テストはマッハでやってくる 2
「・・・・・・ちょっと、昨日の今日でなーんで一気に暗さ二倍になってんのよ」
耐えきれない、と声を上げたのは自身を太陽!とのたまったゆずり
その隣で、向かい合わせにおもーい空気を漂わせながら六花とシェイドが黙々と丼を食む
・・・あちゃーこりゃまたなーんかあったわね、試験関連で
勘は悪くない、どころかかなり良いという自負はある
ふむ、と一息ついて腕を組み
「灰くん、私は六花ね」
おもむろに言うと、それだけで灰くんは全部を理解して二コリと笑い
「じゃぁ僕はシェイドを吐かせるよ」
ぐっと親指を立てる
――――全部言わなくても通じるっていいわーホント
そうと決まれば即座に行動、がアタシのポリシー
くらーい顔してもさもさ食ってる六花の腕を取り、立ち上がらせる(コイツほどじゃないけど、アタシも腕力はあるのよねー)
「六花~ちょっと花摘みにいかない?」
「・・・今あんたの口から最高に似合わない単語が出たんだけど
ついに奇特な恋人が出来て頭の中が春ボケになっちゃったの?」
「暗いくせに口だけは腹立つほど達者よね。トイレ行くわよって言ってんの!」
「別に今、行きたくな「んじゃーちょっと言ってくるからーパティとリィーエンくん、終わったら先帰っててねんv」
じゃ!と手を上げて駆け出せば、視界の端にぐったりしたシェイドくんをひきずる灰くんが
人畜無害な顔してわりとワイルド、と彼女的いい男データの隅にこっそり付け加えた
「・・・トイレじゃなかったわけ?」
引きずられる先は、明らかに目的地とは違う方向
幼馴染に胡乱気な視線を向けると、相変わらず演技か本性かわからない笑顔できっぱりと
「気が変わった~裏庭行くわよ裏庭!」
「授業!」
「アンタないでしょ?」
「ゆずりはあるじゃない」
「んなもんさぼりよ、さぼ「ゆずり!」・・・いいの~次は師弟合同授業だけど、うちの師匠今いないから」
あぁそうだった
ゆずりのいる獣士科は魔女科や剣士科みたいにレベルがない代わりに、先輩後輩の師弟制度がある
そうやって下をつけることで一層責任感なんかを養うのが目的らしい
低学年から一番危険が伴うのが獣士科だからね。怪我人も多いし
「お師匠さん特別演習だっけ?」
「そう、ひと月は帰ってこないってさ~
おかげでこっちは楽なもんよ~優秀な師匠万歳よね」
笑いながらゆずりはいい具合に影をつくる木の下に腰かけた
昔からこういう場所取りの嗅覚はいいのだ
私もならって隣に腰かける。と、ゆずりはぐりんと首を回して
「で、今度は何があったわけ~?お姉さんに吐いちゃいなさいよ」
「脇こづかないでくれる?」
「話をそらさなーい、って言ってもこの時期あんたが落ち込むっつったら試験のことくらいか」
・・・・・・流石に鋭い
昔から無駄に勘がいいもんだから、隠し事なんて出来た試しがない
ただ紫ちゃんとの約束の手前、言っていいのか迷ったけど・・・
まぁ、肝心なこと言わなきゃいっか
「・・・・・・紫ちゃんに、今度の試験で受かれっていわれたのよ」
「あらまぁそりゃ連敗続きのアンタにゃ酷なコト」
「はっきり言うわね」
まぁゆずりらしいって言えばらしいけどね
歯に衣着せない物言いもここまでズパッといわれると逆に気にならない
・・・まぁ、何度か絡まれたこともあるけど
そしてだいたい私も巻き込まれて、被害被るのよねぇ・・・・・・トラブルメーカーしかいないのかしら、私の周りは!(最大の例:紫ちゃん)
「んーで、試験に関しては小心者のアンタは、プレッシャーで潰れかけと」
「小心者は余計!これでも度胸あるってよく言われるんだから!」
「や、これでもも何もまんまありそうだし」
あっそう!
ぶーたれるとゆずりは大げさに肩をすくめて
「そういうことじゃなくてさぁ、アンタってテストの前になるとすっごく神経質になるでしょ?
まぁアタシだってテスト前は落ち着けないけどさ、アンタの場合ちょっと異常なのよね」
「異常・・・」
「そ、普段は気にしないようなちょっとした失敗とかで、人生最大の失恋したみたいにどん底落ち込むし
あと周りの反応とかにもさ、正直ちょっと自意識過剰なくらい過敏になってるわよ?
