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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
48/59

迷い子達 2



大好きだよ、というのが口癖だった

たとえば手を繋いで歩く帰り道、一緒に月を見た眠れない夜、何気ない日常の中


いつも、何度も、繰り返された言葉



大好きだよ

そう言って、頭を撫でて、抱きしめてくれる掌が大好きだった


だから



大好きだよ


私は何度も繰り返す


あの掌の記憶が遠くなって、あの温かさを思い出すのが難しくなっても

たとえこの気持ちが伝わらなくても



大好きだよ










強烈な光が収まると、今度襲ってきたのは酷い熱気と疲労感


「・・・・・・第一にいると、季節忘れそうになるよね」

「まぁ第二の暑さはまだましでしょ。第四(うち)ならプラス湿気でおそろしーことんなってるわよ、今」


上着を脱いで半袖になると、暑さは少し和らいだ

・・・っていっても、満員機関車よろしくすし詰め状態じゃ、ほんっっっとうに少しだけど!


「境界を出たところに迎えが来てるから、皆荷物を回収したら正面玄関に集合ね

私は家に連絡を入れてくるから」


それぞれに返事を返して、私達は荷物を担いで正面玄関に急いだ

人は多かったけど、篁さんと黒駒さんと、次いでに人混みのせいで5割増し凶悪面になってるくぅ兄のおかげで、あまり苦労しないで外に出られた


グッジョブ凶悪面×3!


大量の荷物―――なんせ夏季休暇ほとんど第二だから―――を引きずりながら玄関に行くと、なんでか人だかりが出来ていた


催しものでもあるのかな?

興味本位と、ゆずりに引きずられて人の輪に近づき―――――全力で後悔した



「お、やーっと着いたなお前ら」


おせぇよーと気軽に手を振ってやがるのは、見慣れた男前・藍さん

その親しげな口調に、野次馬の視線が一気に集まる。ああくぅ兄の凶悪面がさらに酷くなってく!


「・・・・・・・・・・・・・・・なんでここにいるんですか、藍さん」


どうにか声を絞り出した質問に、藍さんは紫ちゃんやくぅ兄に通じる―――――つまりは無駄に美麗で、無意味に迫力があり、かつ確信犯的、あるいは愉快犯的なとっっってもイイ笑顔を浮かべて


「そりゃーお前、可愛い可愛い愛娘を迎えに来たに決まってんじゃねぇか

あぁもちろんお前や、可愛い甥っ子も忘れてねぇぞ紅」


理由は至って自然だ。自然だけどもっ!


一気に脱力した私や、呆気にとられるゆずりやシェイド達に代わってツッコミを入れたのは、珍しくどこか疲れたような顔をしたくぅ兄だった



「だからといって、仮にも“騎士王”が護衛もつけずにこんな人の多い所に来ないでください

無駄に目立って鬱陶しい」

「・・・その発言もどうかと思うけどね、くぅ兄」


でも藍さんはくぅ兄の暴言なんて気にも留めずに


「あぁ?俺が俺の世界でどこにいようが、問題ねぇだろうが」

「あるに決まってるでしょう、お父様」


すかさずつっこんだのは、これまた珍しくあきれ顔の紫ちゃんだ

その後ろでは灰くんや、黒駒さんまでもが驚いたような顔で藍さんを凝視している


唯一変わってないのは篁さんだけだ。この人何したらびっくりするんだろう


「よう紫、迎えにきたぞ」

「・・・・・・アンバーから聞いたわ。私は単に馬車だけ寄こしてくれればよかったのだけれど」


紫ちゃんの珍しく常識的な意見に、藍さんは口をとがらせて


「んだよ冷てぇな。いいじゃねぇか、第二で俺を襲ってくるような馬鹿はいないだろ?」

「襲ってくる馬鹿はね。でもお父様には今更だけれど、普通の王はそう気軽に人前に姿を現さないものじゃない?」


というかそんな気軽に王様がいたら、驚くよね普通

しかも藍さんはご丁寧に、いつもの着流しじゃなく騎士王っぽい服装に騎士王の家紋入りの馬車まで連れてやがる


周りの野次馬は自分達の王様と、呆然とする私達に好奇心丸出しの視線を向け、なんだなんだと騒いでいる


ああもう夏季休暇くらいは鬱陶しい視線から逃れられると思ったのに!



