第38話 二匹目のどじょう
「あ」
「……あ」
年度末で本業も忙しい中、久しぶりに早めに区切りがついたので商店街まで買い出しに出かけたら、莉音ちゃんにばったり出くわした。
友達と遊んでいて遅くなったのか、少々急ぎ足だったのに、俺に気付くとピタリと足を止めた。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
以前の誤解が尾を引いているのか、どうにもぎこちない。
だからといって、俺がオマエの話を否定するのもおかしいんだよなぁ。
そのまますれ違ってしまおうと足を進めて、ふとダンボール箱のことを思い出した。
「あ、そうだ」
「え?」
すれ違いざまに振り向いたので、莉音ちゃんはびっくりして一歩離れる。
「莉音ちゃん家って、人形供養やってる?」
「……人形……?」
ちょっと呆けた顔をして、それから表情を引き締めると「ううん」と首を振った。
「間さんみたいに個別でお祓いは受けたりするけど、大々的にはやってないです。そういうのは、金仰寺さんで受け付けてたと思います」
「あ~……お寺の方かぁ」
「クマちゃん、持ってっちゃうんですか?」
時々祈祷をお願いしているからか、気になったようだ。
「ああいや、大家さんに頼まれて『お伽堂』でひな人形を預かったんだけど、こいのぼりみたいにみんなに見てもらえるわけでもないから、処分するならそういう方がいいだろうって」
ふむふむと聞いていた莉音ちゃんのお腹が、そこで相槌を打つようにくぅ、と鳴った。
「あ、ごめん。とっくにご飯の時間だよな。わかったよ。急いでるとこ、ありがとう」
「あ、はい……」
身を翻しつつ軽く手を上げて立ち去ろうとしたのに、後ろからコートを掴んで引っぱられた。
「……やっぱり待って。ちょっと、付き合ってください!」
「へ?」
そのまま俺は莉音ちゃんに駅前のハンバーガーショップに連れて行かれた。
ポテトやナゲットと飲み物を頼んで、店の隅の方で向かい合う。
「本当はもうちょっと早く帰るつもりだったんですけど、つい夢中になっちゃって……」
そう言いながら彼女は手の中でスマホをいじっている。
「帰りがけに間さんに相談持ち掛けられたから遅くなったって、言い訳に使わせてもらいたくて!」
……女子高生はたくましいな。
そう思ったけど、よく考えれば自分も似たような経験はある。コーヒーを啜って「はいはい」と了承すれば、莉音ちゃんはスマホから視線を上げて、少しの間じっと俺を見つめていた。
首を傾げてやれば、視線も手もポテトに向かう。
「間さんて、断らないですよね」
「いや。そんなことはないけど」
「そうですか? 用事ありそうだったのに、こうやって付き合ってくれてるし……」
「在庫切れたもの買い出しに来ただけだから。そんな長い時間じゃないのもわかるし」
ふぅん、とあまり納得のいっていない感じの相槌が打たれる。
「そういうところがいいのかなぁ」
「……なんて?」
「何でもない! 今日はオマエさん一緒じゃないんですね」
「仕事帰りだし。そんなに一緒にいるわけじゃないよ。まぁ、家にはいるかもだけど」
「え!? オマエさん、合鍵持ってるんですか?」
莉音ちゃんの言葉にハッとする。合鍵なんてなくても勝手に入ってくるのだが。
「あ、いや。置き鍵の隠し場所を知ってる、というか……」
しどろもどろになる俺に、誤解が深まって行く気がする! 待って! 違うから!
「よく酒を飲みに来るから、ほら! 酒飲み友達、みたいな?!」
「お酒は好きそうでしたけど……」
「だろ? 莉音ちゃんにもらったやつは大事に飲んでたけど、安いビールなんかは水みたいに空けるからな」
ちょっと呆れ顔で言えば、莉音ちゃんはくすくすと笑った。
「面倒見もいいんですね」
「そうでもないと思うんだけどなぁ。まあ、でも、こっちの生活に思ったより早く慣れたのは、あいつに振り回されたからっていうのもあるかな。神社やお寺にこんなに行くことなかったし。オマエにはお人好しだって言われるけど」
ずっと都会にいたら、幽霊や妖精を見ることもなかっただろうな。
「そっかぁ……全然タイプは違うけど、それが上手く嵌まってるのかな。間さんのモヤもだいぶ落ち着いてきましたし」
俺の背後に視線を向けて、莉音ちゃんは何度か頷いた。
「そう? たまに突拍子もないことするから気が気じゃないんだけど、そのおかげで変に悩むことは減ってる気はするね」
「いい友達……ですね」
「友達だと思ってるかなぁ」
「え!? だって、一番って言ってましたよ?」
「一番酒を奢ってるってだけかも」
「え~? え~?」
それが間違いないことは莉音ちゃんも判ったのだろう。納得できるような、できないような複雑な顔をしてポテトを咥えていた。
これで妙な誤解はひとまず解けたと……思いたい。
*
そう時間もかからずポテトとナゲットをお腹に詰めた後は、途中まで一緒に帰った。もちろん、前回とは違う道を通って。
オマエも〝恋バナ〟はないらしいという話をしたら、ちょっとやる気が出たようだ。ただし、実は少し怖いところもあるのだと教えてくれた。その感覚は正しい。でも、ファンでいる分には構わないとも思う。
大きな通りまでは一緒しなかったけど、通りに出るまでは背中を見送って、それから『お伽堂』へと足を向ける。仕事が忙しい時期なので、時間のある時に人形供養の話を店主にしておこうと思ったのだ。
最初は店主の方が詳しいんじゃないかと思ったのだが、妙なものはオマエが食べてしまうから、そういうのに世話になったことはないとのことだった。
お雛様はあまり他人に引き継ぐものじゃないし、中身は抜いても、供養という形で処分した方が気持ちも楽だろうと。
ちなみに、その中身はすでにオマエの腹の中らしい。
「こんばんは」とドアを開ければ、オマエが本の山の陰や棚の隙間を覗き込んでいた。
「……どうした? 釣銭でも落としたのか?」
聞いてから、妖精が悪さして隠れてる可能性もあるなと思い至る。
が、オマエはちらりとこちらを見たっきり、また物陰を覗き込む作業に戻っていった。
「いいえ。ほら、去年のこの時期に……」
去年? 何かあったっけ?
「そうそうねぇよ!」
店の奥から店主の声が飛んでくる。
オマエはがっくりと肩を落としてその場に座り込んでしまった。
どうやら今日からイースターらしい。そういえば昨年は大きな卵があったな。
残念、と言いかけた目の端に何かが動いた。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる……角の生えたうさぎ!?
「それ、見た目と違って気性は荒いですから近づかない方がいいですよ」
やる気なさそうに告げられるが、あっちが勝手に近づいて来る時はどうしたら!?




