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異界古書店『お伽堂』の異常な日常  作者: ながる
6章 旅は道連れ世は情け

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第44話 旅は道連れ

「っだぁぁぁ! 待って! ひどい! バスが遅れてるんだから、電車もちょっと待ってくれても!!」


 全力で走ったのに、空しく電車は遠ざかっていく。

 次の電車は……タクシーの方がいいか?

 掲示板を見上げ、スマホとにらめっこする。


「少々遅れても待ってくれますよ」

「そういう大御所仕草、いくない!」

「出がけにホテルに戻るから余裕がなくなったんじゃないですか」


 肩をすくめるオマエにぐうの音も出ない。

 それでも間に合う計算だったのだ。


「だって、置いていくわけにはいかないだろ」

「勝手に窓辺に移動してたんですから、自業自得ですよ。ホテルに連絡して郵送してもらえばよかったんです」

「ぐぅ……」


 枕元に置いていたテディが、朝食に行っている間に暇だったのか窓辺に移動していたらしく、そのまま置いてきてしまったのだ。鞄に入れた記憶が無くて確認すれば、案の定……

 どうにか飛行機に間に合うルートを探す。

 渋滞が無ければ、いける、よな?

 真剣に画面に見入っていたら、オマエが後ろから抱き付いてきた。


「なんだよ。ふざけてる余裕ないんだよ」

「ちょっと気持ち悪いですよ」

「は?」


 ぐらりと目眩のようなものがして、世界が歪む。思わず腰に回ったオマエの腕を掴んだ次の瞬間、さんさんと降り注ぐ太陽の下、青い海が寄せては返す白い砂浜に立っていた。


「……は?」

「面倒なので現地まで来ましたよ。たっぷり時間はあるので観光しましょう」


 離れていくオマエを振り返る。

 現地!?


「ちょ……おま……人の目が……!」


 この砂浜には人は多くないが、駅ではそこそこの人が行き交っていた。

 慌てて追いかけようとして砂に足を取られる。

 長時間船に揺られていたような、若干頼りない感覚に膝をつけば、呆れた顔をしてオマエが戻ってきた。

 差し出された手に掴まって立ち上がる。


「ちゃんと周囲の目は覆っておきましたから。こういう移動は初めてですか? しょうがないですねぇ」


 鞄をひとつ持って行って、オマエはにやりと笑う。

 初めてに決まってるだろう!


 *


 地方からグアムへ。売れっ子モデルは忙しい。

 本社に異動になった俺は、あらゆる伝手を使ってオマエにモデルのバイトを確保した。元々顔はいいのだ。放っておいても声がかかったに違いない。

 本人の酒代くらい稼げればいいと思っていた俺の目論見は、面白いくらいに外れた。

 あれよという間に人気が出て、本業にマネージャー業が食い込んできた。

 おかしなミスをする前にと、俺は広報にかけ合った。

 広告塔に使いませんかと。

 会社を辞める選択もあったけれど、オマエを預かっているのはとりあえず一年。その先がわからなかったから、マネージャー業と兼務できるよう、広報課への異動願いも出した。


 会社の判断は適切だったと言っていい。

 上半期の目標が、前年比百二十パーセント超で推移していると、上はほくほくらしい。俺も職を失わなくて済んでいるが、最近は国内のみならず国外での仕事も増えてきた。最初は旅行気分だったが、このごろはこうしてとんぼ返りやギリギリのスケジュールもあってひやひやする。


 オマエに何ができるのか、詳しく聞いたことはない。能力に頼りすぎると、人間のできる仕事量を越えてしまうことが予想できるからだ。あくまで人間(こちら)の常識で動くようにしている。バランスが大事……


 ……今回は助かったけど!!


