とりあえず共同戦線 3
無言の圧力と有言の圧力とその他諸々で私はあらいざらいしゃべらされた
紫ちゃんとくぅ兄と最強タッグに迫られて吐かないわけがない
自白剤も魔術も必要なし、美形ドアップは慣れてるつもりだったけどダブルはキツイ
・・・・・・・・・・まぁ、細かいことは察してもらうってことで
ルールは簡単だった。2対2の時間無制限一本勝負
私と相手の魔女が首にかけたネックレス(ご丁寧にあっちが用意してた)を奪ったら試合終了
ネックレスは男でも取りやすいように、服の外に出しておくこと
それだけだ
・・・・・・・・・・・・・・つまり裏を返せば、それさえ守れば何でもありってことで
伯爵令嬢が見張ってるから、いざって時に外野の取り巻き剣士達が手ぇ出してこないだろうし
そこだけは安心だけど
「うっわー、もう勝った気満々じゃないあの笑顔」
シェイドが鼻で笑ってみせる
私の独り言に返事したわけじゃなくて、単にアッチをバカにして、なんだろうけど
でもって相手のローシェンナと人の情報売っぱらってくれた魔女さんは、こっちがこんなこと言ってるとは露知らず
二人とも杖も剣も構えちゃって・・・臨戦態勢ばっちり、いつでもかかってこいって感じ?
ふっと息を吐いて、上を見上げた
授業で使うものとは違う、完全個別用の演習場の天井は、もちろん空より低い
――― それでもざっと見て30テス(約30メートル)はありそうだけど
縦横の幅はそれより一回り広いくらいか
・・・・・・・よく借りられたわよね、演習場いつもいっぱいなのに
ちなみにゆずりに聞いた話だと、上級生に家柄で圧力掛けて譲らせたらしい
こんなくだらないことに使うより、その上級生さんに使われた方が有益だっただろうに
どこの誰だかは知らないけどね
「おい、そっちは準備いいのか?」
審判の言葉に軽くうなずく
見覚えのある取り巻きの他に、見慣れない――しかも友好的な視線を向けてくる――男子がいたから誰かと思ったら、シェイドの友達らしい
驚いたわ。もちろんこいつに、まともそうな友達がいることにね
なんでも明らかに取り巻き審判なんて不公平だから、付き合ってくれたとか
・・・・・・・ほんとにシェイドの友達なのかしらねー、名も知らぬいい人
と、それは今は置いておいて
視線を審判くんから外して、前に向き直る
前衛で構えたシェイドとローシェンナの間は20テスくらい
後ろからでもわかるくらい、お互いに殺気がほとばしっている
空気が冷たい―――こういう緊張感は、けっこう好きだわ
微かに笑みがこぼれた
それと同時に
「始め!」
大音声が冷気を割った
走り出したのは、シェイドの方が五歩分早かった
対してローシェンナは五歩分遅れて走り、シェイドまでもう3テスってところで
「やれ!」
命令形で叫び、いきなり横に飛んだ
ほぼ同時に 六花と同じく一歩も動かなかった魔女が呟く
『 狩りしもの 狩りしもの いづれ 焔纏いて 屠れ 狩られしものを !』
瞬間、生まれたのは炎の塊
獣の姿をしたそれは、左右と正面からまっすぐにシェイドへと向かい
しかし彼の剣先に届くより前に、霧散した
「な!?」
驚嘆
しかしかまわず進むシェイドを目にし、急いで次を