魔女科の連中がテストの話しするたびに、こっそりビクッてしてるの気が付いてる?」
気がつきませんでしたとも、ええ
思いきり顔に出ていたのか、ゆずりはやっぱ気づいてなかったか・・・と呟き
「まーそうなる気持ちもわかるけどさ」
・・・さっき言った通り、ゆずりには隠し事出来たためしがない
だからまぁ、私がだいたい魔女科でどういう状況にいるのかも全部話している
最近はそんなことないけど、専門教養部に入ったばかりの頃は休み時間にわざわざ魔女科にまで遊びに来てくれていた
何だかんだで、面倒見はいいんだよね、ゆずりって
ある意味、獣士科はぴったりなのかもしれない
「どうしてもね」
そんなゆずりだから、何でも言えるのだ
「この時期、思い出しちゃうのよ・・・・・・覚えてるでしょ、入舎の儀式のコト」
「あぁ・・・・・・アンタの記念すべき連続爆破記録の一件目ね」
入舎の儀式っていうのは専門教養部に入ってすぐにある試験のこと
魔女科ならここで初めて魔術が使えるのだ
これはまぁ失敗する人がほとんどの、いわゆる通過儀礼みたいなものだから『失敗』自体は恥ずかしいことじゃない
でも・・・・・・まぁ失敗にもレベルってものがあるわけで
普通ならくすりと笑える可愛らしい失敗で終わるところ、私はまさかの大爆発
結果、試験会場を半壊させてしまった
「あの時はこんなこと前代未聞だ!って言われて・・・その時はそれで済んだんだけど」
一度だけなら、ここまで気にしない・・・いや出鼻くじけたのは痛かったけども
一度だけなら、現状は今よりマシだっただろう。だが一度では終わらなかった
高度な魔術になるにつれて成功する回数は減り、試験官の目も変わっていった
やる気もなく頬杖をつく人、酷い時では見る価値なしと出て行かれたこともある
「・・・一度、本気で大学処分になりかけたし」
「でもそれは、理事長が・・・・・・って、そこで出たんだっけ。『あの話』」
才能なし、被害が少ないうちに辞めさせるべき、と理事長に訴えられたことがあった
あの時は1年だったから、まだ様子見すべきって理事長・・・というか藍さんが断ったけど
その時訴えた先生が、どこから聞きつけたのか私が理事長の家と親戚だって聞きつけ、何度目かの爆発騒ぎの時に、みんなの目の前で漏らしてしまったのだ
『まったく・・・・・・理事長と親戚筋でなければ、とっくに退学処分になっているところですよ』
あの瞬間の、一気に冷え込んだ教室の空気は今でも忘れられない
『あのクソ教師もどうかしてんのよ!
別にアンタじゃなくたって、理事長は退学させたりしないっつーのに。他の学科の、もっとタチ悪い問題児だってあの人、見捨てたことないじゃない!』
ゆずりはそう言ってくれたけど、周りがみんなそう言ってくれるかっていえば、そんなわけがない
まぁそこから知っての通り諸々あったんだけど・・・今はそれはよくて
「どうしても思い出しちゃうのよ、その時のこと」
あきれ果てた白い目、あれに見られるって思うだけで何も手に付かなくなる
「それプラス紫さんからの受かれ命令か~・・・ま、そりゃ暗くもなるわ」
「だよね。やっぱり世間の目ってきになるものだし」
「そうか?俺は気にしないが」
「そりゃアンタは鋼の神経の持ち主だもん。ある意味怖いもの知らず・・・」
って
なんでいるのよシェイドと灰くん!しかもなんか会話入ってきてるし!
「ちょっと~女の子の秘密話に入ってくるなんてルール違反よ!
シェイドくんはわかるとして「どういう意味だ」灰くんまで、らしくないじゃない」
ゆずりの視線を受けて、灰くんは軽く微笑んで
「うん、シェイドが楽に吐いたから、重大そうな六花ちゃんの方手伝いに行こうと思って」
楽に吐いたって・・・・・・
「・・・なんだよ」
「いや、尻に敷かれてるなって」
完全に手綱を握られてるわね、シェイド
「ほっとけ!」
呆れて視線をやれば、むくれてそっぽを向いてしまった
・・・なんか最近幼児退化してきてない、アンタ?
「にしても、何考えてるんだろうね?君たちの先輩方は
シェイドも似たようなこと言われたんだよ」
「「え?」」
思わず顔を見合わせる。だってまさか、シェイドが実技試験で落ち込むなんて思わないし
すると察したのか、灰くんは軽く笑って首を振り
「似たような、って言われても内容は逆なんだよ?
シェイドは先輩に今回は試験を受けるなって言われたんだって」
「は?なんで」
「・・・それがわかれば悩むか」
悩んでたんだ。とは言わなかった
私はシェイドと違って空気読めるしね!
