第三章 切られたのは、何の木か
山を下り始めてから、かれこれ一時間は経過したはずだ。それなのに、一向に山を抜ける気配はしない。
「この山広いな…。もう疲れた…。」
「貧弱だな、お前。私を見習え私を。」
「お前だって疲れてるように見えるが?」
「は?笑える。そんなわけないじゃん。それに、もうすぐ山も下り終わるぞ。前見ろ。」
言われた通り前を見てみると、ある一点を境に田園地帯になっている。よく見ると電柱もしっかり立っており、バス停のようなものさえある。
意外と発展してんだな…。
「ふう、やっと山下り終わった〜。」
「……。」
「おいどうした恋麗…。」
「山の斜面の木が、切られてる。」
「え?」
恋麗が見ている方向に視線を向けてみると、道沿いにそびえる山の斜面に生えた木々が切り倒されて切り株だけになっていた。それが一本ではなく、山の一部が剥げてしまっているくらいには切られていた。
「この辺りはクヌギの原生林だ。"管理人"からも切るなと言われている場所なのに…。」
…恋麗は植物が好きなのだろうか…。そして、オレは少し不自然なところを見つけた。
「…おい、コレ、あまりにも切断面がキレイすぎないか?」
「はあ?電動ノコギリとか使えばこれくらいにはキレイに切れるだろ。私だって木くらい切ったことある。」
「あるのかよ…。って、そんなことはどうでもよくて、よく見ろ。コレは明らかに表面を研磨した切り株だ。」
「…犯人はなにがしたいんだ。ここにベンチでも大量生産する気か?」
…森のベンチ…。森のベンチか…。先ほど思い出した両親との思い出のなかに、森のなかにある公園で遊んでいたものがある。そのなかに丸太と切り株でできたベンチが出てくる。
別の記憶を取り戻せそうもない。特に既視感も感じない。
「まあ、そのうち犯人も見つかるか。こっちに行こう。この先は入り組んでて、何があるかわからないから記憶も取り戻せるだろ。」
恋麗は山から出た道から見て左に進んだ。
それにオレも続く。
なんとなく少し空を見てみたが、澄んだ青空なのに少し夜空のような気配を感じてしまう。空の青さが現実より濃く、若干星々が見えるからかもしれない。
どうも変に見えるが、ここは夢の世界で、現実ではない。と自分に言い聞かせて、無理やり適応した。
しばらく歩くと、ポツポツと民家も建ち始め、スーパーマーケットが見えてきた。
…なんで武器屋が併設されてんだ…?
んでもって、売られてるってことは武器が合法ってことだよな…。看板に初心者歓迎って書いてあるし…。
そして、なんで武器の使用が合法なんだ…?
ますますこの世界を、理解の及ばない地だと感じるようになった。
「お、そういえばここのスーパー最近また開き始めたんだよな。ここの唐揚げがうまいんだよ。永之助、寄ってかないか?」
「オレこっちの世界のお金持ってないんだけど。」
「現実のお金、使えるぞ。こっちで使っても向こうに影響はないし。」
「いや、でもオレは買うものは…。」
そう言いかけた途端、オレの腹はすごい音をたてた。
…そういえば、腹減ったなぁ…。
「よし、決まりだな。なんか総菜でも買えばいいか。」
そう言って意気揚々と店に向かう恋麗の腹も鳴った。
お前も腹ごしらえか…。
「なんか、店の中やかましいな…。」
「そうか?スーパーなんてこんなもんだろ。」
「恋麗お前、スーパー行ったことあんのか?こんなうるささはおかしいぞ。ここはやめて別の店にしようぜ。」
「スーパーぐらい生前に行ったことある。騒々しくしてんのはこの丸太の持ち主だろうな。」
入口の近くに、丸太が二本転がっていた。
木の種類は、クヌギ。さっきの森の木と同じ種類。
この店の中に、伐採犯がいるのだろう。
中からは色んな人の悲鳴が聞こえてくる。十中八九
伐採犯の仕業なのだろうが、何のために立てこもった…?
