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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
38/59

魔女名 1




―――――誰か


私は願う


変わりゆく世界を求めて、かつての世界を想って


―――――どうかお願い、誰でもいいの


それでも私は願ってしまう

叶わないと知りつつ、それでも諦めることはできなくて


言葉にできない願いを抱いて、私は“今”の世界を生きる


お願いだから、忘れないで



忘れないで、本当の――――










魔女科寮 早朝、白峰六花自室にて


部屋の主である六花は、白い封筒を前に腕を組んだまま黙り込んでいた

ちなみにこの体勢に入って、小一時間ほど経過している


「・・・・・・・・・どうしよう」


どうしようもこうしようもない。ようはこの封筒をさっさと開ければいいだけの話なんだけど・・・

それが出来たら、苦労はしない


ああだいたいなんで受かってても落ちてても同じ薄さなのよ

せめて大丈夫なら長い文句つけて分厚い封筒、ダメならあっさり風味の薄い封筒って差をつけてくれたら、わざわざ開けてデデンと結果を伝える言葉にショックを受けることも


・・・いや、そうなったらなったで、今度は郵便受けが開けられなくなるだけね


封筒に手を伸ばし、引っ込め―――繰り返すこと十数回目


「・・・・・・・・・臆病者」


自嘲し、結局未開封のままの封筒をポケットにしまいこむ


とりあえず、ご飯行こう

気分転換心機一転!お腹いっぱいになって落ち着けば意外とあっさりあけられるかもしれない、し・・・うん、そう思っておこう


ため息一つ残し、部屋を後にした




食堂についたものの、朝早かったせいか見知った顔はいない


パティもゆずりもまだか・・・まぁあの2人、朝は遅いしね

ゆずりは幻獣の世話があるし、パティは低血圧とか言って朝はギリギリまで寝ている

紫ちゃんは自宅だし、桜さんは・・・また研究室で夜明かしだろうから今日は一人かな


自分の交友関係の狭さにたまに悲しくなるけど、今さら他の人たちと友達ごっこしようなんて気も起らない

多分卒業までこのままなんだろうな・・・うん、まぁ、慣れたけどね!


適当にサラダとパンを注文して席に着く


今は人もまばらなせいか好きな席に悠々と座れて嬉しい

いつもなら殺気むき出しで、それこそ椅子取りゲーム終盤戦より過激だ


ちょっと早起きしたらこんなに違うのねー・・・次からちょっと早起きしてみようかな

キツネ色に焼けたトーストを頬張りつつ、六花は珍しく閑散とした様子の食堂に物珍しげに視線を走らせ

―――――見つけてしまった


咄嗟に視線をそらしたのは、日頃の危機回避訓練の賜物だ

が、敵の色恋に関する視力もさるもの。クソ忌々しいことにこっちの姿を認めて、来なくてもいいのに近づいてきやがった


・・・あぁいつもながら悪い意味で予想を裏切らない集団(伯爵令嬢+取り巻き)ね!


「ああぁら白峰さん、1人でお食事?数少ない貴重なお友達はどうなさったのかしら?

あら失礼、お友達じゃなくて落ちこぼれ仲間だったわね」


朝っぱらからよくもまぁ大声でギャンギャン喚けるもんね鬱陶しいうるさい邪魔正直ウゼェ(以下略)

とは思うけど


いい加減慣れてきたから、考えなくても対策はいくつも浮かぶ

空気読めない男みたいにバッサリ斬るっていうのも一つの手だ。でも朝っぱらから体力は使いたくないから、とりあえず無難にやりすごす“無視”に決めた


朝食はもとから少ない派だから、さっさと食べてさっさと帰る

面倒な相手に真面目にとりあったって、馬鹿になるだけだものね


ちゃっちゃとサラダを片づけて果物に移る

我儘お嬢の方もしばらくはわめいてたけど、私が完全にスルーしてたら諦めて踵を返した


このお嬢、プライドは高いけどその分無視されるのに慣れてないみたいね

張り合いがないとわかると捨て台詞吐いて帰っていく


落ちこぼれってワンパターンな捨て台詞もいい加減聞き飽きてきたし・・・最近ちょっと自信というか、まぁ、いちいちぐっさり来ることもない


だから楽だ


・・・・・・・・・・・・ちょーど、斜め後ろか呪ってやる!って目で見てる女よりはね


振りかえらなくてもわかる

前にシェイドとぶん殴った剣士科の・・・えーっと、ローヘンナだかローシェンナと組んでた魔女


三日月レベルが新月レベルの、しかも落ちこぼれに負けるなんて恥だって後ろ指さされ、友達も離れていったからって私を逆恨みしているらしい

苦手なくせに呪術の本まで開いてた・・・っていうのはパティ情報


今のとこその形跡はないけど、こういうのは一番タチが悪い

我儘お嬢やクローヴァーさん達は面倒だけど、直接仕掛けてくる分わかりやすい(在る意味潔い?いやあのお嬢は微妙だけど・・・)


でもこの魔女はたとえば名前を出さずに、本人の目の前で悪口を言うタイプだ

だから面倒くさい。下手に反論すれば言いがかりぃ~最低ぇ~酷い~なんてピーピー仲間とさえずりやが(略)


・・・ええありますとも。覚えがありますとも!

