第四章 深山幽谷の夕日橋
山下りは終わったものの、まだまだ平地とは言えないため、足は棒になりかけていた。
なんだ?なんか、遠くから賑やかな声が聞こえてくる。歩を進めて見ると、川に着いた。
川沿いにかなり大きな町があるらしく、今まで見ていない、通行人という者を見るようになった。
「賑わってるな。」
「近くに夕日橋って有名な橋が架かってるからな。人も昔から集まっていたらしい。」
夕日。…まだ昼下がりもいいとこだ。夕日を見るまで待つなんてバカげたことはできないな。
「うどんにでもするか。いいだろ永之助。」
「別にいいぞ。」
けっきょくスーパーでは何も買えなかったし、いいか。
恋麗が指差すうどん屋は、明らかに年季が入った老舗店。やっぱり老舗に対する安心感は半端ないな。
よく見たら創業安政二年(江戸幕末)って書いてあるし…。これは期待できる。
「実はな、ここ前から入ってみたかったんだよな〜。絶対うまいと確信させる出汁の香りがする。」
「そ、そうか。オレにはわからん世界だな…。」
店に入ると、案外客足は少なく、注文したらすぐに出てきた。
「うわ〜、うまそう…。ん?」
「いただきます。…どうした恋麗。そんなうどん見つめて。変なものでも入ってたのか?」
「だまれ。この出汁を嗅ぎ分けねば…。」
なんだこいつ。こんなにグルメなのか…。
「しょうゆ、しょうゆの香りだ…。これは…、
関東出汁じゃねえかあああああ!!!」
「うるせえ!なんだよ急に!」
「私は、関西出汁しか認めねえ!関西こそが世界の中心なんだよおおおお!!」
「小娘!黙らんか!」
とうとう厨房の奥にいた店主にも叱られちまってる…。
というか、今まで出汁の香りを嗅いでたならわかってたはずだがなあ…。
「うるせえジジイ!さっさと関西出汁のうどんに変更しろ!」
「ウチは関東出汁しか扱ってねえ!店前の看板読んだのかぁ!?文句あんなら食うなあ!」
「ああ、こんなうどん食えるかぁ!」
…くだらん…。飯くらい静かに食わせろ…。
…店にいた他の客の視線が辛いので、早く食べて早くずらかろう…。
店を出ると、恋麗が貧乏ゆすりをしながら待っていた。うん、道のど真ん中であぐらをかくな…。
「味がしなかったぞ。」
「だろうな。あのうどん屋は出来損ないだからな。」
「お前のせいだってんの。空気読め。」
「へいへい。…で、どうだ。なんか記憶、思い出したか?」
「お前の奇行のせいで思い出せたものも思い出せんわ。」
まったく、コイツいない方が良くね?
「あ、聞くの忘れてた。」
「なんだよ…。」
急にガラッと顔色を変えた恋麗に少し圧倒された。
さっきまで少し不服そうな顔持ちだったのが、一気に真剣な顔つきになった。
「お前は、関東出汁と関西出汁、どっち派だ。」
「…は?」
その表情からは到底出てこないような質問をされたので、オレは素っ頓狂な声が出てしまった。
は?出汁?なんで今聞いた?
「何も考えてねえな…。うまければ何でもいいの精神だ。」
「…素人め…。」
「悪いかよ!」
「ああ、悪い。男ならはっきりしろ。さあ、関東か関西、どっちが好みだ!」
「知るかよ!そもそも男だどうのとか、時代遅れだぞ!?」
「この世界に元号は通用しない。」
「皇紀とか西暦は通じるだろ。」
「もういい!この話終了!以上閉廷!ラストオーダー承り!」
何だ急に。何を言ってんだか…。そんなこんなで、グダグダになりながらも旅が再開された。
川に架かった橋を渡ると、すぐに道の脇の町並みは田畑に、田畑だったのが今度は草原に変わった。
日もだいぶ傾いてきたので、少し寒い。
日中とはいえ、冬場なのは変わらないのだろう。
「この道も早いとこ舗装してほしいもんだね。せっかく駅まで繋がってるのに…。」
「オレと会った場所から見えた車庫にいた電車でも来るのか?」
「え?あんなとこに車庫なんてあったか?」
「はあ?…てことは、オレの記憶の風景か…?何も感じなかったけどな…。」
「思い出すのに段階を踏まないといけないんじゃないか?」
「あー、なるほど…。」
ひとまずはそれで納得した。ややこしそうで理解できなさそうだったから。
にしてもこの草原広いなあ…。こんなところ、日本じゃ北海道くらいでしか見られないはずだ。
北海道かあ…。行ってみたいなあ…。…ん?行ったことあった気がするな…。
それこそ、富良野駅がはっきり頭に浮かんだ。
オレと両親が駅前で待っている風景も、あの時思い出した。誰かを待っていた気がする…。
…………。
「おい、永之助。前見ろ。」
「え?ブワッ!」
考え事をしていたせいで、目の前の標識を見ていなかった。もちろんぶつかる。地味に痛い。
「あああ!今の衝撃で思い出した!オレの親戚のほとんどが北海道民なんだった!」
「えええ!どんなタイミングで思い出すんだよ!」
ホントに細かいところまで気を配らないといけないらしい…。
「って、この標識。踏切があるってことか。」
「駅ももうすぐだな。とりあえず行ってみるか。私も久しぶりにあの駅に行っておきたい。」
遠くで踏切の警報音がなっている。今どきの電子音ではなく、鐘の音がするタイプの…。
遠くにぼんやりと映る駅のシルエットの後ろには、沈もうとしている太陽があった。




