帰郷
「やぁ」
学ゲー・チーム紫ちゃんの溜まり場になりつつある生徒会室に、場違いに爽やかな笑顔を浮かべた人間、もとい天使が1人
いつぞやの黒駒さん決闘騒動で大変お世話になった天使科のセラドン先生だ
ゆずりが目の色変えるほどの美形だけど、正直、初対面があのトンチキ発言なので良い印象はない
そんな私の気配を察したのか、珍しく、不在の紫ちゃんに代わりくぅ兄が応対に出た
さりげなく私が隠れる位置に立ち、愛想のかけらもない声と顔で出迎える
「何の用だ」
・・・くぅ兄、学科違うとはいえ先生相手にそれはちょっと
しかし対するは流石“天使”、くぅ兄の態度にも微笑みを崩さない。代わりに高そうな紙を使って、蝋封までしてある手紙を差し出し
「はい、果たし状」
またもトンチキなことを言いだした
「あら。貴族のボンボンでも果たし状の様式くらいはわきまえてるのね」
まずつっこむところそこ?そこなの?このご時世に果たし状、とか思ってるのは私だけか!
そしてこの言い方からして、差出人はええっと長いから忘れたけど、とにかく嫌味坊ちゃんかその兄あたりだろう
この前ゆずりがけちょんけちょんにしちゃって笑い物になってたからなぁ・・・仕返しか。暇人め
にしてもなんで紫ちゃん宛?負けたいの?実はM?
「腐ってもお貴族様ですから~。無駄に格式にこだわりがあるんでしょうね。ね、ミミちゃん」
「・・・・・・前から思ってましたけど、桜さんって結構毒舌ですよね」
流石紫ちゃんが選んだ変じ、いやいや変わりも、えーっと個性的な集団のお1人
現に今も不思議そうに首を傾げて
「ありりのままを言ってるだけですよ~?」
相変わらずのまったり笑顔の桜さんから、ゆずりに視線を移して
「あれ・・・無自覚だと思う?」
「ビミョーよねぇ。自覚天然?や、自覚した時点で天然じゃないし・・・
なんでかはわかってないけど、自分がきついと思われてるって自覚してる感じ?わりと空気読む人だし」
そのままひそひそやってると、一通り読み終えたらしい。紫ちゃんは果たし状を黙って折りたたみ、どこからか通信石を取り出して繋ぐ
相手は声からして、セラドン先生
お約束の挨拶を交わしてから、紫ちゃんは無駄に愛想よく、無駄に明るく
「受けて立ちますわ」
そして(向こうは見えないのに)無駄に笑顔で、答えた
これには別に驚かない
『喧嘩を売られたら、二度と歯向かおうなどと考えもしないくらい徹底的叩き潰すのよ』と常々言っている紫ちゃんだ
問題はその後。ニッコリ笑顔でセラドン先生が帰って行った後のこと
「それじゃぁみんな、合宿するわね」
自然に。それこそお茶するわよ、みたいなノリでかるーく言ったせいか、初めは理解できなかった
周りの皆・・・というかシェイドとゆずりと黒駒さん、アシュまでも首をかしげている
「なんで?」
こういう時に聞くのは、私の役割だ
後のメンバーだと話が逸れる確率の方が高いし。黒駒さんは論外だ
対して、今度は紫ちゃんの方が不思議そうに
「なにが?」
・・・・・・いや、そんななんでわかってないの?的な顔をされてもね?
「え、その合宿って、果たし状が来たから・・・だよね?」
「そうよ」
そこまでは理解の齟齬はないらしい
「その果たし状、紫ちゃん宛だよね?」
「相手の書き間違いでなければね」
うん。これもOK。え?じゃぁホント、なんで?