「・・・・・・・・・あぁ、こういう状況に即した言葉をよく知っているぞ」


頭を抱える私の背後、篁さんがいつもの“お茶目”な調子で言った


「前途多難、だ」









視線から逃げるように馬車に乗り込んだ私達が一息ついたのは、境界のある町を抜けた頃だった

馬車の窓から見えるのは見渡す限り緑いっぱいの草原で、ちらほらと民家や家畜が見える以外はなにもない。絵にかいたようなのどかな風景


人数の都合でまたも二手に分かれた馬車の中には、私とゆずり、シェイドと灰くんしかいない


先は長いからゆっくりしなさい、と紫ちゃんが2年だけでまとめてくれたおかげだ

・・・・・・ただ他の人が詰め込まれた方(っていっても、あっちの馬車はかなり広かったから5人乗っても余裕だろうけど)は、色々アレな顔ぶれになってるけど


藍さんと紫ちゃんとくぅ兄、だけならいいけどそこに黒駒さんと篁さん投入とか未知の世界すぎるわ


「・・・・・・せめて桜さんがいればなぁ」


思わずでた一言に、柔らかなクッションにもたれかかっていたゆずりがぱっと体を起こす


「あ、そうそう。そういえば桜さんなんでいないの?

先に里帰りしてくるとか?」

「ううん。桜さんは来ないんだって。でも第四にも帰らないみたい」


私もいつもは学生が残れるギリギリまで―――先生達が休暇に入って、学園が空になる頃まで学園にいる。でも桜さんはどうしてか特別に、先生達が帰ってからも学園にいるらしい


