閑話騒題 2
――――シェイド
・・・誰だ?
――――シェイド
聞き覚えが・・・ある気がするが思い出せない
それに体がだるくて、目を開けるのも億劫だ・・・・・・くそ、魔科学部め。一体何を仕込んだ!
迂闊だった。今まで口八丁手八丁で脅されはしても、小細工をしかけてくることはなかったんだが・・・それだけ切羽詰まってるのか?
・・・となると、被害は俺だけにとどまらないだろうな
一体これから何人の屍が出来上がるのか、想像するだに恐ろしい
その記念すべき?一人目が自分だということは完全に記憶から抹消しているが、誰もつっこむ者はいない
と、まだ見ぬ地獄絵図を想像していたシェイドは、すっかり忘れていた
先ほどから名前を呼び続けている存在を
「いい加減起きなさい!このバカ!!!」
殺気!
咄嗟に飛び起きるのと、俺のすぐ横の床が陥没するのはほぼ同時だった
・・・こんな荒っぽい起こし方をする女は、一人しかいない
「・・・り」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?
「・・・・・・これでも無理か」
え
いやいやちょっと待て。落ち着け俺
「もう!いったい何飲ませたんですか!先輩方!」
「いやー何というか、ねぇ?」
「ね」
「・・・試作品を」
待て待て待て、いや待てない。って誰に言ってるんだ俺は!
いやもうこのさい誰でもいい。とにかく待ってくれ
俺が現状を認識できるまで、時間の進行を止めてくれ
だがいくら願っても、時間が止まるはずがなく
「だからそれが何だって聞いてるんです!この根っから剣馬鹿が、殺気全開で殴りにかかって目ぇ覚まさないなんてどんなブツ仕込んだんですか!」
俺は呆然とそれを見た
魔女たちに食ってかかる六花の足元―――――未だ眠り続ける“俺”の姿を
アレは“俺”で、俺は“俺”
まずい、理解能力が崩壊した
魔女の黒衣を夜の空とするなら、その人の黒衣は“闇”の色そのものだった
「・・・・・・・・・・・・・魂の分離。なるほど」
目が隠れるほど長い前髪を揺らし、その人―――篁さんは俺と“俺”を交互に見つめて
「・・・・・・・・・・・・・・魂は我らが領分。死神の領域を侵すとは、いい度胸だ」
180は超えるだろう背丈よりも長い鎌を構えた
って
『ま、待ってください篁さん!』
「篁さんちょっと待ったぁ!まずいです、流石に殺人はまずいですから!」
思わず手を――残念なことに今はイメージだが――伸ばすと、篁・蘇芳さんはずるずると長いローブごと振りかえり
「・・・・・・・・・・・・冗談だ」
『貴方がやると冗談に見えません』
黒い大鎌を構えた全身黒衣の死神など堂に入りすぎている
半目で睨むとなぜか目を(・・・正確には、おそらく目があるだろう部分を)逸らされ
「・・・・・・・・・あまり見つめるな、照れる」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・恐ろしく棒読みで言われても説得力がありませんが
というか、貴方そういうことを言う人でしたか?
「・・・篁さん、悪いものでも食べたのかな」
『六花、俺はそっちじゃない』
「夜半の月、宵の太陽は反対側だ。そのままでは空に喋りかける危険人物になるぞ
そして我は変なものは食べていない。また死神に人の世の食物は影響しない。よって問題はない」
左様ですか
としか言いようがなく、口を中途半端に開いたままでシェイドは篁を見つめた
顔の半分を覆う黒いフードと黒髪が揺れ、視線をシェイドと六花の間で一往復させて
「・・・・・・先ほどの発言はちょっとした“お茶目”だ
人間達の間では交流するに当たって必要な対人技術だと聞いていたので、行使してみた」
同意を求めるように視線(目は見えないがおそらくこちらを向いているはず)が向けられる
・・・目を逸らしたくなったが、なんとなくこの人の場合、どこを向いても視線から逃げられない気がする
『・・・まぁ、確かに必要ですね。お茶目は』
でも貴方が使うとお茶目になりません
思わず口にしそうになったところで、殺気混じりの視線が斜め下から飛んできた
・・・お前、本当に見えてないんだよな?