「 鎮座しませ 氷塊の塔 守れ 主が身を !」
進むシェイドを遮るように、天井に届くかと思われる氷の壁が起こる
しかしそれも完全に姿を現す前にかき消える
ただ今度は、その原因を悟ることができたが
「くそっ!」
吐き捨ててカーディナルが横合いからシェイドに突っ込む
攻撃は軽く流されたが、足もとに水の矢が刺さり、結局シェイドは背後に下がるはめになった
2本、3本
飛び退ってそれらを避け、4本目を避けることには、もうカーディナル達との間は15テスほど開いていた
「どういうことだ!?」
しかし退いたシェイドより、カーディナルの方が狼狽した声を上げる
「相殺術よ」
答えたのはパートナーたる魔女ではなく、六花だった
「へぇ・・・・・・考えたわね」
感心したような紫の声に、若干得意げに、ただ口では「別に」と言って料理を口に運んだ
「だって成功するかどうかわからない魔術使うのって、確実性ないし
・・・・・でもこれなら私向きだから、下手になんかするよりはうまくいくかなーって」
「自分の得意分野をうまく使うのは利口な作戦よ」
微笑み、紫は双眸を細めた
相殺術
詠唱術に対抗すべく生まれた魔術だ
相手の魔術にそれ以上の魔力をぶつけ、かき消す術
言ってしまえばそれだけだが、簡単なものではない
魔力をぶつけるのは、敵よりも量があればそう難しいことではない
が、魔力がいかほどかを瞬時に悟るだけの『眼力』は問われ、この眼力もある程度手慣れなければ備わらない
次に詠唱だ
相殺術では、相手の詠唱をそっくりそのまま逆から詠わなければならない
が、詠唱を聞き終わってそれから逆を考えたのでは、防御系ならともかく攻撃系魔術なら遅すぎる
詠唱が始まると同時に魔術を推測するか、もしくは終って刹那の間に逆に読み替えるか
前者は人の倍以上もの魔術の知識を要し、後者は恐ろしく回転する頭を要す
また詠唱を聞き取れなかった場合には出現した魔術で判断せねばならず、みんなが簡単に
とはとても出来ないものだった
だから教わっても、ある程度年期を重ねなければ誰も使わない
だが熟練の魔女になってくると、相殺術を使うより魔術で対抗する方が楽なので、滅多に使う者はいない
しかし六花は、この条件をすべてクリアしていた
同学年に嫌われている六花は、魔術の演習相手を他で探すしかない(パティは面倒がって付き合わない)
で、同学年以外で六花が頼れるといえば
叶桜、ただし本人魔科学系のため友人の魔術学専攻者
――ちなみに全員無駄に手練で、ついでに無自覚愉快犯が多いため容赦一切なし
カナリア先生、ほわほわ系おばあさん先生
――だが若い頃は世界連合軍魔女部隊教官だったりして、微笑みながらハイレベル魔術連発するお方
そして久我紫、最年少紅月レベル魔女で曲者猛者をまとめる生徒会長様
――容赦なんて言葉は辞書から削除した女
ツワモノ達と生まれ持っての根性のおかげで、経験値は同世代では飛びぬけている
もちろん眼力だってなかなかのもの
ちなみにこれを言うと本人は
そりゃね、そりゃあね、眼力くらい備わっとかないと死ぬもの、間違いなく!
どうでもいい魔術よけて破壊力抜群に当たったら意味ないじゃない!