なにか理由はあるんだろうけど、聞いたことは無い


「まぁそのおかげ、って言うのは変だけど。叶さんの代わりに一緒に連れてきてもらえて助かったよ

久我会長がいなかったら、門を通るまでもっと時間がかかっただろうし」


そういって笑う灰くんの顔は、もうすっかり元に戻っていた


「確かにねぇ。買い物できなかったのは残念だけど、門を早くくぐれたのはありがたいわ

・・・・・・この馬車だけは、ちょっと落ち着かないけど」


眉を顰めるゆずりに、私も賛成だ


馬車に乗るのは初めてじゃないけど、やっぱり車の方が乗り心地はいい

・・・・・・あとあんまり長い間のってるとお尻痛くなるし



「だいたいこのご時世に、なんで未だに馬車なワケ?車の方が便利でしょーに」

「俺は車の方が落ち着かない。お前らなんで、あんな鉄の塊が勝手に動いて平気なんだ?」


眉を寄せたシェイドに、灰くんも頷く

ただ灰くんは苦笑して


「まぁ僕は馬車も落ち着かないけどね

・・・僕らや魔獣と違うとわかってても、“同胞”の獣に乗るのってちょっと、ね」


第一だと気付きにくいけど、やっぱり世界によって色々感覚は違うなぁ・・・


私達のいる第四だと、移動手段の主流は魔力を原動力にした車や機関車だ

魔女だと空を飛んでる人もいるけど、雨なんかだと不便だから近場に行く時くらいしか使わない


第一は車(こっちは魔力とガソリンで動くのが半々)もあるけど、第二の人達は慣れてないみたいで馬車もけっこう見かけるし、時には馬にそのまま乗ってる人もいる


第六(獣人の世界)は行ったことは無いけど、ゆずりの話だとそもそも移動手段ってものがないらしい

獣人や魔獣には車は必要ないからだ


「それより、理事長の家って結構遠いの?っていうかこの速度だと、大したことなくてもかなりかかりそーだけど」


全員がシェイドの方に視線を向けると、シェイドは辟易したように眉を寄せて


「王城のある主都までなら、馬車で2日はかかる」


げぇ、っとゆずりが漏らし、灰くんは天を仰いだ


「あー・・・・・・でも多分行くのは王城の方じゃないと思うから、夜には着くと思うよ?」


多分、というか王城に学生は連れて行かないでしょう。流石の藍さんでも・・・・・・うん、多分


「あれ、でも紫さん、私の家って言わなかったっけ?」

「あーうん、だから・・・」


『王城とは別に、私が普段使っている“家”があるのよ』


突如聞こえた声に、全員が叫んだ

中でも一番驚いたのはシェイドだったけど、それは声の主が――――紫ちゃんの使い魔、“蛇”だったからだ


いつの間にか居たらしい彼、いや彼女?は当然のように空いたクッションの上に乗って


『父は王城でもいいとか言ったけれど、家といっても政治の中心でもあるものね

だから私が使っている家の方に案内するわ。そこなら気兼ねしなくていいし


――――田舎だから悲鳴や爆音が聞こえても、近所迷惑にならないものv』


・・・・・・・・・悲鳴や爆音が聞こえるナニをしようっていうんですか紫ちゃん


『到着は夜中になると思うわ。途中で夕飯は済ませるから、それまでは景色でも楽しんでてね』


要点だけいうと、紫ちゃんの使い魔は淡い光を放って消えた

とりあえず到着するまでは、何もないらしい


私は柔らかいクッションを一つ背にひいて、窓の外に視線をやる



絵具で描いたような雲ひとつない青い空、牧草地帯に入ったのか、羊らしい白い塊がちらほら見える

その向こうには深緑の森、第一や第四ではなかなか見えない風景


懐かしい景色



―――――――楽しんで



・・・うん、あの時とは違う、よね


「なに黄昏てんのよー六花!それよか長い旅になるみたいだし、みんなでゲームでもしよーよ!」


あたしトランプ持ってきてんの


「あ、もちろん最下位は罰ゲームね!」

「俺は降り「降りるなんて言わせないよ、シェイド。なににする桃山さん?ちなみにシェイドが苦手なのはババ抜きだよ」

「オイコラ灰お前「んじゃーまずはババ抜きねー!」


ゆずりがにんまり笑う、シェイドが灰くんにわめいて、灰くんは無視してさっき買い込んでた食べ物をどんどん席に積み上げていく


皆いる。だったら―――――うん、楽しまなきゃそんだよね

私は笑って、カードを手にした


とりあえずは、罰ゲーム回避からね!











紫ちゃんの家・・・・・・というよりもお屋敷に着いたのは、宣言通り夜中になる少し前

遊び疲れて半分寝ぼけた状態だったけど、お屋敷に入ると全員の寝ぼけが吹っ飛んだ


「デカッ!」


全員の心情を一言で表すなら、まさにゆずりのそれが最適だろう


飾りっ気のない木製の扉を開けると、教室ひとつくらいすっぽり入りそうな大きなエントランス

天井には当然シャンデリアで、おまけに


「おかえりなさいませ、殿下」


・・・・・・絵にかいたような執事さん

夜中なのに燕尾服をかっちり着込み、オールバックのロマンスグレーの髪には一筋の乱れもない


琥珀色の目は眼光鋭くて、執事さんというよりは怖がられてる学校の先生みたいな雰囲気だ


「うっわ生執事!あたし初めてみたわ。っていうか殿下?殿下ってなに!」


ゆずり・・・あんた興奮しすぎ。さっきまで半分寝てたくせに


「・・・・・・うっかり忘れそうになるけど、紫ちゃん騎士王の娘だからね

第二だとお姫様、殿下だから」

「おひめさま・・・・・・うーん、女王様の方が似合いそう」


それは全く同感だけど、そういう問題?


