いや、あれは単に目つきが悪いだけか?―――見ている人が1人

さっきの男の人よりも年上で、かなり白いものが混じっているけれど、目を引く赤い髪の男性

でももえるようなその赤毛よりも気になったのは、彼の目


黒、ううん、藍色・・・かな


黒に近い濃い藍色。澄んだ夜空の様な色



「・・・・・・あの人」

「あ、あれはうちの上司ですーこわーい顔してますけど、やっぱり怖いんですよー」

「・・・接続詞の使い方、間違ってません?」

「あははははー

あ、そうだお嬢さん。これも何かの縁ってことで、一応これ渡しときますねー」


差し出されたのは名刺だ。こんなんでも一応、社会人らしく名刺は持ってるらしい


「なんかお邪魔しちゃったみたいですしー、お詫びに何かあれば一度くらいは言うこときいちゃいますよー」


じゃ!


と軽く手を上げ、現れた時と同じくらいあっさりと去っていく

私は呆然とその背をみつめ、それから何気なく名刺に視線を落として・・・叫びそうになった



「『最高評議会議長 首席秘書官  ダファディル・ログフォード』・・・って、第一世界最高権力者じゃない!?」


王がいない第一世界は、他五界の王と民選による議員で選ばれた六界連邦最高評議会によって治められている

これは第一世界がどの世界にも属さない、中立かつ共有の世界だからだけれど・・・実質的に、第一世界の政治を動かしているのは最高評議会だ


王達には自世界を治める仕事があるから、実際のところ王と議長が揃って会議を行うのは年に一度の定例議会と特別議会の時くらい

後者は災害なんかの緊急事態の時で、幸いなことにほとんど行われたことはない


前者は各界の意向なんかのすり合わせみたいなもので、基本的に日常の政務は議会に一任されている


つまり、その議会の長ってことは他世界でいうなら王や宰相に相当する―――超重役


・・・・・・いや、それ以上ね

なんたって最高評議会議長は定例会議の議長役も兼ねている。王という名こそないものの、彼らと同列の存在だ


「・・・・・・そんな超大物の秘書がアレって、いいの?」


しかも―――冗談だろうとはいえ、たかが一回の学生に頼みを聞くなどよく言ったものだ

いやそれとも秘書ならそんなに権力もないのかな?いやでもことによったら使い道はあるから、やっぱり浅慮だろう


私は呆れた視線を、もう人ごみに紛れた“大物秘書官氏”に向けた

彼がそれを見ることはないだろうけれど、見てもやっぱりへらへら笑っているだけのような気がする



あーでもなんだろ、色々あり過ぎてどうでもよくなってきたわ


まさかの出会いに、変な人。後者はいつも通りだ。すごく不本意だけど

でもアレのおかげで、肩の力が抜けたのも確か


・・・・・・さて、じゃぁそろそろ戻りますか


もし私が会場にいないのがバレたら、紫ちゃんやくぅ兄あたりが心配するだろう

2人ともこっちにいると昔のくせか、妙に心配性になるからなぁ・・・


写真と名刺をハンドバックに仕舞い込み、バルコニーから出た途端



「・・・・・・おい」


非常に不機嫌な顔をしたシェイドの姿


あ、やばい。忘れてた











侯爵との話を要領よく済ませ、彼は妻を探す傍ら、少女の―――友人の娘のことを思い出していた


友人にとてもよく似た少女は、しかし内面はあまり似ていないらしい

真面目そうな、いい子だった。トーヤ並の問題児を想定していた彼は半分安堵し、そして半分寂しさを覚えた


もちろん、アレに似ないで越したことはないのだが


・・・・・・トーヤの、願いの結果か


可愛い、というのと同じ口で彼は何度も繰り返していた

――――絶対に、自分には似ないで欲しいと



あの時はどうなるかと思ったが・・・


昔、トーヤが死んでから一度だけ、彼女に会ったことがある

もちろん彼女は覚えていないだろうが―――今でも、鮮明に思い出せる。否


忘れられたものではないな、あれは・・・



目をつぶれば今でも蘇る、痛々しいほどの悲鳴と狂乱の声

あの状態から、よくぞあそこまで回復したものだ


・・・・・・ローズマダー伯から聞いた時は、まさかと思ったが



『魔女科2年、御子息と同じ年だとか』


苦々しさを隠しもせず、奴が差し出したのは彼の娘がびっしりと苦情を連ねた手紙

それに苦情の元である―――娘から婚約者を奪おうとしている“恥知らず”の調査報告書


『よくもまぁ魔女なんぞが、由緒ある我ら貴族の血に―――』


わざわざ調べただろう伯爵には悪いが、彼の愚痴はほとんど聞き流していた

調査報告所の一番上、見出しのように書かれた名前から目が離せなかった


白峰 六花、下の息子と同じ年の――――魔女


トーヤの娘であることは、すぐにわかった



・・・・・・しかし、それが何故    よりにもよって、



「あら、お久しぶりね」


思考を阻んだのは、若い娘の声だった

だが声の明るさとは反対に、そこには親しみは一切籠められていない。あるのはただ―――敵意のみ


