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Musica Elaborate  作者: 柊
本編~学園編~
35/59

テストはマッハでやってくる 3





薔薇色の水面に、乳白色の円を描くようにミルクが注がれる

六花は本来ストレート派なのだが、おばあさん曰くこの紅茶はミルクを入れてこそらしい


・・・うん。試験も近いってのに、なにやってるんだろう私


出会って5秒でドンピシャリ悩んでるのを当てられて、呆けてる間になぜか一緒にお茶をすることになってしまった。しかも庭園のど真ん中で

断ろうとしても、ご迷惑だった・・・?と(ご年配の方に対してあれだが)子犬のような顔で言われてしまえば、もう断れるわけがない


「ミルクティーじゃぁ薄くなっちゃうの、ミルク多目がいいのよ

細かいんだけど、味は全然違うわ。今度よかったら飲み比べてみてね?」


しかもほわほわと笑うおばあさんと一緒にいると、いつのまにか絆されていていつもなら聞き流すうんちくにまで耳を傾けてしまう

でも確かに、ストレートの時よりなんか香りがいいような・・・


私の表情が緩んだのを見ておばあさんはいっそう笑みを深めたが、私は紅茶に夢中で気付かなかった



「これは第二世界でとれる紅茶でね、レディ・マリアっていうのよ

ふふ、なんでも土地の領主さまが婚約者のお名前を付けたんですって。その後奥様になったマリア嬢も愛飲されているらしいわぁ」

「はぁ・・・よほど愛してらっしゃったんですね」


その領主さまだって名前を付けるために紅茶をつくったわけじゃないだろうけど、土地の名前をつけるのが普通のところに奥さんの名前をつけるなんて、よっぽど愛してなきゃできない