「紫ちゃんが決闘するのに、なんで皆で合宿する必要あるの?」
そう言うと、紫ちゃんはそれはもう特上の笑顔を浮かべて
「だってこれ、学ゲーの果たし状なんだもの」
「・・・・・・学ゲーとか、あったよね。そういえば」
合宿の準備するからvと生徒会室を追い出されて、やってきたのは学生食堂
・・・・・・正直、このシェイド・ゆずり・黒駒さんってメンバーでは来たくない場所だけど、他に集まれるところが無いから仕方が無い
「ああ、完全に忘れていたな」
同じく頷くシェイド。ゆずりだけはあきれ顔で
「いやいや。あんたらなんのために特訓してんのよ」
それはそうなんだけどね
途中から学ゲーのためっていうか完璧自分のために特訓してたというか・・・
模擬戦期間も終わって、試験とか色々あったからすっかり忘れてた
「・・・・・・何故“がくげえ”とやらと果たし状が関係あるんだ?」
とか思っていたら私より酷い人がここに1名。今更そこからですか黒駒さん
あ、でも黒駒さんて学ゲー自体知らなかったような・・・誰も説明してなかったの?
ゆずりに視線をやると、満面の笑みを浮かべて頷かれた。開き直るな
ああでも黒駒さんがいると、ゆずり完全オトメ恋愛脳モードに入るからなぁ・・・学ゲーの話なんかしないか
紫ちゃん達はしばらく忙しかったし、シェイドはそもそも論外だ
「・・・・・・適任はお前しかいないだろうな。夜半の月」
「っ!・・・・・・・・・篁さん、お願いですからいきなり背後に立たないでください」
振り向けばリアル死神とか怖すぎる。というかいつも思うけど、なんで気配ないのこの人?
「死神は生ある者とは違う理で生きる身。違うのは当然だ」
「さっきからナチュラルに人の心読まないでください」
「お茶目だ」
とか言って笑えば全て収まると思ってるんじゃないだろうかこの人
いや実際収まるけどね。追及すると怖いし
黙って椅子を寄せると、篁さんはいつの間にか持ってきていた椅子を置いて、いつの間にか頼んでいた・・・・・・赤黒い飲み物を口にした
・・・・・・実はこの人、わざとやってる?
「・・・視線が多くなったような気がする」
「そりゃそーよシェイドくん。この面子でお茶して目立たないわけないってぇ」
「他人事みたいに言うけど、目立つ原因の半分はあんただからねゆずり」
イケメンの視線集められるなら、何だってするわよ!
うん、もうあんたは黙れ
笑顔で毒づきあうと、隣でシェイドが身をよじったけど、いつものことなのでもう気にしない
「話戻しますね黒駒さん」
声をかけると、篁さんの手元をじっと見ていた黒駒さんが視線を戻す
・・・もしかして飲みたかったのかな。アレ
一瞬血色の飲み物を口にする篁さんと黒駒さんを想像して・・・頭を振った
絵面的に極悪すぎる。執行部に通報されるわ
「で、学ゲーのことなんですけど」
「話の逸らし方があからさまだぞ、六花」
「黙っててシェイド
学ゲーは8人1グループの団体戦で、普通科以外の各科代表をリーダーとした全6グループの勝ち抜き戦です」
「・・・・・・一度に戦うのか」
「いえ、1チームずつです。一戦ごとに間が空くから・・・」
学ゲー選抜からもうひと月半―――6月も半ばを過ぎて来月から夏休みだから、本戦開始は休み明け
9月からとして、ひと月一戦でも6カ月・・・2月まで
「今学期いっぱいは、これに振り回されること確定・・・・・・」
嫌過ぎる。なんで手っ取り早く6チームバトルロイヤル式にしてくれなかったのか
「・・・・・・・・・?」
首をかしげる黒駒さんに、なんでもないと頭を振って紅茶を一口含む
何を思っても今更よ今更。ここまで来たら流れのままに突っ走るしかない
「対戦相手はランダムに決まるんですけど、ある特定の様式に従えば対戦相手を指定できるんです」
それが今回の“果たし状”だ。剣士の決闘と同じようなもので、断れば臆病者の称号が漏れなく付いてくる
そんな果たし状を、紫ちゃんが受けないわけがない
相手もそれを分かって出したんだろうけど、そのせいでうちは休み明け第一線に強制決定。迷惑な!
