落ちこぼれと天才 2
「聞いたよ~ん六花vまーた爆発起こしたんだって?」
図書館で課題に埋もれていた六花は、聞き慣れた声に顔を上げた
目に鮮やかな金髪は、たしかついこの間まで茶髪だったはず
「・・・お聞き及びのとーりですよっ!わざわざ確かめに来なくてもいいじゃん、ゆずりっ!」
「六花、声」
窘められたときには、もう既に刺さるような視線が二桁ほど
ばつが悪そうに再び課題に埋もれた六花に構わず、平然としたままゆずりは隣に腰掛けた。
「にしても、あんた実技はほんと駄目ねぇ
今までテストで成功したのって、二桁もいかないんじゃない?」
「・・・11回は成功した」
「200回以上あったけどね」
サラリと付け足された言葉に、今度こそぐうの音も出ない。
沈黙した六花に、ゆずりはニヤリと笑ってみせる
「そんな六花ちゃんに、友達想いのゆずりさんから大変良いお知らせがありまーすv」
取り出したのは『マル秘メモ』とわざとらしく書かれた手帳
ちなみに中身は8割方男子のデータだ
自他共に認めるメンクイ桃山ゆずりは生徒数総勢数千人
下は5歳から上は20までが揃うこの学園の『いい男』達のデータを全てここに記載している
もちろん、ごく普通の―――一般生徒は手に入れられない―――情報までもどこかから入手しているが
「男の子の話なら聞かないよ
この間聞いたばっかりだし、剣士科のティエンラン君、獣士科の黄海先輩や天使科のローシェンナ先輩とか・・・だっけ?ゆずり自分でいってたじゃん、競争率高いって
それ以前に興味ないし」
「六花冷めすぎ、あんたそれでも15なの?
彼氏とか欲しいと思わないわけ?」
「彼氏より魔法の腕が欲しい」
―――即答ですか
仕方なく手帳を胸ポケットにしまい込む
「にしてもまー相変わらず暗いわねぇ、その格好。それで鬼気迫る顔されたらマジで呪われそ~」
けたけた笑いながらローブをいじくるゆずりを睨みつけながら、六花は自分とゆずりの姿をちらりと見比べる
ゆずりは獣士科なので六花と少し制服が違う
六花は見た目からして魔女『らしい』制服だ
黒いつば付きとんがり帽子は外出時しかつけないが、足首まである黒いローブの下は同じく黒いワンピースタイプのロングスカート
一応胸元からシャツやリボン(指定なし)は見えるがほぼ全身真っ黒・・・と、確かに暗い
おまけに六花の場合リボンも目と同じ赤紫色と暗色系なので余計に暗くみえるのだろう
一方ゆずりは腰までの短い、厚手のジャケットに、下はハイネックのシャツと膝上スカート
下にスパッツをはいているが、全体的に活動的な格好の上、色も明るい
動くことをあまり考慮していない魔女科の制服とは全然違う
「・・・六花」
「何?」
「あんまり根詰めると若白髪になるよ?」
「ゆずりっ!!!」
本日二度目、さっきより視線が鋭くなったのは気のせいではないだろう。
それはさておき同時刻。同じ図書館の中にシェイドはいた。
・・・残念ながら六花と違って、側にいるのはあまり友好的な人物達ではなかったが
「邪魔だ、どけ」
全くついてない
心の中で盛大に嘆息するが、その程度で遠慮するような連中なら公共の場で絡んできたりはしない
今日はもう授業もないし、友人を待つ間読書でもしようと思ったらこのざまだ
こんなことなら演習室で型の稽古でもしていた方が良かった
「なんだとっ!?」
沸点の低い一人を隣の奴が押しとどめた
「ティエンラン、お前何で合同演習に出ないんだ」
図書館と言うことを配慮してか声は控えめだが、端々に嫌悪が垣間見えている
「必要ないからだ、演習は互いに競い合うものだろ?