「・・・にしたって、試験受けるなってのも妙な話よねぇ」
首をかしげるゆずりに、灰くんも頷いて
「白峰さんみたいに受かれ、っていわれるならわかるけどね」
そうよね~・・・・・・って灰くん、いったいどこから聞いてたの?
「さぁ?」
「・・・笑っても誤魔化されないからね」
「うん、やっぱり白峰さんはシェイドより手ごわいね」
・・・あぁ、アイツはいつもこの調子で誤魔化されてるのね
本当に、なんてヘタレ野郎なの
「・・・なにか憐れまれている気がするんだが」
「気のせいじゃないわよ。あんたのそのヘタレ加減を憐れんでるの」
「なんだ「はーい、そこまで。その件はまた今度言ってやって、白峰さん。それより今は試験のことでしょ?」
電光石火の速さでシェイドの口をふさいだのは、もちろん灰くんだ
・・・鼻と口、両方ふさぐと苦しいよ?
「そーよ、アンタ達がじめじめキノコみたいになってた理由はわかったけど、そっから先はアンタ達にしかどうしようもないんだから」
う、ごもっとも
そうこうしてるうちに、試験の日は近づいてくるし・・・あああああ、もう!
「まぁ、六花は自分でなんとかするしかないわけだけど・・・シェイドくんは?
試験受けないの?次受かったら侯爵レベルでしょ?」
頭を抱える六花の肩をなだめるように叩き、ゆずりがシェイドに視線をやる
シェイドはシェイドで微かに首を振って、珍しく深刻気に息をつく
「・・・どういうつもりなんだろうな、あの人は」
「もうこうなったら直接聞いちゃえば~?
アタシそのクレナイさんは会ったことないからわかんないけど、教えてくれるような人なわけ、六花?」
「えぇ・・・」
くぅ兄、くぅ兄ねぇ・・・私ならともかくシェイドとなると・・・
「・・・・・・機嫌がよくて気が向いて眠くなかったら教えてくれるんじゃない?」
くぅ兄ってある意味紫ちゃん以上に読めないからなぁ・・・どうだろう
シェイドのことは嫌いじゃないみたいだから、それだけは救いだけど
「・・・アンタの親戚って、ろくなのいないわよね」
「ろくでもない友人代表がそういうこと言わないように!」
って、この時は冗談で言ってたんだけど・・・私たちは忘れていた
ひねくれてる癖に、いやに馬鹿正直な奴が一人いたことを
「なぜ俺は試験を受けてはいけないんですか?教えてください」
・・・その馬鹿、いやいやシェイドがよりにもよってお昼寝中のくぅ兄に特攻して、機嫌最悪の寝起き一番にこんなことほざくっていう暴挙にでたのを知るのはもう少し後のことで
私は私で、ゆずり達と別れた後、ちょっとした“出会い”を果たしたところだった
練習しようと思ったものの、結局集中できなくて庭に散歩に出た
マルーン学園は何人もの庭師がいて、その人たちによって庭はいつも綺麗に整えられている
その庭にも色々あって、庭師さんごとにわりと好き勝手に整えているらしい
私が一番好きなのは、ザフィニアっていう白い花がある庭。はなびらは大振りだけど、派手じゃなくて可愛らしい雰囲気の花だ
「・・・いい匂い」
そっと顔を寄せると、甘い香りが微かに鼻腔をかすめる
久しぶりに落ち着いた気持ちになっていて、ちょっと浮かれていたせいか後ろに誰かいたのにも気づかなかった
「そうねぇ、とてもいい香り」
のんびりとした口調は人をイラつかせるものじゃなくて、逆に落ち着いた雰囲気を漂わせている
髪は白髪、というより上品なグレーで、長い髪をゆったりと結わえたおばあさんだ
年はわからないけど、教授を出来る年齢は超えていると思う
動きはのんびりしたわりに、しっかりしているけど
「きっと大事に育てられているのねぇ・・・花も人と一緒でねぇ
愛情をたくさん注いでもらったら、とても綺麗になるのよ」
「そうなんですか」
えぇ、とおばあさんはにっこり笑う
こういうこと言うのは失礼かもしれないけど、なんか可愛らしい笑顔だ
若い頃は美人だったんだろうなーなんて思っていると、じっと見られていることに気付く
・・・なんかしたかな?私
「あの、なにか?」
「えぇちょっとね」
おばあさんは優雅な所作で口元に手を当て、軽く首を傾けて
「悩んでいるでしょう、お譲ちゃん」
さっきより何故か輝きを増した笑顔で、言った
悩む六花。
一気にぱっと解決するのもあれば、長い時間かけてちょっとずつ上向いてくるのもあります
六花はのは色々根が深いので・・・もうちょっと悩んでもらいます
えぇ意地悪じゃないですよ!でも主人公は苦労してなんぼかなt(殴