とりあえず共同戦線 2
大きな月が空に浮かんでいた
それが外に出なくとも見られるくらい高く長い窓は、常は金糸で刺繍が入った深緑のカーテンで覆われている
今日は邸宅の主の意向で開かれていたが
そしてその肝心の主は
「――――――それからエビとホタテのシーフードサラダ、牛肉のカルパッチョ、デザートのイチゴムースはあとでね?可愛いピンク色が出せたからハート型にしてみたの」
髪と目の色と同じ紫に赤を混ぜたエプロンを着用し、百人中野生の勘が鋭い一人を除いては落とせるだろう魅惑の笑みを浮かべて給仕をしていた
「うわー美味しそう!紫ちゃんの手料理久し振りだなぁ~ってそうじゃなくて!」
いいつつ、それでもスープ用スプーンは携えたまま
「いきなりなんなの紫ちゃん!長期休暇以外は」
「ここには呼ばない約束よね、大事な用事じゃない限り」
エプロンを脱ぎ、普段着の紫が六花の正面に座る。もう一席ある椅子の主はまだ来ていない
学園東部に広がる森―――通称≪紅蓮の魔女の森≫
学園設立以前、魔女狩りの時代に紅蓮の魔女と呼ばれたアクラ・クリムソンが死した地といわれる森だ
敵の血で真紅に染まった彼女の肢体と森は、さながら紅蓮の大火のようだったとか
そんないわくありまくりの地のさらに奥――夜な夜な大戦時に不遇の死を遂げた者達の魂がうろついている、とかいわれる地のど真ん中
開けた場所に建っている邸宅が、六花の現在地だ
何代か前の理事長が逢引用に建てた古めかしい館は、今は紫の婚約者
――――――――要するに次期騎士王、ひいては理事長にもなる紅の居住地となっている
とすれば芋蔓式に紫や六花も入り浸ることはもはや必定、というやつだった
もっとも六花が出入りしていたのは専門教養部(魔女科など)に入るまでだったが
その理由をわきまえている紫や紅も、有事や長期休暇で学園が無人の時以外は六花を呼ばなかった
――――――――今日までは
訝しげに眉を上げる六花に対し、紫はしてやったり、といった笑みを浮かべて。さらりと
「シェイド君と仲良くヤったそうじゃない?」
ぶはっ!
空腹を訴える腹をごまかすために含んだ水を、盛大に噴き出した。六花はナプキンで乱暴に口元をぬぐい
「ヤったって・・・・・・・文字変換が怖いよ紫ちゃん」
ヤるのヤはもちろん、物騒なアレだ
「手錠の効果はあったみたいで嬉しいわ。で」
「発案者でチームのリーダーである私には詳細を事細かに聞く権利があると思うのだけれど?
―――ってことでしょ、どうせ」
返事の代わりに笑みを深め、テーブルに片肘をついた
「聡い子は好きよ?」
「―――要するにとっとと吐けってことですか?」
「剣士科って都合の悪いことは流れないようになってるのよ
だから当事者に聞くのが一番正確で、確実」
「大変合理的なご意見ですねー」
棒読みの六花に向けて、紫は手を頬にあてたまま首を傾けた
・・・・・・・・これ以上はぐらかしても意味ない、か
諦めてひとつため息をこぼし、くぅ兄早くこーい
とちょっとだけ恨みもこもった念を送って
つい数刻前のことを話し出した
演習場に入ると、自称見届け人兼審判の取り巻き&お嬢組は脇の見学スペースに寄っていった
なんか伯爵令嬢とかだけじゃなくて、貴族よりの魔女派閥までいたのは多分気のせいじゃない
・・・・・・・・・仲間ダラダラ連れてこなきゃ見学も出来ないわけ、連中は
「外野が気になるのか?」
気にかけて――――くれるような男、なんて万が一つにも思ってなかったけどね
だからって仮にもパートナーを鼻で笑うって
空気読めないにもほどがあるわ、ほんと
「ワラワラ鬱陶しい、消えろ。って思ってただけよ。手も出せない有象無象なんか気にするもんですか」
でもまぁ、そう言う奴だって割り切るとそんなに腹も立たなくなった
―――――うん、ちょっと大人になったわ、私
「確かに、短気な六花ちゃんにしては大成長」
話の腰を折るのが大好きなのは知ってるけどね紫ちゃん
まだ本題にも入ってないし、早くご飯食べたいからツッコミはまた後で――
「でも、なんで割り切る気になったの?」
・・・・・・・・・・どうしてピンポイントを突くのがうまいんだろうなぁ、紫ちゃんは
「別に、大した理由は」
「大したことない理由でいいから、聞かせて?」
ちょっとばかし大人になっただけじゃ、紫ちゃんの追撃はかわせません
うん、わかってたよそんなこと!
