第十章 確かなおもいで…?
その建物の正体が何なのかはわからん。だが、一見普通に見えるこの白塗りの建造物を、オレの身体は全身で拒絶している。そして、この町がオレの故郷そっくりになってしまっているということは、この建物もオレの記憶のなかにあるはずなのだ。だが、故郷の記憶のなかにこの建物は出てこない。まったくの無関係。
未だに雪は振り続けていて、少しずつ積もり始めた。
ものの一時間もすれば足が埋まるだろう。
おまけに雲の間からかすかに見える夕日も沈もうとしている。
時計は四時四十五分を示している。
「…どうせ帰れないんだ…。ここくらいの探索ならいいだろ…。」
オレは拒絶する身体を無視して、無理やり建物のなかに侵入した。
その中は、ただの廃墟だった。…いや、廃墟とは少し違う…。物が散らばってはいるが、明らかに最近人が入った様子だ…。机の上に食べかけのおにぎりが置いてある。それが腐っていない。
…照明は、ないか…。天気と時間も相まってすごく暗いが、幸い目が暗闇に慣れてきた。
カレンダーの日付が二◯二三年のままだったり、北陸地方の地図が飾ってあったり変なところはあるのだが、それでも全体的には一般的な家の中と言った印象だ。
進めば進むほど恐怖が増加していく。弓矢を握る手がつい強くなってしまう。
そして、雨漏りの音がよく響く…。その度に少しビビってしまう…。
「…出口か…?」
遠くに光が見える。結構微弱な光だから、人工的な明かりではない。外へ通じているはずだ。
相変わらず水の音が響き渡る空間から早く出たい。もう不気味すぎるし冬の癖に湿気が多くて居心地が悪い!!
「うわ、風つよ!それに寒すぎるぜ…。」
外に出られたのはいいものの、そこは本当にぐちゃぐちゃな空間だ…。
なんというか、球技場の観客席の隣にマンションのベランダがあるし、全部コンクリート出てきている。本当によくわからない…。
さてと、まずはここの解明か…。
「…やっぱ怖いッ!こんなとこ来るんじゃなかった!」
先に進めば進むほど弓矢じゃ不安になってくる。
それにやったことあると言ってもまだ戦術を思い出したわけじゃない。
何かが来たら抵抗できる代物ではないのだ。
クソー!これ忘れてるのをすっかり忘れてた!
「…ん?なんだ、あれ…。」
球場のど真ん中に、何か黒い塊がある。
その正体を悟る前に、オレはその場から逃げ出した。
頭で考えたわけではない。視覚と本能による、直感的な恐怖が身体を動かした。
とにかく、あのベランダから外へ脱出しよう。
あれは明らかに相手をしたら死ぬ!
向こうもオレが逃げたのを認識したのか、こちら向かってきた。
その時、頭痛と吐き気がオレを襲う。
な、なんだ…!?ヤツの攻撃か…!?
思考が鈍る。身体が動かん…。
ヤバい…。あの黒い塊が近づいてきた!
その時、近くから銃の発砲音が鳴り響いた。
振り返ると、ヤツがうごめいている。
「おい、早くこっちに来いよ。死ぬぜ。」
「こ、恋麗…!なんでここが…うッ」
だめだ、吐き気が収まらん…。恋麗はマンションらしき部分の屋根にいた。
「とりあえずここまでは登ってこい。アイツの処理は任せな。」
「あ、ああ…。」
さっきよりはラクになってきたので、オレはなんとかベランダをつたって登った。
「その銃どうしたんだよ。」
「あ、これ?弥彦から借りた。お前の分もあるぜ。」
そう言って恋麗は拳銃を渡してきた。
確認すると、装填されているのは全部実弾だ。
まあ、オレの弓矢も戦闘用の本物だし、今さら気にする必要もないか。
「あのドス黒石炭野郎のこと、なんか知ってるか?」
「何も。急にあの球場の真ん中に現れて、こっちに来た。」
「なるほど。で、急に吐き気をもよおしたと。」
「頭痛もな。まあ、とりあえず倒すか。」
仲間がいるって本当に心強いな。先ほどの恐怖心はだいぶ薄れた。
まっくろ怪物も回復したのか、またこちらに走り始めた。
「ぶっ殺してやるぜ。ドス黒石炭野郎!」
オレと恋麗はとにかくヤツに弾を撃ち込んだ。
案外鉛弾が効くんだな…。
撃ち込めば撃ち込むほど敵が小さくなっていく感じがする。
「あ!!」
「え…。」
突然、そのまっくろ怪物はジャンプし、かすかに見える夕日の方へ飛んで行った。
逃げられたのだ。
その一瞬だけ、雪がやんだが、また降り始めた。
「…なんだったんだアイツ…。」
「……。」
恋麗はなぜか下を向いている。逃げられて悔しかったのだろうか…。そんなに負けず嫌いなヤツだったか?こいつ…。
雪はどんどん積もり、気づけば足が埋まっていた。
「いやー、よかったよ…。永之助くんは全然帰ってこないし、恋麗さんがボクの銃を持って急に飛び出したんだしさ。」
「いやー、これは失礼…。」
「コイツに地図なんて渡すもんじゃないな。」
あれから複雑な建物を越え、なんとか帰ってくることができた。
いまはこうして三人で夕食をとっているわけだ。
「…なあ、二人とも…。」
「ん?どうした。永之助らしくないぞ。そんな腐った顔して。」
「どんな顔だよ…。それはいいとして、今から話すことはオレの考察なんだがな?オレが記憶を失ってるのって、あの建物とまっくろ怪物が原因なんじゃないか?」
「まあ、そうだろうな。そう考えるのが妥当だ。
私は帰るときに永之助から、取り戻した記憶の話を聞いて確信した。どう考えてもこの赤ヶ丘町は永之助の記憶を元に造られた"追加パック"だ。そんな町に、記憶にない建物が出てきたらそれが原因としか思えない。」
「…ねえ、永之助くん。この世界に来る直前の事は覚えてる?」
「え…?何も覚えてない。」
「そうだよね。ボクは永之助くんがここに来る前に大怪我でもしたんだと思ってた。」
「なんでよ。」
「永之助くんって感情的になりやすいよね。それに記憶をなくしてるし黒尽くめの怪物がいたとき、頭痛と吐き気をもよおしてたらしいね。これ、脳しんとうの症状と合致するんだよ。」
「の、脳しんとう…!?」
そんなバカな…。脳しんとうってそう簡単になるもんじゃないよな…。つよい衝撃が脳に与えられると起こると聞いた。でもそれで説明がつく。…これは早期に全記憶の獲得をなし得ねば…。
「とりあえず、明日はドス黒石炭野郎が飛んでった西の方へ行ってみようぜ。ヤツが飛んでったなら何かあるに違いない。」
「ドス黒石炭野郎って呼び方、いい加減やめなさいよ…。」
もしかしたら、この記憶喪失問題は思っていたよりも深刻なものなのかもしれない…。
もし脳しんとうが本当なら、オレ、死ぬんじゃないか…?