またも思わず口にしかけたが、らちが明かないと思い直す
時間の無駄は悪だ
『・・・そんなことより、俺はどうなってるんですか!説明してください!』
とりあえず話を戻そう。でないときっと進まない
空気の読めないシェイドがまともに見えたのはあの時が初めて、と後に六花は語る
が、後は後として
「・・・・・・言った通りだ。お前は今肉体と魂が分離している
端的に言えば死んだ人間と同じ状態だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、魔科学部のことだ。いつか誰かヤると思っていた
思ってはいたが
『なぜよりにもよって俺を殺すんですか!他の奴にしてください!』
「今さら何言ってんのよ!っていうかアンタ普段は人を性悪性悪言うくせに自分も中々じゃない!」
『悪いか!』
「開き直ってんじゃないわよ!」
「落ち着け夜半の月、宵の太陽。そもそもお前達、喧嘩する相手が違うのではないか?」
全くその通りです
・・・ところでその宵の太陽っていうのはもしかしなくても俺のことでしょうか?
「お前以外にだれがいる」
『いえ、わかりません』
・・・ん?今、俺声に出したか?出してないよな?出してないはずだ、が・・・・・・いや、考えるのはやめよう。今さらだ
↑色々悟って来たシェイド
「篁さん、そういう妙なあだ名つけるのが癖なの。気にするだけ無駄よ」
と六花に忠告されて頷き・・・脱力した
篁には初めの会話が会話なだけに、どうも苦手意識がある
あの後は特に何を言われたわけでもないが・・・元々無口だしな、この人
思えば紅さんも無口だ。まぁ女性陣はわりと喋るからつり合いはとれてるか?
その喋る女性陣が大問題だったりするのだが、最近色々感化されてきたシェイド脳はそのことを軽くスルーし
『・・・すみません、余計な事でした』
とりあえず謝っておいた
が、篁は特に怒った様子も感心した様子もなく―――要するに相も変わらずいつも通りに
「・・・・・・謝罪は不要。悪癖なら改善が必要だろうが、お前達のそれは交流の手段
悪いことではない。時と場所を選びさえすれば」
『はい・・・』
殊勝に頷く後輩に満足げ(だと思われる)に頷いて見せ
「雑談は終了した。本題に戻る
――――――貴様ら、俺を呼んだということは、魂分離は予測の上か」
絶対零度・・・どころか確実に冷黒い空気を出す篁さんには、流石の魔科学部も軽口を叩く気が起きないらしい
特に茶化すわけでもなく、軽く頭を振って
「予測というか、可能性を除外した結果ね」
「心臓が動いてるから死んではいない、でもただ気を失ってるわけでもない」
「もちろん外傷もなし、で毒性はないはず・・・なら後は死神の領分で問題があったのかなーってね」
あぁそういえば魔科学部は怪我も多いから、最低限の治癒技術と知識は教え込まれるとか言っていたな
・・・その分“治せるから”と実験台の扱いは容赦ないが
「・・・・・・・・・判断力だけは狂っていないようだな」
言葉だけとれば褒められ?ているようだが、篁さんの目(なんとか見えた)は全く笑っていない
それどころか、背後に髑髏型の靄がみえるのですが気のせいデスカ?
・・・隣の六花が俺(本体)にしがみついたので気のせいではないんだろうな
だがちょっと待て六花、お前の腕力でしがみつかれると俺の身体が恐ろしいことになるだろうが!
あああ、今何か嫌な音がした気がするぞ!?
「うふふ~くっついている胸よりなにより背骨を心配するのが“らしい”ですねぇシェイド君」
は?ムネ?・・・・・・(見る)・・・・・・・・・・・・あ?う、いや、ちょっとマテ
いや待ってください、それはいろいろまずくないか!?体勢とか紅さんとか紅さんとかが!
「大丈夫ですよ~?紅さんは今会長とらぶらぶ~してますからv」
『いや、それはよかったですが他にも、まぁ一応アイツは婦女子で俺は男なので・・・
・・・・・・・・・・・・・・いつの間に?桜さん』
「ついさっき」
にっこり微笑んだ学ゲーチーム唯一の良心(の欠片を持つ人)は、不穏な空気全開で今にも鎌で首狩り祭を始めそうな篁さんに近づき
「篁」
そっと大鎌を構える腕に手をおく
ただそれだけで、篁さんの目が和らいで(・・・そんな気がする)
「桜」
桜さんが微笑み、篁さんが鎌を持つ手を下げた
2人はそのままお互い見つめ合って、何も言わない
・・・・・・・・・・いや、あの、お二方?