「いったん隣の武器屋に寄ろう。お前、現実で何か武道とかやったことないか?」
「弓道なら四年くらいやってるが、まさか戦う気じゃないだろうな。オレは実戦なんてやったことないぞ!?」
「そのまさかさ、永之助。というか、いつ思い出した。弓道のこと。」
「ああ。武器の話ししてたら思い出した。やり方は思い出せんが…。」
「案外あっさり思い出せるんだな…。とりあえず、弓と矢を買え。私は短剣を持ってるからな。先に行くぞ。」
「お、おい!」
恋麗は短剣を握りしめ、店の中に走っていった。
爺さんが物騒と言っていた意味がようやくわかった。
こんな連中にこれからも会うってことか…。
…この様子じゃ、武器屋の店主も既に逃げていることだろう…。あまり気乗りしないが、オレはカウンターにあった弓矢を手に取り、値札に書いてあった金額を置いていった。
すぐさまスーパーに入ると、恋麗が誰かをロープでぐるぐる巻きにしていた。
…は?もう終わらせたの!?
「こ、恋麗…?その人は…。」
「ああ。コイツが伐採犯だった。」
「ええ、その短剣でどうやって捕まえたんだ…。」
犯人は気絶しているらしい。周りにいる人は、人質にされた人か、犯人が手に握っていたであろうノコギリで斬られた怪我人だろう。みんなまだ恐怖が拭いきれないようだ。
「皆さん落ち着いて。犯人はこの人が捕まえましたから、怪我人はすぐこちらへ。誰か、動けない人を介抱してやってください。」
オレの声かけで、みんなすんなり動き始めてくれた。
軽く怪我人の手当てをしたところで、オレと恋麗は犯人を連れ出し、問いただした。
「で、なんでクヌギ林を伐採した。しかも丁寧に研磨までしやがって。」
「ふざけるな。オレは管理人から許可を得てやったんだ!みんなに何か作ってやれって!自暴自棄になったオレに、仕事をくれた。それなのに、お前らはオレを否定しやがった!」
「頭冷やせ、おっさん。」
「うるせえ!小僧、てめえじゃわかんねえだろうな!オレの苦しみは!」
「オレの連れがどう思ってるか知らんが、オレはあんたが木を切ったことを責めてんじゃねえ。実際許可とってんなら、オレらは何も言えねえ。でもな、否定されたからって、一般人を手に掛けるのはおかしいだろ!そんなことして、自分の良心は痛まないのかよ!」
「……。」
犯人は黙りこくった。その顔は、自分の罪を悟った顔だ。
自分の経験から、オレはその意図を判断した。
…自分の経験…。そうか。オレは小さいとき、いじめっ子を言葉で黙らせていた…。
また記憶を取り戻したが、今はそれどころではない。
「罪の意識を自覚して、みんなが喜ぶものを作れ。完成したら、オレに教えろ。楽しみに待ってるから。」
「…すまん。ありがとな、坊主。オレを信じてくれて。」
犯人はすすり泣きをした。
さすがに恋麗も空気を読んだか…。何も言わない。
犯人が泣き止むまで、数分かかった。
「すまねえな。ダセェとこを見せちまった。ところで、嬢ちゃん。あんたさっき、オレが研磨したって言ったな。」
「ああ。お前以外切り株を磨く奴いないだろ。」
「オレは確かに木を切ったが、研磨はしてないぜ。
オレが木を切り終えたのは数時間前だ。そこからあの数の切り株を研磨なんて、できっこねえ。物理的にも、労力的にもな。」
「え…。」
「ま、いいや。坊主、嬢ちゃん、オレみたいになるな。あばよ。」
そう言って木材職人は走って何処かへ行った。
…あんまり悪い人には見えなかったな…。
自暴自棄になったって言ってたから、まともな暮らしをしていたらあんなことはしなかったはずだ。
「…この世界に警察とかいないのか?」
「いない。閻魔が見てるからな。あいつは、
たぶんこれから地獄に送られることだろうな。」
やっぱ居るんだ閻魔大王…。会いたくはないけど。
にしても、本当になんなんだここは。
ここで暮らしすぎると頭がおかしくなるのだろうか…。
「…行こう。腹ごしらえは後回しだ。」
「しゃーねえなあ。」
「ところで、あのおっさんが言ってた、物理的にも労力的にもあの木を研磨なんてできないって話だが…。」
「お前の記憶があの場所に影響したんじゃねえか?あんまり深く考えないほうがいい。感覚が盲目になるぞ。」
…そんなものなのだろうか…。まだこの世界の勝手がよくわからない。
ほんと、先が思いやられるぜ…。