「あとゲームは内容は色々ですけど、基本的に敵の大将が守る“玉”を奪うか、全員を戦闘不能にすれば勝利となります。ちなみに殺したり、故意に致命傷を負わせるのもダメです」
黒駒さんはわかっているのかいないのか、相変わらず眉どころか眼球すら動かさない
同じ黒ずくめでも対照的に、篁さんは口角を上げて頷き
「明快だな」
確かにルールらしいルールはこれだけだし、単純だ。でもそれは裏を返せば、それさえ守れば何をしてもいいってことで・・・
「なーんか紫さん得意そうなゲームよねぇ」
「得意というより、もはや会長のためにあるようなゲームだな」
もう否定するのも馬鹿らしいくらいその通りよね
紫ちゃん大好きだからなぁ。こういう悪知恵と裏技使いまくるゲーム・・・
「つまり、全員殺せばいいわけか」
そしてここにも1人いましたね、はい。物騒な方向に得意そうな人が!
「いやいやいや黒駒さん聞いてました?殺しはダメですからね、殺しは」
「戦闘不能とは、殺すことではないのか?」
「違います」
納得したのかしてないのか、黒駒さんは黙って目を伏せ
「ならば瀕死ならいいのか」
「それは・・・・・・・・・・・・故意だとばれなければ」
「段々と絶対の黎明(紫)に似て来たな。夜半の月よ」
しみじみと言う篁さんの声は、右から入って左に抜けた
ついでに頷くシェイドも視界から排除だ
「あーところでぇ蘇芳センパイ?その夜半のなんたらってどういう意味ですかぁ?」
空気を変えようと思ったのか、単に気になったのか、ゆずりが話の軌道を変えた
黒駒さんがまだ不可解そうな顔をしてたのは気になるけど、後はゆずりや紫ちゃんに任せよう
どうせ被害を被るのは私じゃないし
「あだ名だ。魂の形でもいい。存在そのものだ、闇なき嵐よ」
「えぇーっと・・・その“闇なき嵐”ってのがアタシってことですか?」
「あぁ。あだ名だ」
「意味は?」
「あだ名だ」
篁さんはそれ以上言うことはないと、再びあの気味の悪い赤黒いジュースを啜った
簾のような前髪の隙間から満足げな薄い口元が覗き、実に気味が悪い
ゆずりは笑顔を張りつかせたまま私の方に顔を寄せ
「この人、素?」
「残念ながら」
ひそりと頷くと、ゆずりは口元をひきつらせて
「・・・アタシ、この人はなんか無理だわ。意味わかんない」
大抵の変人は許容、というか面白がるゆずりをこの短時間でひかせるとは・・・篁さん、何者
あぁでも
「アンタの片想い相手も相当ぶっ飛んだ思考してると思うけど」
「黒駒さんはいいの。イケメンだし。獣としてはまっとうな思考だもん」
メンクイかつ獣馬鹿のゆずりにとっては、余裕で許容範囲ってわけね
「アンタ昔から、獣っぽい人好きよね」
入学してからこっち、ゆずりが告白してきた人は全員知ってるけど、皆どこかしら動物っぽい感じのある人だったし
全員イケメンには違いないけど
「あんたはその手の事、全然興味ないわよねぇ。好みのタイプすらないってどうなのよ!女子として!」
あ、ヤバイ変なスイッチいれちゃったかも
「シェイドくんに灰くん、リーアンくんに紅さんエトセトラ!
ジャンル違うイケメンが周りにごろごろいるっていうのに、誰にも興味なさそうだし!」
「いや、今はそれより学ゲーの話を」
慌てて話題を逸らそうとしたけど、まさかの場所から追撃が来た
『あるじ、これ、このみ?』
ローブのフードからひょこりと顔を出し、思わぬ追撃を繰りだしたのはアシュ
最近まともに会話が出来るようになってから、何かにつけて話しかけてくれるようになったのは嬉しい。嬉しいんだけど・・・っ!
