テストはマッハでやってくる 1
理事長からしてチャラチャラしているマルーン学園だが、一応『学校』という以上、必要最低限の――生徒達には歓迎されない行事もあるわけで
現在年2回のテストの一発目――――階級試験を1週間後に控え、大なり小なりピリピリしている学園内
で、おそらく一・二を争うほどの陰鬱オーラを放つ少女が、ここに一人
「・・・・・・お前、いい加減にその陰鬱な顔をやめろ」
飯がまずくなる
と相変わらずの無神経発言にフォークが一本飛ぶ
慣れた調子でゆるくかわし、シェイドは目の前で暗雲背負った様子で淡々とピラフをつまむ六花に視線を戻して
「テストと言ったって階級試験は実技だけだろう。成績は前年度のものが考慮されるから、お前は全然問題ないだろうが」
ほぼ満点叩きだす奴が、今さら何を気にするんだよ
訝しげ―――若干嫉妬交じりの皮肉に、六花はくら~い赤紫の瞳をピラフから上げて
「・・・ふ、そりゃぁね、あんたは実技だけならいいだろうけどね」
1オクターブは低い声で漏れる乾いた笑いに、思わず身を引いてからシェイドは何かに思い至ったようで
「・・・・・・・・・あぁ、お前の実技、酷いもんな」
「ホントのことだけどあんたに憐れみこめた目線で言われると心底腹が立つわ!」
殴らせろ!
あ、こらお前スープが零れるだろうが!
かまうか!
かまえ!
知るか!
知っとけ!
周囲の視線も気にせず、掴みあい秒読み態勢に入った2人を止めたのは、あからさま過ぎる含みを含んだ声
「はいはーいそこのバカップル、いちゃつくのは結構だけど場所は選びなさーい」
「まぁしょうがないよ。付き合い初めはお互いのことしか見えない、っていうしね?」
「まー俺としては2人が仲良くしてくれると嬉しいけどな。とっても」
「・・・・・・・・・ふん」
「「いつまでもそのネタで引っ張るな!!!」」
現れた友人達に2人揃って噛みつく
が、見事にユニゾンした発言がさらに友人達を増長することを2人はまだわかっていない
案の定、ノリの良すぎるゆずり、灰、リィーアンの3人組がそれはもう腹立たしいほどにやついた笑みを浮かべて視線を交わし
「あらまー仲が宜しいこと、アタシ達お邪魔虫みたいねミナサン」
「ごめんねシェイド、君に嫌がらせするのは大好きだけど今回はやめておくよ。馬に蹴られたくないし」
「俺達のことは気にせず、2人でべたつくなり痴話喧嘩なりご自由に~」
にんまり笑って移動しようとする友人達に、六花の頭がビキリと音を立てる
「だーかーらっ!それをやめろっつってんでしょーがこの陰険トリオ!」
「まっ!この明朗快活、太陽のようなゆずりさんを捕まえて陰険とは失礼な
ていうか、勉強オタクと鍛練オタクに言われたくないしぃ」
「誰が勉強オタクよ!」「鍛錬に励んで何が悪い!」
そしてまた含み笑い
「・・・・・・・・・・・いい加減、食べればいいのに」
唯一パティのみが正論を述べ、スープを啜った
「ったく・・・なんか最近、あの3人気が合い過ぎじゃない?」
主に私とシェイドの件で―――嫌な気があったもんよね、ホント
六花は一人ぶつくさ言いながら、寮へ足を向けた
普段なら授業が終われば図書館に直行するところだが、この時期の図書館は息ひとつつきにも気を使わなければならない張りつめた空気が流れているので、流石の六花も行く気にはなれなかった
なにかと厄介事を引き寄せるたち、という自覚はあるのだ。一応
「なにかにつけて仲が良いだのなんだの、誤解されるようなことばっかりいって!」
というか私とシェイドのないことないこと、たまにあること知れ渡ってる原因って、あの3人のような・・・
いや、まぁ若干一名は明らかに原因なんだけど!