 青の濃い空を見上げて、オマエが目を細める。

 そんな仕草も絵になるんだよなと、スマホを取り出して撮っておく。

 後で莉音ちゃんに送ってあげよう。ファン一号へのささやかなサービスだ。

 『お伽堂』の店主にも時々電話して近況を報告している。あちらはあちらでパソコンを買って、ネットであれこれ調べているみたいだけど。

 孫の活躍を追うじいちゃんみたいで、ちょっと微笑ましい。「そんなんじゃねぇ!」って声が聞こえそうだから、口には出さないけどね。


「ハザマさん、あっちに慰霊碑がありますよ。ちょっと味見しに行きましょう」

「欲望を駄々漏らすな!」


 相変わらず油断も隙も無いけれど、あちこち行く先をオマエは楽しんでいる気がする。俺と一緒でなければオマエが一人で行動できるのは都内まで。それが広いか狭いかは何とも言えないが、一緒であればこうして日本を出ることもできる。

 面倒がないこともないけれど、まあ……望んだのは俺だしな。


 有名人になったからといって、人混みの中歩いていてもオマエが誰かに振り返られることは稀だ。都合がいいのか悪いのか、コアなファンは俺の顔まで覚えていてこちらに声を掛けてくる。

 「そこにいますよ」と何度言いかけたか。

 撮影中はさすがにそんなことはないから、色々使い分けているんだろう。


「みーさーたーろー!」


 無事にスタッフと合流して、軽く打ち合わせを終えた頃、どこからか聞きつけた野次馬たちが声を掛けてくる。そんな呼びかけにオマエはにこりと笑って手を振った。

 黄色い歓声を上げる女子たちが言う「みさたろ」はネット上で使われている御前太郎の愛称だ。なんだかんだと定着しつつある。


 海パンにパーカータイプのラッシュガードを羽織って、バーベキューやビーチバレーの様子を撮影する。小道具にスポンサーからの差し入れのビールがあって、ちゃっかりと空けていた。

 今回は初のCM起用ということで、ちょっと迷ったのだが、ウェブ上だけで流れるそうなので試しにと受けた案件だ。ポスターは駅通路などに貼り出される予定になっている。


 オマエの正体を知っている身としては、『はっきり写った心霊写真』的な感覚なので、動画ともなると、ある意味事故映像じゃないかと多少の心配をしてしまうのだが……

 本人は楽しそうにやっているので、やりすぎないことを祈るのみだ。


「マネージャーさーん! カメラテストなんですけど、どうせだから一試合一緒にやりませんか?」

「え? 俺、着替えないっすから」

「貸します、貸します」


 と、その場のノリで着替えさせられた。

 ネットの向こうでオマエがニヤリと笑う。嫌な予感がするんだが?

 軽い応酬の後、体がほぐれ始めると、やりとりは段々と白熱していく。

 オマエは狙って俺を前後に揺さぶり、しまいに鋭いアタックを打ってきた。お遊びなんだから諦めればいいのに、狙われていると思うと意地が出る。届くか届かないか、追いかけ飛び込んでボールに手は触れる――が、さすがにコートの外に大きく飛び出していってしまった。

 頭から砂まみれで、しばし脱力する。


「なんで俺ばっかり……」

「節分の時のお返しです」


 勝ち誇るオマエ。

 ってか、根に持ってたの!?

 まあ、現場は盛り上がったし、良しとしよう……


 *


 日本に戻り、また別の撮影をこなして、少し休みを挟み……と、慌ただしく過ごして、忘れた頃にCMが仕上がったと連絡が来た。

 長いバージョンと短いバージョン、二つのプレリリース動画をもらって、どれどれと確認する。


「オマエ~、グアムの時のやつできたって」

「ぐあむ……なんでしたっけ」

「ほら、ビールのCMのやつ」

「ああ。あれはいい仕事でした!」


 撮影中も終わってからも、いいだけ飲んでたもんな!

 お茶を片手にモニター画面を少しオマエの方へ向けると、テディも画面をのぞき込んできた。そのまま動画を再生する。

 ビール片手にバーベキューの場面から、バレーに誘われ砂浜へ。楽しそうなラリーが続いて……俺はうっかりお茶を吹き出した。


「おお。ハザマさんもネットデビューですね」


 顔は映っていないが、頭から砂にダイブしたあの場面が使われていた。


「なんで撮ってるんだよ!?」

「カメラテストって言ってましたよ?」


 ……言ってた!

 ほんの何コマかだし、すぐにオマエが仲間たちとハイタッチする場面に切り替わるけど、聞いてないぞ!


「みんなに自慢しましょう」

「やめろ!」


 俺のスマホを持ち上げたオマエを止めようと立ち上がる。

 俺の日常は、まだまだ油断できないままだ。


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