微妙な気持ちの私達はおいといて、紫ちゃん達は長旅の疲れなんか感じさせないいでたちで、にこやかに話を進めていた


「ただいまアンバー。今回は大所帯なの・・・・・・食べざかりも多いから、明日からは食事の方お願いね」


タイミング良く約二名(誰とはいわないけど)のお腹が盛大に鳴り響いた

それを見てアンバーさんはふっと目元を緩めて


「厨房にはしっかりといいつけておきましょう

お夜食はいかがしましょうか?」


紫ちゃんはざっと私達を見回して


「2人、いえ3人分お願い。後は食事よりお風呂と睡眠の方が必要そうだもの

シェイドくん、灰くん、黒駒、後で部屋に軽食を運ばせるわ」


そう言うとアンバーさんや控えていたメイドさんにテキパキと指示していく


「荷物は置いておいて構わないわ

部屋にはアンバーが案内するから。私は皆に挨拶してくるから、また明日ね」


そういって踵を返すと、足早にどこかへ消えてしまった


「・・・・・・アンバー、こいつらを部屋に案内しておいてくれ

俺は騎士王とこいつと話がある」


夜行性なくぅ兄は珍しく眠気を感じさせない表情で、藍さんと篁さんの方を顎でしゃくった

・・・・・・メンバー的に全然“話”が想像できない


「わかりました。応接室でよろしいですか?」

「かまわない。あと酒も頼む」


あれ、珍しい。くぅ兄がお酒なんて

第二じゃ18で成人だから飲んでてもおかしくはないけど、今まであんまり飲んでるとこみたことなかったのに


「かしこまりました・・・・・・ではお部屋の方にご案内します」


あっという間に取り残された私たちは、アンバーさんに続いて疲れた体を引きずりながら、屋敷の奥へ足を進めた





無駄に扉が多い廊下に、アンバーさんの規則正しい足音と、明らかにリズムの乱れた私たちの足音が響く


「お1人ずつお部屋をご用意いたしました

鍵は御滞在中、無くされないようお気を付け下さい。外出の際は手近なものに声をかけていただければ、お預かりいたします


明日のお食事は10時の予定ですが、通常は8時半を予定しておりますのでお気をつけ下さい」


流れるように挙げられる注意事項は、多分ほとんど私たちの耳には入って無かった

シェイドは流石第二のお貴族だけあって、ぱっとみはちゃんと起きているようだけど、よくよく見れば目が死んでいる。灰くんは笑顔ががっちり固まって動かないし、ゆずりは無駄に瞬きが多い


黒駒さんは・・・・・・まぁこの人は滅多に表情が読めないから、いいとして


「ご説明は以上です。もしなにかご不明な点や不足がございましたらなんなりとお申しつけ下さい」


定型的なシメの言葉を最後に、アンバーは私達にそれぞれ鍵を渡していった

それぞれ挨拶もそこそこに、部屋に入っていく


「じゃ六花またあした~・・・・・・やばそうだったら起こしに来てぇ・・・」


へろへろと手をふるゆずりが部屋に入ると、廊下には私とアンバーさんの2人になった



「・・・おひさしぶりです」


呟くような挨拶に、アンバーさんは短い返事で答えて


「はい。・・・・・・・・・白峰様、実はでん・・・いえ、お部屋の鍵を二つお預かりしております」


差しだされたのは、みんなと同じような真鍮の鍵と、明らかに凝った細工が施された鍵


「お好みの方を、お使いください」


誰が頼んだかは、聞かなくてもわかる

・・・・・・・・・気を遣わせちゃったなぁ


思って、苦笑して―――――私は少しだけ迷って、見慣れた鍵の方を取った


「ありがとう、って紫ちゃんに伝えて

あと案内はいいよ―――――いまさら迷子になったりしないもの」


アンバーさんは微かに唇を上げて、笑った


この人はお客さんの前ではあんまり笑わないけど、紫ちゃんやくぅ兄の前では意外と笑うのだ


「それじゃぁ、おやすみなさい」


踵を返し、迷いなく目的の部屋へ進む




「六花様」


呼ばれて、肩越しに振りかえる

アンバーさんはさっきと同じ場所に、ぴしりと立ったままで



「おかえりなさいませ」


さっきと同じ笑みを浮かべて、頭を下げた











そっと鍵穴に鍵を差し込み、回す


かちゃりという音がしてドアノブを回すと、僅かな音もたてずに扉が開く

この前までは変な音がしてたのに、学園に行ってる間に直してくれていたらしい

部屋はランプよりも明るい魔石を使ったライトがつけられていて、夜でも部屋全体がよく見えた


大好きな青色のベッドカバーに、小さい頃から少しずつ増えてきたぬいぐるみ

書き物用の机の上には、この間片付け忘れていた本がきちんと並べられている


頼んで増やしてもらった本棚はところどころ、不自然に空間が空いているけれど、そこを埋めるのは明日になりそうだ

今日は流石に片づけをする気にはなれない


ふと思い立って、テラスに繋がる大きな硝子の扉を開ける



虫と夜の鳥の声だけが響く、静かな夜

風に揺れる木の音、瑞々しい葉の―――――夏の匂い


1年前と同じ、懐かしい風が頬を撫でた




「――――― ただいま」









ただいま、“私達の家”







夏休み編では六花の事情とシェイドの事情に触れて行きます。他みなさまも少々

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