なら参加する必要はない」
「なっ!?」
これには、全員が眉をしかめた
お前達では俺の相手にならないと、暗に言ったようなものだからだ
シェイドの口が悪いのは今に始まったことではない
幼なじみのK君曰く
『シェイドも、もう少し話術覚えたら面倒に巻き込まれなくて済むのにね』
しかし無いモノのことをいくら言っても仕方がない
「このっ!!」
押さえが緩んだ瞬間、先ほどの沸点の低い奴がシェイドにつかみかかった
黙って殴られる趣味はないのでシェイドも伸びてくる腕を掴み応戦する
―――――否、しようとした
「ふざけんじゃないわよっ!!!」
「きゃぁっ!!!」
床を揺るがすほどの振動の原因は本棚だった。
最高級オーク材でつくられた、学園創立当初から一ミリも動いたことがないと言われる超重量のそれは、掴みかかろうとした男の上に分厚い書簡をぶちまけながらゆっくりと覆い被さった
更にその上に、悲鳴を上げたとおぼしき普通科の少女数名が倒れ込んでいる
本棚の下から、わずかに伸びた手がびくびくと痙攣している
―――哀れな
と、思ってもないことを呟きながらシェイドはふっと視線を上げた
鋭い怒声の原因は少女
くしくもシェイドはその原因と目があった
自分よりも頭一つ分小さいだろうか
片手を突き出したまま-おそらく本棚をついたのだろう-ぽっかり口を開けてこちらを見ている
肩までの黒髪と顔立ちから、第四世界の者だと思われる
ただ、目だけは紫がかった紅だった
「なっ何するのよ白峰さん!!!」
白峰と呼ばれた奴は、我に返って急に慌てだした。おそらく故意ではなかったんだろう
・・・にしたって偶然でこの本棚を倒せるか?俺でも無理だぞ、これは
「口では勝てないからって今度は腕力!?あいかわらず乱暴なのね!この落ちこぼれ!!!」
「なっ!?それは今関係ないでしょ!!!倒しちゃったのは謝るけど、ていうかこれもわざとじゃなくてっ!」
「言い訳は見苦しいわよっ!落ちこぼれのくせに!
大体魔女なんてこの学園に入れたのが間違いなのよ!
こっちの好意で『粛正』を止めてやったっていうのに調子に乗って同じ土台に上がろうとして!
図々しい!」
みるみるうちに白峰の顔が朱に染まった
それでも拳を握りしめて押さえたのは、立派だと思う
『粛正』のことは魔女にとってある意味禁句だからな
冷静に、しかしあくまで関わらない方向で観察に徹するシェイドを尻目に、先ほどまでシェイドにつっかかっていた連中は六花が魔女だとようやく気づいたようだ。
制服ですぐわかりそうなものだが、本棚の一件で脳が飛んでいたのだろう
「おいっ魔女こいつどうしてくれるんだよ!」
「剣士相手に・・・今さら粛正の仕返しか?」
「え、あ!ごめんなさい、今片づけるから」
やっと人が下敷きになっていることに気づいたようだ。
本棚に手をかけ―――持ち上げようとしているらしい
・・・無理だろ、この本棚100キロ以上はあるぞ?
手を貸すべきか否か―――何せ下敷きになっている奴は殴りかかろうとしてきた奴だから―――シェイドが迷っていると、相手が下手に出たのを良いことに、誰かが余計なことを呟いた。
「後で触ったところ拭いておけよ、腐るから」
人の心というのはコップのようなモノだ
そう祖父が言っていた
だから辛いことは積み重なって、いずれ溢れそうになってしまう
そして最後、ほんのわずかな―――例えば一滴の雫のようなものさえも―――ことで止めどもなく溢れ出してしまうのだ
そしてそれは残念なことに六花にばっちり当てはまった
「・・・人が下手にでてりゃぁいい気になりやがって」
地を這うような声に、愚かにも少女と少年達は気づかなかった。
あまつさえ
「何だよ、落ちこぼれ」
地雷を踏んだ
「調子のってんじゃないわよっ!集団じゃなきゃなーんにも出来ないくせにっ!!!」
次の瞬間、シェイドは目を見開いた
前述したように、本棚は本を含めて100キロを超える代物だ
とてもではないがごく普通の、15歳の少女が一人で持ち上げるなど出来るはずがない
・・・しかし白峰六花は腕力だけは普通でなかった
頭上に掲げるのは間違いなく、本棚
「一人じゃ魔女にさえ向かって来れないくせになーにが剣士よ!!!