おかげで本能と危機察知能力と一緒に無駄に磨かれたわ
と、言って遠い眼をするのだが。まぁそれはおいておいて
詠唱の知識はむさぼるように読む本のおかげで当然豊富、ついでに頭の回転も悪くない
それを前述の特訓で磨いて磨いて磨きまくった結果――2年生にして相殺術を使えるようになったというわけだ
ましてや今回、相手の魔女は2年
手は抜かれているとはいえ、魔女科きっての猛者を相手にしている六花にしてみればはっきり言ってやりやすい
もちろん、まだ使える魔術が限られている、ということもあるのだが
「・・・・・にしても、ぜひみたかったわねぇ。ローシェンナ家次男坊の取り乱すさまを」
紫が意地の悪すぎる笑みを浮かべたところで、話は勝負に戻った
「まさか!落ちこぼれのアンタにあんな高度な術が」
「じゃ、あんたが魔術失敗したの?」
この切り返しに魔女は何事か言おうとしたが、結局黙りこくってしまった
代わりに六花を非難したのは、
「おい六花!お前魔術全部まかせろっていっただろ!?」
危うく矢で足を串刺しにされるところだったシェイドだ
責めるようにいえば、当然六花も応じて噛みつく
「消すのは当たると危ないやつっていったでしょ!人の話ちゃんと聞いときなさいよ!」
「あれだって当たると危ないだろうが!」
「実技じゃ首席で優秀なんでしょアンタ!あのくらい軽くよけなさいさいよ!私でもよけられるわよ、あれは!」
「魔女のくせに身体能力化物並のお前と一緒にするな」
「なにを!?」
しかし言い争いはそう長くは続かない
微かに気配を感じ取って、六花が叫ぶ
『飛翔せよ 数多の鳥 討て 己が翼で !』
『でさばつがのおてうりとのたまあよせうよしひ!』
今度は魔術が発動されることすらなかった
落ちこぼれと、見下した
家を使って、卑怯なことでもしなければ自分たちと同じ土台にすら立てない弱者と決め付けた
その六花に、自分の魔術をことごとく破られているという事実に半ば呆然とする
その間があれば十分だった
「おい魔女!」
どんな状況でも偉そうな態度を崩さないのは、感心するべきか否か
しかし態度と行動と結果はまるで結びつかず
ローシェンナが疾走するシェイドに追いつくより、彼が魔女に辿り着く方が先だった
が
紙一重遅かった
シェイドの指先がとらえたのは舞い上がる黒いローブだけ
それもほんの一瞬のことで、その間に魔女は常人が手の届かないところまで箒で飛び上がっていた
「任せて!」
叫ぶと同時に、ローブについていた飾りに力を込める
すると球形だったそれは瞬きの間に、箒へと姿を変えた
魔女は箒も杖も常はアクセサリーに変えて持ち運んでいるのだ
・・・・・・・でなきゃ身の丈もあるもの二つ抱えて生活なんか出来ないし
とは六花の言
「悪いけど、コレなら負けないわよ!」
箒に跨った瞬間、急角度で魔女に向かって飛ぶ
弾丸のような、とたとえられる早さだった
ぐんぐん間を詰めて、もう2テスもないかという処で
違和感
感じた瞬間に、目標がいきなり姿を消した
箒を引いて天井近くでなんとか踏みとどまる
「!?」
見下ろすと、六花より20テスは下で魔女がこちらを見上げていた
目が合う
そして
『 発現 』
「なっ!?」
部屋の四方の隅に、光が現れ
―――――――立っていられないほどの重圧がかかった
「仕込み!?」
叫んだ時にはもう、10テスほど叩き落とされていた
普通ならここで地面まで一直線
だったが
「きゃあっ!」
がくんと、高みの見物を決め込んでいた魔女がのけぞった
重圧の中、驚くべき力で箒を動かし、間を詰めた六花にローブをひっぱられたのだ
――100キロの本棚をものともしない、怪力で
「腐ってんのは頭だけにしときなさいよこのバカ女!!!」
ぐっと腕を振りかぶると、魔女は箒から引きはがされて3テスほども吹っ飛ばされた
咄嗟に魔術で衝撃を緩和したために、大事はなかったが
なかったが
「・・・・・・・・・は?」
「な、なんて魔女だアイツは!」
地上に残された男二人は、あまりの――荒業に思わず手を止めた
一方六花は地面まで2テスというところで重圧が収まったため、なんとか体制を戻すことができた
そのまま箒を戻して無事着地する
しかし30テス近くの距離を重圧で押され続けたせいでかなり力を消耗したらしく、がくりと膝をついてしまったが
「なっなにするのよ!危ないじゃない!」
「はぁ!?危ないのはそっちでしょ!?しかも仕込みなんか使って!!!」
ただし言われたら言い返す気力はバッチリ残っていたが
「なによ、仕込み使っちゃ駄目なんてルールはないじゃない!」
「あったりまえでしょ!仕込みは時間かかるんだから勝負の間にやるなんて誰も思わないじゃない!」
つーかあんた達が明日、なんて猶予つけたのはそのためか!