「・・・・・・殿下こそ、ご健勝の様でなによりでございます」


振り返り、礼儀作法の手本のような完璧な一礼

そのままお決まりの問答を繰り返して、先手を打ったのは彼だった


「しかしまさか殿下からお声がけいただけるとは、思いもよりませんでした」


・・・いったい、どういうつもりなのか


彼の仕えるべき主君、騎士王の1人娘。次期魔女王にして次期騎士王の妻。マルーン学園生徒会長。黎明の魔女アリエスの生まれ変わりとさえされる、希代の天才

―――久我 紫


年の割に油断ならない雰囲気を纏わせ、彼に一歩近づき


「私も声をかける気などなかったんだけれどね・・・・・・大事な被保護者に害虫が近づこうとするなら、切り捨てるのは保護者の役目でしょう?」


第二にしては率直ともいえる言葉に面食らう間に、彼女は更に距離を詰め


「可愛い甥っ子に近づく悪女の品定めのつもりだったのかしら?

事と次第によっては容赦しないわよ――――シャルル・ディジェム・ロウ・()()()()()()()()


30以上は年下の娘の気迫に、彼は思わず一歩退きそうになったが・・・しかし表面上はそんなものおくびにも出さず、年長者らしく落ち着いた声音で


「1つ臣下としてご忠告を、殿下。そのやり方では、敵に弱点を悟らせるだけです」

「構わないわ。手を出す前に潰すまでよ」


物騒な笑みが口元に浮かぶが、聡い彼女のことだ、わかっているのだろう

わかっていて、言わずにはいられなかったのだ。それは若さというだけではなく


・・・・・・あながち、“生まれ変わり”というのも冗談ではないのかもしれないな



しかし、だからこそ彼も言わずにはいられない


「・・・・・・でしたら何故、あの子とシェイドを近づけたのですか」


よりにもよって、あの2人を。あの学園で   あれではまるで



「どうして、こんな場にあの子を連れて来たのですか」


シェイド・ラ・ティエンランが見覚えのない娘を伴っている

それはすぐに彼の耳に入った。婦人の噂話は広まるのが早い。もしも、“上”の耳に入りでもしたら


「殿下はまさか甥に、成人もしていないあれに役目を果たさせる気ですか!?」


思いがけず力がこもった言葉に、久我紫が面を食らったような顔をする

そこでやっと、己が感情的になっていたことを悟り


「・・・失礼しました、失礼な「どういうこと」


しかし、無礼に対し返って来たのは疑問の声


「答えなさい、ローシェンナ侯爵。役目とは、いったい何のことかしら」


その声音に、とぼけている様子はない。本気で、知らないのだ


「・・・・・・殿下」

「―――ああ、いえ、撤回するわ。ここでいうべきことではないんでしょうね

ただこれだけは答えなさい。貴方にとって、あの子はなに?」


一言で察したのは流石、というべきか

といっても諦めたわけではない。紫紺の双眸は探るように、彼を見据えたままだ


だから応えるように、彼も真っ直ぐに――六花が海の様だと例えた、碧の目を向けて


「・・・・・・・・・友人の、娘です。大切な友人の」


そして


「甥も。あれは妹と友人の形見で、私はあれの保護者です

友の子らに危険が及ぶなら、出来得る限りそれを避けたい」


久我紫は何も言わなかった。ただ、何かを思案するようにゆるく眉を顰め


「・・・・・・友、と言ったわね」

「はい」

「確か、貴方はマルーン学園の」

「剣士科出身です」

「義理の弟君も同じく?」

「はい」

「・・・・・・失礼だけれど、貴方確か父よりふたつ年上だったかしら?」

「間違いなく」


質問はそこで止んだ。必要がなくなったのだろう

紫紺の目は、確かに“何か”を掴んでいる



「そう・・・・・・ありがとう、呼びとめてしまってごめんなさいね、侯爵」


瞬きの間に、怪訝な顔は完璧な笑顔に変わる

つまりは本音の会話はこれで終了、ということだ。だから彼も慇懃な笑みを浮かべて


「とんでもございません、殿下」

「甥子さんは休暇の間私が責任をもって預からせていただくから、ご心配なく」


周囲に聞かせるように、声が少し大きくなる

つまりこの会話は“そういうこと”になるらしい。同時に、甥も確実に彼女の庇護下に置いてくれるのだろう


幸運なことに、そのくらいには甥は殿下に気に入られているらしい


「不肖の甥ですが、ご教授のほどよろしくお願いします」

「出来得る限りのもてなしを約束しましょう」


お互いに形ばかりの笑みを浮かべ、またもお決まりの挨拶を交わして離れる



その間際



「一つだけ、教えてあげるわ」


密かに、彼女が呟いたことには


「シェイド・ラ・ティエンランを私のチームに推薦したのも、六花ちゃんを今日彼のパートナーにしたのも、私ではないわ」



それは




「私の父――――騎士王・久我藍よ」







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