英雄が苦手な少女の物語
「ね、英雄って知ってる?」
隣席の女子学生から唐突にそんな事を問われた。
どう答えるのが無難だろうか。
しばらく考えて、私は口を開いた。
「えっと……たまたま大変な場所に居合わせて、必死に頑張らざるを得なかった運の悪い人……?」
「何ソレ!プランタジネットさん、真面目な堅物だと思ってたけど意外に面白いこというね!」
意外は余計なお世話だ。
内心でそんな事を思いながらも、私は女子学生に向けた微笑みを維持する。
「でもそうじゃなくて!この星で英雄って言ったら、決まってるじゃない。ほら、英雄アイリス!」
「あ、ああ……そう、なんだ?」
「プランタジネットさんもファーストネームはアイリスなんでしょ?それってご両親が英雄にあやかって付けた感じ?」
「私、他の星からの留学生だから……そういうのとは違うかな」
「そうなんだ?じゃあすごい偶然だね!」
二十歳近い同級生はそういって笑うが、私は内心一刻も早くこの話題を終わらせたくてたまらなかった。
「じゃ、じゃ私はこのあと研究室に用事が……」
「あ、待って!本題がまだなの!プランタジネットさん、英雄アイリス・ブースタリア様と同じファーストネームのよしみで英雄同好会に入らない?」
「お断りします!」
「ええ!?なんで!?」
曖昧に断ると尾を引くと考え、笑顔できっぱり勧誘を断り、私は急いでその場を離れた。
ここは宙域で最も学術研究に秀でた、知が集積される惑星クレリス。
そんな惑星の中でも最高峰の学府であるカルティアン・アカデミーこそが私の留学先だ。
もっとも私は15歳で成人してからの2年間、すでに恒星間組織で働いていて、今は1ヶ月の長期休暇を利用して、学び直し中の身。
英雄崇拝ごっこをして時間を浪費しているヒマはない。
自分自身にそう言い訳をして、私は訪問予定を入れていた共同研究室を目指す。
「あらアイリスさん、珍しく集合時間ギリギリじゃない」
「ごめんなさい、ユーディさん。ちょっと知人に捕まってしまって」
「ああ、なるほど。でも分刻みでスケジュール入れてると大変じゃない?」
「仕事の時はいつもそんな感じなので」
「どれだけワーカーホリックなのよ……」
共同研究室で私を迎えてくれた知的美人、カルティアン・アカデミーの大学院生であるユーディさんは呆れた様子でそんな事を言う。
けど私は自分の仕事が嫌いじゃないし、妹を守るために必要な仕事ならどれだけ大変でもこなしてみせると誓っているから。
「それで、今日のメンバーは……」
「ああ、他の連中はオンラインでの参加だって。ごめんなさいね」
「いえ、時間を割いて頂いてるだけでもありがたいです。では早速ですが、先日お願いしていた経済的要因に関する説明変数の選定について――」
きっかり90分の議論が終わり、ユーディさんとオンライン参加者の人達に礼を言って私は次の予定――メディア論のロンド准教授に会いに行く――のために共同研究室を出ようとした。
「あ、アイリスさん。ちょっとお話があるんだけど」
「……はい」
「急いでるところ、ごめんなさいね。すぐに終わる話だから。今度の週末、夜会があるんだけど参加しない?」
彼女のいう夜会というのは、カルティアン・アカデミーに併設された富裕層向けの寮で開催される社交パーティのことだ。
学生や教員が上流階級の人間と接点を持つ場としても使われているとかなんとか。
私も「妹」の希望で一度だけ参加したことがあるけど……。
「ごめんなさい。その手の集まりは苦手で」
「でもこの間は楽しそうに踊ってたじゃない」
「あれはまぁ、例外というかなんというか」
「今回はギルドの人も来られるらしいから、是非どうかと思って」
ギルド。
ただその三文字で呼ばれる組織は、銀河的な通商組織であるモーリオンギルドに他ならない。
そしてその関係者は、私がこの星で最も会いたくない相手だ。
「やっぱり、ごめんなさい。じゃあ、ロンド先生と約束してますのでこれで!」
「あ、アイリスさん!?」
引き留めるユーディさんを振り切って私はその場を逃げるように立ち去る。
うん、ギルドの人間に会うなんて願い下げだからね。
「あ、辻斬り少女発見!」
「誰が辻斬りよ……辻占じゃなかったの?」
「自分で認めるんだ?」
廊下を急ぐ私に声を掛けてきたのは、短い銀髪に緑の瞳が印象的な美少女だ。
ミドルティーンにしか見えない彼女がアカデミーにいるのはやや違和感があるが、それ以上に私がドキッとするのは、彼女が髪の長さと瞳の色以外は私の大切な妹に似ているからだ。
そして彼女が口にした辻斬りとか辻占とかいうのは、学内で流れている、私に関するよくわからない噂のことだ。
「アウレリア?私、急いでるんだけど」
「うん、見たらわかるよ。それよりアイリスさん、今週末――」
「夜会はパス。ギルド関係者が出るらしいから」
「だよねー。まぁボクは参加しないといけないんだけど」
彼女、アウレリアは最近私が寝泊まりしている寮の部屋に入り浸っているので、当然私の事情もよく理解している。
