閑話騒題 1
すっかり通い慣れた建物にシェイドは足を踏み入れた
廊下から部屋まで至るところにガラクタと高価な器具と危険物とか部造作に配置されているそこは、通り抜けるには少しコツがいる
服の裾は押さえろ、足もとを見ろ、左右を見ろ、上下を見ろ、不審物には触るな
その5点さえ守れば生きて出られるから、と念に念を押したのは諸々の陰謀からコンビを組むことになった六花だ
彼女は2年だが色々な事情からこの建物によく来るらしい。そしてその度シャツや帽子やローブが駄目になるとか
どんな建物だ。と思っていたが、今では身を持って思い知っている
一口で言うのは難しいが、とりあえず人ではいられなくなるだろうな
身体的にも、精神的にも
「・・・失礼します」
極限まで音を立てずに、一つの扉を開く。前に入った時そこらの物を崩してしまって、ピリピリしていた先輩方に一斉に睨まれた
それだけならまだいいが、それぞれ実験物持って迫ってこられた時は俺の人生もこれで終わりかと本気で思ったぞ
アレはかなり恐怖体験だった
そんなわけで、さしものシェイドも半ばびくびくしながら入ったわけだが、幸いにも今日は修羅場デーではなかったようで
すっかり顔なじみになってしまった魔女の一人が、えらく機嫌よさそうに招き入れてくれた
ずるずる長い黒ローブと顔半分を覆う大きなゴーグルをつけた人間が20人ばかりいる様は、初見ではかなり衝撃的だった。が、もう慣れた―――慣れとはすばらしい
「あー良く来たわね。まぁ寛ぎなさいな」
にこやかに言われて俺の前に差し出されたのは、淡い紫色をした飲み物だ
見た目だけならジュースと言われても納得できただろう。が
「・・・これから特訓なので、危険物は引っ込めてください」
そんな見た目に惑わされてはいけない
何故なら俺がいるのは
「ちっ、聡くなったわね。シェイド君」
―――学園内で五指に入る危険区域、魔女科魔科学部研究棟なのだから
ちなみにその淡い紫の飲み物、植木鉢に捨てたら一瞬で花が枯れてしまった・・・て
「いったい何を作ってるんですかアンタ達は」
「あら、活力剤を作ったつもりだったんだけど・・・活力し過ぎて一気に生命エネルギー無くなっちゃったみたいね
試作品番号への26、試料の分量ちょっと減らした方がいいみたーい!」
給仕してくれた先輩が呼びかけると、方々から了解の声が上がってくる。共同作品らしい
―――出来ればもっと違うところで協力してほしい、危険物製作以外の分野で!
「あーあ、これで失敗26回目なのよねぇ。そろそろ実験だ・・・ゲフゲフ、モニターも見つからなくなってきたし、困ったわぁ」
「・・・・・・俺の方を見られても、やりませんからね」
ちっ、と舌打ちする先輩。はいいのだが、なんで1人じゃないんだ!
今少なくとも10人くらいは舌打ちしたぞ!?
「えー剣士科とか獣人科とか体強いから実験台にちょうどいいのに!」
「・・・なかなか捕まりませんからね」
「獣人科は鋭いし、剣士科は魔女科と敵対してるしねぇ
ほんっと迷惑な話。こっちだって実験台になってくれたら茶と菓子くらい出すのに」
・・・・・・剣士も魔女も、お互い嫌い合っている奴らばかりではない。ではないが
この人たちの場合、剣士とか魔女とか関係なく全部『実験台』に見えてるからなんだろうなぁ
最近空気を読むすべをちょこっと覚えてきたシェイドは、口に出さずに自分で持ってきた茶を啜った
この場においての給仕=実験の報酬なので、不用意に物を受け取るわけにはいかないのだ
たとえそれが茶の一杯、砂糖の一欠片であっても
「・・・にしても、最近罠に引っ掛からなくなった割に生傷多くないシェイド君?」
「会長とそんなハードな特訓やってんの?あ、六花ちゃんの方だっけ?」
「六花ちゃん・・・よく罰で桜のところに手伝いに駆り出されてるあの子ですか」
「アレいいわよね。前にちょっと借りたんだけどかなり使えるし、重宝するわー。うち来ないの?」
「来ないんだって」
「進路部の教員脅せばいいんじゃない?あんな覚えの良い助手滅多にいないしー、最近じゃ魔科学部に進んでくる子もいないしさぁ」
「あーいい後輩欲しいわ。やっぱ進路部恐喝し「俺が手合わせしてるのは六花でも会長でもありません」
なんだか空気が危険な方向に向かいそうだったので、こころなし大きな声で答える
幸いなことにそれほど真剣でもなかったのか、魔女たちは一斉に思考を戻し
「え、じゃぁ桜?」
「まっさかー蘇芳でしょ?」
「あ、いえ。紅さんです」
――――言った瞬間流れた空気を、いったいどう表現すればいいだろうか
「・・・・・・・・・・・・あの」
俺何か変なこと言いましたか?
