第40話 人形供養と六地蔵
大家さんに頼まれたひな人形をお寺に持って行く。
年度末が忙しかったせいでだいぶ遅くなったけれど、店主は「置き場所はあるから困ることはねぇんだ」と笑っていた。
大きなダンボールもそこそこの重さがあるけれど、それに加えて飾りなどを入れている少し小さなダンボールもある。一人で抱えるのはできなくもないが、しない方が無難な量。店主は腰も痛いというし、俺の手が空くまで待ってもらっていた。
「ちょっと運ぶくらいなら浮かせてどうにでもなるんですけど」
うん。やらない方がいいね。
助手席にオマエを乗せて軽トラを走らせた。
「心霊スポット巡りはまた今度な」
「気にしてたんですか? べつにいいですよ。人形供養に立ち会いますから。こちらの方が濃厚ですからね」
ぺろりと唇を舐めるオマエに、「食べ足りない」も嘘だったかもとエイプリルフールを思い出す。
こちらの気も知らないで。
まあ、よく考えれば、オマエは俺に断らなくとも行く気になれば勝手に行けるんだろうからな。
「それに。店主の縛りがありますから、川向こうの隣町までしかどのみち行けませんので。だいたい行きつくしてるんですよ」
「え?」
初耳だ。じゃあ、異世界にも勝手には行けないってこと?
視線で問えば、オマエはくすくすと笑った。
「侮れないじじぃですよね」
「え、でも、そういう力はオマエに食べられたって……」
「ええ。まあ、また一から修行すれば身につくでしょうけど。「年だからめんどくせぇ」とは言ってましたね。そうじゃなく、こちらとは違うあちらの理によるものなので」
よくわからないが、やっぱり店主の方が上手なんだろうな。
坂道を登って六地蔵の前を通りがかると、女性がひとり屈み込んでいた。広い道ではないので慎重に通り抜ける。ああしてお参りする人は近所の人なのか、お寺の人なのか。
お寺に着けば、例の住職が仁王立ちで待っていた。
今日も今日とて立っているだけで暑苦しい。
大々的な人形供養は先月終わっているのだそうだ。じゃあ来年でもと、とりあえず預ける旨を連絡したのだが、住職は七段飾りならそこそこ量もあるし、特別にやりますよ! と、電話口の向こうで笑ったのだった。
暇だったのかもしれない。一年置いておくのが嫌だったのかもしれない。
仕事に情熱を燃やすのは、いいことだよな。うん。
そんなこんなで甘えることにしたのだ。
閉眼供養の読経を真面目に聞いて、炉に人形を入れるのを手伝う。
火が入り、また別のお経が空気を震わせた。腹の底に響く低く鋭い声は、自分に向けられていなければ頼もしくも聞こえる。
オマエは坊さんの背後にいることをいいことに、もぐもぐと満足そうな顔をしていた。
そういえば、中身はもう食べたんじゃなかったっけ? 他の人形もないし、何を食ったんだ?
「また何かあったら、いつでも相談に来なさい」
と白い歯を見せて笑う坊さんに見送られ、軽トラに乗り込む。
一息つけば、オマエはくすりと笑った。
「疲れましたか? ああいうタイプは周りの力も無自覚に吸い取って自分の力に上乗せしますからね」
「そうなのか? じゃあ、それを食ってたのか? 人形の中身は『お伽堂』で食ったんだろ?」
「彼の力は食べてしまうと周囲に影響が出そうなので……炉の中で未練たらしく残っていたものを、ね。よく焼けて香ばしかったです」
にこにこと上機嫌なので、良かったなと言ってやるべきなのか。
結局曖昧に笑って、車を出した。
もう帰るだけだと油断していたのだが、中腹の六地蔵まで来た辺りでエンジンがおかしな音を立てた。なんだなんだと車を脇に寄せたところでエンジンは止まってしまった。かけ直そうとしても空回りの音が響くばかり。
「……まいったな。レッカー呼ぶしかないか?」
店主さん、保険入ってたっけ? とダッシュボードを探していると、窓ガラスを叩く音がした。
「……すみません。駅前まで乗せてもらえませんか」
見れば、若い女性だった。顔色が悪い。
そういえば、行きに女性を見たなと思い出す。具合が悪くなって座り込んでいたのかもしれない。
「えっと……それがですね、エンジンがかからなくなっちゃって……タクシーでも呼びましょうか?」
窓を下ろしてそう言えば、女性は手を伸ばしてきてスイッチを押した。
あれほど力ない音を出していたのに、嘘のように簡単にエンジンがかかる。
「……あれ?」
「……かかりましたけど……ダメですか?」
「えっと……」
エンジンはかかっても、この軽トラはもう一人乗せられるようにはできていない。彼女を乗せるなら、俺かオマエのどちらかが降りなければ。
オマエを振り返れば、無表情で彼女を見つめていた。それから六地蔵の方へ視線を移す。
「ご覧の通り、満席ですよ。諦めてください」
冷たい言い草だなと思うと同時に、『お伽堂』に戻るならオマエはここで降りても苦じゃないだろうにと違和感に気付く。「俺が降りるから」と喉まで出かかっていたセリフを飲み込んだ。
空いた窓から吹き込む風が、いやに冷たく首筋を撫でていく。
「すみません。タクシー呼びますので、もうしばらく……」
できるだけ申し訳ないという顔を作って、スマホで検索をかける。電話番号をタップしようとしたところで、女性の手がガッとスマホを鷲づかみにした。
ビビッて息が止まる。
「の せ て」
「しつこい」
目の前にオマエの腕が伸びてきて、女の手を掴んで引く。女の体が引き寄せられて、窓から乗り出してくるのではないかと思わず身体を傾けたのに、女性の身体は微動だにせず、引かれた腕だけがずるりと伸びた。
「ええええ!?」
やや乱暴にその指先に噛みついたオマエは、女性のうめき声と共にその腕を俺の方に払った。
「出して。窓閉めて」
冷ややかな声にあたふたと従う。
しばらく走ってからバックミラーを確認しようとしたら、「見ないで」と一喝された。
「ななな、何?」
「前に注意したでしょう? 六地蔵のところに巣くってるやつが彼女に力を貸したみたいです。気づきませんでしたか? 商店街からの帰り道にいた、優しくされたい彼女ですよ」
「え!? こんなところまでついてきたってこと!?」
「いいえ。六地蔵の方が呼んだんでしょう。お人好しは退屈しのぎにちょうどいいおもちゃですから」
待って。酷い言われようじゃない?
「自分が動くとお坊さんにバレるんでしょうね。ずる賢いやつです。あなたが運転しても残っても、何かしらの不運に遭ってたと思いますよ」
ゾッとしてハンドルを握る手に力がこもった。
「か、彼女は食っちゃったのか? 六地蔵の方は……どうして食わないんだ?」
力があるのなら、食いでもあるだろうに。
「前の時、彼女をそそのかした自覚はありますからね。全部食べるのはやめました。六地蔵の方は、いなくなると別の問題が起きてくるんですよ。こう、やくざの親分、みたいな?」
任侠ものも見てるのかと、わかりやすいたとえに一つ息を吐きだした。
「チンピラが勝手に悪さしないようにって?」
「取りまとめてるわけでもないですけどね。目立つことをすると叩かれる。そんな感じです」
オマエなんて、めっちゃ目をつけられていそうだが……
ちょっと思ったら、口に出さなかったのにふふ、と笑われた。
「自分より強いものにうかつに噛みついたりしないのが、生き残るコツでしょう?」
はいはい。あんたが最強!




