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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
52/59

父 1




思いだすのは、本当に些細なきっかけ


読んでもらった絵本、一緒に行った場所、口ずさんでいた歌だったり


落ち込んだ時、ふと優しく笑う顔や声を思い出して涙する夜



でも


だんだんそんなことも減っていって

笑った顔、声、繋いだ手のぬくもりが遠くなっていく


忘れたわけじゃない


ただ、遠くなっていく



だから――――






空は快晴。夏季休暇に相応しい、いい天気だった

真っ青な空に入道雲、絶好の海水浴日和。野外でバーベキューとかもいいかもしれない


――――動く気になれないほど、疲労困憊してさえなければね!


「・・・・・・予想してたけど、やっぱり鬼だわ」


夏季休暇開始10日=合宿開始10日目。現状、全員ダウン


合宿が始まった頃は休みがあれば遊ぶ!なんて息まいてたゆずりも、今日は食事の時以外は部屋に引っ込んでいる

シェイドも同じく。黒駒さんは元々気が付いたらいなくなってることが多いからわからない


平然としてるのは、紫ちゃんとくぅ兄、篁さんだけだ

まぁ予想の範囲内だけどね!


部屋のベッドに転がりながら、六花は1人むなしく乾いた笑みを零した

もう太陽は中天を越え、寝たままでは少々渋い顔をされそうな時間だが、とてもじゃないが起きる気がしなかった

朝食も、食べなければ明日に響くので無理矢理詰め込んだのだ


・・・・・・紫ちゃん、本気過ぎる


今までも厳しかったけど、合宿はその比じゃない

人並み以上に体力はあるつもりだったけど、その体力が底を尽きて倒れること4回、魔力が空になってそもそも魔術が使えなくなること2回、両方合わせて意識がブラックアウトすること3回


次はどんな理由でぶっ倒れるのか、私にもわからない


合宿は基本年長組と2年生組が1人ずつ組んでて、私は紫ちゃん、シェイドはくぅ兄、ゆずりは黒駒さんと組んで篁さんだ

でも時々お手伝いの灰くんとも特訓してるらしい


ちなみにシェイドは毎日どこかしらに包帯が増えていて、ゆずりは段々目が据わっていっている

・・・・・・2人共、どんな特訓してるんだろう


気になるけど、聞きたくない



微妙な気持ちで寝返りを打つ

バサリとカーテンが靡き、テーブルの上の紙片が何枚か散った


「あ」


魔力切れで気だるい体を無理矢理起こし、拾い上げる


・・・・・・手紙の返事、書きかけだったんだっけ


正直言うとそんな気分じゃない

でもまた明後日から特訓だから、この次となるといつ返事できるか・・・


それに


「言える時に言わなきゃ、ね」


頷き、ペンを手に取った


おやつまでは、まだ時間がある







・・・・・・・・・一体、俺にどうしろと


シェイドは六花の部屋の前で固まっていた

女子の部屋を訪れるのがどうこうというわけではない。そもそも会っていきなり3日間同棲状態だったのだ。今さらである


問題は・・・


視線を落とす。高級な便箋、紋章入りの蝋封―――――夜会の招待状だ

朝会長に渡された。不参加は許さない、と脅し付きで


『貴方をひと夏預かるって決めた時、貴方の叔父に義務は果たさせろってうるさくいわれて、念書まで押しちゃったのよ


だから、貴方がさぼると私の責任問題になるの――――ね?』


・・・・・・叔父め、会長を使うとは


別に、義務を果たすことに異論は無い。必要なことはする、そう決めている。だが・・・

嫌というほど見返した宛名を目でなぞる


これは、まだ



『おい』


・・・・・・ん?

なんだ、なんか足が重いような・・・


『こちらだ、シェイド・ラ・ティエンラン』


視線を下にやる。真珠色の紐のようなものが足に絡みついている

しかもなんだ、最近やけに見覚えのあるような・・・


『遅い、と主が御立腹である。とっとと入れ、食うぞ』


久我会長の使い魔――――――俺がこの世で最も苦手とする生き物、蛇だ


「うわあ!!!」

「きゃあ!!!」


2人分の悲鳴が重なり、視界に紙片が舞った

その向こうで、六花がぽかんと口を開けてこちらを見ている


「・・・・・・あんた、何してるの?」


当然の疑問だ。だが俺も自分で何をしているのかよくわからない


「いや、蛇が・・・」

「?蛇なんていないじゃない」


言われて見ると、足に絡みついていた蛇は既に姿を消していた

あの爬虫類、今度会ったら斬・・・・・・無理な気がする。いや絶対無理だ、会長の蛇だし


「あぁもういいから、それより何の用?」


六花は軽く肩をすくめて、散らばった紙片に手を伸ばす

多分俺が扉を開けた勢いで吹き飛んだんだろう


「いや、その・・・・・・悪い、手伝う」


散らばった紙片に手を伸ばす。女らしい花柄の便箋、手紙でも書いてたのか?