ちなみにその若干一名には噂どころか、既成事実を言う強硬手段をもって噂を真実に変える気満々なのだが・・・・・・考えたくもないことなので、今は忘れておく。というか忘れたい
なんといっても今はそれどころではないのだから
ちらりと手元に視線を落とせば、抱えた本の上の封筒が嫌でも目に入る
――――六花の運命の日付(試験日)が書かれた、封筒が
「・・・・・・・・・・・・よりにもよって最終日」
しかも最終組、審査員の疲労がたまって一番審査がキツイ時間って・・・
ただでさえ過去の所業(試験会場爆破、審査員のヅラを吹っ飛ばす、貴重な家具を破壊などなど)で目ぇつけられてるっていうのに!
過去3回(初回は魔女科の入学前試験)の試験官達の白い目が蘇り、ずきりと腹部が痛んだ
らしくない、らしくなさすぎるわーホント
予想外にこたえていたらしい事に今さら気づき、苦笑する
「自信がないなら受けなければいい」
はっと足を止めて振り向くと、不機嫌そうな琥珀の目と目が合う
思わず眉が寄っちゃったけど、相手も似たような顔だから気にしないだろう
「・・・別に自信がないわけじゃないわよ、クローヴァーさん」
「だとしたら自信過剰だな。2学年で未だ新月レベルの学生達は貴方以外全員実技室にこもっているというのに、貴方は予約すらしていない」
いちいちチェックしたんかい・・・放っといてくれればいいのに、なんでこう絡むかなぁこの人は!
「自信がなく試験を見送るというならともかく、試験は受ける。というのに一番落第の可能性が高い貴女が練習もしないとは・・・魔女科の名前にさらに泥を塗ることだけはやめてもらいたいな」
「・・・そのセリフ、いい加減聞き飽きたわ」
言うとクローヴァーさんはさらに目を眇めて
「だったら言わせないでくれ。私も小言のような事を何度も言いたくはない
貴女がいい加減真面目にやるか、やめてくれればいいだけのことだ」
「簡単に言ってくれるわね」
「簡単なことだ。今よりも練習するか、辞めると言うだけだろう」
人の事情も知らないで好き勝手言いやが・・・いやいや、気にしたら負け。負けよ、私
確かに事情を知らなければ、練習してないように見えてもしょうがないわけだし――――だからって腹立たないわけじゃないけどね。そんな出来た人間じゃないからね私!
「御期待に添えなくて申し訳ないけど、私は辞めないから。あと練習はしてます、別に実習室でしか出来ないわけじゃないでしょう?
・・・それと、私のことが嫌いなら放っておいてくれない?私の方から貴方に関わる気は全くないから、貴方さえ関わらなきゃ、私たちお互い苛々することもなく精神的に平和に暮らせると思うんだけど」
少なくとも、私は確実に!
しばしの沈黙、そして睨みあい――――動いたのは私が先だった
こんなとこで無駄に時間を潰す暇も、苦手な人間と長く居続けるマゾな趣味もない
一応礼儀上一言言って踵を返す・・・返そうとした
「実習室以外とは、貴女が会長と2人でしている事のことか?」
「・・・・・・調べたの?」
調べなければわかるはずがない。あの紫ちゃんが必要以上に――本当に、なんでだろうと思うくらい過剰に――裏工作して隠しているのだ
「どうしてそこまで」
そこまでして嫌いな人間に関わるわけ?・・・いや、ちょっと待った
何かずれてる気がする。私の認識と、彼女の認識が
「・・・どうして」
どうしてはこっちのセリフ、言うよりクローヴァーさんが口を開く方が早かった
「どうして貴女のような者が、会長と」
今までにない苦々しげな視線、本人も気づいたのかすぐにいつもの固い顔に戻ってさっさとどこかに言ってしまったけど、シェイドじゃあるまいし私が見逃すはずはなく
・・・・・・まさか
「紫ちゃんシンパかい!」
思わず叫ぶ。たまたま通りかかった人がぎょっとした気もするけど、今はどうでもいい
というか今さらそんな視線慣れた
っていうか、もしかしてもしかしなくとも私が必要以上に(他の新月レベルの子と比べて明らかに!)ネチネチ言われてたのって、紫ちゃんと親戚だからか!
