第十三章 開戦
すっかり日も落ちた。周りに明かりはほとんどない。ランタンがなければオレたちは何も見えなかっただろう。
「ここが、廃校か…。思ってた校舎とだいぶ違うな…。」
「けっこう新しい学校らしい。生徒数が激減して廃校になったそうだ。」
「へえー、今更だが、死者の世界にも学校ってあるんだな。」
「そりゃあるだろ。子供のうちに死んだ奴も、私はこの目でたくさん見てきたからな。」
「そうか。とりあえず、ここに、そのまっくろ怪物が潜んでるわけか。」
見た目は、あの白塗りの建物とは違い、普通だ。
でも、どこかまがまがしい雰囲気がする。
「恋麗は裏口から回ってくれ。オレは、正面からだ。」
「わかった。じゃあ、屋上で落ち合おう。」
鍵は掛かっていたが、いかんせん古すぎて簡単に壊せた。この学校の中庭にやってたのだが、ほったらかしになっているにしてはキレイだった。
建物のなかに入りたいのだが、幸い、教室につながるドアが外れていた。
「うわ、ホコリまみれだ…。きったねー。」
そりゃそうだ。ここは廃墟なのだから…。
…イスに名札が貼られている。そこに書かれている名前をオレは知っている。
「…同級生の名前だ…。コレ…。」
ほかのイスを見ても、全てオレの同級生の名前が刻まれていた。オレの名前もある。
だが、なぜか四人分のいすの名前だけ黒塗りにされていた。
あのまっくろ怪物と同じ色で…。
「アイツを倒せば、ここに書いてある名前も、わかるのかな…。」
なんとももどかしいが、少なくとも今確認するべきではない。早く屋上に行こう。
屋上に続く階段が壊れていたが、なんとか登ることができた。既に恋麗は来ている。
遠くに、ユタカノミヤコの街々と、沈みかけた夕日が見える。ここまで、何回夕日を見たことか…。
「恋麗、奴は見つけたか…?」
「…いいや。見てない。」
「そうか…。」
なぜ、恋麗がこんな静かにしているのかはわからなかった。なんとなく、恋麗の横に座った。
風が吹き出した。冬の冷たい風だ。山々の木は、葉をなくし、枯れたような佇まいをしている。
…なんだろう。昔、ここに来たことがある。
あと一歩でたどり着けそうなところまで来た。
なぜ思い出せない!輝政たちとの思い出を…!
…て、輝政…?………。
時が止まった感じがした。さらっと出てきた、この謎めいた名前に、やたら懐かしさを感じる。
そのとき、一片の記憶が再生された…。
「はあ…、なんで毎回こんな点が低いんだ…?」
「なんだ、またテストで悪い点だったのか?せっかく教えたのに…。」
「いいや、コレは輝政、お前の教え方が悪い!」
「いえ、コレは自業自得。自分の責任です。」
「ちょ、兼矢ッ!言うなよそれ!」
「言われたくなければ勉強したらどうです?まあ、学年五位の私に、あなたが勝てるとは思いませんが。」
「安心しろ、永之助。オレがかわりに兼矢に勝ってやるよ。」
「それじゃあ意味がないだろうがよ!」
「おーい、三人がた。早く帰ろうぜ。今日はみんなで飯の約束だろ?」
「すまん栄人!光玲!今行く!」
…。…すべて思い出した…。友人たちのこと…。
そして、オレは今までの出来事から、一つの結論を出した。
「そうか…。恋麗…。お前は、俺の記憶のなかにある友人たちとの思い出だったんだな…。」
恋麗が座っていたところには、輝政たちが立っていた。
「へ、気づくのがおせえよ。永之助。」
「まだ終わりじゃありませんよ。あなたは夢の中とはいえ、いろいろと動きすぎです。このままだと生死にかかわりますよ。」
「まだ黒の怪物を倒してないだろ?そいつ倒してから、こっちに戻ってこい。」
「まあでも、とりあえず、おかえり。永之助。」
「ああ。ただいま。」
本当に、記憶喪失と言うのは恐ろしい。
オレは、友人たちを別人だと認識していた。
だから、オレの目には皆が"日島恋麗という他人"に見えていたのだ。ずっと助けてくれていたのに。
今思えば、恋麗の爺さんはオレの祖父、弥彦はオレの弟その人だった。
そして、ここまで全て思い出して、ようやく蘇る。
事故のことを。そっか…。オレはスキーの最中に転落事故に遭って、頭をぶつけたんだ。
しかし次の瞬間、地震が発生した。
「うわッ!急に地震!?」
「おい、なんだよあの空!!」
太陽も沈もうとしている西の空に、黒い亀裂が入った。なんだよ今度は!!まだ何かあるのかよ!!
「…病状が悪化してます…!」
「…え?」
「あの亀裂は永之助さんを苦しめた脳しんとうの黒怪物です。これは、本当に末期の状態だ…。現実の永之助さんの身体に負荷がかかり過ぎてるんです。脳だけは働いてる状態ですから。永之助さん、あなたがここから助かる方法、もうわかりますよね。」
「…あの黒怪物を、この手で倒す。」
「そのいきだ。弾はあるか?」
「ああ。」
「よし、行ってこい!今はとにかく、帰ることを目指すんだ!」
「現実世界で待ってるよ。」
「わかった。行ってきます!!」
オレは、そういった瞬間、屋上から飛び降りた。すぐ下に木があったので何とか着地する。
そこから、公道に出てとにかく走った。
自然と、恐怖はない。もう、オレは何も知らないあわれな記憶喪失者じゃない。帰るところがあり、仲間がいる。必ず回復する。脳しんとうという名の悪夢を。病を。
あの黒い亀裂は、今もなお広がり、世界を覆い尽くそうとしている。させるかよ。オレの大事な故郷の思い出だ。
すべての記憶を取り戻した今、先ほどまで別物に見えていた建物たちが、故郷のそれと全く同じになっていた。帰ったら、ここでまたオレたちの青春が始まる。
ようやく亀裂の真下に来た。が、ここからだと銃の有効射程から外れている。
「どこか、もっと高いところは…。あ、ここだ…!」
オレは、すぐ隣に立っていたマンションにはいった。
このあたりで一番高い建物は、やつぱりここだ。
今までにない速度で駆け上がり、何とか屋上にやってきた。
「…黒怪物。お前は、死ななければならん。」
そう言って、オレは銃を構えた。絶妙に黒怪物の原型を保った部分が亀裂にある。オレが狙うのは、そこの中心部。
…未だにつよい北風が吹き付ける中、そこには発砲音が広がった。次に、亀裂の破片が落ちてくる。
オレは、どうやらヤツを倒したらしい。