篁さんの不穏な空気が消えたのはいいが、今度は代わりになにかむず痒いというか桃色というか・・・見ていて恥ずかしい空気が漂っている気がするのですが?
『・・・・・・・・・なんなんだ?この花でも飛んでいそうな空気は』
「そこまでわかってて、なんで理由がわからないかな」
なんのだ?
ごめん、聞いた私が馬鹿だったわ
言って暑い暑いと六花や魔女達がお互いを手うちわであおぎ出す
・・・今日は例年より冷え込んでいると思うんだが
「・・・わかった」
あぁそうこうしているうちに、無言の会話が終了したようだ
いったいあの視線にどういう意味があったんだ?
首をかしげる間に篁さんは桜さんに見せていた柔らかな空気を引っ込め、いつもの淡々とした調子で
「宵の太陽は我が預かる。問題はないな」
言うや否や俺の身体を片手で担ぎあげ(力持ちですね・・・)、魂状態の俺の襟首を掴んで連行した
どこへ?
―――――マルーン学園全七学科中最小にして最恐の学科
死神科へ
俺は今、本日二度目の理解能力崩壊を起こしていた
だが仕方のないことだと思う。篁さんに引きずられる中、面倒だとかいう理由で、どういう手段を使ったのか魂のまま気絶させられ、目を覚ましたら学園一の危険区域に放り込まれていたのだ
「ほう・・・死せずして分離した魂か」
暗闇に散らばる赤・赤・赤・・・仄かな、光とも呼べない光が俺の周りに円を描くように在る
おかしい、今は昼だ。なのになぜ、なぜこの部屋はこんなに暗いんだ!?
「珍しい、が問題だ・・・篁・蘇芳、魔女方より件の薬物を手に入れることは可能か?」
しかも全員黒装束のせいか、女も男も上級生も下級生も同じに見える
同じような顔が複数あるのも怖いが、同じような顔から高低も性別も違う声が聞こえるのも不気味だ!
「魂は我らが領分。いかな偶然とはいえ、侵されることは罷りならぬ」
そしてなぜ全員そろってカンテラ片手に近づいてくるんだ!?
暗いのが嫌なら灯りをつけろ、いや点けて下さい!中途半端に見える顔やら口やらが怖すぎるぞ!
「あ、あぁ、あのー・・・篁さん?私、ここにいる意味あるんですか?
無いですよね?ありませんよね、無意味ですよね!?だから私もう帰っていいですか!?」
逃げる気か六花ぁ!俺を置いて行くな!あと独りだけ桜さんの後ろに隠れるなど卑怯だぞ!
「・・・・・・・・・落ち着け、宵の太陽
お前達もだ。コレは“絶対の黎明”からの預かり物。手を出せば黙ってはいないだろう」
絶対の黎明って誰ですか!?いや誰でもいいです、今俺の安全を保障してくれるなら!
「・・・・・・・・・・・・・会長の気に入りなら」
「興味はあるが」
「無念」
・・・・・・・・・一応助かった、のか?
そして絶対のなんたらは久我会長だったのか
しかし謎多き最恐軍団、死を司る不可侵の死神にさえ恐れられるのか・・・
今さらながら何者だ、会長
「はい、ではお話がついたところで。篁、シェイド君がパニックを通り越してちょっとキャラ変わっちゃってますから、説明してあげた方がいいのでは~?」
この場には不釣り合いな桜さんの明るい声に、篁さん(らしき影)が頷き
「魂は我らが領分。お前の肉体に魂を戻すには、こちらへ連れてくるのが最良だと判断したのだ」
実に端的な説明ありがとうございます。ですがお願いなので連れてくる前に一言言ってください
俺にも覚悟というものが必要なんです!
「宵の太陽、お前の覚悟は関係ない
お前の意思がどうであろうと、我は在るべきものを在るべき処に戻すために、最善の策をとるのみだ」
『・・・・・・それでも、一応常識というか良識というか』
「・・・まさかあんたが常識と良識を説く日が来るなんて」
『お前は一々俺に絡んでくるな、六花』
「それだけあり得ない状況ってことよ」
当たり前だ。そうそう魂が抜けだしてたまるか!
・・・まぁいい、今はそれより
『・・・それで、その最善をとるためにここに来たということは、戻れるんですね?俺は』
「あぁ・・・」
ずるりと黒衣が翻る音がした
カンテラが俺の方に掲げられ、見事な細工がほどこされたそれと、持ち主―――篁さんがはっきりと目に映る
普段より近いせいか、長い前髪の向こうがすけて見える
黒の向こうに在ったのは、深い夜のような青色の目
暗がりに慣れた俺の目が、それをはっきりと捉えた
「無理だ」
笑っていた
誰が?