苦笑いしながら手を振る彼女をその場へ残し、私はロンド准教授のもとへと急いだ。
数日が経ち、夜会当日の夜。
私も「妹」のマリエッタも今回の夜会には参加せず、私は寮の自室で静かに研究成果のとりまとめを行っていた。
留学期間も残り少なくなってきたし、そろそろ自分の設定した課題に答えを出さないといけない頃だ。
そんな事を考えていると、左腕に付けている情報端末がコールサインを鳴らす。
休暇中だから仕事の呼び出しではない筈だし、別行動中の妹達からは夕方に定時連絡があった。
「……アウレリア?」
『アイリスさん!助けて!ユーディさんが変なのに絡まれてる!』
「変なのって……。今夜会の最中じゃないの?」
『そうだよ!なんか態度デカいのが来て、ユーディさんを無理に連れて行こうとして……』
「寮の警備スタッフに通報した?」
『無理だよ!その変なの、ギルドの管理官補だって!』
アウレリアの言葉に私は心底げんなりした。
管理官補というのはギルドの支部長クラスを補佐する人員……要するに支部長の秘書だ。
数多いるギルド職員の中では上位に位置する優秀な人材のはずなのに、アカデミーの夜会で女性相手に狼藉を働くとは。
「わかったよ、アウレリア。詳細な場所、送って」
『ありがとう、お姉様!』
「いや、貴女の方が年上でしょ……」
位置情報が添付されたメッセージを確認し、私は一人問題の場所……夜会の会場であるローズリュージュ寮の裏手へと急いだ。
「本当に困ります。お願いですから、やめてください!」
「そうつれないこと言うな。俺はお前みたいな知的な女が好みなんだ」
「ですから、そういうのはちょっと……」
たどり着いた現場では、白いタキシードを着た赤ら顔の20代後半とおぼしき男が、ユーディさんを壁際に追い詰めていた。
……酔っ払いか……。
もしこれがただの酔っ払いなら、寮の警備員に排除されていたはずだ。
だが、今このタイミングでギルドの関係者に逆らおうという人間はまずいないだろう。
ギルドに敵対した人々が星ごと砕かれ、滅亡したことが広く報じられた、このタイミングでは。
「はい、そこまで!」
「アイリスさん!?」
「……何だ、お前は?」
「私のことはどうでもいいよ。それより嫌がってる女性を壁際に追い詰めるのは、どうみてもマナー違反を越えて犯罪行為だよ?」
「ああ?お前、俺が誰か知ってるのか?」
やはりそういう言葉を吐くか。
ギルドが星を砕く力を示したことで、起きる影響は2つ。
まずは人々がギルドを恐れるということ。
もう一つは……ギルドの人間が増長するということだ。
つまり現状はその2つが同時に起きている、非常に由々しき事態ということになる。
「知らないよ、貴方がどこの誰かなんて。女性に不埒な行いをしてる相手を止めるのに、狼藉者の身元は関係ないからね」
「貴様……俺はな、モーリオンギルドの管理官補、アシュレイ・バーンズ様だぞ!」
「……だから、何?」
私の言葉を聞き、馬鹿にされたと思ったのかバーンズ管理官補はユーディさんのもとを離れ、こちらに向かってきた。
千鳥足で、酒臭い。
正直、関わり合いになりたくはないけど……。
バーンズは拳を振り上げ、私を殴りつけようとする。
「アイリスさん!」
だがバーンズのヘロヘロしたパンチを受け止めるなんて、私にとっては朝飯前だ。
「貴様……」
「少し酔いを覚まそうか」
「なに?」
アルコールが回ったせいか血走った目で睨み付けるバーンズと、その酒臭い息に辟易しながら、私はバーンズの頬を打……とうと思ったけど身長差があって届かなかったので、軽く腹パンを入れることにした。
殺さない程度に、障害が残らない程度に、手加減をして。
だが、それでもバーンズは吹き飛ぶように後方へ倒れてしまった。
……どうやら自分で思っている以上に、私はこの男に腹を立てていたようだ。
「ぐはっ……貴様、ギルドの、管理官補に……こんなマネをして、ただで済むと思うのか……!」
「タダで済まないって、どうするつもり?」
「つ、潰してやる!お前らも!この、学園も!」
「……それは、ギルド憲章で禁じられている内政干渉じゃないのかな?」
「知ったような口を……お前に何がわかる!」
バーンズは憎々しげな口調でそう戯言を叫ぶ。
私は思わず嘆息してから、怯えた目で様子を窺うユーディさんに声を掛けた。
「ユーディさん。これから起きること、見なかったことにしてくれると嬉しいんですけど」
「え……?ええ……」
「ありがとうございます」
一応、今ので言質を取れたことにしておこう。
了承を得た私は、ヨロヨロと立ち上がろうとするバーンズに視線を向けると、胸元から黒水晶があしらわれたペンダントを取りだした。
漆黒のそれは、暗がりで相手に示すには適さない。
なら。
私はギルド章を左手で高く掲げ、起動キーワードを発した。
「ギルドの標たる黒水晶よ!」
[Voice recognition, activated.]