円らな瞳を向けた先は、よりにもよってシェイド
「ほらほらご主人様、可愛い使い魔ちゃんの質問には答えないとv」
ゆずりがにたたに顔で囃したて、アシュは目を瞬かせて私の返事を待ってる
「?」
篁さんと黒駒さんは黙って視線だけこちらに向け、シェイドはフォークを加えたまま、じっと私を見て
いや、あんた、ちょっと待て。さっきまで食べてばっかだったくせに、こんな時だけなんでこっちみて――――っ!
「なんだ。これが欲しかったのか」
は?
ぽかんと口を開けて固まる私を尻目に、シェイドは自分のお皿からケーキを半分、私のお皿に移して
「ほら。美味いぞ」
呑気に笑うボケシェイドに、これほど感謝したくなったのは初めてかもしれない
「・・・ありがと」
「その代り、そっち半分くれ」
指差す先には、私のお皿にのった色とりどりのマカロン
私は黙ってマカロンを全部シェイドのお皿に移し、半分ケーキの乗ったお皿を掲げて
「甘さ控えめなのが、好みなの」
ゆずりに向けて、にやりと笑った
「・・・・・・あんた、ほんっとガード堅いわねぇ」
つまんなーいとぶーたれつつも、ゆずりはあっさり引いて黒駒さんにひっついていった
ああ恋愛脳モードでよかった
ほっと一息ついて・・・今更なことに気づく
異様な見た目のくせに、なんでかこのテーブルだと違和感のない人―――篁さん
そういえば、合宿の相談するとかいって追い出されたのに・・・なんでここに?
「絶対の黎明から、伝言だ」
・・・・・・うん、もう驚かないわよ私
「合宿は夏季休暇から。場所は第二世界、絶対の黎明の実家。以上だ」
にたりと―――多分本人的にはにっこりと―――笑い、篁さんは肉色のムースをつっついた
かなり柔らかいせいか、ムースはすぐにぐしゃりと・・・・・・もう、見るのやめよう。食欲が失せる
いや、それよりも
「夏季休暇開始って・・・一週間後!?」
「紫さんの実家!?つまり騎士王のお宅訪問!?」
ゆずりはのんきに両手を上げたけど、私はそれどころじゃない
突然の合宿宣言。紫ちゃんの家・・・・・・嫌な、感じがする
だって、前は
―――――ごめんね、六花
10年前は
「夜半の月よ」
はっと顔を上げると、篁さんが紗にかかった髪の下からじっとこちらを見て
「絶対の黎明から伝言だ。お前にだけ
――――大丈夫、と」
無意識に、息が漏れた
流石紫ちゃん。なんでもお見通し、か・・・
『大丈夫』
大丈夫、違うならきっと紫ちゃんはそう言うから
だから――――大丈夫
「聞いたよシェイド」
ノックもなしに部屋に現れた灰に文句を言おうとして、やめた
言うだけ無駄なのはわかりきっている
「第二世界で合宿、しかも夏季休暇始まってすぐって・・・・・・知ってるの、会長は」
「・・・まさか」
いくらあの底の知れない人とはいえ、個人の予定までは把握していないだろう
・・・・・・・・・きっと、いや多分
「別に強制じゃないし、都合が悪ければ途中参加でもいいんでしょ?」
「あぁ」
「なら「灰」
名を呼ぶと、灰は口をつぐみ・・・夕食で、と言い置いて出て行った
視線を落とす。物のないサイドテーブルの上に置かれた手紙
何の変哲もない招待状
――――開けられない、手紙
「なぜ、今更・・・・・・10年も経って」
手紙を取り上げ、剥がれかけた封に手をかけ・・・やめた
そのまま手紙をトランクに放り込み、適当に荷物で覆って――――蓋をした