第35話 チョコあれこれ
午後イチくらいに莉音ちゃんが『お伽堂』にやってきた。
珍しいなと思っていたら「オマエさんはいますか……」と、小声でもじもじ聞かれてしまう。
これは、あれか? 昨日はバレンタインだったよな。
どこにいるかは知らないが、呼べば来るだろう。
「いると思うよ。ちょっと待ってね。オマエー、お客さんー」
奥の扉を開けて、店主さんの部屋の方に声を掛けてみる。
空気を読んだのか、実はどこかで見ているのか、ちゃんと奥からオマエはやってきた。
「客ですか……? って、ああ、神社の」
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
にこりとキラキラしたアイドルスマイルを浮かべれば、莉音ちゃんはちょっとぽぅっとなって、それから持っていた紙袋の中に手を突っ込んだ。
「あの、えっと。いつもご利用ありがとうございますというか、ご迷惑でなければ受け取っていただけたらと……」
赤い顔を伏せて、伸ばされる両手の先には某有名高級チョコレートブランドの包装紙が。
いいなぁ。俺が昨日保険屋のおばちゃんからもらったのは、大袋から個包装されたひとつっきりだったなぁ。
羨ましくも微笑ましく眺めていたのだが、オマエは包装紙を見つめながら思案顔をしている。
受け取らないつもりなのか?
そういえば、町の人と縁づいたりするような行動は避けてる雰囲気があるけど……
食い意地より優先されるのかな。
莉音ちゃんもなかなか手を出さないオマエに不安になったのか、ちらりと視線を上げる。オマエは顎に手を当ててまだ思案顔をしていたが、何か思いついたようにポン、とこぶしを手に打ちつけた。
「お父様に祈祷してもらってからください」
「……え?」
莉音ちゃんはぽかんと口を開けて、一瞬何を言われたのかわからないという顔をしていたが、チョコとオマエを見比べて、しおしおとそれを持ってきた紙袋に戻し入れた。
「……そうしたらもらってくれるんですね」
「はい」
にこやかに頷くオマエと、しゅんとする莉音ちゃんが対照的でなんだか胸が痛む。あれ絶対誤解してるよな。でも、それを俺が指摘するのもな。
オマエは祈祷で神気を纏ったチョコが食べたいだけなんだろうし……普通のチョコだと腹の足しにならないから……
莉音ちゃんは、妙な念のこもったものをお祓いしてからくれって言われた気分になってるに違いない。
俺は「黙ってもらっておけ」と目で訴えてみるけれど、オマエはこちらを見向きもせず、肩を落として帰っていく莉音ちゃんに、にこやかに手を振っていた。
「あんな風に言うと、誤解されるぞ」
「何をです? 人の食べ物は好きでもないからいらない、と言うよりは波風立たないかと思ったのですけど」
「うっ。確かにそれよりはいいけど……」
「妙な期待はさせたくないですから、今くらいの距離感がいいんじゃないですかね」
ド正論!
それからふと思う。
「恋心も食べれるの、か?」
「そうですね。妄執の方がずっしりしてるので、好んでは食べませんけど。ふわふわした綿菓子みたいなものですよ」
「食べたらどうなる?」
「冷めるでしょうね。まあでも、関わっている間は、また育つことの方が多いですから」
そりゃそうか。好みが急に変わるわけじゃないもんな。
*
次の日、莉音ちゃんはこれでどうだと言わんばかりにチョコレートを差し出した。落ち込んで、もう来ないんじゃないかと少しだけ心配していたけれど、彼女は強メンタルだとここでも証明されてしまう。
オマエは丁寧に両手で受けとって「ありがとうございます」と笑った。ぺろりと唇をなぞった舌が本心から嬉しそうだったので、「妙な期待は~」と語ったことももしかしたら口先だけだったかもしれないと思い直す。
じっとりと半眼でオマエを見ていたら、そんなんでも満足そうな莉音ちゃんが「それと」と、もう一度紙袋からラッピングされた小袋を取り出した。
「昨日うっかり忘れて帰っちゃったんですけど、間さんにも何かとお世話になっているのでお礼代わりに」
カラフルなチョコが詰め合わせになっていて、オマエのもらった高級チョコとは明らかに差があるけれど、そんなことはどうでもよくなった。
「え!? 俺にも!? ほんとに!?」
カウンター内の椅子から立ち上がって、大げさに声を上げた俺にちょっと驚いて、それから莉音ちゃんは可笑しそうに笑った。
「義理でそんなに喜んでくれると、あげがいがありますね」
「最近は義理も廃止方向なんだよ~」
義理だろうがついでだろうが何だっていい。女子高生からチョコをもらえるなんて、節分に福を食べるの禁止しておいて良かった!