なんたってそれで名前を売っていくわけだからね


「えぇ、ご主人が亡くなるまでそれは仲睦まじいご夫婦だったそうよ

・・・・・・ここだけの話なんだけどね、奥様も奥様でご自分の馬にご主人の愛称をつけて可愛がっていたんですって」


似た者同士ねぇ、とおばあさんが笑う


確かに・・・それはもうラブラブ夫婦だったんだろうなぁ。周りの人は大変だっただろう、精神的に

まぁ馬って、ちょっと微妙な気もするけど。うん


「はい、出来上がり。ちょっと熱いからゆっくり飲んでね」


細かい花模様のカップをとり、一口含む


「・・・・・・おいしい」

「ね?」


濃厚だけどあんまり後を引かない感じは好みだ

周りの花の香りと相まって肩の力が抜けていく・・・落ち着くなぁ


こんなに落ち着いたの久しぶりかも

・・・学ゲー決まってからこっち、慌ただしかったからなぁ



「ふふ、良かった。やっぱり女の子はそうでなくちゃね」


いきなりの発言に首をかしげると、おばあさんは人差指で眉間をちょいちょいとつついて


「ここ、皺が寄ってたわよ」



慌てて手鏡を取り出すが、出してからおばあさんが過去形で言ったのを思い出す


「たまにはね、怖い顔をするのもいいけれど、やっぱりやんわりした顔が一番よ。ずーっと怖い顔してると肩こっちゃうもの


昔の私の教え子にもね、ずーっとここに皺寄せてた子がいたの

せっかく笑うと可愛いのに、いっつもぎゅーってね」


教え子ってことはこの人も教師なんだろうか

その割に全然見ない先生だけど・・・


ころころと笑うおばあさんを上目にみつつ、私はもう一口紅茶を啜った

―――この雰囲気は、すごく馴染みがあるんだけどなぁ・・・


ほんわかーというかまったりーというか・・・

うーんと唸っていると、おばあさんはゆったりと微笑んで



「それで、何をお悩みだったの?よかったら話してみて、たまにはこんなおばあちゃんの知恵も役に立つのよ」


唐突に切り出された。しかも口調は柔らかだし強制もしてないのに、何故か逆らえない雰囲気がある

あれだわ。ニーッコリ笑った紫ちゃんの迫力と似てる感じの


あっちは黒紫でこっちはほんわか白オーラだけど


「えーっと、悩みっていうか」


その迫力に押されるように、私は件の試験のことを話した

もちろん学ゲーのことは伏せたままで


「・・・・・・まぁそういうわけで、ちょっとプレッシャーに負けてるんです」

「なるほどねぇ。でもそうよね、学生さんにとって試験って一番怖いものねぇ」


おまけに今回は紫ちゃんから絶対受かれって厳命出されてるから・・・余計に怖い


背後に黒オーラを背負いつつ微笑む紫ちゃんを想像して、頭を抱える

おばあさんはあらあらと少し困ったように眉尻を下げたが、少し首を傾げてからパンと手を叩いた


軽く叩いたように見えたがわりと大きな音がして、思わず肩が揺れる



「はーい悪い方に考えるのはここでおしまいね

それじゃぁちょこっと見方を変えて、いい方に考えてみましょうか」


子供の工作を指示する先生のような気軽さで、おばあさんはリズミカルに手を叩く

何事かと思ったが、おばあさん自身首をかしげて考え事をしているようなので、これは考え中の合図なのか


いきなりの展開に呆気にとられているうちに手拍子が終わった

シンキングタイムは終わったようだ



「ねぇ、貴方の先輩さんは貴方のことよーく知っているの?」


迷いなく頷いた。事によったら私より私のこと知ってるよ、紫ちゃんは

・・・・・・絶対あの人読心術とか身につけてるね


と、おばあさんは小首をかしげて


「じゃぁ変ねぇ」

「?」

「貴方のことをよーく知ってるなら、圧力をかけるようなこと言わないんじゃないかしらぁ」


・・・確かに。紫ちゃんは私が試験のプレッシャーに弱いのを知ってる

だからいつもは受かれ、どころか頑張れとも言わない・・・なのに今回は、言った


どうして?特に意味もなく?―――――それはない。相手はあの紫ちゃんだ


なら


「貴方にそういうことで、その人はどうなるのかしら」


・・・・・・紫ちゃんが何かするには、三通りの理由がある

一つはお気に入りのため、もう一つは自分のため、そしてその両方―――今回は全ての可能性があるから、これはとりあえず置いておこう


じゃぁ・・・もしあの発言に裏がないとするなら、紫ちゃんは私にアレを使って試験に受かってほしいことになる

―――受かったら何がある?


アレが完成する?―――別にわざわざ試験に持ち込まなくたって完成できるはずだからそれはない

ということは・・・試験で(・・・)成功するって言うことに意味があるの?



「・・・・・・試験じゃなきゃいけない理由って、なに?」


私に受かってほしい?いや、それなら別にアレにこだわる必要がない

確かに普通に魔術使うよりも成功率は高いけど、それでもまだ未完成なことに変わりはないし


じゃぁ紫ちゃんは私が受かったら何か得をする?―――そりゃぁ学ゲーでの戦力ちょこっとアップには貢献できるけど・・・それって試験なきゃいけない理由にはならないよね



「うふふ、行き詰ってるわねぇ・・・・・・その先輩さん、そんなに難解な考え方する子なの?」

「難解というか―――予測不能というか、視野が広すぎてどこ見てるのかわからない人です」


とりあえず紫ちゃんの思考を一言で説明するが難しい、っていうのだけは確かだ


その難解迷路に挑戦するのは楽じゃない。うんうん唸って首をかしげていると、おばあさんは指をあごに添えて



「私はその先輩さんのことはよく知らないんだけれど・・・どうして試験じゃなきゃいけないのかは、心当たりがあるわぁ」


いち意見として聞いてもらえるかしら


少し考えて、頷いた。1人でもやもやしててもしょうがない

ここは人生の先輩の考えを聞いてみるのもいいかもしれない


おばあさんはカップをそっと下ろし、何事かを思い出すように目を閉じた

微かに、空気が張り詰める


「・・・・・・お嬢さんは、軍で魔女に求められる役割はなにか御存じ?」

「えっと――――守備と、治癒?」


昔読んだ本を思い返して、答える

おばあさんはうっすら目を見開いて、出来の悪い生徒が珍しく正解した時のようにニッコリと笑った


「そうよ。剣士は攻撃、獣人と獣士は攻撃と偵察には特化しているけれど、一度に広範囲を守られる力を持つのは魔女だけ

そして傷を癒せるのもね」


本来なら治癒能力は魔女より天使の方が高い

でも―――天界、第三世界は人の世界とは必要最低限しか交流を持たないし、連合軍(※第一世界の軍)に入ることも絶対にない

だから治癒の魔術、癒術を扱える魔女は重宝されているのだ


軍自体は別にどこかと戦争してるわけじゃなくて治安維持が主な仕事なんだけど、異種族間の抗争とかもあるから癒術は絶対に必要だ

それに大群に攻撃された時に、盾みたいに個人じゃなくて広範囲を守れる結界術も


「大変なプレッシャーよ。自分の力次第で大きな被害が起こり、匙加減を間違えただけで治すべき人の命を奪ってしまうのだから

・・・・・・学校ではいい成績を出している子が、実践では全然使えないなんてこともよくあるのよ」


―――この人、昔軍属だったのかな?

