【番外編】白妙は春の風に舞う
今より少し先の時間軸です。ヴァレンタイン&ホワイトデー番外編
読み飛ばしてもなんら問題ありません
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何だこれ」
「予想はしてたけど、やっぱり知らないのねアンタ」
呆れる、という段階をもはや通り越してお決まり的に
イベント事には関心0、むしろ何それおいしいの?なシェイドに六花は事務的に説明した
「今日は白の日、別名:愛の告白返しの日
赤の日、別名:愛の告白の日の対になってるイベントで、赤の日に赤い花を贈って愛を伝えた人に白いリボンを贈れば告白を受けた、青のリボンを贈ればお断りします、っていうことになるの
たいてい渡すのは男子の方からね、最近は女子も渡してるみたいだけど
元は波乱万丈乗り越えて結婚した初代騎士王と魔女王の話、って説が有力
ちなみに青のリボンは赤の対称色ってことで、お断りの意味になるらしいわ」
「白のリボンは?」
「赤い花を贈って愛を伝えた騎士王に、ひと月後の終戦日、魔女王が白のリボンを贈って答えたっていうのがもと
リボンっていうのは魔女の間で結構大切なものだったのよ
昔は、魔女は成人してから夫以外の男性の前では絶対にリボンをとらなかったの
髪は魔力の源、リボンはそれを制御する役割を持つ、とても大切なものだって言われてたから
だから魔女として命の次に大事な魔力をの源を開放する=それだけ心を許してるってことで愛の告白になるわけ
まぁ流石に今ではそんなことないけどね。魔力の源っていうのも半分ガセだし」
肩をすくめると納得したようにシェイドは頷き、それから
「じゃぁこの騒ぎはなんだ」
「藍さん企画白の日イベント、別名バカ騒ぎ」
シェイドに負けず劣らず興味なさそうに六花が言った直後
歓声が上がった
「おーお前ら、ちゃんと遊んでっか?」
こういう場合勉強してるか?って聞くのが普通じゃないのだろうか
まぁ今さら藍さんにそこら辺の一般常識を求めても終りだと思うけど・・・
なにせ昔は六花が勉強しているときに限って乱入してきて、紫達と一緒にあっちへこっちへ連れまわされたのだ
そんな感じだったので、彼が騎士王だと知ったのはマルーン学園に入ってからだった
まぁそれまでは学園の基礎教養部(一般の学校と同じ機関)ではなく、故郷の第四世界にいたのだから無理もないといえばないのだが
まぁそれはともかく、野外に設置された舞台に立った藍が、意気揚々と今回の≪バカ騒ぎ≫の内容について説明した
「ホントは赤の日にイベントしたかったんだがな、テストっつー面倒なもんがあったから今日になった
ルールは簡単だ。全員白いリボンか赤い花配られただろ?それに数字か古代文字がついた札があるはずだ
リボン持ってる奴は、同じ文字が書かれた札のついた花。花もってる奴はリボンを探せ
ついでに言っとくが、リボンも花も人が持ってるとは限らねぇ。学園のどっかに隠してるやつもある
つっても隠した範囲は専門教養部(※魔女科などの学科のこと)区域だけだがな
対のリボンと花見つけた奴は本部まで持って来い
照合の後、本物なら景品をやる。札取り換えたり術で変えたりしても無駄だぜ
対が見つかるまではゼッテェ取れないように術を施してるからな
以上だ。ついでに景品は長期休暇の間の課題全部免除とか、有名料理店のディナー券なんかもある
今日白いリボンもらった野郎共は気合いれろよ、初デートに花添えてやる
青いリボンもらった野郎共、この世の春を迎えてる連中を見返してやれ
嬢ちゃん達はオーダーメイドで服作ってやるのとかもあるからな、着飾って野郎共を骨抜きにしてやれ
他にも有名パティシエ特製スイーツ食べ放題券とかもあるぞ
まぁとにかく、こっちで良いもん取りそろえてやってるからな、せいぜい頑張れ
外れの景品もあるけどな」
ニヤリと笑う藍さんに背筋が寒くなったのは・・・・・・多分気のせいじゃない
確か去年の外れ景品には、魔科学部実験お手伝い券とかがあったはず
ちなみにそれが当たった人は・・・・・・・思い出すのも恐ろしい
とにかくそんな感じで最高潮に盛り上がってきた中
「制限時間は三時間だ。きばれや若人!」
高らかな宣誓
同時に全員が一斉に騒ぎ出した
まずは近場で持っている人間がいないか確認するためだ
聞き終わった者、もしくは近くに対のアイテムがなかった者はそれを探すべく駆け足になっている
そうこうするうちに全員がバラバラと移動をはじめ
「あ、やっほー灰くん」
「あぁ、ゆずりさん」
円滑な友人関係を進めている2人は互いに軽く挨拶をし、
「「六花・シェイド見なかった?」」
同時にそう言い、それから
「・・・・・・・・・・逃げたわね」
「確実にね」
舌打ちした
そんなお互いの親友達の予想通り、開始直後に2人は逃走していた
何故って?
