第八章 青春の記憶より
ーーまもなく、終点野沢山です。ーー
三十分くらいは電車に揺られていただろう。
山の麓の町までやってきた。電車のドアが開き、空気が流れ込んできた瞬間、どこか懐かしい匂いがした…気がする。
「うわぁ…、自然が近いな。こういうところのほうが住みやすいよな。」
都会のような居心地の悪さはない、かといって店がないわけではない、ほどよいバランスのなかで暮らすのが一番良いと思うな。
なんとか信号を渡って、歩道に戻った。さて、問題はここからで、どの方向に進むべきか…。
「直感を信じよう。こっちだ。」
オレは迷いなく北へ進んだ。え?なぜ方位が分かるかって?太陽の位置から予想してるに決まってるだろ。
北側は山がすぐそこまでに迫ってきている。都会の変な空気はないので快適ではある。あ、さっきこれと似たようなこと言ってるよな…。
「やっぱりだ。この町はどこか懐かしい雰囲気がする。何なんだろうか…。」
視覚的にそう感じるのか、何かを思い出す手がかりなのか、オレにはわからない。もしかしたらオレの影響で、オレの故郷みたいになっているのでは、とも思ったが、それを裏付ける証拠はない。空は晴れてるのに、俺の頭の中は曇り空だ。
しばらく町を散策して、目の前が山になっている公園で休憩している。まったくもって記憶を取り戻せない。
「ああ、全然わからん。感覚ではわかるのに具体性がないんだよな…。この懐かしさって…。」
考え事をしすぎて、頭が痛くなってきた。現実のオレは、あまり勉強ができないらしい。
とりあえず頭が痛いので、腰かけていたベンチに寝転がった。…さっきまで快晴だったのに、どんどん曇っていく。結構寒いし、雪でも降るんじゃないか…?
…やはり、山にオレの意識は行く。
よく考えれば、両親との思い出を思い出した場所も、今目の前に広がっているような森、というか山だった。
だが、目覚めたときのあそこと違うのは、道の有無である。
…正直かなり危ない。気温的に冬なのだろうが、冬眠できなかった山の動物なんてザラにいる。
「…背に腹は代えられないかぁ…。」
諦めてオレはその山の中に足を踏み入れた。
「…寒いな…。」
山に入った途端寒気がした。自然が警告してくるようにも感じる。
「迷いの山とかじゃないよな。経験上ありえなくはないが…。」
オレがそう感じる理由は、また霧が出てきたからだ。
山で霧はまずい。方角が分からなくなったら一巻の終わりだ。
「まだ周りが見えるうちに戻ったほうがいいな…。
…なんだあの神社…。」
未だに濃くなる霧の中、かすかに神社のお社が見えた。よくは見えないが、手入れはされている様子。
ヤバい類の神社ではないらしい。
「霧が晴れるまであそこで待とう。もう戻りようがないし…。」
オレがもと来た道、いや、どちらかと言うと歩いてきた跡は、もう見えなくなっている。
こうして思考している間も霧は濃くなるばかり。
オレは足早にその神社へ向かった。
「バチ当たりかも知れんが、しばらくお社の中に入れてもらおう…。少し失礼します〜。」
さすがに靴は脱いだ。オレはバカだがそこまで礼儀知らずではない。
そして、例に漏れずこの神社も懐かしい雰囲気が漂っていて、少し落ち着く。
しばらく経って、霧が晴れてきた。オレは満を持して外へ出る。さっきは急いでいてよく見れなかったが、坂道の途中に建てられているらしい。
周りは背の高い杉の木だらけで、遠くに町々が見える。
「うえー、杉山かよ。春になったら地獄絵図だろうな…。」
周りを確認するために、グルっとその場で回ってみた。ちょうど神社の正面がよく見える。
「あ、そうだった!学校へ登校するとき、毎日神社の前を通ってたんだ!」
また一つ思い出すことができた。しかし、ここでもまた違和感があった。その登下校風景のなかに、オレ以外に二人の人が一緒に歩いている。友人だろうが、顔を思い出せなかった。まだ思い出すためのピースが足りないのか…。
そのとき、何か、すごく嫌な予感がした。
今まで予感だの感覚だのに頼って、結果記憶を取り戻すことができていた。今回も、この嫌な予感に従ったほうがいいな…。
雲もだいぶ厚くなってきた。
「おお、永之助!置いてくなよ。」
「うわっ!って、恋麗かよ。驚かすなよ。」
「お前が私を置いてこんなところまで来るのが悪い。で、質問に答えろ。何してんだ。」
「記憶さがし。そんなことより!何か近づいてくるぞ!!」
「はあ?そんなわけ…。…嫌な予感がする。」
「だろ!?変な人か何かが来ても困るし、とりあえずあのお社に隠れるぞ。」
「へいへーい。」
さすがに弓矢と短剣で野生動物を倒せるわけもないので、しばらくここにいるしかないのだろう。
「おい永之助。なんか来てるぞ。人だぜこの気配。」
「マジかよ。案外殺人鬼とかいたりするんじゃないか!?」
「あー、実際にそんな事があったから油断は出来ないんだよなぁ…。」
やっぱあるよな…。そらないわけないか…。
そして、オレでもその気配を感じとることができた。
つまり、それだけ気配の主が近づいてきたということ。正体の分からない相手を前に、少し身震いした。
そして、オレたちが隠れていたお社の戸が開いた。
「え、えええ!?人!?なんでこんなところに!?」
「…え?」
戸を開けたのは、オレと同い年くらいに見える少年だった。たぶん、この神社の関係者…。
お互いに予想外の事が起きて、その場にいる三人全員が硬直した。
「あ、あの…、なんでこんところにいるんですか…。」
少年はそう問いかけてきたのだが、そんな事を気にするまもなく、オレと恋麗は安堵感から脱力した。