軍の教官から学園の教師になる人も多いから


でもそんなこと聞ける雰囲気ではないし、聞く必要はないんだろう

・・・いま大事なのは、そんなことじゃない


じっとおばあさんを見つめると、ふっと唇が柔らかく弧を描いた



「賢い子ねぇ。私が全てを言う前に、何を言わんとしているのか探ろうとしている

・・・大丈夫、そういう子はちゃんとモノになるのよ」


そこで、張り詰めていた空気が一気に緩んだ


「だからねぇ、その先輩さんはどんなプレッシャー(・・・・・・・・・)の中でも(・・・・)成功できるように、練習として試験を使おうとしたんじゃないかしら・・・って思ったのよ」


当たってるかはわからないけどねぇ


と、おばあさんは笑うけれど。私の中ではその考えはとてもしっくりきた


学ゲーは全校生徒が、それどころか各機関のお偉いさんも注目する学園最重要のイベントだ

これで活躍して、卒業後良い待遇で政府や軍に迎えられた先輩達も少なくない


その分相当のプレッシャーもかかってくる。ゆずり情報によれば、毎年何人かノイローゼで倒れるらしいし


そんな中で、ただの試験で緊張している私がうまくやれるかって言われたら・・・絶対無理だ

普段上手く出来てる人が出来ないところで、普段出来ない私が出来るわけがない・・・って思っちゃって、パニックになるだろう。ストレスで胃に穴の二つや三つ開けてもおかしくないな


だからちょっと試験で予行演習しときなさい――――あああ、すごく言いそう

生徒の悪夢・試験を踏み台にするとかまさに紫ちゃん的思考だし!紫ちゃん以外にそんなこと言える人いないわ、絶対


それなら受かりなさい発言にも納得。そういう理由ならあの人は一番効果的な方法で相手にプレッシャーを与えるだろう

わざわざアレを使って受かれって言ったことにも説明がつく



決まり。それだ!


「・・・って、理由がわかってもストレスなのには変わらないんだけどね」


まぁさっきよりはちょっとすっきりしたけど

でも理由がわかろうがわからなかろうが受からなきゃいけないのには変わりないし!


再び頭を抱えて唸ると、おばあさんがころころと笑い声をあげた

・・・・・・なんでも私の悩む姿が恋煩い中の教え子に似ていたらしい。なんのこっちゃ


「ごめんなさいね。ちょっと思い出しちゃって・・・そうだ、お詫びに秘伝のプレッシャー解除法を教えてあげる」

「・・・・・・秘伝?」


なんかそれだけでちょっと怪しい。だいたいプレッシャー解除法って秘伝にするようなもの?


「ふふ、細かいことは考えなくていいのよ?

ほら、よく緊張する時はお客さんをカボチャと思いなさい、っていうじゃない?」

「はい。・・・・・・え、まさかそれが秘伝?」


というとおばあさんは笑って首を振って


「いえいえ違うのよ。それにあれねぇ、前から思ってたんだけどちょっと無茶じゃない?

だって顔だけかぼちゃなんてオバケみたいじゃない。それにカボチャには目もないししゃべったりしないでしょ?想像するのちょっと難しくなぁい?」


まぁ確かに言われてみれば。人をカボチャに変換するのって、結構想像力がいるだろうな


「だからもっと簡単に。そうねぇ、たとえば嫌いな人の顔をあてはめてみるのよ

目の前には貴方の大嫌いな人たちが並んでいて、失敗すると鼻で笑ったりばーかばーかって冷やかしたりしてくるの。ね、すっごく腹が立たない?」


・・・・・・立つ

たとえばあの我儘お譲とかが高笑いしながら人の失敗嘲笑ってるシーンを想像すると、もっっっっのすごく腹立たしい



「ね。そんな顔させてやるものか、ほえ面かきやがれ、って思うでしょう?

そうやって怒るとプレッシャーってどこかにいっちゃうのよ。リラックスーって言い聞かせるよりぷんぷん怒った方が逆に落ち着けるのよねぇ。不思議なんだけど、効果あるのよ~これ」


だからどうしてもダメな時は、だまされたと思って試してみて


その時ちょうど、最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った

いけない、今日もシェイドと約束あるんだった!