仕込み魔術
魔石に魔力と術式を取り込み、短い詠唱で発動させる魔術だ
準備に時間がかかるため、普通の模擬戦などでは使用しない。というか出来ない
のだが
「場所までご丁寧に用意したわけだわ!真剣勝負に罠しかけるなんてどーいう神経!?」
「くやしかったらあんた達だってやればよかったのよ!場所は昼休みには伝えたんだから!」
魔術もへったくれもなしに怪力だけでのされ、呆然としていた魔女だが、気を取り直したのか勝ち誇ったような笑みを向ける
できるわけはないが、という意味合いを込めて
「小細工しかけて有利な舞台にしとかなきゃ勝負もできないような腰抜けと一緒にしないでくれる?」
しかし六花は、その笑みを一撃で斬り捨てる
「あの取り巻き連中はともかく、みんながみんなあんた達みたいな根性無しだなんて思わないでくれる
あんた達と一緒にされたんじゃぁ不愉快だから!」
はっと鼻で笑って、それからドギツイ視線を動かないシェイドに飛ばす
それであまりの出来事――究極の荒業で固まっていたシェイドが解凍された
「っ!」
5秒の間をおいてカーディナルが反応、したが鈍い
間は開くばかり
腰が抜けて動けない魔女は、固まったまま動けなかった
口以外は
『 発現 』
瞬間、駆けるシェイドの足が 立ち上がった六花の体が
止まった
「見極めが甘いのよ!」
明らかな嘲笑がおこり、動きの鈍かったカーディナルが笑みを浮かべて向き直る
「こっちにも仕込み!?」
視線を落とすと六花とシェイドの足もとが青白い光を放っていた
地中に魔石を埋め込んでいたのだ
「甘いんだよお前は!」
指三本分低い位置からシェイドを見上げ、カーディナルは口角を上げた
悠々と横をすり抜け、余裕の笑みで六花を見下ろし、そのまま手を首元に伸ばして
「触るな変態!!!」
振り上げた六花の頭が見事に顎に当たってのけぞり、そのまま背中から派手にすっころんだ
「くくっ」
噛み殺した笑みは、シェイドの友人からだけではなく取り巻きの間からも
「っうるさいぞお前達!」
さっと首まで顔を赤くして叫ぶ
それでもおさまらない怒りをぶつける先は一つだった
赤みの引かない顔を屈辱に震わせ、唾を飛ばして怒鳴り散らす
「せっかく慈悲をかけてやろうと思ったのに!お前達魔女はまた痛い目をみないとわからないようだな!
ローシェンナ家の人間に恥をかかせて!ただで済むと思うなよ!」
腕を振り上げる―――剥き身の剣を持って、素手の六花に
「おい!」
シェイドが焦った声をあげ、審判の友人も剣に手をかけ走り出す
だが間に合うはずもなく
それは振り下ろされた
――――六花の頭部ギリギリまで
刀身を受け止めたのは、純白の金属
表面に細かく文字と紋が刻まれ、頭には紫がかった赤い石、銀色がかった飾りがしゃらりと音をたてる
―――――― 間一髪、杖を出現させて真っ向から受け止めたのだ
全員が驚愕で目を見開き、口をぽかんと開けた
――六花とシェイド以外は
「魔女が魔術だけだと思ってぇ!」
眉を吊り上げ、力任せに押して剣を弾く
カーディナルが一歩よろめく
右手でくるりと杖を回し、つかみ直して一瞬構え
「なめんじゃないわよこのボケナス野郎!!!」
ごおんと、鈍い音が響き
次に傍観者達が見たのは、頭に大きなこぶを作り・・・仰向けで倒れるカーディナルの姿だった
六花=力技 シェイド=技巧 スピードは両名ともわりとあります。(六花は箒使用の場合だけ)
魔女だからって魔術しかつかわないわけじゃないんです(笑)少数派ですけど