迷い子達 4
屋敷を囲む生け垣を抜け、林の中の道を歩くこと数十分
左右に木々が並ぶだけの単調な風景が終わると、やっと屋敷の門に辿りつく
「・・・・・・・・・田舎の別宅の広さか?これが」
思わずつぶやき、シェイドは腕で額の汗をぬぐった
いくら涼しい地域とはいえ、第七月の昼前ともなればかなりの暑さになる
腹の虫が盛大に空腹を訴えた。普段ならこんな時間に派外に出たりせず、大人しく昼食を待つところだが・・・
「この暑いのに、どこに行ったんだ。六花のやつ」
六花がいない、と言いだしたのは桃山だった
昼食までの間、サンルームで灰と2人してうたた寝していたら急に腹に六花の拳級の衝撃が来た
噎せこみながら起き上ると、砂色の毛玉と仁王立ちの桃山がこちらを見下ろして
『六花がいないの』
邂逅一番そう言った
だからどうした、と言おうとしたが、予想外に深刻そうな顔をした桃山に言葉が詰まる
『白砂達に屋敷一帯全部探させたんだけど、どこにもいないのよ』
『散歩に行ったんじゃないの?』
いやに焦ったような桃山を宥めるように灰が言うが、桃山はまだ厳しい表情を崩さず
『2時間近く探してんのよ。散歩にしちゃ長すぎるわよ!』
確かに長い。だが会長も言った通り、この辺りは治安もよさそうだ
なによりあの馬鹿力と使い魔がいれば、滅多な事にはならないだろう
灰も似たようなことを言って宥めはしたが、桃山は納得しなかった
そのあとも似たようなやりとりを繰り返し、挙句の果てに桃山が
『冷たいわねアンタ達!特にシェイド君!アンタ仮にも六花の相方なんだから、探すかなんかしなさいよ!』
などと言い出し、灰までもが
『あぁ、それがいいね。僕らだと第二で出歩くには目立つし』
もっともらしい理由をつけているが、俺を犠牲にして桃山の気を晴らそうという魂胆がみえみえだった
そもそも灰は自分の行動を邪魔されるのも、誰かにわめかれるのも大嫌いなのだ
その状況から脱せるなら、俺1人炎天下に放り出すくらいなんとも思わないだろう
『行くよ、ね?』
『さっさと行ってきて!』
そして桃山と灰2人がかりで俺が敵うはずもなく、今に至る
・・・・・・だいたい、人探しなら灰の方が向いてるだろ
ゆるく斜面になっている道を大股で歩きながら視線を巡らせるが、六花らしい人影は無い
灰なら匂いですぐにわかるのに、なんで俺が
いや、まぁ確かにあの状態の桃山と2人で残されても面倒だけどな・・・
・・・・・・ん?
そういえば、灰にとっては暫定行方不明の六花を探す方が楽なはずだよな?
まぁ暑いのは苦手だが、わめく女・・・というかアイツは基本的に俺以外嫌いだから
ちなみにこれは自惚れでもなんでもない。アイツは嫌いな相手とは関わらないし、アイツの判断基準に“普通”はない
そういう意味では六花や桃山は“特別”か?