私の声に反応し、左手のフォトンタブが無機質な機械音声で応答を始める。
同時に、黒水晶を象ったギルドの紋章が空間に投写された。
このフェーズで既にバーンズは何が起きているのか理解したのか、目を大きく見開き恐怖の表情を浮かべている。
一方のユーディさんは訳がわからないという顔をしているね。
「アイリス・ブースタリアの名において命じる!」
[Voiceprint, matched.]
[C3 internal data, verification initiated.]
[All personal data, verified.]
ギルドの紋章を取り巻くように、私の名を意匠化した文様がまるで花開くように展開する。
管理官だった父のそれに似た、私が密かに自慢に思っている紋章が。
「我が身の証を、光と共に示せ!」
[Photon Flag, deployed.]
[Honor the name of Boosteria, Second-Class Administrator.]
最後の言葉に反応し、周囲に眩い光が一気に弾けた。
空間が震えるほどの威圧感が漂い、私の頭上に完成した紋章――フォトンフラッグが浮かび上がる。
「……か……かんり……かん?……それも……二等……管理官……様?」
「嘘、アイリスさんが……あの、英雄アイリス?」
茫然と呟く二人。
私はへたり込んだバーンズに向かって告げる。
「私に何がわかる、と問いましたね?私はギルドの二等管理官です。つまり貴方よりも、ギルド憲章の事を理解しているつもりですが」
「あ……う……」
バーンズはただ口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこないようだ。
それもそうだろう。
彼が笠に着た権威はギルドの管理官補というものだった。
確かにそれはギルド外の人間から見れば十分な権威と脅威になりうるものだけど……彼が仕える支部長の職位は三等管理官で、彼はその補佐役でしかない。
対して私が掲げたフラッグが示す職位は二等管理官。
これはこの宙域には十数名しか存在していない、ギルド高位幹部の証だから。
バーンズが事態を理解したことを確認し、私はフォトンフラッグを解除する。
「アシュレイ・バーンズ管理官補。私に手をあげたことは不問にしますが、先ほどの言動はギルドの威信を傷付けかねない問題行動です。現在私は休暇中ですから、休暇が終わり次第クレリス支部にこの件について厳正な対処を申し入れます。沙汰があるまで、自分の行いを猛省なさい」
「……は……はい……」
「……あとね。お酒を飲むのはいいけど、飲まれるのは大人として失格だよ」
うなだれるバーンズにそう言い残し、私はユーディさんを伴ってその場を離れた。
「えっと……アイリスさん?いえ、英雄アイリス様?」
「ユーディさん。さっき見たことは忘れてくださいっていいましたよね?」
「でも、あの英雄アイリス様ですよね!?」
ユーディさんも英雄フリークだと知っていたから、あえて釘を刺したんだけどな。
そう思いながら、私は苦笑して告げる。
「いいえ。……私はたまたま大変な場所に居合わせた、運の悪い、ただのアイリスですよ」
お読みいただき、ありがとうございました。
このあとアイリスは学び直しをへて宇宙へと旅立ちます。
アイリスの旅と、何故彼女が学び直しを選択したのかを見てみたと思っていただけたら、長編SF『少女は大宇宙で虹と歌う』にもお立ち寄りください。
https://ncode.syosetu.com/n0802lr/
※なおこの短編は以下の第3部9章「トリコロール・ナイト」編での出来事になります
https://ncode.syosetu.com/n0802lr/616/