慌てて立ち上がると、おばあさんは手拍子一つでお茶セットを消して見せる



「ひきとめてしまってごめんなさいね。でも楽しかったわぁ」

「いえ、こちらこそ・・・紅茶ごちそうさまでした!それから他にも、色々と」


ぺこりと頭を下げ、挨拶もそこそこに走り出す

・・・遅れたら魔科学部の実験台の刑なのだ


ふっと振り返ると、おばあさんは笑ってひらひらと手を振っていた

私はもう一度頭を下げて、振り返らずに足を速めた









聞いていた通り(・・・・・・・)、可愛い子ねぇ・・・・・・・・・そう思わない?」


振り返ると、茂みの中から不機嫌そうな顔

何年たっても変わらない教え子に、彼女は微笑ましそうに目を細める


「ふふふ、来週の試験が楽しみだこと――――ねぇあの子が受かるかどうか、賭けてみない?茶葉一缶」

「・・・・・・不謹慎ですよ、お師匠様」

「長生きするには楽しみが必要なんだけれど・・・まぁいいわ

どのみち2人とも同じ結果にかけるのじゃぁ、勝負にならないものねぇ」


軽く笑い声を立て、彼女は老齢とは思えない機敏な動きで教え子に近づき、


「さてそれじゃぁ行きましょうか・・・・・・あまりお待たせするのは悪いものねぇ」


どうだか。と教え子は内心で呟き、かつての師の後を追った











「・・・・・・アンタ、なんで特訓始める前からボロボロなの?」


率直な六花の疑問に、シェイドは答える代わりにむっつりと押し黙った

こうなると灰相手にしか聞き出せないのはわかっているので、六花もそれ以上なにもいわず、それぞれの師のもとへ足を向けた


そして


「どうして俺は試験を受けてはいけないんですか!」


開口一番のシェイドの発言に、紅はただでさえ悪い目つきをさらに鋭くゆがめて


「・・・しつこい。何故理由を言わねばならん、面倒だ」

「面倒でも言ってもらわないと納得できません!」


しつこい、と紅が軽く仕掛けてシェイドを投げ飛ばすが、これで懲りるようなシェイドではない

・・・・・・なにせすでに、寝起きの紅に特攻するという自殺行為をしでかした奴だ


受身をとって素早く起き上がると、仕掛けつつ同じ問いを繰り返す


「どうしてですか!」

「しつこいと言っている。お前のどうしては聞き飽きた」


紅が微かに殺気をにじませる。思わず及び腰になりそうなのを立て直し、ぐっと足を踏み込む


「それでも、理由もわからず試験を諦めるわけにはいきません!