「お前が蘇ることは可能。だが戻ることは不可能」
篁さんが
「ひとたび肉体より離れし魂は、元の肉体には戻れぬ」
「それは世界の理に反する」
「それは人にも、魔女にも、天使にも、獣にも、我らにも、許されぬ」
「何人にも許されぬ」
声が響く 重なる
女のもの、男のもの、低いもの、高いもの、一つの様で多くの声が
「・・・・・・だが“元の”肉体でなければ戻ることは可能」
そのために、夜半の月を連れて来たのだ
最後は囁くように、シェイドにのみ聞こえるような、そんな声で
なにを言っているんだ?
問う前に、返る
「悩むことではない。魂の無い夜半の月の身体に、お前の魂をいれるだけ」
我にはそれが可能だ
カンテラが揺れた
跳ねた光が“それ”を照らした
死神の象徴、生を狩る刃―――――魂と闇を断ち切る大鎌を
見慣れていたはずのその武器が、酷く恐ろしく思え、寒いものが背に走る
同時に当然のように残酷な事を言うその人が、別人のように思えて
『なぜ』
一歩引き―――背に控える六花の方へ一歩寄る
彼女はこちらの会話が聞こえていないのか、微かに首をかしげ・・・真っ直ぐにこちらを見ている
篁の青い目が一瞬そちらを捉え・・・急激に距離を詰められる
薄い唇が耳に寄せられた
魂でしかないシェイドには吐息の香りも、肌のぬくもりも感じられない
黒衣が視界を遮る、最後に残った聴覚は確実に彼の言葉を捉えた
「新月の魔女と伯爵レベルの剣士、どちらがより有用か、わかるだろう?」
それにこれは
「 お 前 の た め だ 」
黒衣が離れた
振りかえった時にはすでに、黒の死神が大鎌を振り上げていて
――――――お前のためか
嘲笑う
炎の中で、男が
――――――お前のために、そいつは
嗤っていた
『やめろ!』
手を伸ばす―――愛刀を求めてのことだったが、魂の状態で剣がとれるわけがない
だが思う前に、掌に慣れ親しんだ感覚
何故と思うより早く、シェイドは六花と篁の間に身を躍らせていた
黒い鋼が肉薄し、金属音が響く。シェイドの意識は闇に沈んだ
夢を見た
シェイドは何もない―――人も、家も、植物さえもない地に立って、空を見上げていた
シェイド、否、シェイドではない“彼”は酷く沈んでいるのに、空は憎々しいほど青く、美しく
その青に映える、白―――鳥だろうか―――たった一つの白が、今まさに彼から遠ざかって行く
光を帯びて白銀に輝く翼は美しく、知らぬ間に頬が濡れていた
それは儚く、美しく、そして悲しい夢だった
目を覚ました時に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井だった
毛布を跳ねのけ、己の掌を見て・・・安堵する
良かった、これは“俺”だ
六花じゃない
「・・・・・・・・・・・・・・・・気が付いたか?」
はっとして視線を横に滑らせれば、シェイドの寝ていたベッドのすぐ側に篁がいた
常と変らぬ低い声に、若干警戒心を募らせて頷く
それを感じたのか、それとも元よりそういう話し方なのか。篁が少しだけ距離を詰め、
「・・・・・・どこまで覚えている?」
警戒心が一気に高まる
それは一体どういうことだ
問うより、篁が口を開く方が早かった
「夜半の月が酷く慌てて俺を呼びに来た
どうやらお前は、魔科学部に一服盛られたようだが・・・」
「え」
違和感。思わずぽかんとして見上げると、篁は首をかしげ
「どうした?やはり覚えていないのか?
