第六章 夜闇にて分裂事件
突如として、身体が浮くような感覚がした。
いや、浮いていると言うか、ベットから転げ落ちた。
「うわッ痛え…。なんだよ。」
どうやら列車が急停車したらしい。外から他の乗客の慌てた声が聞こえてくる。寝るために閉めていた窓のカーテンを開けると、ホームが見えた。どうやら駅に停車しているらしい。
「おいおい、確かしばらくは放送しないんじゃないのかよ〜。あ、停まらないとは言ってねえか。」
だが、これだけ外が騒がしいと言うことは、非常事態か…。木材職人がノコギリ振り回して店を占拠するくらいだ。また変な奴が列車を停めたんだろうな。
「お〜い、永之助。生きてるか?」
「そんな簡単に死んでたまるか。何があったんだ?」
「線路に倒木だってさ。先頭の機関車が脱線したから呼長屋って駅で緊急停車してる。」
「…まさか、あの木材職人の仕業じゃ…。」
「私も考えたが、それはない。倒木は急な嵐のせいらしい。出てこいよ。しばらくは動かないから駅の中
探検し放題だぞ。」
「嫌だね。俺は寝たい。…と言いたいところだが、うるさいからまともに寝れん。オレも探検に行くぜ。」
「そうこなくっちゃな。」
オレはすぐに上着を着て、部屋を出た。
ホームには駅員と乗客でごった返しており、この場を抜けるのさえ一苦労だ。
「ついでに夜食でも買おうかな…。恋麗、今何時?」
「…午前◯時だ。店は開いてないだろ。」
「チクショーメエ!」
何のために苦労して人混みを抜けてきたと思ってるんだ。こちとら夕飯食ってねえんだよお!
「とりあえず、駅の周りでも散歩しようぜ。案外、記憶を取り戻せるかもよ。」
「そうだな。」
にしても呼長屋駅は夜でもかまわずひっきりなしに電車が来る。いつ保線する気だ?
まあ、安全運転してくれるなら何でもいいや。
…今まさに事故ってたわ…。全然安全じゃない。
かなり駅から離れてきた。寝ている町は、まさしく真っ暗だ。
「うーん、さすがに腹が空き過ぎた。屋台とかないのかねぇ…。…ん?恋麗?どこ行った?」
さっきまで隣りにいたはずの恋麗がいなくなっていた。周りにはぽつぽつと点在する街灯と、昭和チックな家々、そして、シャッターが閉まった自営店がいくつか並ぶ程度で、人の気配はなかった。
気配こそないものの、知らない土地で夜一人で歩く羽目になってしまった。
無意識に背中の弓矢に手が伸びる。
現実より治安が悪いから、武器の使用も合法なんだろうな…。
さて、問題はここから駅までどう戻るか、だ。
土地勘もない、地図もない、あるのは若干の度胸と今思えば貧弱な弓矢くらい。
「…とりあえず進もう。こんなとこにいても意味はないし…。」
…にしても、恋麗はどこ行ったんだ…。ちょうど公園があったので時計を確認してみても、まだ駅を出てから十分しか経っていない。まだ列車は復旧に時間がかかるだろうから、一人で帰ったとは考えられない。
考え事をして恐怖心を忘れようとしても、足がすくんで全然進めん。
…小さい頃、母とケンカして、夜中に家を飛び出したことがあったな…。その時に見た景色が、どことなくここに似ている。
「やっぱり来訪者の記憶が世界を書き換えるってのは本当なんだなぁ…。つくづく、面倒な世界だ…。」
…後ろに人の気配…。嫌な予感がする…。いや、嫌な予感というよりは、恐怖。
この世界で死んだらどうなるのかはわからんが、とにかくまずい状況なのは理解した。ここは恐怖心に従って、全力で逃げよう。
オレが走り出したら、後をつけてきたヤツも速度を上げた。とにかく今は、遠くに見えてきた明かりに向かうだけだ…!
「よう、坊主。残念だが、ここでゲームオーバーだ。」
「……。」
どうやら、オレは騙されたらしい…。
出会い頭に服のえりをつかまれ、動けない状態になった。待ち伏せ。しかも、蛍光灯の明かりをつけて誘い出しやがった。
「二人組とは、卑怯な真似者やがって…。」
「さて、坊主、お前、現実からの来訪者らしいなあ。
知ってるか?来訪者も夢の世界で死んだらあの世行きだぜ?嫌なら、手持ちの金全部出しな。さもなくば、てめえをぶっ殺す。」
…一瞬、急につかまれて焦ったが、こいつら、ただのチンピラらしい…。オレは身をよじって拘束を抜け出し、家の塀に飛び乗った。
「な、いつの間に…!」
「こっちもされるがままではないんでね。」
オレは一目散に塀を伝って屋根に跳び乗り、そのまま走る。案外身体が抜け出しや回避の動きを覚えているらしく、現場からすぐさま逃走することが可能だった。
意外とあっさりまくことができ、駅まで戻ってきたわけだが…。
「かあ〜、腹が…、減っ…た…。」
さすがに走りすぎた。命の危険があったとはいえ、何も食べてないわけだ…。腹は空くに決まってる…。現代の日本人にはつらい…。
オレは無我夢中にベンチに倒れ込んだ。もう立っているのさえきつかった。
「…何してるんだ…。」
「…あ、…てめえ…、どこ、いって…たんだ…。」
「一日食わねえ程度じゃ、人は死なん。ほら、たこ焼き買ってきたから食べろ。」
「人の…質問、無視…すんな…。」
いつの間にか目の前に恋麗が立っていた。
「う、うめえ…!人生で一番飯に感謝したぜ…!」
「いい暮らししてんだな、お前…。」
「それはいいけどよ、お前どこ行ってたんだよ。」
「え、たこ焼き…。」
「いや、オレのこと置いてったよね!?」
「あー、たこ焼きの屋台を見つけて、私も腹が減ってたもんだから、走って買いに行けば間に合うと思ってた。で、結果がこのザマだ。」
ほんと、勘弁してほしいぜ…。まあ、飯にありつけたので、今回は許すことにした。
「にしても、お前が屋根の上走ってんの見えたぞ。チンピラからの逃走で。よくあんな高さのジャンプができたな。」
「さあ。オレも逃げるのに必死だったからな。とっさに取った行動があれなんだ。現実でもオレはそこそこの実力者らしいな。」
「自画自賛は、はたから見ると痛いぞ…。」
「やかましい。」
すると、駅構内の放送がかかった。
ーー線路の安全が確認されましたので、寝台特急ゆたかの運転を再開いたします。お乗りになるお客様は、速やかに五番線ホームまでお越しください。ーー
「お、やっとか。」
「なんだかなぁ…。一日でここまで疲れるとはなぁ…。」
「おい、もう日をまたいでるぞ。今日で二日目だ。」
「うわ、もう一日経ったのかよ…。早くないか?こっちだと一日二十時間しかないんじゃないか?」
「お前の時間感覚が狂ってるだけだ。ほら、乗るぞ。」
オレたちは車掌さんに切符を見せ、各自の部屋に戻った。さて、腹ごしらえもしたどこだし、今度こそしっかり寝よう…。
オレが横になった瞬間、列車は動き出した。
終点のユタカノミヤコというところは、どんなところなのか…。そこで、どんな記憶を取り戻せるのか…。
「ふわぁ…。何で夢の中で寝なきゃいかんのかねぇ…。」
この一言を最後に、オレは睡魔に身を委ねた。