集団じゃないとか弱い女の子一人相手に出来ないような腰ぬけ連中しか剣士科にはいないわけ!?」
か弱いはないだろ、か弱いは
図書館は最早、異様な空間と化していた
超重量の本棚を持ち上げる少女の顔のすさまじいこと
悪鬼か修羅か 夜叉か悪魔か
先ほどまで威勢良く少女を侮辱していた集団は縮み上がってしりもちをついている
逃げ出したいが、足がすくんで逃げ出せないのだ
そして少女の頭上で揺れる本棚
あれに押しつぶされたらひとたまりもないことは、身をもって不幸な少年が体験したばかり
故に動けない、言葉を発することすら出来ない。
全てが均衡したまま時間は刻一刻と経っていく
そして、
「おい」
命知らずが、否空気の読めない奴が、否マイペースな奴が
・・・もといシェイド・ラ・ティエンランはこともあろうに、本棚を持ち上げる六花の肩に手を置いた。
瞬間・全てが壊れた
「ぎゃ――――――っ!!!」
すさまじい地響きと、耳を劈く断末魔の悲鳴
埃が舞わなかったのは、掃除をきちんとしているからだ
全てが終わった瞬間、誰もが何も言えなかった
・・・たった一人を除いては
「おい・・・・・・魔女」
「・・・・・・何よ」
未だ臨戦態勢が抜けない六花は半ば睨みつけるようにシェイドに視線を向けた
おまけに魔女と呼ばれたことにも腹が立っていた
剣士科の連中は、六花達を『人』として扱いはしないのだ
「剣士科はあんなふぬけばかりじゃない。勝手に誤解するな、バカ」
最後の『余計なひと言』は本人曰く、口が滑ってしまったとのこと
友人相手によく言っているために口癖になってしまったのだ
しかし当然のことながら、そんなこと初対面の六花は知らない
「・・・どーだかね!大体あんただって、さっきからずーっとダンマリで見てるだけってどういうこと!?
普通人が絡まれてたら助けるくらいするでしょ!」
「俺には関係ない」
「関係ないじゃないわよ!!!
そう言う考え方の奴ばっかりだから魔女科が苦労してるんじゃない!
あんた達剣士科ってば自分たちがやったこと棚に上げて人のことバカにして!」
「バカにされる様子がお前にあるのも事実だろ?俺に文句言う前にそこを直せよ
大体三下のいうことにばっかり反応して剣士科を判断するのやめろよな!!!被害妄想だぞ、それ」
「被害妄想じゃなくて現実に起きてることなの!!!
やーねなんでも人のせいにして!反省する気なんか全然ないんだから!!!」
「それはお前だろ。さっき人押しつぶしたくせに、また本棚なんか振り上げて
剣士は体が資本なんだよ!あんな馬鹿共でも一応剣士科なんだから争うにしたって、ちょっとは気を遣え」
「何よ偉そうに!大体、体が大事なら喧嘩なんかふっかけなきゃいいじゃない!
それとも何?女の子で魔女なら反抗しないとでも思ったの!?
冗談じゃないわよ!これが図書館じゃないなら、あんた達なんか攻撃魔法の的にされてるところだわ!」
・・・その後、この不毛な争いは、騒ぎを聞きつけた教師陣が到着するまで続いた
メイン二人ご対面。さっそく喧嘩ですがそのうちきっと仲良くなる、はず・・・!