「私さぁ」
視線を落としかけた。でも思い直して前を向く
目線をそらすと、ホントのことからも逸らしてるみたいで嫌だ
「シェイドが嫌いだったのは、図書館で色々あったり、腹立つこと言われたってのもあるんだけど」
紫ちゃんは、なんとなくわかってるみたいだった
そういう顔してる。でも何も言わない
私が言うのを待っている
「・・・・・・アイツが、天才っていわれてるっていうのも、あったんだ」
初めてゆずりからアイツの名前を聞いた時、桜さんから聞いた時
意識してからは自然に耳にも入ったアイツの名前の前にある言葉―――――天才
その言葉が嫌いだった
「アイツにも言われちゃったんだけどね、私、落ちこぼれっていわれたり」
言葉に詰まる。この先を言っていいのか分からない
――――――――だって言ったらきっと
そっと
温かいものが指先に触れた。紫ちゃんの手だ
大丈夫――――そう言ってくれてる
だったら大丈夫だ
「紫ちゃんの家とのこと、無いこと無いこといわれるの、平気なつもりだったの」
紫ちゃんは、駄目なことは駄目っていってくれるから
だから大丈夫――――言っても、大丈夫
「でもホントは全然ダメだった。私のせいじゃないのに、なんでそんなこといわれなきゃいけないのってずっと思ってて・・・・
でも紫ちゃんのせいでも、誰のせいでもないっていうのも分かってた
八つ当たりするのはお門違いだし、私がそんなこと言われないくらいもっともっと頑張ればって」
でも頑張っても駄目で
むしろもっと酷くなって
魔術が駄目なところをみんなが悪く言う
いくら勉強で一番をとっても、どれだけやっても悪く言われて
――――――――認めてもらえなくて
「どっかでね、卑屈になってたんだ
頑張ろうって思いながら、頑張っても何にもならないのに何を頑張ればいいのって
どうせ私は落ちこぼれだから。だから頑張っても、何言われても仕方ない、諦めろって」
震えかける声を抑えて、カラリと笑う
「落ちこぼれって言われる度怒ってたのにね、いつのまにか自分で自分のこと落ちこぼれって決めつけてたの」
馬鹿だよねぇ
紫ちゃんは何も言わない
それが今はとてもとても、優しいことのように思えた
「紫ちゃんとか、くぅ兄とか、ゆずりも桜さんもパティも、カナリア先生達もちゃんと見ててくれたのに」
ううん、だからこそかもしれない
認めてくれる人がいるから、だからみんなもいつかって期待して
―――期待した分駄目で
それでも期待することはやめられなくて繰り返して
繰り返すたびに小さな諦めが溜まっていった
みんなが認めてくれてた私を、私が自分で認められなかった
「で、勝手に天才ってやつに嫌なイメージ持ってたの
人並みの努力しかしないでも、頑張ってる私以上に簡単にこなしちゃう嫌な奴だって
そんな奴に私の気持ちなんかわかるかーって」
くだらない嫉妬と、くだらない八つ当たりだ
これじゃぁあの剣士科達のこと悪く言えないよ
苦笑して、あえて明るい声を作る
「しかもさー、シェイドってばもう私のイメージする嫌な天才野郎そのまま現実にもってきたみたいなのだったから。余計にそれが増長しちゃって
勝手に勘違いして、アンタに何がわかるのよーって勝手に拗ねて
アイツに反発することばっかり考えて、力合わせようなんて考えもしなかったの」
嫌いだ、気が合わないっていいわけばっかりして
アイツの凄いところを、自分の悪いところを見ようとしないで、ずっと知らないふりしてた
「ほんっとに、バカだよねぇ。これじゃシェイドにバカって言われても反論できないわ」
ほんとに
「でも」
引っ張られるように、握られた手
柔らかくはなかった、むしろ硬くてがさついたその手を握って
気づいた
「アイツの手は、すっごく硬かったの」
何度も何度も振らなきゃ出来ないタコ、血が出て固まって、治る前にまた血が出て消えなかった傷痕
―――――それはとてもとても、頑張っている人の手だった
剣士の知り合いがいるからわかる。ずっと剣をふるってきた人を見てたからわかる
普通にやってるだけじゃあんな手にはならない
学生の、しかもまだ2年の生徒じゃ
人よりずっとずっと頑張らなきゃ、無茶しなきゃならない
「天才っていわれるだけの才能も、あるんだと思う
でもその才能は人よりずっとずっと頑張って開いたものだと思ったんだ
アイツは天才なのかもしれない。でも確実に、努力で一番になった秀才でもあるの
そうだって、やっとわかったの」
声の震えはもう消えていた
そして代わりに心からの笑みを
「その努力は、天才だからとかそんな言葉一つで片づけちゃ駄目なんだってことも
それはちゃんと見て、認められなきゃいけないことだってことも」
分かったその時に、自分の中で溜まっていたものも晴れた気がしたんだ
それに
『その分他の奴らの何倍も努力してるだろ!!!』
『それにお前が身につけた知識は才能でもなんでもない、お前自身が努力で勝ち取ったものだ!お前はそれを誇っていい!それだけの価値があるものだ!』
アイツは、何よりも欲しかった言葉をくれたから
――――――――バカだなんだっていいながらも、私のことを認めてくれたから
「そこまでわかって、それを無視するような大馬鹿にはなりたくなかったの」
それに
憑き物が落ちたような笑みに少しだけ苦笑を混ぜて
「で、よーく観察してみれば、アイツってば憎まれ口しか叩けない不器用くんで
そのうえ空気読めない朴念仁で偉そうだから4割増しくらいムカついて見える要領悪い奴だから
って思ったらなんか勝手に割り切れた、以上、おしまい!」
最後は早口で
――――言う六花自身も憎まれ口を叩いているのは、照れ隠し
・・・・とわかっているのは紫だけだが
「そう」
紫が言ったのはそれだけだった
ちょうどその時
「――――――待たせた」
「紅」
「くぅ兄!」
見るからに寝起きといっただらしない風体の紅に、六花と紫は視線を交わして笑みを零した
「いいタイミングね紅、これから六花ちゃんに話を聞こうと思ってたの」
もちろん貴方も聞くわよね?
回答は無言の着席だ
「・・・・・・・・・・・・・・・聴衆2倍ですか」
「話す気も上がるでしょう?」
むしろ下がりました
とは口が裂けても言えない、イイ笑顔
――――もはや観念するしかないようだ
この二人相手じゃ、大人になっても勝てる気がしない・・・・
もはや悟りに近い心境で、六花は一つため息をついた
見えないふりすることもあれば、見えてるつもりになっていることもある