言う前に、近くに座っていた先輩に軽く肩を叩かれる
「あぁ・・・それでボロボロになってるわけか」
「まぁしょうがないわね。久我紅が相手じゃぁね」
「シェイド君、六花ちゃんと仲良いしね~・・・目ぇつけられてるわけだ」
「私たちは君の味方だから!駆け落ちする時は言ってくれたら、実験台3、いや6回くらいで手伝ったげるわよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いったい何の話だ
「別に駆け落ちの予定はありませんが」
「そりゃ直ぐにはねー。まだ2人とも15、6でしょ?」
「いやそうじゃなくて!」
だいたい何で俺がアイツと駆け落ちしなくちゃいけないんですか!
え、と言いおき揃って意味ありげに視線を交わして
「特訓をダシに逢引してんじゃないの?」
「交際を認めてもらうために紫様とバトってるって聞いたけど」
「私より弱い野郎に六花ちゃんは渡さないわよーって具合に!ねぇ」
「・・・私が聞いたところでは、逆にティエンラン君が久我紅をかけて紫様と勝負しているとか」
「何ですかその根も葉もないうわさはっ!」
ちなみに流したのは他ならぬ彼の友人だったりするのだが、シェイドはまだそのことは知らない
「まぁまぁ、ホントのホントは特訓しにきてんでしょ?ちゃーんと紫様から聞いてるよ」
隠れ蓑にする代わりに、予算ちょこっと優遇してもらってるし
アハと笑う一同を見、シェイドは頬を引き攣らせて内心で呟く
―――魔女っていうのはどいつもこいつもこんなんか!
口に出さないのは、流石に命が惜しいからだ
別に空気が読めるようになったわけではなく、ただ前にうっかり口に出した時に半日動けない体になったからである
もし空気が読めるようになっていたなら、さっきから気分転換にからかわれていることにも気がつくだろう
「まぁシェイド君からかうのはこれくらいにして」
からかわれてたのか!
がくりと首を垂れると、ケタケタ笑いが至る所から聞こえる
・・・・・・疲れる
「おー疲れてるねぇ。まぁ相手が久我紅じゃぁね
あの人剣士科のちょー問題児でしょ?入学してから一度も授業出てないって」
「そのくせ喧嘩三昧で、相手みんなボコボコにされてんでしょ?
肉弾戦は強いみたいだけど、剣ってどーなんだろね?最下位のDクラスだっけ?」
「そうそ、まぁ年中どっかで昼寝してるらしいしねぇ。剣士科じゃ昼寝大王って言われてんだっけ?
そこんとこどうなのシェイド君」
・・・とは言われたものの
「いや、その・・・」
特訓のことは秘密厳守!と会長に言われてるんだが・・・これは言っていいんだろうか
というか仮にも最高学年生、しかも副会長の強さが全く認知されていないのはどうなんだろう
あぁでも―――思えば桜さんや篁さん、紅さんが練習している姿は見たことがない
久我会長もしかりだが、あの人はレベル的にも学生――どころか魔女の中でも上位レベルなので必要ないのだろう
第一下手に練習相手にされても困るしな。間違いなく死にそうだ
なんてことを考えていると、心を読んだわけでもない・・・・・・と思いたいが、読んでないだろう、うん
とにかくいいタイミングで話が久我会長のことにうつった
「でもまーあの紫様のパートナーならそれなりにはやるんでしょうね」
あの、にえらく含みが感じられるか気のせいか?
「形だけ、って噂も聞いたけど?婚約者でしょ?第一私あの人一度も見たことないし」
いいつつもあまり興味はなさそうだ(そういえば人間に興味ない人が多いっていってたな・・・)
「えーでもあの久我一族なら顔はいいんじゃない?」
「いやいや遺伝子の神秘!まさかの・・・ってことも!」
・・・・・・面白がってるなぁ
などと他人事のように思っていたら
「楽しむための雑談でしょうが、最も実験が成功したときに比べればさほどでもないけどね」
「あんたら人の心読めるんじゃないでしょうね!?」
さっきからタイミングが良すぎだろうこれは!!!