いやそれよりこの便箋、どこかで見たような・・・


首を傾げたまま、シェイドは六花に便箋を手渡す

なにか引っかかるが、どこにでもありそうな便箋だ。多分もらった手紙のどれかと同じだったのだろう


「はい、これで全部か?」

「えっと・・・・・・うん大丈夫、ありがと」


ふと部屋にあった机を見ると、似たような便箋がいくつか広げられている


「急に悪かった。手紙書いてたのか?」

「あぁ、うん。夏季休暇は帰らないから、お母さんに」

「そうか。でもいえば会長も帰省くらいはさせてくれるんじゃないか?」


現に桃山などは途中で一度家に帰るといっていた

強制参加の合宿だが、会長も実家に帰らせないほど鬼ではないだろう


「んー・・・・・・でもまぁ、今回はいいかなって」

「そうか」


そういうものなのだろうか、普通は


なんとなく次の言葉が思いつかず、黙りこんでしまう

落ち着かずに視線を彷徨わせると机の上に既に封をされた便箋が一通


「そっちは、父親にか?」

「え?」


とにかく何か言おうと咄嗟にその便箋を指差す

別に何でもよかったが、他のものと違って白一色のそれが妙に目に付いたのだ


「あ、うん、そうだけど」

「どうせ出すなら、母親の分とまとめた方が楽じゃないか?宛先は同じだろう?」


特に世界を越えた場合は料金が嵩む

俺も学園に居る時は、第二宛の手紙はある程度一通にまとめて出している


普通の事をいったつもりだったが、何故か六花は眉を寄せ


「あ、そういうこと」


納得したように、頷いて


「違うのよ。お父さんへの手紙だけど、これは出さないの」


なぜ、と問うより早く。あまりにも自然な調子で




「お父さん、もういないから」









「色々言いたいことはあるけど・・・・・・とりあえず殴るの後にしてあげるから、状況を説明して」


合宿開始7日目の夜、何故かいかにも金持ち仕様って感じの馬車に乗っていた

それもドレス姿で、正装のシェイドと二人きりで


「いや、その、な?」

「はっきり言って。アンタも関わってるんでしょ?主犯は紫ちゃんだけど」


シェイドが私の部屋を訪ねて来て、色々あってちょっと妙な空気になった後



『あぁもうじれったい』


紫ちゃんの声がしたかと思えば、転送魔術で紫ちゃんの部屋に飛ばされて


「それじゃぁ、その子よろしくね」

「「「かしこまりましたー」」」


どこから湧いて出たのか、紫ちゃん馴染みの仕立屋さん一派に囲まれ、お風呂に入れられ髪をいじられちょっとお化粧までされて・・・


気付けばドレス姿で、シェイドの乗る馬車に放り込まれていた



「・・・・・・まぁ主犯は確かに会長だが」


うん、それはわかってる。私の周りの突飛な出来事の原因は大抵紫ちゃんだから


「ある意味、俺にも責任はあってな・・・」

「どういうことよ?」


嫌に歯切れの悪いシェイドに、軽く拳を構える


「わかった!言うから殴るのはやめろ、痣なんかつくって出席したら面倒だ」

「だったらさっさと・・・・・・なに、出席?」


そうだ、と投げやり気味に呟き、シェイドは懐から綺麗な装丁の手紙を一通取り出して


「今日、知り合いの夜会があってな

まぁ夜会といっても本格的なものじゃなくて、夏の夜を楽しもうとかいう比較的気軽な集まりなんだが」

「あんたの恰好はとても気軽には見えないけど・・・」


燕尾服でこそないけど、第四じゃそれこそ結婚式でもないくらいしそうにない恰好だ。珍しく前髪も上げてるし

私のドレスも、紫ちゃんが舞踏会用とかいって着てたドレスほどじゃないけど、それなりにきちんとしたものだし・・・


ん?


「・・・ちょっと待って」


「出るつもりはなかったんだが、叔父が会長経由で圧力をかけてきてな

合宿参加の条件が、義務はきちんと果たすということだったから。それでまぁ、この手の集まりはパートナー必須で・・・」

「いや、だから、ちょっと待っ」

「会長がならお前を連れて行け、と「断りなさいよ!」あの人に笑顔で圧力かけられて勝てるか!?」


いや、うん、その気持ちはよくわかるけど!それでもね!?


「無理だから!マナーとか全然わからないし!

それにこんな裾長いドレスとか着たの初めてだし、ヒール高いし、絶対転ぶ!」


第二の夜会、っていうかパーティよね。ってことはあの我儘お嬢とか鬱陶しい馬鹿坊ちゃんみたいなのの集まりってことでしょ!?


そんなとこでご飯とか談笑とか?舞踏会じゃなくてもそうなのかわかんないけど、もしかして踊ったりとか?

無理、無理無理、絶対に無理!!!



脳内で展開されるのは、派手なドレス姿の集団と、おほほとかいう上品な笑いに隠された値踏み合戦

小説と紫ちゃんの愚痴でしか知らない世界なんて、私の想像力ではこれが限界だ


でも実際は想像以上に色々あるのが普通で


そんな世界、私の手には負えない



「人選ミスだよ紫ちゃん!」


叫んでも、別の馬車に乗っている紫ちゃんに届くはずは無くて・・・

――――そもそも届いたとしても、聞き届けてくれるわけはなく





無情なことに、まさに項垂れたその瞬間



「到着致しました」



淡々とした御者の声が、響いた




ファンタジーを書く時には絶対入れたいパーティ編です

ドレス!ダンス!修羅場!いいですよね

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