俺はっ」


早く強くならなければいけないのだ


たとえ紅の言葉とはいえ、意味なく無駄足を踏むわけにはいかない

だから


「!」


組み手の間、唯一褒められた瞬発力を生かして背後に回り込み―――剣を抜いた


ぴたりと、白銀の刃が紅の首筋にあてられる

紅は動きを止めて、振り返ることなく静かに口を開いた


「組み手に剣は使わないだろう」

「・・・実戦にルールはない、と言ったのは貴方です」


剣士の戦いで剣しか使わない、というのは所詮お稽古ごとの剣術のルールでしかない

実戦では剣士だろうが手も足も出る、だから組み手が必要だ・・・・・・と、シェイドに言ったのは彼だ


「貴方はいつも鍛錬の前に、これは実戦と同じだと言っています。そして組み手に勝てば一つ言うことを聞いてやるともいいました

――――だから答えてください、どうして俺は試験を受けてはいけないんですか!」


全てを言いきって、シェイドは息をついた


・・・・・・そして、紅はそれを見逃さない


「な」


呟いた瞬間には、シェイドの視界は反転し、床に打ちつけられていた

しかも持っていたはずの剣は紅の手にあり、まっすぐにシェイドの額に突きつけられている


一瞬だった


何が起こったのかもわからない


「俺の背後をとるのはまだ早い」


冷たく切って捨てる・・・・・・が、直後諦めたように息をついて


「が、まぁいいだろう。ようやくお坊ちゃん感覚から抜け出せたようだからな

教えてやる」


すっと紅が剣を持つのと反対の手を差し出した


なんですか?と首をかしげていると苛立たしげな舌打ちと共に、シェイドの襟元をつかみ上げて起こす

それから、これだからコイツは苦手なんだ・・・とかなんとか呟いた後、真っ直ぐにシェイドに視線を向けて


「侯爵レベルになると特別プログラムが始まる。そうなると時間がとりにくい、だから今回は試験を見送れと言ったんだ

期末で侯爵レベルに上がっても成績的には何ら問題もないだろう」


その代り


間をおいて、くっと口角が上がる

目を眇め、しかし笑っている様は剣士よりむしろ魔王といった方が相応しい容貌で



「空いた時間、俺がお前を鍛える」


それが意味するのはもちろん組み手ではなく―――彼の左手が添えられている、剣のことで


「組み手は終わりだ。これからは実戦で使えるように鍛えてやる」


お前に死ぬ気があれば、だがな


どうする、と問う紅色の瞳に、シェイドは一瞬視線を落とし

―――――再び顔を上げた時には、翡翠の瞳は真っ直ぐに紅をとらえて



「よろしくお願いします」


深く深く、首を垂れた













「やっぱり、試験受けないんだ」

「あぁ」


シェイドは頷いた後、僅かに顔をしかめた

最近生傷が絶えないみたいだから、どこかまた痛めているんだろう


「・・・痛いなら休んでなさいよ。今日は授業も鍛錬も休みなんでしょ?」


おばあさんと話してから早一週間。今日は試験当日で、私はちょうど試験会場前で順番を待っているところ

前の人が入ってしばらくするから、もうすぐ最後の―――私の番だ


あれからずっと練習は続けて、昨日の最後の練習でも成功できたんだけど・・・直前になると、やっぱり過去の失敗歴が思い出されて気が重い

って、1人で唸っていたところにシェイドがやってきたのだ


・・・・・・魔女科エリアに堂々と入ってくるあたり、ほんとうにシェイドらしい


「まぁ休みだが・・・寝るだけなのも暇だからな。様子を見に来た」

「そりゃどうも・・・・・・っていつもなら色々言うとこなんだけど、今は無理」


緊張で頭が真っ白だ。今ならどんな悪口言われても反撃できない自信がある


「どんな自信だよ」

「うー・・・・・・放っといて」


あ―駄目だ。震えそう、うずくまりたい今すぐに


「・・・・・・・・・らしくないな」


は?いきなり何!?


「だから今はお願いだからそっと」

「絡んできた相手を半殺しにしたり、精神的に追い詰めたりする腹黒いお前らしくないと言ったんだ

だいたいそんな柔な神経どこに隠し持っていた」


とんでもない言い草だ

というか仮にもこれから試験受けようっていう相方に言う台詞じゃないでしょう!?


腹立ってにらみ上げると、シェイドがはんっと鼻で笑いやがる



あー相変わらず嫌味な笑顔がお似合いですこと!っていうか久々にものっすごく腹立つはあ、んた・・・・・・あれ


あれ、なんか普通に反撃できそう。っていうかそうだ、これ・・・!


「ねぇ!ちょっともう一回さっきみたいに鼻で笑ってみて!」

「は?なんで「いいからさっさとやる!」


噛みつくように叫ぶと、シェイドはちょっと及び腰になりながらももう一度ムカツク笑顔を浮かべてくれやがった


うん、おばあさんの言うとおり


「ものっすごく腹立って落ち着くわ、ありがとう!」

「いや、だからなんだよ」

「やっぱりアンタって人をムカつかせることに関しては天才的よね!」

「だからさっきからなんなんだよ!」

「あーもうこっちの話なの!」

「だから」


シェイドが何事か言うより、私が名前を呼ばれる方が早かった

・・・・・・いよいよ、だ



「じゃぁ、行ってくるから・・・ねぇ最後にもう一回よろしく。ムカツクから」

「だから、なんなんだよさっきから!」


とか言いつつも、シェイドはちゃんと鼻で笑ってくれた

よし。これで絶対この顔忘れないわよ



すっと演習場に足を踏み入れる

それだけで空気が変わった。高ぶっていた気分が急速に冷めていくけど、頭が真っ白にはならなかった


・・・・・・いや、ギリギリだけど


「それでは、始めてください」


一度堅く目をつぶり、さっきのアイツの顔を思い浮かべる

・・・大丈夫。最近ずっと一緒にいたから、思い出すのは簡単だ


目を開ける



目の前にいるのはシェイドだ―――――あのムカツク笑い顔、絶対ひしゃげさせてやる


大丈夫、いつもと同じ。喧嘩してる時と同じだから



出来る






一つ、深呼吸







そして私は、力ある言葉を描いた(・・・)









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