昔はいちいち突っかかっては言いがかり付けられて、夜な夜な枕を引き裂いたわ!


けど今回あっちは1人。じゃぁ敵が少なくて楽かっていうとそうじゃない

むしろ人数が少なすぎても考えもの。そこそこ人数が居れば気持ちに余裕が生まれるし、勝手に人のこと悪しざまに言ってれば気持ちも晴れる


でも1人じゃ心の中で恨みを募らせるしかない

しかも相手は今輪から弾かれてるから、その分の怒りもこっちに回る


ため込んでるうちならいいけど、爆発したら何するかわからないからね・・・あー面倒くさい




『朝から怨念背負ってるね』


爽やかな朝の挨拶に隠して、ひっそり愉快そうな声が降ってくる

視線を上げると灰くんが爽やかな朝の風をしょって目の前に立っていた


いい?と視線で聞かれたので頷く


「早いね、白峰さん」

「灰くんこそ。朴念仁と計算狸は?」


ちなみに計算狸はリーアンくん(朴念仁は言うまでもない)

人の迷惑まる無視の計算高い腹黒狸、略して計算狸


・・・うん、まぁ我ながら微妙だと思うけど

これ以外だとまる狸とか迷惑狸しか思いつかなくて。それよりはましだと思うのよね!


「僕はいつも2人とは別だよ。授業が遅い時は一緒だけど」

「あ、そっか。獣人科って個別で授業時間違うんだっけ?」

「うん。まさか夜行性の連中に、昼日中授業しろとはいえないでしょ?」


いいつつ山盛りのお肉にドスッとフォークを刺す

・・・あ、朝っぱらから濃い食事ね灰くん


「でも灰くんは夜行性じゃないよね?いつも会うのは昼だし」

「僕はどちらでも大丈夫だからね。色々試しに選択してるんだ

・・・あぁそういえば、白峰さんに僕がなんの獣かって言ってなかったっけ?」


軽く首をかしげ、笑む

悪戯っぽい笑みはともすれば魅力的だが、六花は背筋に寒いものを感じた


「言ってないわね」


これが初対面の相手なら速攻で席を立つが、相手はそれなりに慣れた灰

それに今さら“腹黒”相手に戦くほど、六花は弱くもない


「聞かないの?」

「灰くんが言えば聞くし、言わないならわざわざ聞く気はないわね

別に知ったからって何が変わるわけでもないし」


さらりといなしてジュースに口をつけ、おや、と前を見る

何事か返しがあると思ったのだ。が、


わざわざ知りたい?って挑発までしてきて・・・なんでびっくりしてるんだろ

青い目を大きく見開くさまはどこか間が抜けて見え、いつもの隙のない笑顔はなりを潜めている


「灰くん、爽やか青年のマスクはがれてるよ」

「ご心配なく、これでも長いんだよ?芸歴」


芸歴ときましたか。まぁでも演技も芸術、ね


「・・・そんな突飛な返しした覚えはないんだけど」


言うと灰くんは慌てて首、と一緒にサラダと肉をブッ刺したフォークまで振って


「いや、白峰さんがどうとかじゃなくて・・・うん、驚いた」


最後のパンの欠片を飲み込み、首を傾げると灰は――好意的な意味で、目を細めて


「レイヴィスさんと同じことを言うから」


レイヴィス?――――古語、魔女の言葉でいうならライヴズ、『空』かな?

誰かはわからないけど、親しい人なんだろう


灰くんがこんな風に笑うのは、知ってる中ではシェイドくらいだから


「ちょっと懐かしい人思い出しちゃって、驚いただけだよ。ごめんね?