だが揃ってゴーグルの奥でうっすら笑うだけ
――――それがかなり恐怖映像で、思わず一歩退く
と、先輩方は慌てて頭を振って
「まっさかぁ、心はまだ読めないわよ。自白剤は鋭意開発中だけど
飲ませただけで誕生日から振られた回数までゲロる奴☆」
☆つけて、しかもそんな風に楽しそうに言うことではないだろう
「でもあれ後遺症で寝ても覚めても48時間ぶっ通して喋り続けるのよね」
「・・・アレを使われるのはよほどの場合なので、いいのでは?」
「まぁ超級犯罪者か魔女科に不利益な奴にしかつかわないもんね」
・・・・・・超級犯罪者と魔女科の敵は同列ですか
「・・・性格の悪さで選ばれるんじゃないだろうな、魔女は」
言った瞬間、四方から物体ともつかない何かが飛んできた
「えーっと、そういえば何の話してたんだっけ?」
「・・・・・・久我紅について、でしょう」
「あぁそうそ、結局あの人何者だっつー話よね!」
「悪評のみで姿も滅多に見せないしね」
常に返り血被ってて全身真っ赤とか、目から光線出て目があった人間全員石になっちゃうとか、実は強そうな噂流してるけどホントは貧弱とか、実は実は正体は女なんだけど婚約者よけのために男装してるとか!
「と、まぁ色々あるんだけど真偽のほどは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・俺に何と答えろと」
だいたい前半が真実なら人間じゃないだろう。後半はどこの誰が垂れ流した妄想だ!
「その様子から見てどれも外れ、か。つまらない」
「破壊神、怪力女と来て昼寝大王ってのもねぇ。もっとこう、インパクトある奴が欲しかった」
「・・・・・・なんですか、その破壊神だかなんだかいうのは」
特訓前から諸々疲れても、不必要な発言をするのがシェイド・ラ・ティエンランという男
「聞きたい?」
聞いてみたい。と言いかけてやめた
なんとなく嫌な予感がしたのだ。ただし空気を読んだ、というよりは本能的な危機センサーによって
「あらそう」
別にこだわってもいなかったのか、それとも背後でアラームが鳴り響いたからか、話を振った魔女はあっさりと退いた
・・・やっと静かになった
騒がしいのは―――正直、落ち着かない
前の家で話す相手といえば灰くらいだった。学園に来てからもそれは変わらない
リーアンも前は必要以上に話すわけではなかったし・・・
六花達に会ってからは賑わしいのにも慣れてきたが、それでもやはり静かな方が落ち着く
深く椅子にもたれかかり、再び自分で淹れた茶に口をつける
・・・だいたいアイツら(特に桃山!)、毎日毎日よくもあれだけ喋れるな
朝から晩まで一緒にいて話題が尽きないのは正直すごいと思うぞ
あぁでも、アイツは割と静かなところがあるな
特に本を読んでる間
隣で爆発が起きても気づかないくらいだからな・・・あれは焦った
前々回に魔科学部を借りた時、奴は爆風吹き荒れ火が迫っても本から目を離さなかったからな
しかも抱えて逃げたら逃げたで、
『なに?何かあったの?』
ときた。全くアイツは・・・
「・・・ニヤニヤしちゃってぇ、真昼間から夜の妄想かい?青少年」
「通りすがりに何言うんですか」
睨みつけるが、白衣・・・じゃなかった黒衣の魔女はケラケラ笑って研究室に引っ込んだ
全く、油断も隙もない・・・
もう一口紅茶を飲む。あぁ、カナリア先生の紅茶はいつも美味し、い・・・
しまった。と思った時にはもう舌の上で異物が弾けていた
急激に意識が遠のく。気のせいか?走馬灯らしきものが巡っていくのは俺の気のせいか!?
・・・・・・マズイ、もう駄目だ
ぐらりと体が揺れたかと思うと、半身に衝撃が走った
どうやら椅子から落ちたらしい。身体の右半分が痛いが、思うように体が動かない
即効性か!くそっ!
『・・・お、どうやら成功らしいね』
『や~最近はこの子も鋭くなってきてたからねぇ』
あぁ遠くから魔女たちの声が聞こえる・・・さっき通った時に仕込みやがったな
くそっこんなところで死んでたまるか!だいたい
「死因が魔女の失敗作なんて、嫌すぎる・・・」
「失礼ね!」
憤慨したような叫びに反撃しようとして・・・シェイドの意識は闇に落ちた
キャラ増える前に掘り下げよう企画。まぁ2話で終わりますが(オイ
名前だけはでてきた魔科学部と、謎多き黒い人・篁さんがメインです