明らかに八つ当たり状態の桃山を毒舌も寒い笑顔もなく宥めていたし、六花とは俺がいなくても話したりしてるというし・・・
うん、あの腹黒も成長したな。友人一号としては嬉しい限りだ
などとずれた思考にはまっていたのが悪かった
「あ」
間の抜けた声と同時、頭部に打撃・・・で済めば良かったのだが
ここしばらくの紅の特訓による成果で反射的に身構え、ようとしたところへ追撃
・・・その結果。物の見事にあおむけに倒れ、後頭部を強打
もはや笑うしかない状況だが、当の本人は笑うどころではない
痛みと暑さと空腹で起き上がる気力も起こらず、厄日か!と天を睨む、と
シェイドより遥か上、しかし天よりは遥か下、木の上に
「あー・・・・・・・・・えぇと、ごめんなさいね」
女性―――女の子、ではなく、明らかにシェイドの母くらいの年齢の――が1人
夏の青々とした葉より柔らかい、若葉色の髪をした女性は曖昧に笑って
「・・・・・・こんなこと、人生で二回も起こるのね」
一度でやめろ
「・・・・・・喧嘩じゃないよね?」
シェイドの匂いが屋敷から遠ざかるのを確認して、灰は正面で深刻な顔をしたまま黙りこむゆずりに声をかけた
「・・・わかってるでしょ?」
「一応確認しただけだよ」
灰が黙って籐のソファーに腰掛けると、1人分距離を空けてゆずりが座る
背に敷いていたクッションを抱えて、体育座りでソファに座る姿は、何かに怯える子供そのものだ
「・・・・・・シェイド君追い出して、悪かったわね」
「僕の邪魔した事は謝らないんだ」
わざとらしく笑う。シェイドなら一歩退くところだけど、桃山さんはただ静かに
「お互い様でしょ」
肯定はしなかった。しなくてもお互いわかっているから
無駄な言葉も、行動もしない。親しい故の静寂ではないけれど、1人分空いた距離は自分達にはちょうどいい
桃山さんが黙っているから、僕も黙って硝子のテーブルに置いてあった新聞を取り上げる
黙っているなら余計なことは言わない。それがここ3カ月近くで出来た僕たちのルールだ
読む気はあまりしなかったので、とりあえず見出しに目を通す
と、隣に動きがあった
「・・・・・・これ?」
返事は無いけど、視線からして間違いない
「・・・・・・【純粋なる月】」
聞いたことがある。主に第四の魔女や魔術師とその血族たちが主体になっている団体だ
元は魔女狩り以前の魔女の伝統を守ろうとする保守的な者達の集まりだったが、近年では特に世界を独立―――彼らの言うところの在るべき姿、門が出来る以前の世界に戻そうとテロまがいの行為を行っているらしい
「構成員の証言から近日のテロが予測され、調査のため今日一日【門】の使用は制限され・・・・・・へぇ、危なかったわけだ」
もしも一日ずれていたら、境界で足止めを食らっていたかもしれない
そうなるとあの匂いが一日中・・・考えるだけで、吐き気がするね
嫌なことを思い出した。思考を変えようと、記事を読み進める
「調査の指揮は王女殿下、ってことは久我会長が出かけてるのはこれが原因かな」
確かに、門が狙われたなら大事だ。でも
「構成員は捕まってるし、門がある町はここからかなり遠いから心配する理由はないんじゃない?」
「・・・・・・別に、六花が巻き込まれたとかそういうことじゃないのよ」
というかそんな危険があるなら、あの過保護な紫さんと赤い人がそろって出かけるわけないし
声は意外と落ち着いていたけど、クッションを握り締める手は堅い
桃山さんはまた黙って、けれど今度はいくらもしないうちにはっと息をつき
「アタシと六花って、まぁ友達じゃない時もあったけど、なんだかんだでずっと一緒にいたのよね」
灰は新聞を置き、一定の距離を崩さずに、黙って頷いた
既に知っている話だ。本題はこれからなのだろう
「でも10年くらい前に、一緒にいなかった時期があって」
淡々とした声に、一瞬湿ったものが混じる。だがそれはすぐに消えて
「1年・・・ぐらいかな、行方不明だったのよ。六花」
「まぁ行方不明って言っても、アタシが知らなかっただけなんだけど」
でもあれは、行方不明って言ってもいいと思う
だって本当にいきなりいなくなって、周りの誰一人として―――大人も、六花のお母さんさえも、居場所を知らなかったんだから
灰くんが眉尻をあげる。よくわからないって顔だ
まぁそうだよね。でも――――知りたいのはこっちの方だわ
「1年どこにいたのか、今でもアタシは知らない。ただ1年後に、六花はなんにも無かったみたいにアタシの前に現れて、それからまたずっと一緒」
質問は、ない。アタシが話すだけ。普段なら一方的に話すのは好きじゃないんだけど、今はこれがちょうどいい
聞かれても詳しいことは今でもわからないし、アタシだけの問題じゃないしね
「で、10年前に六花が消えた時にもあったのよ。【純粋なる月】の事件
こっちはもっと近場だったけどね」
今でも覚えているくらい、忘れられないくらい、近い出来事
「こんな暑い夏の日だった」
楽しいはずの、夏休みだった
「食事の後、アンバーさんに頼んで新聞と・・・あとまぁ雑誌とか色々届けてもらって、この記事のってて
六花が消えた」
それで思い出してしまった
怖かった。だってあれはアタシが初めて大事なものを無くした日だったから
前回更新の日付がえらいことに・・・すみません・・・
とりあえず夏休み編終了まで更新して、また間をおいて一部終了までの目途が立ちましたら更新したいと思います。