一つはこの手のイベントに興味がないから(景品はちょっと魅力的だったが)
それから確実に親友2人に遊ばれるからだ
もっといえば六花は読みたい本があったのと、シェイドは疲れて昼寝がしたかったから
そういうわけで、学ゲーで鍛えたコンビネーションでさっさと行方をくらまし、サボタージュに成功したというわけだ
人気のない適度に日当たりのいい樹を選び、その下で人心地つくと各々勝手にやりたいことを始める
ごろりとシェイドが転がったその隣で六花は本を広げ、ほっと溜息をついた
ここは滅多に人が来ない(紅のお墨付きだ)ので、ゆっくり出来そうだ
なにせ赤の日からこっち、ずっとからかわれ続けてろくに読書も出来なかったから
その原因を横目に眺めて――それがすやすや寝息を立てているのを認めて、呟く
「・・・・・・・赤の日のことくらい、知っときなさいよね、アンタは」
ひと月前のことだ
いつものように中庭で昼食を取るべく、他のメンバーを待っていると
・・・・・・両手に赤い花をどっさり抱えたシェイドがやってきた
『あんた・・・・・埋まってるわよ』
『好きで持ってるんじゃない、さっきリアナ(伯爵令嬢)に押し付けられたんだ』
花なんかもらっても邪魔なだけなのに、と愚痴るシェイドが思いついたように
『お前いらないか、これ』
と差し出してきた。まぁ寮の部屋に飾るのもいいし、なんなら花好きのカナリア先生に分けるのもいいだろう
桜さんの研究室に飾っても喜ばれるかもしれない
なんてことを思って、特に深く考えず受け取った
その時
『『あ―――!!!』』
異口同音に叫んだのは、今まさに到着したばかりの灰とゆずり
そしてその驚愕が含みのあるものに変わった時、やっと六花は自分の失態に気づいた
赤の花という時点で気付くべきだった。その日が赤の日だと
そういうわけで全く、意味のわかっていないシェイドの分までからかわれ、六花はこの一月神経をすり減らしていた。なんどボケかますシェイドを張り倒してやりたかったことか。
とはいえシェイドにしてみれば厄介払いと親切心からの申し出であったのだから、ここで責めるのもどうかと思い、結局ストレスの行き場がみつからないまま一か月
・・・・・・・・・・・別に嫌じゃなかったしね
と内心で呟いて、いやいやと頭をふる
嫌じゃなかったのは当たり前だ、告白でも何でもなかったのだから
しかしそう考えると少し寂しい気も
って!なに、寂しいってなによ私!?
一人顔を赤くしながら、もう本に没頭しようと視線を落とした
そのまましばらく読み進めていて、六花は眉を寄せた
邪魔なのだ。髪が
別にそれほど長いわけでもないのだが、今日は風が強い
吹く度視界を邪魔して本が読みにくいのだ
とはいえこんなところでバッサリ切るわけにもいかず、それ以前にせっかく伸ばしているのだか切りたくもないし、と思って首を傾け・・・・・・それが視界に入った
イベント用に配られた白いリボンだ。六花もシェイドももらったのは白のリボンだった
まぁそれはいいとして、イベント用でも何でもリボンはリボン。正しい使い方をしても問題はないだろう
うん、別に終わってから返せともいわれてないし。いいよね?
自問自答していったん本を置き、慣れた手つきで髪を纏め、リボンで結って・・・・・・・・視線を落とした
いつの間に起きていたのか、寝転がったまま、シェイドが興味深そうに六花の方を見ていた
・・・・・・・・・・・・・・まさか何やってるんだ、とは言わないわよね?