・・・で、背後霊も行ったところで本題なんだけど」


あ、やっぱり今までの会話前フリね

おかしいと思ったのよねぇ、直球でつっこんでこないから


「言わなくてもわかりますー・・・・・・結果はね、うん、まだ見てないの」


正確には見られない、だけどそこらへん灰くんなら正しく意味を拾ってくれるから楽だわ

・・・あの朴念仁ならまだ届いてないのか?なんてボケかましただろうし


「あぁ別にそんなに気になってたわけじゃないから、気にしないで?」


・・・そんなフォロー入るほど、情けない顔してるのか。私


そう思うとポケットの中の薄っぺらい紙切れが急に重たく感じられる

見たくない。でも見なきゃいけない


「白峰さんって色々悟ってくれるから楽だけど・・・損な性格してるっていわれない?」

「・・・今のところは」


ない、はずだ


「じゃぁこれから言われるね。損な性格してるよ

言葉通りにとっておけばいいのに、無駄に裏まで読むから」


性分なんですよー、これが。それに


「だからって、あの朴念仁みたいにはなりたくないわ」

「うん。あれは極論。というかシェイドみたいなのが2人もいたら迷惑だよ」


はっきりいいきったねー灰くん。まぁ同感だけど


「でも・・・どのみち授業が終われば久我会長に強制開封させられるんだし

ふんぎりつかないなら、それまで置いておくのも手だと思うよ?」

「まぁ、ね」


でもこんな調子で今日一日講義に集中できるのか・・・いや、落ちてたらそれはそれで、集中できないんだけどね


ため息一つ


「ま、なんにしても今は置いておくわ。そういう気分じゃないし」


せめて朝食のあとくらいすっきりした気分でいたい


「それじゃぁまた。会えたら昼休みにね」

「頑張って」


色んな意味の込められたその言葉に、なんとか笑って頷く

多分笑えてないだろうけど、そこはまぁ灰くんだからいいよね


ともあれ食事のおかげでちょっと気力が上がった私は、さっきよりは足取りも軽く魔女科の講義塔へ向けて歩き出した






私はこの日・・・といっても“事”が終わった後に、決心した

たとえどんな内容であろうと、誰からのものであろうと――――手紙は来たら即効開封するってね!






異変に気付いたのは、昼休み前の最後の授業を終えた時だった


魔女といえども体力は必要!がモットーの先生だったもんだから、その日は日差しも強いのに演習場をぐるぐる走らされて散々だった

ちなみに魔女とはいえ、流石にローブにスカートでは運動も何もないから、実地演習じゃないただの運動の時は運動着を着る


つまり衣服が無防備になるわけで


「・・・・・・・・・・・・嫌な予感がする」


でしょうね、とクールに頷いてくれたのはもちろんパティ

でも誰が―――たとえ苦手なクローヴァーさんであっても、この状況を見れば否とは言わないだろう


なんたって一度閉めたらばっちり施錠、泥棒さんには天誅御免、有限会社発明御殿特性南京錠が開いているのだ

ちなみに発明御殿は魔科学部からの就職率50%を超える在る意味大人の魔科学部です


いやそれはどうでもいいけど。とにかく確かに閉めたはずの鍵が開いてるってことは、つまりどっかの馬鹿があけやがったってことで


「開けた瞬間カエルバーンにアイス一つ」

「・・・ローブが切り裂かれている、にケーキ一つ賭けるわ」


悲しいことにどちらもありうる。これでも選んだのだ

中身が空っていう可能性もある。もちろん消えた荷物はお約束のゴミ捨て場だ


暇人はこれだから!


内心で吐き捨てて思いきりよくロッカーを開いた



あら、予想外の展開


「ちっ、カエルじゃなかったか」

「ローブも何もないようね」


ぱっと見た感じ荒らされてはないし、無くなったものもない

・・・まぁ私の鞄、入学の時に紫ちゃんが念入りの紋様書き込んでくれた特別製だから中身はまず大丈夫だろう

とすると後は服・・・・・・・・・・・・・・・・・・アレちょっと待って


服はいたって正常。特に何もない

杖も箒もちゃんとある。でもいつもはないけど、今日だけ特別にあったはずのポケットの忌々しい薄い紙が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ない!


考えるより先に、手が動いていた





ズゴッ


ガンッ


ドゴンッ





ちなみに最初の音は私が自分のロッカーを(うっかり)殴り倒した音

二番目はこっそりこっちを盗み見てほくそ笑んでいた馬鹿をロッカーに(つい)叩きつけた音

最後はその馬鹿の顔面横に拳を(勢いで)殴りつけた音




「今すぐキリキリはっきりと知ってる事全部吐きなさいわかってるわよねただの脅しじゃないわよ私はやるといったらアンタの顔面陥没しようが鼻血と鼻汁とよだれにまみれて二目と見られぬ顔になろうがこれっぽっちも良心は痛まないんだから!」


ノンブレス。我ながら良い肺活量だと思うわ!


ちなみに後ろではパティが真顔(つまりいつも通り)で呪具を構えていた

流石パティ、タイミングっていうものをしっかりわかってくれてるわ


私たちの本気を感じたのか、笑っていた魔女は悲鳴と嗚咽の混じった声で意味のわからないことを洩らし、軽く襟元を締めあげて脇腹くすぐりの刑を執行したら、たっぷり泣き笑いしたあと



「だ、誰かがっ、ら、ラブレターかなんかだろうから張り出してやるからって、わ、わたしこれ、この手紙で見て、ロッカーのとこにいたら、お、面白いもの、見られるって!ひいいごめんなさい二度と笑ったりしませんんっ」

「当たり前でしょうが!」


手を離すと腰が抜けたのか座り込んだみたいだけど、そんなもん気にしていられない!


っていうか


テスト結果とラブレターを間違えんじゃないわよ大馬鹿がぁ!!!






実質的にテスト編の続きになります。どこまでいっても災難に見舞われる六花です

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