お前は気を失い、あわや実験台というところで夜半の月に助けられたようだ
実験台逃がすまじと追い立てられたようだぞ。お前をかついだまま半狂乱の態で死神科に駆けこんできた」
なんだそれ
シェイドの混乱にさらに追い打ちをかけるように、部屋の戸が開く
顔をのぞかせたのは件の六花だった
「あ、起きた。よかったーくぅ兄に無茶いった甲斐があったわね」
何事も―――殺されかけたことすら―――無かったかのように六花は平然と篁と言葉を交わし、シェイドに小さな瓶を放り投げた
「それは魔科学部の先輩から。実験台欲しさに暴走しちゃったみたいだけど、紫ちゃんに絞られて反省はしたみたい
・・・まぁ、あの人たち切羽詰まると手段選ばないけど、悪い人たちじゃないから
嫌わないで、ってのも無茶だろうけど、出来ればあんまり悪く思わないでね」
―――まぁ、今回の追いかけっこでは私もちょっと嫌いになりかけたけど
と遠い目でどこかを見つめて・・・はたと我に返って
「あ、そうそうそれでその瓶ね。なんかあんたに飲ませた薬って、夢を自在に操る薬だったらしくて・・・まったく、なんでそんなの作ったんだか
あ、それでアンタに結構えげつない夢みるよう仕組んじゃったらしいから、一応その薬飲んでから寝てって
解毒剤ね。そっちは桜さんと魔科学部の部長さんが作ったから、まず間違いなく安全
紫ちゃんもしっかり見張ってたしね。あ、紫ちゃんが今回はこちらの監督不行き届きだった。申し訳ない
後でくぅ兄にご飯か何か預けるから、それ食べてしっかり休むようにって」
それじゃぁ、見つかるとまずいから
と、六花は来た時のようにさっさと去ってしまう
シェイドは起きがけで鈍い頭をフル回転させ、この奇妙な――取り残されたような状況の答えを導き出した
ずばり
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢、か?」
いやちょっと待て。それにしては現実味が・・・あぁだが、そう考えると篁さんのお茶目発言や鬼畜発言も納得がいく
それに、いくら魔科学部でも肉体と魂を分離させるー・・・など、突拍子が過ぎるだろう
それよりは全ては奴らが見せた悪夢だった、の方が逆に現実的だ
「どうした。顔色が悪いぞ、宵の太陽
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夜半の月が帰って寂しいのか?」
「それは断じて違います!」
速答すると篁さんは微かに口角を上げて
「・・・・・・・・・・・・冗談だ」
覚えのある光景に、せり上げた言葉を飲み込む
黙りこんだ俺を不思議に思ったのか、篁さんが再び首をかしげた
俺は少し迷い、結局口を開いた
放ったのは飲み込んだ言葉ではないが
「聞きたいのですが・・・・・・死なずに、魂と身体が分離する、なんてことはあるんですか?」
「ある」
突然の質問に疑問も返さず、篁さんはいつもの低い声であっさりと返した
「・・・主に死の危機に直面した人間の、精神的な要因で起こる
肉体は無事でも、自分は死んだと思いこんだせいで魂が半分抜け出てしまうのだ
・・・・・・・・もっともよほど思い込みが強いか、本当に死ぬ直前まで肉体が破損しない限り起こらないが
後は魔術などで精神に干渉された際、”死”を強くイメージさせられるか・・・」
「その場合、元に戻れるんですか?それとも一度魂が身体から離れたら・・・」
急いて言葉を重ねる俺に、篁さんは訝しげ(だと思われる)な視線を向け
「・・・・・・・・・突然に何を思ったのかは知らぬ。が、これはあくまで仮死状態であって真に死んだわけではない
自らの肉体に戻ることは可能だ」
その先は、尋ねるまでもなく語ってくれた
「生への執着を促せばいい。食欲でも性欲でも物欲でもなんでも構わない
ただ魂では出来ないことをしたいと、強烈に、願わせればいい」
質問は終わりか?
頷くと、ならば早く休めと半ば無理やりベッドに押し込まれた
それから思い出したように口に解毒剤を突っ込まれる
・・・骨ばった細い手は、意外と力が強かった
無理やりこじ開けられたせいか、えらく顎が痛い
横になりつつ、恨みがましい視線を送ると
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あまり見つめるな、照れる」
覚えのありすぎるセリフに脱力し、もう全て忘れて休もうと毛布を引き寄せ・・・目を見張った
夜着から除く腕に、誰かにしがみつかれた様な赤い痕が残っていた
しかもくっきり残る掌は自分よりも小さい、そう、ちょうど六花くらいの大きさで・・・
目眩がした
そして次の瞬間にはもう夢でも現実でもいい、とにかく忘れようと決心し
今度はゆっくりと、シェイドは意識を心地よい闇に沈めた
―――――さぁ、どこまでが夢なのか
答えは死の神のみぞ知る
意外と(面倒な方向に)お茶目さんな篁氏
冗談は一番通じるけども彼の冗談は一番通じない(笑)