性格はともかく、実力は超高級折り紙付きでおまけに美人な紫ちゃんは学科問わずファンが多い
その中には神格化、まではいかないけど崇拝に近いとこまでいっちゃってる人たちもいる。で、その人たちにしてみれば、憧れの紫様の親戚が落ちこぼれなんて許せない!っていう勝手な理論で絡んでくる奴らがいたわね、確かに
いや、そのこと自体は別に驚かないけど・・・まさか、あのクローヴァーさんまでがねぇ
まぁ
「わかったからって、どうにかなるわけじゃないけど」
むしろそういうタイプは、私がたとえレベル上げたって何かしら荒を探してつっかかってくる分、普通より面倒くさい
在り得る未来を想像して、がくりと肩を落とした
「試験らしいな」
「はい?」
間の抜けた返事になったのは、あまりにも唐突だったからだ
シェイドが一瞬呆けた瞬間、右手から剣が弾きとんだ
「剣のない剣士など笑いの種にしかならないぞ」
いいつつも紅の剣は鞘に収まったままで、手にはない
最近は組手の他に剣の稽古もつけてくれるようになったものの、紅が剣を使うことはなかった
・・・なのに何故か、勝てないんだよな
内心で首をかしげつつ、シェイドは剣を拾いあげてささやかに反抗を試みた
「いきなり試験のことを言うから」
「別におかしくもないだろうが。この時期に」
「いえ、貴方が言ったことが」
おかしいんです、というより前にシェイドの頬を紅の足先が掠めた
反射で身を引き、下段から腹部に向けて剣を叩き込む―――素手だから、などと加減すれば動けなくなるのはシェイドの方なので、すでに遠慮はない
「お前は今『伯爵』レベルだったか」
「はいっ・・・っ!」
微塵の容赦もない紅の拳が肩を打った。返すように蹴りを繰り出したが、軽くよけられる
「次でレベルが上がれば『侯爵』か。ふん、レベルを爵位に例えるのはいかにも『剣士科』といったところか」
隠しもしない皮肉の色を感じて、片眉を上げた
と同時に紅の膝がシェイドの腹――しかも鳩尾に叩き込まれ、シェイドは6回目の膝をついた
「・・・・・・あなたも、剣士科なのに」
その言い方では、まるで剣士科を嫌っているようだ
「そうだ、俺は剣士だ。だがここにはくだらない人間が多すぎる―――剣士は嫌いではないが、くだらない人間の集団は好かん」
冷たく言い捨てて、立ち上がりざまに繰り出されたシェイドの蹴りを捕まえ、引き倒す
「それ以上の理由はない
前も起き上がる時に腹に蹴りだっただろう。わかりやす過ぎる、パターンを変えろ」
いった瞬間、ちょうどシェイドの顔のすぐ横に強烈なかかと落とし
必死に首を背けたおかげか頬から血が出る程度だったが、あれは明らかに顔面ド真中を狙ってたぞ・・・!
というのが被害者・シェイドの見解
むっとして足首をつかみ、引いて体勢を崩そうとしたがあっけなく振りはらわれる
決して軟弱なわけではないが、シェイドより紅の方が力は強かったようだ
「力技に出たいなら力をつけてからにしろ」
昼寝が趣味、というより日常の活動の割が睡眠の男はそうとは思えぬ引き締まった体躯を翻した
―――今日はもう終わり、と暗に告げているのだ
痛む体を起こし、頭を振る
と、いつもならわき目も振らずに帰る男が珍しく立ち止まり、振り返った
襟足の長い赤髪を鬱陶しげによけ、紅はただ一言
「お前、今回の試験は受けるな」
「はい?」
と
「元気ないわね、六花ちゃん」
ちょっと休憩しましょうか。と言うやいなやすぐにどこからか茶と菓子が現れた
紫が魔術でこういうことをするのは日常茶飯事なので、六花は特に驚きもせずに差し出された茶に口をつけた
うーむ相変わらず美味しい。普通はお嬢様って料理出来ないものなんだけどなぁ・・・
あらゆる点で無敵の生徒会長様には今のところ欠点が見当たらない
「そう?・・・あー試験が近いから、そう見えるのかも」
「あぁ、そういえばもうすぐだものね」
既に最高位の紅月レベルにある紫には試験は課されない
その代わりに年単位で貢献度や業務査定があるが、今回の試験では蚊帳の外だ
なんとなく言葉が見つからず、沈黙が流れる
「六花ちゃん」
沈黙を破ったのは紫の方だった。いつもの落ち着いた調子で
「アレを、今度の試験に受かる程度にまで仕上げなさい」
「・・・は?」
またしても、問題という名の爆弾をよこした
テスト編。序章です
テスト編はこの話と、間にワンクッションおいてもう一つが一応繋がってます