いくらなんでも髪の毛結うくらいは知ってるだろうし
でももしや、と思ってしまうのはシェイドが時々六花の予想を超える世間知らずっぷりを披露するからだ
まぁ今回は違ったわけだが
「上手いもんだな」
「・・・・・・・そう?」
髪のことだと気づくまでに少し間があったが、シェイドは気にせずしげしげと眺めていた
「別に珍しいものじゃないでしょ?」
「それはそうだが、俺はやろうと思ってもそんなにちゃんと出来ない」
あぁそういえばシェイドってちょっと髪長かったわよね
思い出すのは、戦闘ポジション上見慣れてしまった背中
彼の髪は襟足が他より長い
聞いてみたところ、学園に来てからは自分で切っているから、どうしても後ろは見えないためにうまく切れないとか
灰くんに切ってもらったら、って言ってみたら
・・・・・・・・・・アイツに刃物持たせて後ろに立たれたくない
って真面目な顔で答えられたっけ。まぁ否定はしないけどね
ついでに彼は見た目に反してシェイド以上の不器用なので、切ってもらっても大変なことになっただろうが
「あんたも結うの?髪」
「暑い時は。あと模擬戦の時は邪魔だから」
頷いて、それから本当に気まぐれで
「結ってあげようか?」
そう言った
最初は驚いたものの、じゃぁ試しにと身を起こしたシェイドの後ろに回って、茶色の髪の毛を掬い
六花は沈黙した。そして訝しがるシェイドに対し
「あ、あのさ、結うのはちゃんと結うから」
「ん?」
「ちょっとだけこの髪いじらせてくれない!?」
いやほんとに、柔らかいわこの髪!
コイツのことだから手入れとか全くやってないだろうのに、この手触り!
相貌を崩した六花に、一瞬妙なものを見るような目を向けたがそれでも特に深く考えず、シェイドは頷いた
初めは三つ編み、今度はそれを二本にしたりもう少し複雑に編みこんだり
それほど長くないので小さいものしかできないが、それでも楽しくなって繰り返す
そんな時暇になったのか、唐突にシェイドが切り出した
「六花」
「ん~?」
ご機嫌だった六花は、珍しく口ごもるシェイドに片眉をあげて、手を止めた
「なに?」
「・・・・・・・いや」
微妙な間、それから少しだけ肩越しに振り返り
「今日お前に聞いてから、ずっと考えてたんだけどな」
「うん」
「俺は、一月前のアレはお前に告白したことになるのか?」
初めの1秒は意味を理解できず、もう2秒で脳みそが動き出し、さらに3秒でその意味を理解し、さらに言葉を紡ぐまでに4秒
計10秒の間を越えて
「な、ならないならない!あんたはただ単に私に花くれただけ、それ以上になんの意味もないでしょ!?
告白って言うのはする意志があって初めて成立するんだから!そ、それ以前に私とあんたで、なんてありえないじゃない!」
一気にまくしたてると、シェイドはしばらく何も言わず
「そうだな」
あっさり認めて、終わった
・・・・・・・・・それはそれでちょっと、どうなのよ
なんだから一人焦ってたみたいで悔しい
と、ふと目を止めたのは今現在シェイドの髪を結わえているリボン
そよそよと風に揺れている――白の、リボン
これって・・・・・・・・・・・・告白返し、したことになるの?
ひそりと思って、それから急いで頭をふった
いやいや、別に他意はないし。それに今さっき自分で否定したばっかじゃない!
ホントに何考えてんのよ私!
なんだか先ほどから一人焦って、それが恥ずかしくて、早く読書に戻りたかった。
それならさっさと結ってしまえばよかったのだが
それでも何となく、離れがたくて
結わえた髪をもう一度解いた
全力で否定する六花に、どこか不機嫌になっている自分に気づき、シェイドは沈黙した
別にまったくもって彼女の言うとおりだし、告白が成立してもそれはそれで困るのでいいのだが
『わたしとあんたで、なんてありえないじゃない!』
そこまで言わなくてもいいだろ
と思ったのもまた事実で
なんでこんなこと、気にする必要があるんだと思いつつ、急下降していく機嫌を戻すこともできずに
「そうだな」
それだけ言って沈黙した
何となく苛々して、さっさと結ってもらって寝ようかとも思ったが
結われた髪がもう一度解かれて、それを手で梳かれていると・・・・まだ少し惜しいな、とも思うわけで
「あ」
声と同時に白い、細長い布が宙に舞う
風に飛ばされたのだろう。まぁ別にイベントに参加する気はないのでどうでもいいが
「ごめん、アンタの飛んでいっちゃった。結おうと思ったのに」
「別に」
構わない、そう続けようとして止まった。アレがなかったら結えない、というならもう終わりなのだろうか。この時間は
そのまま何も言わず沈黙していると、再び六花が髪を梳き始めた
どうやら止めるつもりはないらしい
だから何も言わず、心地よさに身を委ねて
シェイドはゆっくりと双眸を閉じた
いつもと同じはずの春の風が、どこかいつもより柔らかかった
なめくじ共には現段階でこれが限界糖度です・・・(力尽き)